第155話 世界消してみた(笑)
ルリータはその言葉を聞いた瞬間に恐怖で思考が停止した。何か言い返そうものならあの黒い目で何をされるか分からない。そんな考えが頭をよぎるからだ。
さっきまで体の中に這いずり回るように溜まって言った恨みの念は、全くと言っていいほどなくなってしまった。それ以上に、ただこの目の前にいる悪魔から逃げたいという気持ちしか湧いてこなかった。
「はぁ……はぁ……!」
ルリータの呼吸がどんどん荒くなっていく。心拍数が上がっていき、胸が苦しくなる。さし貫くような恐怖が、片目が見えないせいで倍増してしまう。
「ふふ、怖いの?苦しいの?」
アイティールはそう問いかけ笑う。
「ま、これでわかったでしょ?」
アイティールがそう言うと、ルリータは大粒の涙を流しながらブンブンと首を縦に振った。
「孤独の痛みだって……私にも分かるのよ。それに、死ぬのが痛いのも知ってるわ。あの時……殺されちゃったからね」
アイティールはそう言って暗い顔をする。しかし、直ぐに笑顔に戻って言った。
「ルリータちゃんも可愛いとこあるにゃんねぇ♡それに、不満をぶちまけるのはいいことにゃんよ」
アイティールはそう言って頷く。
「……あ、あと、これだけは言っておくにゃんけど、真耶の前でこんな話しちゃダメにゃんよ。真耶はにゃあが死んだせいで孤独に敏感だからにゃ」
「どういうことです……?」
「そのまんまの意味にゃ。あまり自分の事は話してくれにゃいけど、真耶はあー見えてメンタルよわよわにゃ。生まれて直ぐに孤独を味わって、信じてた人にも裏切られて、記憶を書き換えられて、そして……いや、数えだしたらキリがにゃいにゃんよ」
そう言って少し考える。そして、続けて言った。
「いつか上手くいくって思ってるんだろうけど、そんなのは成功した人しか言えにゃいにゃ。失敗し続けてきた人は、いつか上手くいくなんて思えない。続けたところで失敗する。そんな恐怖でいっぱいにゃ。そして、それが真耶にゃ」
アイティールはそう言って悲しそうな目をした。ルリータはそんなアイティールを見て少しだけ俯く。
すると、そんなくらい空気を破るかのようにフィトリアが言った。
「あの、そう言えばなんだけど、クロエさんはどこにいるの?」
そして、その瞬間、クロエが戦っていることに気がついた。
「「「……あ」」」
3人は目を見合せて少し笑うと、クロエ達の元に向けて駆け出した。
━━……少し前……
真耶はルリータの話をした後にゆっくりと歩き出していた。そして、その先にいる敵に向けて気配を消して近づく。
真耶はゆっくりとその剣の柄を握りしめた。そして、気づかれないまま背後まで忍び寄ると、とてつもない速さで剣を抜く。
カキンッ!
しかし、その凄まじい勢いで抜かれた剣は止められた。甲高い音が鳴ったと共に大量の火花が散る。そして、その剣は鉄の巨大なハンマーのグリップの部分で止められていることがわかった。
「「「真耶!?」」」
サタン達は突如現れた真耶に驚く。
「……分かってたよ。いつか来るって。だって、いつも私がなにかやらかすんだもんね。また、4人でワイワイキャピキャピ出来ないのかな?真耶がいて、アーサーがいて、モルドレッドがいて、私がいて……そこにどんどん人が増えていく。これじゃダメなのかな?」
真耶が襲った相手はそんなことを言ってきた。その声はどこか震えており、泣いているのがよく分かる。しかし、分かったところで何も変わらない。真耶は冷たい目で、冷たい声で、冷たい言葉で言った。
「あぁ、ダメなんだ。もう……手遅れすぎた。あの時とは全てが違う。世界が……俺を許さないんだよ」
「そんなことない……!きっと……皆わかってくれるはず……!」
「無理だね。光の前では闇は存在できない。アーサーという光がいる以上、闇という存在の俺は存在できないんだ。だから、俺が存在するためには光を消す必要がある。でも、光は消えないだろ?」
「……そ、それは……」
「そういうことだ」
真耶はそう言って少し距離をとると、目にも止まらぬ速さで襲いかかった。
相手はそれを咄嗟にハンマーのグリップで止めた。そのせいで大量の火花が散る。
