第143話 爪と剣
「ケイオス!?無事だったの!?」
「あら?人の事心配してる暇あるのかしら?あなたのお腹はもう限界でしょ?」
「あ、そうだった……っ!?な、なんだか急にお腹が……!」
奏はそう言ってギュルギュルと音が鳴るお腹を押えながらうずくまった。すると、ペルセポネは言う。
「ふふ、この腕でお腹を殴ったらどうなる事かしら」
「ヒィッ!や、やらぁ……!」
奏はペルセポネの言葉を聞いて怖気ずく。そんな時、唐突にパチンッという指をならす音が聞こえた。そして、何故か奏の腹の痛みとお尻の痛みが消えていく。
「あれ?なんで?」
「”時眼”……」
ケイオスはそんなことを言いながらペルセポネを見ていた。その目には金色の時計が浮かんでいる。
「……そんなものも持ってたわね」
「……」
ペルセポネの言葉にケイオスは一切反応することは無い。すると、もう1人の真耶が後ろから殴りかかってきた。その手には淡い紫色の炎が灯っている。
「……」
ケイオスはそんな真耶に向かって振り向きながら指を鳴らした。その場にパチンッという音が鳴り響く。その時真耶はなにかに気づいたのか、右に全力で逸れた。
「ま、気がつくよな」
「……」
「”時喰い”」
ケイオスはそう言って右目を光らせる。そして、もう1度鳴らした。真耶はそると同時にその場から離れる。
「全力で潰す」
ケイオスはそう宣言すると、爆発的に殺気を高め赤黒いオーラを纏った。そして、剣に手をかけ走り出す。その速さはまるで音のようだ。
真耶はそれを見て表情を変えることは無い。ただその姿を捕えるために集中する。そして、片目に淡い紫色の炎を宿す。
「”双剣撃”」
ケイオスの声が聞こえた。それと同時に2方向からの攻撃が真耶に襲いかかる。しかし、真耶は動揺することなくその攻撃を躱した。
「……”冥閃”」
真耶の手のひらに淡い紫色の炎が溜まった。真耶はそれを地面に叩きつける。すると、そこから閃光のように鋭くとがった淡い紫色の剣がケイオスの胸を突き刺した。
そして、そこで初めてケイオスが二人いることに気がつく。どうやら何かしらの魔法で分身していたらしい。だが、真耶の攻撃はその2人を同時に突き刺す。
「……ま、そうなるわな」
ケイオスのその一言で2人のケイオスの体が爆散した。そして、中から大量の丸い小さなボールが飛んでくる。真耶はそれを1つ弾いた。すると、それらは爆音を鳴らし始める。
「っ!?」
その音は近くにいた奏とペルセポネにまで影響を与えた。
「っ!?何!?ケイオス!?」
ペルセポネは耳を抑えながらそうつぶやく。そして、ケイオスの姿を見る。すると、ケイオスが何かをしようとしていることがわかった。
「最大限本気を出して頑張るよ。”来い。時の龍”」
ケイオスはそう言って腕を大きく回す。そして、流れるような動きで手を合わせた。すると、ケイオスの背後から巨大な時の龍が現れた。その龍は巨大で、その口は真っ直ぐ真耶を狙う。
「……」
真耶は龍を見ながら左眼に紫色の炎を宿した。そして、その瞳で龍を見つめる。
その怪しげに光り輝く濃い紫色の炎を纏う瞳は、唐突にこれまで感じたこともないほど禍々しい魔力を放った。
「っ!?」
「次は……こっちの番だよ」
真耶がそう言った時、ケイオスは握りしめていたアヴァロンナイトを勢いよく振り下ろした。すると、その剣から凄まじい勢いの裂破が放たれる。
それは容赦なく真耶を襲い、吹き飛ばした。しかし、真耶は何事も無かったかのように体を回転させ着地すると、右手に魔力を溜め始めた。そして、それは具現化していき大きな爪となる。
「”冥爪・魂魄傷”」
真耶はその巨大な爪を縦に振り下ろした。すると、その爪から淡い紫色の斬撃が飛ばされる。ケイオスはそれを見て嫌な気を感じたのか、即座にその場から離れる。そして、その斬撃と斬撃の間をすり抜け躱した。
