第116話 次への道を拒む者
「……」
「……」
「「「……」」」
その場に沈黙が流れる。強い信念を持った2人は共に見つめ合いその意志の強さを見せつけ合う。
こんなってしまえばもうどうしようもない。2人は何を言っても聞かないだろう。真耶は静かにサタンの顔を見るし、サタンも静かに真耶の目を見る。
「……」
「……」
ずっと沈黙が流れる。ただ沈黙が流れているだけなはずなのに、その場にはいつもより何倍も重く暗い圧力が感じられた。
「……俺は……お前がそういうとわかっていたよ」
唐突にサタンが沈黙を破る。そして続けた。
「多分、アーサー兄のところに行くんだろうなって分かってたよ。もう真耶とは1年近く一緒に過ごしているからな」
サタンはそう言ってゆっくりと立ち上がった。それと一緒に真耶も立ち上がる。すると、その場の全員も立ち上がった。
「なるほどね。嵌められたわけか。道理で今日の朝はトレーニングルームにムラマサが居ないわけだ」
「……そういうことだ。お前には行かせるわけにはいかない。アーサー兄からの頼みと、俺自身の頼みだ。”ネオグラビティ”」
サタンは話を終えると真耶に向かって魔法を放った。唐突に放たれた魔法を見た真耶は即座に後退し避ける。
「逃がしませんわ。”バインドプラント”」
真耶が後退した場所にアルラウネが植物を生やす。そして、真耶を拘束しようとする。しかし、真耶はそれを全て避けた。
「危ないな。どうしても行かせないつもりか!?」
真耶は少し怒ったような声でそう聞く。すると、サタンは言った。
「そのつもりだ!”ジオグラビティ”」
再びサタンは重力魔法を放つ。真耶はそれを難なく躱すと扉に向かって走り出した。
しかし、サタンは重力魔法を使った時に突き出した左手を強く握りしめた。すると、唐突に部屋の中心に向けて強い重力が発生する。
そして、部屋の中心には黒い玉があった。真耶はそれを見てすぐに理解する。
「その玉が原因か……!」
真耶は最初は重力に逆らって外に出ようとしたが、その強さに抗えず玉を壊す方にシフトする。そして、プラネットエトワールを抜こうとした。しかし、何故か手元にプラネットエトワールが無い。
「武器は没収っスよ。こんな危ないもの持たせておけないっスからね」
「チッ……!だがまだリーゾニアスが俺にはある」
真耶はそう言って背中の剣に手をかける。リーゾニアスは基本的に真耶以外の者に触れられることを嫌う。そのため、真耶以外触れることさえ許されない。それが分かっていたから誰も盗むことが出来なかった。
「これで……」
「おっと、いけませんね。室内で刃物を振り回したら……」
突如そんな声が背後から聞こえる。しし、振り返っても誰もいない。それどころか、唐突にその場にいた全員が消えた。気配も魔力も何も感じなくなる。
「もうあなたは夢の中ですよ。小生の作りだした夢の中……さぁ、早く眠りにつくといいですよ」
真耶の耳にそんな言葉が降り注いでくる。その言葉を聞いた真耶は少し慌てるが何とか思考を巡らして眠らないようにする。
そして、今がどんな状況なのかを瞬時に把握する。しかし、分かったとしてここから脱出する方法が見つからない。
「諦めた方が良いですよ。小生の作りだした夢の中では、小生が全てですから」
夢幻の声が耳に響いてくる。そして、急激な眠気に襲われる。どうやら本当に夢幻が全てらしい。恐らく眠らせようと思えば簡単に眠らせられるのだろう。
「っ!?……クソ……!まだ……俺は……!」
真耶は頭を何度も叩き、苦悶の表情をうかべながらその眠気に耐える。そして、何とかこの現状から抜け出そうと考える。
「クソ……!」
そして、真耶は自分の唇を噛んで、その痛みで無理やり脳を起こそうとした。そして、その作戦は成功する。
覚醒した真耶は咄嗟に顔を上げ、その場の状況を把握する。部屋の中心に向かっていた重力は無くなっていたものの、サタンを含めた12死星の全員が真耶に向けて戦闘態勢をとっていた。
「たとえ真耶様でも、この数を相手には出来ないですよね?ましてや、片腕でなんて以ての外です」
「フッ、お前らはそこまでして俺を行かせたくないんだな?」
「そうですよ。だから大人しくしてください。暴れるのなら拘束して檻に監禁しますよ」
「……そうか、なら、やってみろ」
真耶はニヤリと笑うと立ち上がり大きくジャンプする。そして、天井に逆さになりながら捕まると、そのまま扉の前まで移動しようとした。
