第157話 炎の拳
真耶は剣を抜くと走り出した。風のようにその場を駆け巡っていく。ヘファイストスは次々に巨大な剣を生成するが、真耶はそれを躱し、避けきれないものは切り裂いた。
生成される剣の側面や、飛んでくる岩などを足場に駆け巡る。そして、遂にヘファイストスに隙ができた。地形を連続で生成していたためか、一瞬だけ生成にラグが生じる。その瞬間を真耶とクロエな狙う。
「行くわ！”黒炎の太刀”」
「”雷鳴閃”」
クロエは自分の鱗を剣に変え、黒い炎を纏わせる。そして、上空から急降下しながら襲いかかった。
真耶は、その剣に……アンダーヴァースに雷を纏わせる。そして、アンダーヴァースを構え襲いかかった。
しかし、2人の攻撃はハンマーで防がれてしまう。そして、ヘファイストスは反撃を繰り出す。
大振りなその攻撃は、真耶にもクロエにも当たらず空を削った。そして、その隙に再び2人は攻める。鋭い刃を向けて喉元を狙う。だが、その時とんでもないことが起こった。
「「「っ!?」」」
なんと、真耶が攻撃を外したのだ。しかも、ヘファイストスが避けることもなく。
その事実はその場にとてつもない衝撃を与える。
「真耶……さよならよ！」
そう言ってヘファイストスがハンマーでたたきつぶそうとする。クロエはそれを見て慌てて近づこうとするが、ヘファイストスの魔法によって阻まれてしまう。
「全く……目が見えないってのは大変だよ」
真耶はそんなことを言って足を上げた。どうやら蹴りでハンマーをはじこうとしているらしい。無理っぽいが、やらなければ無理かどうかすら分からない。
「ギャンブルだな」
真耶はそう呟いてニヤリと笑う。そして、ヘファイストスのもつハンマーを足で触れた。すると、ものすごい力で足が押される。そのせいで地面が少しえぐれてしまった。
しかし、真耶の方が何枚も上手だったようだ。そのままハンマーを押し返されヘファイストスは蹴り飛ばされる。
「嘘っ……!?でも、まだよ！」
ヘファイストスはハンマーを地面に叩きつけ土で棘を作り出した。そのような棘はいくつも生成され、真耶へと近づいていく。
真耶はそれを見てその場から離れようとした。しかし、何故か体が上手く動かず逃げられない。そのせいで、棘のひとつが左胸に深く突き刺さった。
「っ!?」
真耶はその棘を慌ててへし折る。そして、直ぐにその場から離れた。だが、その時には既に攻撃が向かってきていた。巨大な直方体の土が真耶を推し潰そうとする。
「全く……なんでこんなことになったんだろうな……？」
真耶はそう言ってため息をひとつはいた。すると、そんな真耶を誰かが抱き抱えて逃がしたのだ。そして、真耶の問いかけに答える。
「知らにゃいにゃ。勝手に真耶が起こしたにゃんよ」
「……だな」
真耶は微笑んでそう言った。そして、少し離れた場所に移動して助けてくれた人を見る。
「なんでここに入れたんだ？」
「閉じる前に滑り込んだにゃ。あとの3人も来たにゃ」
真耶の問いかけにそう答える。真耶は目薬を両目に指して、ぼやけていた目をはっきりさせると、その目でその人物を見つめる。すると、そこには黄色い髪の毛のロリっ子がいることが分かった。頭には猫耳、尾てい骨からはしっぽが出ている。
そう、真耶を助けたのはアイティールだった。アイティールは颯爽と真耶を抱き抱えて少し離れた場所に止まった。そして、結界を張って自分と真耶を守った。
「全く……お前まで来たら色々めんどくさいだろ」
「助けられておいてにゃに言ってんにゃ」
「助けてくれとは言ってないだろ？」
「じゃあ、もう二度と助けにゃいにゃ」
「そうか、じゃあ俺は一生お前に付きまとって助け続けてやる」
「どうしてそうにゃるにゃ？」
アイティールは呆れながら、頬を赤らめながら真耶にそう言った。真耶は少し笑うと左目を左手で覆い隠し、魔力を溜める。そして、結界の外に出て見開いた。
その目には神眼が浮かんでいた。真耶はその目を黄色く光らせる。そして、更に魔力を溜めていき、赤い光へと変色させた。
「っ!?」
