第163話 全てを燃やす
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━……その場の空気が燃えている。常人なら、この空気を吸うだけで肺が燃やし尽くされてしまうほど燃えている。
肌に当たるだけでヒリヒリとする。ここは地獄だ。その言葉ですら足りない気もする。
「ダメ……ここにいちゃ……」
「”紅蓮龍波”」
「「「っ!?」」」
アポロンは唐突に攻撃を仕掛けてきた。どこから出ているのかも分からない声をだし、その手をアイティール立ちに向かって突き出す。すると、青白い光を放つ炎の龍が襲いかかってきた。
「マズイ……逃げなくては……」
無為がそう言った時、アイティールとクロエが全員の前に飛び出した。そして、アイティールは印を結び、クロエは魔力を溜めて手を突き出している。
「”水禍・水面流転”」
「”深海の抱擁”」
2人はそれぞれ魔法を唱えた。すると、向かってくる炎に向けて水の障壁が無限に作り出され、さらにその場にいる全員を水のドームが覆った。
そして、2つの魔法が衝突する。凄まじい勢いの炎の龍は、アイティールが作り出した水の障壁に阻まれ威力が落ちた。かのように思われた。
しかし、実際はそうでは無い。全く無意味な程に水は蒸発していき、一向に止まる気配を見せない。そして、水の壁だけが消えていく。
その場に残る水蒸気すらも燃やされ消えていく。炎の龍は全くと言っていいほど威力を落とさずにクロエが作り出した水のドームに衝突した。
「ダメっ……!」
その時、アイティールが印を解き、両手に魔力を溜めて突き出した。すると、単なる魔力の障壁が現れ炎から守る。
「ぐぅっ……!痛い……!」
アイティールは苦しげな声を上げながらも何とか耐える。そして、それを見ていたクロエも魔法を放つ手を止め魔力を手に溜め突き出した。
(っ!?炎に強いはずの龍の表皮が焦げ付いてる……!こんなのを生身で受けたら、火傷どころじゃ済まないよ……!)
クロエはアイティールを見ながらそんなことを考える。しかし、人の心配をしている暇などない。気を抜くと、炎の龍に全身を焼き尽くされてしまう。
「こんのぉぉぉぉ!!!」
クロエは叫びながら気合いを入れ直した。そして、二人の魔力の波長を合わせる。すると、押されていたのがどんどん押し返せるようになった。
そして、突然炎の龍が消える。どうやらアポロンが魔法を放つのを辞めたらしい。突然魔法が止んだことに2人は安堵する。
「はぁはぁ……!」
アイティールは自分の両手を見つめた。その手は火傷なんて言葉ではすまないほど焼きただれている。
「早く冷やさなくては……。跡が残って……っ!?」
その時、クロエとアイティールの間にアポロンが現れた。2人はそのことに驚き体を硬直させる。そして、アイティールが後ろに逃げようと考える暇もなく、頬を固い拳で殴られた。
「っ!?」
アイティールの体が凄まじい勢いで飛んでいく。地面に何度もバウンドしながら、岩や木にも衝突しながら、遠くまで飛んでいく。
そして、かなり離れた大岩に全身を埋め込むようにぶつかり止まった。
「アイティールちゃん!」
クロエがそう叫ぶと、アポロンの足が顔に向かって来ているのが見えた。クロエは慌てて腕を顔の前に出しその蹴りを防ぐ。
クロエの腕にアポロンの足が衝突した時、炎の衝撃波が出た。そして、クロエの腕の龍の表皮を溶かしていく。さらに、龍の表皮がない部分を焼いていく。
「っ!?嘘……でしょ……!」
クロエはそう言いながら何とか蹴り飛ばされまいと踏ん張り、更にアポロンに向かって爪を立て突き刺そうとする。
しかし、その手はすぐに止められ、右頬に裏拳を打ち込まれる。その一撃に耐えきれずよろめいていると、お腹に強い衝撃が走った。
そして、その時初めてアポロンの拳がクロエの腹を貫いていることに気がつく。
「ふぐぅぁ……!」
クロエは情けない声を上げながら吐血した。そして、何かを考える間もなく顔を捕まれ地面をたたきつけられる。
顔はその手で焼かれ、頭は地面で割られる。そして、死ぬ。クロエの頭の中にそんな考えが過った。
「”グラビティホール・Lv14”」
その時、唐突にアポロンの手が止まった。そして、どこかにひきつけられているかのような動きをする。アポロンは少しだけ体制を崩すと、クロエをどこかに向けて投げた。
「探してきて!」
「分かっておる!」
「任せるのじゃ!」
無為とフィトリアがどこかに向けて走り出した。それぞれ逆方向だ。2人が向く先にはアイティールとクロエがいる。
「さてさて、骨が折れそうだわ」
ルリータはそんなことを呟きながらゴクリと唾を飲んだ。
「……」
アポロンがルリータの方をむく。いや、正確には真耶を見ている。どうやらアポロンにとってルリータは眼中にもないらしい。
いや、アポロンではなく、アポロンに似たなにかだ。完全に何者か忘れている。そんな雰囲気がアポロンから出ていた。
「やめて!アポロン!お願い!目を覚まして!」
ルリータの後ろからヘファイストスがそう叫んだ。しかし、その声は全く通じていない。
「今のあなたはあなたじゃないわ!自分を取り戻して!」
ヘファイストスはそう叫ぶ。しかし、無意味だ。全身を覆う炎はその声すらも焼き尽くす。ヘファイストスの言葉は完璧に消されてしまうのだ。
「男なら、返事くらいしなさい!”シューティングスターLv7”」
ルリータは杖を構え魔法を唱える。すると、アポロンに向かって星の礫が襲いかかる。しかし、それらも全てアポロンには無意味だ。当たった直後に燃やされてしまう。
「マズイです……”リヴァイスパルチザンLv8”」
ルリータはさらに魔法を唱えた。すると、今度は水で作られた大剣がアポロンを襲う。しかし、それすらも効かない。
「やっぱりレベルを上げないとダメか……」
ルリータはそう呟いて少しだけ覚悟を決める。
「Lv10以上は魔力消費が多いんだけど……出し惜しみはできないのよね」
ルリータはそう言ってアポロンを睨む。そして、激しいバトルが始まった。
━━……一方その頃無為はアイティールがいる場所まで全力で走っていた。
「……ここら辺なはず……」
無為はそう言って辺りを見渡す。すると、1部だけ大きく穴が空いた岩山があることに気がついた。無為はそこに向かって走る。
「アイティール、生きておるか?」
無為はその穴に入るなりそう言った。すると、そこには傷だらけのアイティールが倒れていた。両腕は溶けるほど火傷しており、左頬とその周りも火傷している。
「酷い怪我……」
無為はそう言いながらアイティールに近づいた。
「熱っ」
触ると、まだ熱を持っているのが分かる。無為はアイティールの様子をなるべく触らずに確認する。すると、気絶しているだけで生きていることは分かる。
「あれほどの技を食らってこれで済むとは、頑丈だな」
「うぅ……ん……!」
「おぉ、目が覚めたか」
無為はアイティールに近づきそう言った。すると、アイティールは涙目で息を荒らげながら目を覚ました。
「痛……い。傷……熱い……!」
「これほどの火傷だ。そうなるのも仕方がない。”水泡の術”」
無為はそう唱えると、アイティールが火傷をしている部分を水で包んだ。
「待っておれ。少しだけ傷を癒す」
「いい……!しなくて……!時間は……無い!」
アイティールはそう言って歯を食いしばると、ゆっくりと立ち上がった。そして、両手を水泡から出し、包帯を巻いて歩き始めた。