しかし、よく見ると扉の前に結界が張られている。その精度の高さからすぐにルリータの仕業だとわかった。真耶はその結界の前に立つと、全力で殴り壊そうとする。しかし、その拳はどこにも当たらなかった。
なぜか、真耶の体はさっきとは別の場所にある。扉の前にいたはずなのに、部屋の奥に移動している。その奇妙な現象に真耶は一瞬だけ思考が止まった。
「チェンジェズの仕業か!」
真耶はそう叫ぶ。その時、突如妖精のようなものが真耶の周りに飛んできた。それは、空色の体をしており、綺麗な羽を持っている。見ててとても安らぐ姿だった。
しかし、真耶はその妖精から嫌な予感がした。それは、フェアリルが魔法で陽性を作り出した時のような感覚と同じだ。
「っ!?」
真耶は咄嗟にその場から離れる。そして、それが正解だとすぐに気がつく。なんと、妖精は突如鎖を出して真耶を拘束しようとしたのだ。しかも、その鎖は魔力で出来た鎖で、触れれば力が出なくなるもの。
「フィトリアか!やってくれたな!」
そう、それはフィトリアの仕業だった。前回の戦いではフィトリア自らが魔法を使っていたが、フィトリアの得意魔法は使役魔法である。冒険者で言うところの、『テイマー』と言うやつだ。
フィトリアはその使役した魔獣や妖精を使って真耶に攻撃をする。
「めんどくさいやつだな!」
真耶がそう言って右手首に着けてあるシューターから悲しみの糸を放った。その糸は真っ直ぐフィトリアに向かっていく。しかし、その途中で無為がその糸を搦めとる。
「わっちも忘れないで欲しいわ」
無為はそう言ってクナイを構える。しかし、真耶は無為の姿を見て言葉を失った。なんと、無為が4人いるのだ。どういう仕組みか分からないが分身している。
「なるほど……忍ね。日本の文化だからないと思ってたけど、どうもこの世界はジャパニーズカルチャーと繋がっているみたいだ。だが、その分野はオタクと相性が悪いぞ」
真耶はそう言って悲しみの糸を引っ張り引き寄せる。すると、無為が搦めとったクナイがこちらに飛んできた。しかも、トラップ付きで。見るからに怪しい紙がそのクナイには付けられていた。真耶はそれを難なく躱す。
そして、アルラウネによって補強された擬似魔力回路を使って魔法を使う。
「”物理変化”」
真耶はそう唱えて舌を噛み切ると、口から勢いよく血を吹き出す。すると、その血は空気中に出た途端発火してしまい、燃え盛る火炎となった。
「吾輩に任せろ。”マジカルシールド”」
バリアルトはそう言って真耶が放った火の前に立つと、その火を囲むように結界のようなシールドを張る。
「チッ……!お前も中々に面倒臭い技だ」
真耶はそう言いながら再生のペンデュラムを使って体の傷を全て治す。そして、手首を切り裂き血を流すと、その血を使って剣を作り出した。
すると、真耶の前にムラマサとジェントルが立ちはだかる。
「俺とやる気か?」
真耶は楽しそうに聞いた。すると、2人は言う。
「……」
「女性もいるのですからね。大人しくしてもらいますよ」
そして、2人は真耶に向けて剣を突きつけ走り出した。2人の斬撃が真耶を襲う。ムラマサの超高速の抜刀に、ジェントルの流麗な剣さばき。2人の技術は綺麗にハマったパズルのように噛み合っていた。
真耶はその連続で繰り出される刃を避ける、もしくは剣で弾くことによって捌いていく。
しかし、いかに真耶が強いと言えど、片腕で2人の攻撃を防ぐことは難しい。こうして手数を増やす度に真耶に当たる攻撃が増えていく。
しかも、夢幻が再び魔法をかけているのだろうか、少しずつ考える速さが遅くなっていく。そのせいか目もかすみ始めた。恐らく脳が無理につき始めたのだ。完全に寝る前に方をつける必要がある。
しかし、2人によって繰り出される流れるような攻撃は、片腕しかない真耶では容易に防げるような代物ではなかった。
「クッ……!」
真耶の動きがだんだん遅くなっていく。そして、2人は真耶に攻撃を当てていく。このまま決着が着く。その場の誰もがそう思っただろう。しかし、真耶は最後の力を振り絞った。
「”真紅・炎神”」
その瞬間、真耶の剣から凄まじい威力の炎の斬撃が放たれる。そして、それと同時に真耶は、何者かによって首元に何かを打ち込まれ、深い眠りについた。
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