それを見たヘファイストスは言葉を失う。そして、直ぐにハンマーを構えて振り下ろした。すると、地面が盛り上がり棘が出来る。
「無駄だ。”物理変化”」
真耶はどこにも触れることなくヘファイストスが作り出した棘を分解した。
「神眼の更に先……”真理の目”だよ」
真耶はそう言って走り出す。そして、腰に収めておいた剣を抜き、両手に握る。
「嫌な感じがする……！」
ヘファイストスは直ぐに逃げ出した。地面を作り出して発射台のように勢いをつけその場から離れる。
しかし、それは無駄な事だった。真耶は瞬きをする間もなく、先程までヘファイストスがいた場所に来ると、盛り上がった地面を切り裂く。そして、再び姿を消し、今度はヘファイストスの斜め上に現れた。
その目は殺人鬼のように赤く光っている。両手に握る剣を構え、赤黒い殺気を纏わせた。そして、真耶はヘファイストスの右肩と左の脇腹を貫く。
「っ!?」
ヘファイストスはその一瞬の出来事に思考が止まった。そして、体を硬直させ真耶を見る。
真耶の目は、完全に人を殺す目だった。これまで幾度となく見てきた『戦う目』ではなく、『命あるものから命を奪う……殺す目』をしていたのだ。
「ヤダ……！死にたくない……！」
ヘファイストスは思わずそう言って涙を流した。……ヘファイストスはオリュンポスだ。そのため、人を殺してきた。悪魔も魔人も、様々な生物を殺してきた。それも、全てはゼウスのために。
そんなヘファイストスが今更命乞いをするなどおこがましいのかもしれない。だが、少なくとも、ヘファイストスは真耶にだけは殺されたくなかった。……と言うより、真耶に人殺しをさせたくなかった。なんせ、ヘファイストスと違って真耶は『独り』だったから。
「ダメ……！」
ヘファイストスはそうつぶやく。そして、目を瞑った。
その刹那、空から何かが降ってきた。それは、凄まじい熱気を帯びており、灼熱を纏っている。周りに存在するものを溶かし、焼き付かせた。
「全く……何故こんな雑魚に負けるんだ？」
「ご、ごめんなさい……！」
「もういい！ったく、なんでお前のお守りをやらされたかよく分かったよ。お前だけだと直ぐに殺されるからな。この雑魚！」
そう言って灼熱をまとった男が真耶の前に歩いてきた。真耶はヘファイストスに突き刺さった剣を抜き、アンダーヴァースでは無い方の剣を腰に戻した。すると、その剣は鞘と一緒に消えていく。
「……ま、お前が出てくることは何となく察していたからな」
「へぇ、それで？俺に勝てると言いたいのか？」
「まぁ、勝てるか勝てないかは正直分からんな。お前が強いかもしれないし、弱いかもしれない」
真耶はそう言って目を閉じ腕を組んで納得したようにウンウンと頷く。すると、灼熱を纏った男は真耶を睨み言った。
「この俺を……オリュンポス十二神の1人、アポロンを倒せるとでも思ってるのか？」
ヘスティアはそう言って真耶を睨んだ。真耶はそんなアポロンを見て組んでいた腕を解き睨み返す。
「お前に1つ言っておくことがある。俺は……覚悟は決めたよ。嫌いなものを食べる覚悟をね」
真耶がそう言った途端アポロンが両手を握りしめ炎を纏わせた。そして、炎の拳を作り上げ襲いかかってくる。しかし、真耶はバックステップでそれを避け炎、雷、氷のエネルギー弾を作り出した。
「近接戦闘《殴り合い》でもするつもりだったのか？」
「……姑息なやつだ。面白くないクソ野郎だな」
「そう言うと思ったよ。だから……」
真耶はそう言うと更にエネルギーを増やした。そして、その内の一つを手元に持ってくる。
その時、ふとクロエが目に付いた。見ると、真耶が遠距離戦闘をすることを望んでいる様子だった。だから、真耶の言葉に対して首を横に振っている。
そして、真耶は少し気になったため他の皆にも目を向ける。すると、全員クロエと同じ意見らしい。同じように首を横に振る。真耶はそんな皆を見て少しだけ笑うと、恐怖に満ちた笑みを浮かべて言った。
「……俺も初めからそのつもりだ」
そして、炎のエネルギー弾を剣に変形させ右手で握りしめる。そして、左手で背中に収めているアンダーヴァースを抜いた。
