第140話 冥界
それから2人は何時間か歩き続けた。しかし、景色は一切変わることがない。それに、この世界の時間軸が真耶達のいる世界と同じ時間軸をしているかどうかも怪しい。もしかすると、こっちでの一日が向こうでの1年だという可能性だってある。
ケイオスはあらゆる可能性を考慮してなるべく早く目的を達成するようにしていた。
「ねぇ、そんなに急がなくてもいいんじゃないの?」
奏はケイオスにそう問いかける。
「いや、何があるから分からないからな。早く真耶の体に戻ったほうがいい」
「でも、そんなに慌てても良くないでしょ?」
「慌てると急ぐは違う。それに、今の真耶の体は抜け殻みたいなものだ。そんな体でどこまで持つか俺は分からない。だから、早く行かなければならないんだ」
「……そう……なのね」
奏は少しだけ暗い表情をしてそう答える。恐らく、真耶のことを心配しているのだろう。だが、ケイオスのことも少しは心配している。だから慌てて欲しくは無い。
「……あれ?そう言えばなんだけど、なんで真耶って冥界に詳しいの?なんだか行ったことがあるみたいな言い方してたけど……」
「さぁな……俺には分からない」
「なんでよ?一緒にいたんでしょ?」
「なんでだろうな……。多分、真耶自身も理由はわかってないんだと思う。理由は分からないが、ただそこに記憶が残っているだけ。そんな感じなのだろう」
「フゥン……そうなのね」
奏はケイオスの言葉にそう言うと、少しだけ考え周りを見渡した。辺りには大量の死霊がさまよっている。恐らく死者の魂がここに送られできているのだろう。
真耶曰くだが、ここに来る死者の魂は魔界の無間地獄の最下層に落ちた人の魂らしい。そこに落ちると二度と這い上がってこれず永遠の苦痛に苛まれるようだ。そして、そこで2度目の死を経験した者が冥界へと落とされる。そういったサイクルらしい。
「思ったんだけどさ、無間地獄に落ちたら死ねないんじゃなかったっけ?」
「そのはずだな」
「でも、なんで死んでるの?」
「無間地獄に落ちれば、2つの選択が迫られる。1つは、そこに残ってはい上がろうとすること。もう1つが、死んで何も無い冥界という牢獄に閉じ込められることだ。ここに来れば終わりだが、無間地獄ならまだ登れる可能性はあるからな」
ケイオスはそんなことを言う。すると、奏は首を傾げながら言った。
「あれ?無間地獄って落ちたら最後じゃなかったっけ?」
「まぁ、”ほぼ”終わりだな。登れる人もいる」
「誰?」
「俺とゼウスと魔王、そして閻魔だな」
「確かに登れそうなメンツね」
奏はそう言って苦笑いをする。ケイオスはそんな奏を見ながら少しだけ考えると、歩くペースを落とした。
「……はぁ、疲れてるなら疲れてるって言えよ」
「え?つ、疲れてないよ」
「嘘つくなよ。次嘘ついたらお尻ペンペンだからな。全く……ここは冥界だ。何が起こるかわからない。疲れがあると襲われる可能性だってあるだろ?」
「うぐ……ご、ごめんなさい……」
ケイオスの言葉に奏は何も言い返せなくなり、落ち込んでしまった。しかし、ケイオスに言われた通り休息は摂る。そして、休息を取り始めて直ぐに眠ってしまった。
「……」
淡い光にケイオスが照らされる。すると、ケイオス達に死霊達がよってきた。
「……ま、何となく分かってたけどね」
ケイオスはそう呟いて結界を張る。
「これからの戦いに備えないとだよな」
ケイオスはそう言って前を見たその方向にはこれまで見たこともないようなおどろおどろしいオーラが溢れている。
ケイオスはそのオーラの中を見た。そして、更に目を凝らして奥を見る。しかし、オーラが濃くなっていき、奥の方までは見えない。それでもケイオスはオーラの奥を見つめる。
「……まだまだ時間はかかりそうだ」
その言葉が、その場に小さく木霊した。
それから少し時間が経過した。2人はその間ずっと動くことなく体を休めていた。そして、2人は休憩を終えたのか、立ち上がり歩き始めた。
「この奥に何かいるのが分かるわ……」
「なんでそう思う?」
「だって、すっごく嫌な感じがするんだもん。どこか、苦しいような、辛いような、でも、楽しいような、嬉しいような感じがする」
「……」
ケイオスは奏のその言葉を聞いて少し考える。そして、にっこりと笑って言った。
「ま、なんとかなるだろ」
「そんな軽く流さないでよ。それに、なんとかならなそうだから困ってるんでしょ?」
「それもそうだな。ただ、お前がピンチな時は俺が守ってやるから安心しろ」
ケイオスはそう言って奏の頭に手を乗せる。すると、奏は少し頬を赤らめてふくらませた。何故か怒っているらしい。
だが、ケイオスはそんなことは気にしない。わしゃわしゃと奏の頭を撫でながら一気に押し付ける。すると、さっきまで奏の頭があった場所に鋭い斬撃が飛んできた。
奏はそれをギリギリで避ける。というより、無理やり避けさせられる。奏は唐突に頭を押し付けられバランスを崩した。ケイオスは奏を押し付けたことで左腕を切り落とされてしまう。
「っ!?ケイオス!?」
「動くな!止まってろ!」
ケイオスは奏にそう叫んで左腕を再生させる。そして、腰にたずさえた剣の柄に手をかける。
「”理滅・歪曲”」
ケイオスは剣を横に振り払った。すると、ぐにゃぐにゃに歪んだ斬撃が飛んでいく。そして、その斬撃は唐突に霧散した。
「っ!?誰かそこに……」
「出てくる前に殺すまでだ」
ケイオスはそう言って左目にクロニクルアイをうかべた。そして、指をパチンと鳴らす。すると、左目に浮かぶ時計の針が止まった。
「っ!?」
そして、それと同時に冥界の時間が止まった。ケイオスは唯一その空間で動き、敵がいたと思われる場所に向けて攻撃をする。
「死ね。”断罪之矢”」
金色の矢が何かに向けて飛ばされた。そして、それはその何かに突き刺さる。そして、金色の光を上げながらその何かを光の粒子に変え消し始めた。その時、止まっていた時間は進み始めた。
「さて、誰が来たかな……」
ケイオスはそう呟いて剣に手をかける。すると、人影が見えてきた。その人影は右肩の部分に金色の矢が突き刺さっており、その部分から粒子となって霧散している。
ケイオスはその人影の正体に気が付きなるほどと思う。なんと、その人影の正体は魂だった。その魂とは、死して冥界へと来た魂なのだ。
そんな魂がケイオスを襲ってきた。その事実を知ったケイオスは少し考えるような素振りを見せる。そして、何かが分かったかのように呟いた。
「なるほどな。俺が殺した人の魂か」
「っ!?それって、アヴァロンにいた人のこと!?」
「ま、そんな感じだな」
ケイオスはそう言って手を前に突き出すと、静かに魔力を溜めて放つ。
「”イフリート”」
そして、ケイオスの手から燃え盛る火炎が放たれその場は火の海と化した。
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