第104話 悲しみに囚われた男
『……』
クロエは真耶を見つめて何も言わなくなる。
「……」
当然真耶も何も喋らない。2人は黙り込んでただ穴の底を見つめるだけだ。しかし、そんな真耶にクロエは言う。
『死にたくないんだよね?』
「あぁ」
『じゃあさ、仲間を信じないとダメじゃない?』
「そうかもしれないな」
『分かってるんなら今すぐ城に帰らないと』
「無理だな。俺がどれだけ仲良くしようとも、他の人が俺を許さないだろう。だから、俺が帰ったところで他の人は許さない」
『いいや、きっと許す』
「それは幻想だ。まやかしに過ぎない」
『違うよ』
「違わない」
『そう思い込んでいるだけ』
「それが事実だから」
2人はそんな会話をする。クロエが何を言っても真耶に届くことは無い。それどころかさらに暗くなっていく。
「お前が何を言おうと俺の考えは変わらない。俺はこの世界で必要が無い存在なんだ。だから、誰も俺が生きることを望まない」
『でも、死にたくないんでしょ?』
「そうだ。だから、こうして俺は人と接触を拒む。人は俺の事を殺そうとするからな。……いや、人だけじゃない。神も悪魔も全ての存在が俺を殺そうとする。そんな世界に希望などない」
真耶は暗い顔をして俯きながらそう言った。恐らくこれ以上クロエが何を言っても無駄だ。こんな状態の真耶には証拠を見せるのが1番なのかもしれない。
『本当にそう思うの?』
「あぁ」
『じゃあ、あれを見ても同じことを言える?』
クロエはそう言って指を指す。その方向を真耶は見た。すると、そこに人影がある。その人影は13個あり、どれも個性的な姿だ。
『あなたを迎えに来てくれたわ』
「……」
クロエがそう言うと、真耶は立ち上がり振り返る。そして、その場で動かなかった。
そこに、その人影達が近づいてくる。そのためその人影達の正体が明らかになっていく。真耶はその人影達の正体を知り少し驚いた。
「……なぜ、ここに?」
真耶のその一言はいつもより少し暗く、少し冷たかった。それに、真耶は特段驚いているといった様子は無い。
「なぜって、真耶様を迎えに来たのですよ」
「無駄な努力だ。俺はもう戻らない。残念だったな。今この瞬間からお前達は俺の敵だ」
真耶はそう言って右腕で剣を抜き構える。そして、未だ包帯が巻かれている訳ではなく、視力が残っている左目でその場の全員の位置関係や座標を確認する。
「待って!私達はあなたと戦いに来たわけじゃないの!ただ話がしたくて……」
「無駄だ。話をしたところで俺の憎しみや悲しみは消えることは無い。そもそも、お前らが俺の話を聞かなかった。そんなヤツらの言うことなんか信じられん」
真耶はそう言った。しかし、それに対して女性が食いつく。そして、真耶に言った。
「妾達がどれだけ心配したと思ってるの?少しは考えてもらえるよろし?」
そう言って上から目線で真耶を見下す。それを言った女性はフィトリア・ヒューレルだった。彼女はお嬢様気質があり、誰にでも強気だ。だが、それはただの見せかけに過ぎない。ちょっとした事ですぐにボロが出る。
「ちょっと、何か言いなさいよ。妾を待たせるでない」
「……そう言って、俺を服従させようってか?笑わせるなよ。先に言っておくが、今ここにいる全員が俺の殺せる範囲内……言わば、領域に似た空間にいるわけだ。言葉には慎んだ方が良い」
真耶はそう言って一瞬で移動する。そして、フィトリアの目の前まで、まるでワープでもしたかのような速さで近づく。さらに、その手をフィトリアの服の中に滑り込ませ、胸を触る。
「っ!?」
「これでわかっただろ?この場の全員が既に、俺の手のひらの上にいることが」
真耶がそう言って離れると、フィトリアは胸を抱き抱えるようにしてその場にへたりこんだ。そして、涙をこらえているせいか、顔を真っ赤にさせながら真耶を睨む。