アポロンはそんな真耶を見て笑う。そして、全身に炎を纏わせた。
「面白い！」
アポロンはそう言うと真耶に向けて飛びかかってくる。そして、その拳を振り下ろした。真耶はそれを炎の剣で防ぐ。そして、バク宙をするように体を回転させアポロンを蹴り飛ばす。
更に、地面を強く蹴り、飛ばされるアポロンに追いつくと、アンダーヴァースを構え薙ぎ払うように上から切りつけた。
「舐めるな！」
アポロンはそう叫ぶと炎の波動を放つ。その波動は真耶の体を吹き飛ばすのに十分な威力を持っていた。
そのため真耶は攻撃を与えられずに吹き飛ばされてしまう。そして、少し離れた岩に激突した。
アポロンはそんな真耶を狙って殴りかかってくる。まるで隕石のような光を放ちながら紅蓮の拳を向けてくる。真耶はアポロンを見てすぐにその場から離れた。すると、すぐあとにそこに強烈な一撃がおみまいされた。
「逃げるのか!?」
「逃げるよ。危ないからね。そういうんだったらお前は逃げるなよ」
「何？俺が逃げるとでも思ってるのか？」
真耶はアポロンを見つめながら後ろにものすごい勢いで逃げる。そして、その目に孤独の眼を浮かべた。
「”プロミネンスオーラ”」
その刹那、アポロンの攻撃が真耶に向けて放たれる。強烈な熱波は真耶の体を焦がした。しかし、真耶は動じなかった。体が焼き付く中左目を見開きアポロンを見つめる。
左目が焼き付いていく。まるで左目に火がついたマッチ棒を詰め込まれたかのように、燃えるような痛みが襲う。しかし、それでも目を閉じない。目を見開きたった一言呟いた。
「……”開け”」
その刹那、真耶とアポロンの間に謎の扉が開く。そして、そこから淡い紫色の剣が現れた。真耶はそれを見て急ブレーキをかけると、地面を強く蹴りアポロンに向かっていく。その途中でその剣を掴み、強く握りしめ襲いかかった。
「っ!?何だそれ!?」
「さぁな。何かだ。”冥閃・影断つ光”」
真耶は淡く光る剣を縦に振り上げる。すると、淡い光の一閃がアポロンが放つ熱波を綺麗に切り裂いた。２つに分かれてる熱波はちょうど真耶がいる場所を避けるかのように周りの木々を焦がしていく。
「さすがだな。紅い森の木は基本的には燃えないんだがな。これを焦がしたのはお前で2人目だ」
真耶はそう言って再び剣を構える。そして、地面を蹴り上げ空を舞う。その時、アポロンが真耶の方を向いて何かを溜めているのが見えた。
「させないよ。”雷壊・白雷の海”」
真耶はそう呟いて前宙をする。そして、それと同時に淡い紫色の剣を振り払う。すると、白い稲妻が地面を走る。そして、瞬く間にその近辺の足場は白い稲妻の海と化した。
アポロンはそれにいち早く気が付き直ぐに飛び上がった。そして、なるべく木の上に着地する。しかし、エネルギーを溜めている途中で逃げ出したため十分な量を溜めることが出来なかった。
「後ろはきちんと確認した方がいい」
そして、その言葉と共にアポロンの背後に真耶が現れる。アポロンは慌てて腕を振り払い後ろに攻撃する。すると、そこにいた真耶に当たった。しかし、感触がない。まるで霞を殴ったかのようだ。
そう思っていると真耶の体が透け始めた。どうやら本当に霞だったらしい。アポロンは慌てて周りを確認する。気がつけば、辺りは霧がかかっていて周りが見えにくい状況となっていた。
「なんのつもりだ……!?」
「背後だけじゃなくて前も気をつけな。”水禍・水兎堕ろし”」
その刹那、アポロンの右腕が切り落とされる。慌てて後ろに飛び退くが、右腕から吹き出る血がアポロンの進む道標となってしまっていた。
真耶はその血を見逃さない。確実にその目で捉え切り裂こうとする。そして、直ぐに地面を蹴り上げアポロンへと向かっていく。
「終わりだ。”水禍・霧真天華”」
その刹那、花びらのように煌めく霧がアポロンの体に無数の傷をつけ儚く光を放っていた。
そして、この後真耶は後悔する。この時……この瞬間、この確実に殺せたであろう瞬間に、アポロンを殺さなかったことを。
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