第159話 守りたい人達のために
淡い紫色の光を放つ一閃は業火の海を切り裂いた。その事実はその場に衝撃を与えた。
真耶はどこから取りだしたのか分からない禍々しいオーラを放つ剣を握っていた。その剣からは淡い紫色の光が無限に溢れ出して来る。
「っ!?」
アポロンはそんな真耶を見て言葉を失う。そして、自分の右腕を抑えてうずくまっていた。
「流石だな。今のを避けるか……」
真耶は表情を変えることなくそう呟く。
「フッ……フハハハハ!マヌケめ!今ので俺を殺さなかったことを後悔することだな!」
アポロンはそう言って高らかに笑うと少しだけ後ずさった。どうやら逃げようとしているらしい。急に周りを気にして退路を確認している。
「逃げるつもりか?」
「まさか……お前をどう殺そうか考えているんだよ」
「……なるほどね。で?その算段はついたのか?」
「とっくについてんだよ!」
アポロンはそう言って左腕に大量の魔力を集めだした。そして、それを真耶に向けた。
「……”焼灰麗美”」
アポロンはそう言って地面を殴り煙幕を作り出す。
「……」
それを見た真耶は何も喋ることなくアポロンに向けて走り出した。そして、煙幕の中にいるアポロンに向けて剣を構える。
「……切る」
真耶はそう言って剣を振った。
手応えはあった。確実に切った。剣には血がべっとりと着いている。それも切った証拠となる。
真耶の勝ちだ。誰もがそう確信した。アイティールもクロエもヘファイストスも……そこにいる全員は真耶が勝ったと確信した。
そして、真耶は……自分の右脇腹から大量の血を流していた。大量の血が溢れ出てくる右脇腹には巨大な穴が空いている。
「「「っ!?」」」
真耶も含め、その場の全員が言葉を失った。真耶の体に空いた巨大な穴はその場の全員の言葉を奪い去って行った。
そして、それと同時に、本当の、真の、太陽神を目覚めさせてしまった。
「真耶!逃げるにゃ!」
アイティールのその言葉と同時に青い炎が真耶を襲う。真耶はそれを見て咄嗟に飛び上がり躱した。
「何だ……!?」
真耶は思わず口に出してしまった。なんせ、自分の目に映る男の姿が……いや、姿だけじゃない。オーラ、魔力、殺気、全てにおいて変わり果てていたからだ。
まるで先程まで本当の実力を隠していたかのような変わり具合だ。
真耶はその男……アポロンを見て汗を垂らした。なんせ、先程とは違って勝てるか危ういからだ。今目の前にいるこの男が本当になんなのか分からない。神すらも超越してしまった存在のように思えた。
「コろ……ス……!俺……ハ、何があッてモ……負けるワけにハイかなイんだ……!”獄炎呪・α《アルファ》”」
アポロンは手を前に突き出し魔法を唱えた。その魔法で作られた炎は瞬く間に真耶の体を埋め尽くす。
「”氷神・冷華の牙”」
真耶は咄嗟にアンダーヴァースを地面に突き刺した。そして、地面から氷の華を咲かせる。そして、その氷の華はまるで獣のような口を作り出し、炎に噛み付いた。
「っ!?」
しかし、驚いたことに炎の勢いは収まらなかった。氷の華は瞬きをする間もなく溶かされ、氷の持つ水分が蒸発し大量の水蒸気で辺は何も見えなくなる。
「クソっ!”疾風・天翼”」
アンダーヴァースが球を描くように振り払われる。すると、その剣圧で強力な風が巻き起こる。
乱雑な方向に飛ばされた強風は辺りを埋め尽くす炎を絡め取り吹き飛ばした。
「こシゃくナ!”神羅焼・■■■■■”」
その呪文は聞き取れなかった。まるで人の言葉とは思えない濁った呪文をアポロンは唱えた。そのせいなのか、オリュンポスではかなり珍しく、魔法陣を描いていた。しかも、見たことも無い言語で。
「なんだそれ!?”冥覇楼・黒き刃”」
真耶はアンダーヴァースを1度鞘にしまい、再び抜いた。背中に1度収められた剣は黒いオーラを纏い、それが抜かれた途端光よりも早く黒い斬撃がアポロンを襲った。
しかし、それが通用することは無かった。アポロンの体は愚か、魔法陣さえも切ることができなかった。まるで、なにか別の力に拒まれたかのように、斬撃が掻き消されてしまった。
「強くなりすぎだろ……!」
真耶はそう呟いて後ろに飛び上がり逃げる。そして、孤独の眼を浮かべてアポロンが書いた魔法陣の解読を試みる。
しかし、結果は分かりきっている事だ。どうせ、分からない。しかも、解読を試みると直ぐに魔法が放たれた。真耶はそれを見て直ぐにその場から離れる。すると、数秒で真耶がいた場所が火の海へと変えられる。しかも、黒や青、紫と言った様々な色の。
「化け物かよ」
真耶はそう呟き木の影に隠れる。
「さて……どうする?」
真耶はそう呟いて木の影から顔を出しアポロンを見た。しかし、そこにはアポロンはいなかった。
「……っ!?」
咄嗟に真耶は前を向いた。すると、そこにはアポロンがいた。黒い炎を全身に纏って殴りかかってきている。真耶はそれを見て直ぐに顔を横にそらした避けた。
拳は真耶の顔の横を通り過ぎた。そのはずだったが、何故か真耶は顔を殴られ飛ばされる。
(拳圧だけで攻撃してきただと……!)
