第103話 暗くなる真耶の目
クロエはその目を見て一瞬で悟った。真耶には大切な何かが失われたのだと。そして、その大切な何かはずっと前から……クロエと真耶が出会ったその日からなかったのだと。
「……あのさ、俺は……いや、こんな事言うのもおかしいよな」
真耶は何かを言いかけてそこで終わる。そして、呪印が刻まれている自分の左胸に手を当てた。心臓の音がドクドクと音を立てる。正常に作用しているかに思われているその心臓は、本当に動いているのか分からない。もしかすると、全て偽物なのかもしれない。
『真耶はさ、好きな人とかいるの?』
クロエは唐突にそんなことを聞いてきた。真耶はそれに答えない。俯いて目を合わせずに無言になる。
「……」
『答えなさいよ』
「……」
『ねぇ、なんで答えないの?』
「……」
『人の質問に答えなさい。好きな人はいるの?』
クロエは怖い口調でそう言った。それに対し真耶は言う。
「……いたら、どうする?」
『どうもしないわよ』
「じゃあ、答えなくていいよな?」
『それはダメよ』
「なぜだ?なぜ、俺の暗い過去を無理やり引きずり出してまで聞こうとする?」
真耶はそう言った。すると、クロエは真面目な顔をして言う。
『あなたに大切なのは……自分の過去と向き合う力よ。分かる?』
「分かるさ。分かるがもう俺は向き合えない。何をしてももう俺の心を壊してしまうんだ。それに、思い出そうとしても、自然と体が否定してしまう……」
真耶はそう言って頭を抱えて下を向く。その目はいつもの真耶からは考えられないほど暗かった。まるで闇に飲み込まれたかのような目だった。
クロエはそんな真耶を見て少し胸を痛める。真耶がこうなってしまったのも、真耶がこうなる前に気がつけなかったクロエのせいだ。真耶がこの世界に復活して、恐らく1番身近にいたはずなのに、クロエは気がつけなかった。
『……はぁ、いつもそうだけどさ、何かあったらすぐ落ち込むその癖、治らないの?』
「治らないね。一生。俺とお前では考え方が違う。お前は過去を切捨てて新しい人生として生きようとしている。だが、俺は過去を受け入れ乗り越えようとしている。だから、過去は切り捨てられない。俺がこうして落ち込んでいるのは、過去を受け入れ強くなろうとしているからだ」
『でも、強くなろうとする度に真耶は落ち込む。私はそんな姿を見るのは嫌よ。だったら、初めからうけいれるのを辞めて切り捨てた方が良いわ』
「そういう訳にも行かない。過去とは、俺の人生だ。そして、事実だ。俺は事実や現実から目を背けられない。……いや、背けたくない。だから、俺は過去を切り捨てることは出来ない」
『そう……』
2人はそんな会話をしてその場を暗くする。そして、辛そうな目をする真耶を見てクロエは顔を俯かせた。
しかし、真耶はそんなことは気にしない。もしかすると、ここでなにか声をかけた方がいいのかもしれないが、そんなことが出来るほど器用では無い。それに、どちらかと言えば真耶の方が声をかけて欲しいくらいだ。ここはズタズタに引き裂かれ、体はボロボロになった。もう、なんで生きているのかが、色んな意味で分からない。
「もしかしたらさ、俺はこの世界では必要とされてないのかもしれない。だから、こうして色んな人が俺に暴言を吐き、胸くそ悪い悪口や陰口を叩く。そんな現実じゃ生きづらいだろ?」
真耶はそう言って何も無い……光も闇もない虚無の目をした。その目はとても暗く、冷たく、吸い込まれそうだった。
「ほら、たまに死にたくなる時だってあるでしょ?俺が生きてる理由がわからない時とかもあるでしょ?教えてくれって言いたいけど、どうせ俺が生きていることになんの意味もない。これだけボロボロになった俺は価値がないんだ。だから、ルリエールだってあんなに悪口を言ったんだ」
真耶はそう言った。その言葉は、空気中に吐き出された瞬間に、まるで飛び込むかのようにクロエの耳へと入る。
クロエはその言葉を聞いて涙を流した。さすがに、これだけの事を言われると何も言えないらしい。違うと言い返したくても、きっとまた何かを言われてしまう。そして、それはほとんど当たっていて、否定のしょうが無い。
クロエは辛い気持ちを押さえ込んで新しい言葉を考えた。しかし、今の真耶にはどゆな言葉も届かないだろう。なんせ、その目は現実に絶望し、現実から逃げた目をしているからだ。
『……そう……なんだ』
クロエは暗くなる真耶に一言そう言うしか無かった。しかし、その後にどこに行くか決まる。そして、ついにクロエは真耶に問いかける。
『じゃあ、真耶はどうしたいの?』
「……死にたくない。ただそれだけだ」
『そう……。わかったわ』
クロエは真耶の答えを聞いてそう言った。
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