第151話 精神に呼びかけて
「「「っ!?」」」
ヘルメスとトリスタンは突如背中に痛みを感じその場に倒れ込んだ。そして、無理やり体を起こし真耶を見る。すると、真耶の腕の部分が淡い紫色に光っていた。
「なるほどね。その程度なら秒で終わるな」
真耶はそんなことを言ってニヤリと笑う。その笑顔は彼らからすればただの恐怖でしか無かった。
「クソ……!舐めるなよ!”呪言・地獄の波動”」
ヘルメスは本を開き文字を浮き出させる。そして、その文字から不穏な波動を放つ。しかし、真耶には通用しない。
「まずは1人……これで俺の平和に1歩近づく。死ね、ヘルメス」
真耶はそう言ってアンダーヴァースを振り上げた。そして、勢いよく振り下ろす。
無慈悲にも振り下ろされたその剣は空を切りながらヘルメスに向かっていく。淡い紫色の光を放ち、太陽の光反射して煌めくその刃はどこから見ても絶望だった。
そして、その絶望は目の前へと迫ってくる。利き腕で振り下ろされる一撃は目で捕えることは難しい。まるで世界すらもヘルメスを殺そうとしているかのように、その剣はヘルメスの頭上に振り下ろされる。
「死ぬ……!」
ヘルメスは歯を食いしばった。全てを覚悟した目で振り下ろされる剣を見つめる。そして、ヘルメスは目を閉じた。
だが、いつまでたっても剣は当たらない。痛みどころか何も感じないのだ。どうやらその剣が当たることは無かったらしい。
ヘルメスは恐る恐る目を開いた。すると、何故か剣の軌道がズレ、地面を切り裂いている真耶がいる。
「っ!?」
「っ!?」
「っ!?」
ヘルメスも真耶もトリスタンも驚き思考が止まった。真耶は直ぐに自分の邪魔をした人を探すべく左目で周りを見つめる。
しかし、誰も見つからない。周りを見ても誰もいないのだ。気配どころか生命反応すらない。
「なるほど……クロエか」
真耶はそう呟いて自分の左腕を右腕で握りしめた。すると、真耶の意識の中でクロエが話しかけてくる。
真耶は精神世界の自分を頭の中で形成しクロエと話す。
「……クロエ……。なんで俺の邪魔をした?」
「……」
「……」
真耶の問いかけにクロエは答えない。そして、真耶も黙ってしまう。沈黙が訪れたその空間は、なんとも言えないような空気が流れていく。
「お前にもお前の考えがあるのだろうが……俺にも俺の考えがある」
「……」
「なにか喋ったらどうだ?クロエ……お前が何か喋らないと会話が成り立たない。これでは俺が言い訳してるだけみたいだ」
真耶は少しお願いする気持ちを込めてクロエに話す。しかし、クロエは話す気配がない。完全に閉ざしてしまったその口は、なにか言いたげではあるが開こうとしない。
「……クロエ、きまづいから話してくれ」
真耶は少し気まづそうにそう言った。すると、遂にクロエが口を開く。
「……真耶……殺しはダメだよ。そっちの道に行っちゃダメ」
「何?今更だろ?俺はこの手で何人も殺めた。今更止まれると思うか?」
「だからこそだよ。引き返そうと思えば引き返せる。でも、それ以上進めば後戻りは出来ない。……あのさ、私を復活させて。殺しは私がする。真耶の背負うもの全てを私が背負う。だから、真耶は楽に生きて……!もう十分辛い思いはしたはずだよ。全部わかってるから……」
「悪いな。それは出来ない。自分のものは自分でなんとかする。人に押し付けることは出来ない」
「ても、そのせいで苦しんできた。生まれて初めて人を頼るんだよ。もう何もかも全て投げ出して、私とアイティールちゃんに任せてよ。そんな苦しそうな顔しないでよ……!」
クロエは泣きそうになりながら真耶に懇願する。しかし、真耶は表情を変えることなく言った。
「たとえお前らに頼ることが善だとしても、俺は俺の力で何とかする。たとえ悪に染まっても……」
「それはさせない。絶対に止める。……私達もう分かってるんだよ。真耶が……人を殺す時、すっごく苦しそうな顔してるの。自分に嘘をついても、ごまかせない時だってあるんだよ。だから分かってるんでしょ?」
「……なぜお前らにそんなことが分かる?」
「何でって……私もアイティールちゃんも、真耶が生まれた時から知ってるんだよ?全部……」
クロエは何かを言いかけてやめた。そして、涙を流して口元を抑える。何故か吐き気を押えているようにも見える。
真耶はそんなクロエを見て頭の中に流れ込んでくる情報をかき消そうとした。ケイオスが冥界にいた真耶と一緒に持って帰ってきた記憶……それら全てを無に返そうとした。
しかし、悪い記憶は消えない。無限に頭にしがみつき、無限に真耶を苦しめようとする。全て忘れてしまっても、因果のように無理やりつながっていく。
「始まりがあれば終わりが来る。もしかしたら、真耶の苦しみも終わりが来るのかもしれない。それに、始まりは全然違うのもあるじゃん!真耶は真耶のものじゃないものも自分のものとして責任を負ってる!なんでそれまで真耶1人で解決しなくちゃならないの!?」
「始まりはどうであれ、関わってしまった以上俺の手で終わらせる必要がある」
「ない!何も無いんだよ!真耶が責任を負う必要なんかないんだよ!お願いだから、もう何も考えないで、全てのことから逃げてよ!諦めて、戦いの無い生活を作ってよ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」
クロエは泣きながら真耶にそう言った。真耶はそんなクロエを見て少しだけ俯くと、優しい笑顔を浮かべて抱きついた。
「っ!?真耶……」
「……クロエ、お前の気持ちはわかったよ。でもさ、逃げたくないんだよ。今ある現実から。誰かのためにとかじゃなくて、俺のためにさ。確かにアイティールのために戦っていたこともあるよ。でも、本当は俺が怖かったからなんだ。目の前の現実から目を逸らして、大切な人を失うのが怖かったから戦ってたんだ」
「でも、本当に大切な人さえいれば幸せじゃん!」
「確かにそうかもしれない。でも、他の人達といるのも幸せかもしれない。そんな人たちを失うってことは、幸せを失うってことなんだ」
「……!そうかもしれないけど……!」
クロエは優しく頭を撫でる真耶の胸元を鷲掴みにして顔を埋める。
「クロエは俺に人を殺させたくないんだろ?俺も同じだよ。アイティールにも、お前にも誰かを殺させたくない。だからさ、少し我慢してくれないか?」
真耶は優しく微笑んでクロエに問いかけた。クロエはずっと顔を埋めて真耶の目を見ないようにする。しかし、少しだけ沈黙を投げつけた後にこくりと頷いた。
「ありがとな。クロエの体はあの2人を何とかした後に復活させるよ」
真耶はそう言った。すると、真耶の体が消え始める。どうやら覚醒する時が来たらしい。精神世界の体が崩壊し始める。
「クロエ、お前の気持ちは受け取った。殺しはしないよ。安心して」
真耶はそう言って現実へと意識を戻した。
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