真耶は頭の中でそう考える。そして、何とか体勢を立て直そうとする。しかし、殴られた衝撃で体は何回転もしてしまい、更にはかなり遠くまで飛ばされる。たとえ木や石にぶつかったとしても止まらず飛ばされる。
真耶は無理やり体を捻り回転を止めると直ぐに地面に着地した。すると、目の前にアポロンがいることに気がつく。
「っ!?」
アポロンは拳を構えていた。そして、それを真耶に向けて突き出す。真耶は自分の体を何とか動かし、既にあけられていた右脇腹の穴にその拳を通し躱そうとした。
そして、上手くその穴に腕を通すことに成功する。しかし、真耶は再び拳圧で飛ばされた。当たってないはずだが、吹き飛ばされてしまう。
「くっ……!?」
真耶は何とかその体を止めようとした。。しかし、飛ばされる勢いが強すぎて止まる気配を見せない。
そして、真耶はかなり遠くまで飛ばされると、石や木などに激突し勢いが納まっていき、ついには止まった。
「いてて……化け物だろ……」
真耶はそう呟いて立ち上がる。そして、前を見た。すると、既にアポロンが襲ってきているのが見えた。黒い炎を全身に纏い、拳を真耶に向けていた。
「この距離……!」
真耶は避けようとする。しかし、自分の後ろにはにアイティール達がいることに気がついた。どうやら、いつの間にか追い詰められていたみたいだ。
真耶は冷静にアポロンを見た。その右手に蓄えられた魔力は尋常ではないほど大きなものだった。対抗しようにも、それと同レベルの攻撃が思いつかないほどだ。
「……」
真耶は振り返り後ろを見る。この後ろには守らなければならない人達がいる。自分の命を削ってでも、守らなくてはならない人がいる。
「アイティールがいるから……逃げも隠れもしないし、負けねぇんだよ!」
「ほザケ!”■■■■■■■■”」
もうその呪文が何かを判別することは出来なかった。アポロンの背後に現れる魔法陣も、見たことがない。それに、魔法陣が現れた途端アポロンが纏う黒い炎が猛り狂い始めた。
アポロンの右手には黒い炎だけでなく、これまで見てきた全ての魔力やエネルギーと、これまでに見た事も聞いたこともないような謎の魔力やエネルギーが蓄えられている。
「アイティールのためにも……!”冥覇楼・反命の獄”」
真耶はアポロンに向き合い手の平をパンッと合わせた。すると、全身から淡い紫色の光が溢れだしてくる。そして、溢れ出す光を左手に集めた。そして、拳を強く握りしめる。
2人は凄まじい勢いで同時に走り出した。向かい合った2人の距離は一瞬にして縮まっていく。そして、2人とも攻撃ができる間合いに入ると、拳を向けた。
「シ……ね……!」
「お前がな!そっくりそのまま返してやるよ!」
真耶とアポロンの拳はぶつかり合う。獄炎を纏うアポロンの拳と、冥界の力を纏う真耶の拳がぶつかった時、とてつもない衝撃波がその場を一瞬で駆け巡った。無作為な方向に向けて飛ばされる衝撃波は、木々を薙ぎ倒し、息を粉々に砕く。
しかし、それだけでは終わらなかった。アポロンの攻撃で凄まじい威力の黒炎が舞い上がった。しかも、黒炎だけでなく、赤、青の炎も燃え上がる。その大きさは、かなり大きい山さえも簡単に飲み込んでしまうほどの大きさだった。
恐らく、もしこの炎を宇宙から見たとしても、簡単に視認できるほどの大きさだった。
そして、真耶はその攻撃をそっくりそのまま跳ね返した。と言っても、鏡で光を跳ね返すみたいな、無傷で住むような技では無い。どちらかと言えばカウンターのようなものだ。
真耶はアポロンが放つ強力な炎を受けながらも、全く同じ威力の、全く同じ攻撃をアポロンに向けて繰り出した。
すると、その攻撃で発生した炎は天使の羽根のような形を作り、双眼鏡を使っても見えないと思われる場所さえも燃やし尽くす。そして、強力な衝撃波が2人を遥か彼方に吹き飛ばした。
「っ!?」
「っ!?」
2人は光すらも超える速さで飛ばされる。その瞬間、2人の意識は唐突に暗闇の世界へと誘われて行った。
━━少し前……
「真耶!逃げるにゃ!」
アイティールの叫び声が聞こえる。それと同時に真耶とアポロンが戦い始めた。青い炎を纏うアポロンと、右脇腹に穴を開けた真耶が激戦を繰り広げ始めたのだった。