「何度でも言おう。この場の全員が俺の領域の中にいる。もう何をしても俺には勝てない。今すぐこの場から消えろ」
真耶はそう言った。いつもなら、ここで全員いなくなる。皆、人より自分の命を優先して逃げてしまう。
しかし、この場の全員は違った。皆何事もなく人の命を優先している。だから、逃げることは無い。真耶はその事実を知り少し硬直する。
しかし、真耶はそんなことで心が浄化されるような男では無い。その殺気は変わらず放たれ続ける。
「わっちらがここで何を言っても真耶にはなんも響かないというわけか。なら、城に戻って体で無理やり響かせる他ないな」
「ふぇ!?か、体でですか!?」
ルリータは無為の言葉を聞いて驚きそう言う。そして、女性達が真耶に近づいてきた。そして、無為が何かしらの魔法を使って女性達を妖艶な姿に変える。
「ほら、この姿で御奉仕するから戻ってくるんだ」
「嫌だね。お前らが良くても他の奴らは良くないだろ?どうせ、戻ってすぐ俺を不快な気持ちにさせる」
「そ、そんなことないです!私達は真耶様を幸せにできます!毎日あんなことやこんなこと、エッチなことだってするんで戻ってきてください!」
ルリータは胸やお尻、股などの部分を真耶に押付けながらそう言う。そして、泣いているためその涙を真耶に擦り付ける。
「……」
真耶は頭の上から涙の雨が降ってきてびしょびしょになりながらなんとも言えない気持ちになる。すると、無為が近づいてきて言った。
「真耶。たとえあなたがわっちらを認めなくとも、わっちらは真耶を認めておる。その事実だけは知っておいてくれ」
「……」
無為の言葉を聞いた真耶は少し俯き考える。そして、フィトリアがこっちに来たのを見て少しだけ身構えた。そんな真耶にフィトリアは言う。
「妾達は認めているからこんなことをしているのだわ。それを知ってもらいたいですわ」
そう言って無為とフィトリアは真耶に胸を押し付ける。真耶はさらになんとも言えない表情になる。
『ほら、どうするの?皆真耶の事仲間だと思ってるよ』
「女性陣だけだろ?」
『皆口に出さないだけ。本当は心の中で仲間だと思っている』
「それがまやかしだとしても?」
『本物になる』
「現実に希望は無い」
『でも、現実は今見ているものとは違う。今見ているものは事実。現実はその奥……深いところに目をやった時見えてくるものなんだよ』
「だが、人の深淵……言わば、深層心理に目をやれば、見えてくるのは絶望だけだ。そんな世界が本当にいいのか?」
『そうだとしても、それを受け止めなければならない。それに、みんながみんなそうじゃない。きっと真耶のことをよく思ってくれる人がいるはず』
「見たことがないな」
『気がついてないだけ。心の中を読めてないの』
「人は第一印象で全てが決まる。表面上を悪だと判断したのなら、そいつは悪だ。そして、1度嫌悪感を抱いてしまえば、二度と来てることは無い。そして、人は皆俺に嫌悪感を抱いている。それが消えることはもう無い」
『してないだけ。もし出来なくても、失敗しても、やって見なきゃ分からないよ。真耶は言ってたじゃん。未来は分からない。運命というのは帰るためにある。だったらさ、まだ未来は決まってないんだよ。だから、運命は変わる』
「変わらないかもしれない」
『いいや、変わる。願いは叶うの。だから、変わると願えば必ず変わる』
「じゃあ、挑戦しろってことか?まだやった事ないからやってみろってことか?」
『そういうこと。だからさ、ほら、みんな元に行こ?』
クロエは笑顔で手を差し出した。真耶はその手を見て少し考えると、ゆっくりとその手を掴む。
「……分かった。挑戦してみるよ。未来が変わらなくてもね」
真耶はそう言って立ち上がると、サタン達の元まで歩き出した。
読んで頂きありがとうございます。