「オリュンポスという集団の中に染ってしまったお前には俺の気持ちは分からねぇんだよ!なぁ!?ヘファイストス!」
真耶はそう言ってそのままヘファイストスを押し倒そうとする。しかし、ヘファイストスは真耶を蹴ることで離れ、押し倒されることは無かった。しかし、その時ヘファイストスは違和感を覚える。だが、その違和感がなにかには気づかなかった。
「あの時は負けたけど、次は負けないよ!”大地波”」
ヘファイストスは何事も無かったかのようにハンマーを握りしめると、全力で地面を殴り付けた。すると、地面はグラグラと揺らぎ、巨大な波が形成された。それは、真っ直ぐ真耶を襲う。
「ハハッ!面白い!」
真耶はそう言ってニヤリと笑うと剣を力強く振り下ろす。すると、強烈な裂破が放たれた。その裂破は空気を切り裂きながら土の波を真っ二つに切り裂く。
「嘘っ!?」
ヘファイストスは波を切り裂かれたことに驚き、思わず声を上げる。しかし、直ぐに武器を構えて攻撃に備えた。
真耶は波を切り裂くと、即座に走り出す。そして、波に出来た狭間をすり抜けヘファイストスに向けて攻撃を繰り出す。
ヘファイストスは真耶の繰り出す攻撃をハンマーで捌く。真耶は攻撃を防がれると、直ぐに別の角度から攻撃を繰り出す。その度にヘファイストスは真耶の攻撃を防ぐ。
「言ったでしょ!前とは違うって!”大地の怒り”」
ヘファイストスはそう言って攻撃を弾いて反撃を繰り出した。ハンマーを地面をもう一度叩きつける。すると、地面が盛り上がり手の形になった。その手はそのまま拳となって、真耶に向かって振り下ろされる。
「っ!?」
真耶はそれを見て直ぐにその場から離れた。しかし、その拳は何度も振り下ろされる。
「めんどくさいな……”真紅・炎神”」
真耶の剣が目にも止まらぬ速さで抜かれる。そして、いくつかの炎の斬撃が飛び出した。その斬撃は土の拳を切り裂く。
「まだまだぁ!”灼熱の大地”」
ヘファイストスはそう言って地面を灼熱の大地に変えてしまった。溶岩のようにドロドロとしたものが流れる地面は、一瞬触れただけでも火傷をすることが目に見えてわかる。
真耶は地面が変わる前にその場から飛び退き、近くの木の上に止まった。そして、片目を閉じて魔力を溜める。
「逃がさないわ!”灼熱の礫”」
ヘファイストスはそのハンマーで真耶に向けて礫を飛ばした。それは、地面をえぐり、吸収しながら飛んでいく。さらに、空気で摩擦熱を発生させ灼熱の炎を灯す。
その、隕石にも似た礫は真耶を容赦なく襲いかかった。しかし、真耶は避けようとしない。反撃する素振りも見せず魔力を溜める。
「諦めたの!?だったらそのまま死になさい!」
「……バカが。なわけだろ。”時眼・時喰い”」
その刹那、真耶の右眼が金色の時計の模様に変わる。そして、その金色の目を血で赤く染るまで開き、溜めた魔力を放つ。すると、真耶の視点の先に揺らぎが生まれた。その揺らぎはかなりの勢いで大きくなっていき、そこにあったあらゆる物を喰らっていく。
隕石は揺らぎに触れた部分だけ消滅し、灼熱の大地さえも消滅していく。段々と巨大化する揺らぎはそこにいるものを全て消し去ろうとしているように見えた。
しかし、その揺らぎが大きくなるのと同時に真耶の右目から血の涙が溢れ出てくる。苦しそうに血の涙を流す真耶はどこか悲しそうにも見えた。
しかし、そんなことを気にしている暇は無い。真耶は揺らぎをどんどん大きくしていく。もしかすると、このまま世界も消し去ってしまうのではないかと思えるほど巨大化させる。
「……っ!」
しかし、途中で真耶の右目に激痛が走った。そのせいで思わず目を閉じてしまう。
「……はぁ、はぁ……クソっ……!」
真耶は大量の血が流れる右目を抑えながら左目でヘファイストスの方を見た。すると、その目線の先にあったものはほとんど消され、ヘファイストスの驚く姿が見えた。
「嘘……!?」
「……ハッ!世界……消してみた(笑)……って感じだな」
真耶はそう言って不敵に笑った。
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