「真耶……!」
アイティールは思わず声を漏らす。そして、手を伸ばそうとした。
「ダメ!」
しかし、ヘファイストスが手を前に出し止めてくる。その手はかなり震えており、汗でびっしょりだった。
「止めるにゃにゃ!にゃあが行かにゃいと、真耶が死ぬにゃ!」
「それでもダメぇ!今のアポロンはどこかおかしい!あんなの見たことないし、勝てるわけないわよ!」
ヘファイストスは泣きながらそう叫んだ。だが、ヘファイストスの言っていることは正しい。あれほどの力をこの場の全員が見たことないし、ましてやアポロンがあそこまでおかしくなるのを見たことがない。
しかし、それでも行かなければならない。でないと、真耶が殺される可能性がある。だが、アイティールがアポロンに勝てる可能性もほぼ0だ。真耶が勝てなければこの場の全員勝てないとまで言っていい。
そんな敵がいるところにアイティールが言っても、足でまといになるだけだろう。それがわかっているからヘファイストスは止める。
「ま、真耶……!」
「アイティールさん、行っても無駄ですから大人しくしててくださいよ」
唐突に声をかけられた。声の方を向くと、そこにはルリータ達がいる。3人とも先程のアポロンの姿をみて集まってきたらしい。そうこうしているとクロエも合流した。
「何……あれ……?」
クロエは神妙な趣で問いかけた。しかし、誰も分からない。
「分かりません。ですが、ああなる直前にアポロンの背中に黒い羽が刺さっているのは見えました」
「「「っ!?」」」
「それって、もしかしたらここにいない誰かが何かしたってこと!?」
「確かにそうなるな」
「もしくは妾達の誰かが裏切り者か……じゃな」
無為がそういった時、その場の全員がいっせいにヘファイストスの方向を向いた。
「っ!?わ、私は……!べ、別にアポロンをあんなふうにしようとしたわけじゃ……っ!?」
ヘファイストスが怯えながら否定しようとした時、アイティールがヘファイストスの体を押し倒し拘束した。そして、首元にクナイを当てて言う。
「おみゃーは敵にゃんね?だったら、アポロンがあんなふうになるように出来たにゃ」
「っ!?ち、違っ……っ!?」
ヘファイストスが否定しようとした時、唐突に顔を殴られる。
「何が違うんですか?あなたはオリュンポス。だとしたら、真耶様がやられることで得をする人の仲間でしょ?」
「そ、そんなことは……」
「そんなことは無い?馬鹿にしないでくださいよ」
ルリータはそう言ってヘファイストスの鼻を思いっきりつまむ。そして、上に向かって引っ張ってヘファイストスの体を少し持ち上げた。
「いだだだだだ!や、やめ……て!」
「まぁ、ここで止める人などいないでしょうね。妾達も、不穏分子は消しておきたいのよ」
「わっちもおなじ考えよ。殺すなら今」
「っ!?」
フィトリアと無為の言葉にヘファイストスは完全に黙ってしまう。そして、涙を流しながら何とか拘束を振りほどいた。そして、直ぐにその場から逃げ出そうとする。
「っ!?」
しかし、アイティールに足元を紐で絡め取られ転けた。そのせいで逃げられない。
「や、やめて……ください……!」
ヘファイストスは泣きながら土下座をしてアイティール達に命乞いをする。そして、額を地面に擦り付け更に続けて言った。
「こ、殺さ……ないで……ください……!ごめん……なさい……!ごめん……なさい……!ごめん……なさい……!……」
ヘファイストスは壊れたかのように謝罪を続ける。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……!」
「うるさいにゃ」
アイティールはそう言ってヘファイストスの頭を踏みつけた。すると、ヘファイストスの言葉が止まる。
アイティールはヘファイストスが完全に黙ったのを確認すると、髪の毛を掴んで持ち上げてみた。
「で、言い訳は?」
アイティールの言葉に怯えたように反応した。その様子は、まるでお化けに怯える子供のようだ。アイティールはそんなヘファイストスに哀れみの目を向けながら何かを我慢するように歯を食いしばった。
読んでいただきありがとうございます。