「また危なっかしい技を使ってくるな。”理滅・歪曲”」
ケイオスはアヴァロンナイトを横に振り払った。すると、その剣から歪んだ斬撃が飛ばされる。それは、ぐにゃぐにゃと歪な形を保ちながら真耶を襲った。
しかし、真耶はそれを難なく躱すと地面を蹴り近づいてきた。そして、その爪で直接攻撃してきた。
ケイオスはその爪をよく見て確実に攻撃を躱していく。そして、避けきれないものは剣で防ぐ。
カキンッという甲高い音が何度も何度も連続して鳴り響く。そして、その音とともに凄まじいほどの魔力がケイオスと真耶の周りを渦巻き、竜巻のようなものを作り出している。
そんな風の中心で2人は武器を混じえ合う。武器どうしがぶつかり会う度にその風は勢いをましていく。
「”冥爪・冥天圧”」
真耶の爪から鋭い斬撃が飛ばされた。
「”必殺の剣”」
ケイオスは真耶の爪の攻撃を見て殺気を高めた。すると、赤黒いオーラがケイオスにまとわりつき、ケイオスの左目が黄色く光る。そして、2人の姿が消えた。
「っ!?」
その数秒後に爆風が吹き荒れる。どうやら2人は消えた訳ではなく、見えない速度で動いているらしい。だから、2人が繰り出す連撃によってその場に戦いの余波が影響する。
真耶の爪は右に左にと振り回される。しかし、そのどれもが正確に急所を狙ってきているものであり、ただ闇雲に攻撃している訳では無い。
だが、それはケイオスも同じだ。攻撃一つ一つに高密度の魔力を溜め込み、繰り出される爪の攻撃を受け流しながら反撃を狙う。
2人はそんなことを繰り返していたためか、なかなか決着がつかないし、戦いは進展しない。
「埒が明かないな……」
ケイオスはそう呟いて見たこともないような魔力を放出しだした。そして、それはケイオスの体に鎧のようにまとわりつく。
「これで決める!”十拳剣”」
ケイオスはそう言って剣を地面に突き刺すと、勢いよく引き抜いた。すると、地面に走っていた地脈のエネルギーを吸収したのか、淡い紫色の魔力を纏った巨大な剣が完成した。
「……耐えろ……!」
ケイオスはその剣を真耶に向けて振り下ろす。そして、その一撃で大地は粉々に砕かれた。
「まだだ……!」
ケイオスはさらにその剣を強く握り締め、剣先を真耶に向ける。そして、その剣を凄まじい勢いで何度も突き刺した。
その一撃の威力は想像を遥かに量がするものだった。たった1回突いただけで地面は砕ける。しかも、それを何回も連続で行うのだから地面が壊れないか心配になるほどだった。
だが、それだけ強力な技なのであれば当然反動も大きい。赤黒いオーラは空気中に馴染むかのように消えていき、ケイオスの中から感じられる魔力の量が大幅に減った。
「……ハァ……ハァ……」
ケイオスは荒い息を揚げ方で呼吸を行う。そして、冷たくなっていたその手に微かな温もりを感じた。
「……」
ケイオスの呼吸が段々と元通りに戻っていく。そして、それと同時に魔力も元通りになっていく。そんな時だった。
「っ!?」
突如として絶望が訪れる。先程感じていた温もりが嘘のように感じ取れなくなった。そして、それと同時に自分の手に真っ赤な血が付着していることに気がつく。
気がつくとケイオスは右胸を抑えていた。その手は、まるで水が溢れ出てくるからそれを止めようとしているみたいだ。
だが、実際は違った。そこから出ていたのは真っ赤な液体だった。しかも、そこには巨大な禍々しい爪まで突き刺さっていた。
「ケイオス!」
奏の悲しみに満ちた声が、微かにケイオスの耳に届いた。
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