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9/12

偶然の再会

 2年後、エリスは孤児院で慈善活動を行っていた。バートは騎士なのに、読み書きが苦手だった。


 それは彼にとっては、とてつもないハンデだ。騎士が出世するためには彼のように武功を上げる方法もあるが、筆記試験の結果や家柄が有利に働き、出世するものの方が圧倒的に多い。


 エリスは奉仕活動をするようになってから、彼の苦労に思いをはせ、孤児に絵本を読み聞かせ、読み書きを教えた。


「エリス……」

 ふと懐かしい声に振り返るとそこには、二年前と変わらない整った面差しの精悍な騎士バートがいた。


 街路樹の茂る石畳道の向こう側から、彼はゆっくりとエリスに近付いてくる。

「いや、失礼しました。スコット嬢」

 バートがやや硬い笑みを浮かべる。

「お久しぶりです。 ギャリック様」

「その、君はここで何をいているんだい?」

 すぐに砕けた口調になる。おそらくその方が彼にとって話しやすいのだろう。


「私はここで奉仕活動をしています」

「いつから?」

「二年前から」 

 バートは驚いたような顔をする。


「そうか驚いたな。君はこういうことをするとは思わなかった」

「そうですね。私も、あなたと別れてからいろいろと思うところがありまして」

「別れて? あの別れは一方的だった。俺は、突然婚約破棄を突き付けられたんだ。俺は本当にアマンダとの間には何もなかった」

 いまさらだとエリスは思った。


「あなたは少しもかわっていませんね」

「そう? 君は少し変わったね。以前より表情が柔らかくなった」

 そういってバートは微笑んだ。 


「ねえ、お姉ちゃん、そんなところでお話してないでご本読んでよ!」

 子供たちがエリスの周りに集まってくる。

「私、もう行きますね」

「あ、ああ、ずいぶんと子供たちがなついているんだね」

 バートが感心したように言う。

「ええ、時間があるときはここに来ていますから」



 ◇


 バートはその後、エリスに会えることを期待して何度か孤児院に足を運んだ。

 

 忙しい仕事の合間を縫って、三度目に孤児院をのぞいたとき、子供たちに読み聞かせをするエリスの姿があった。それを見ると自然と頬が緩む。


 まるで恋をしているようにバートの胸は高鳴った。

「エリス、またここに来ていたんだね」

 つい昔のように呼び掛けてしまう。


「まあ、ギャリック様いけませんよ。婚約者ではない者の名を呼んでは」

 エリスの言葉にバートは表情を硬くする。

「確かに、貴族の間ではそうだったね。この間は変わったと思ったけれど、君やはり変わらないね。貴族のお嬢様だ」

 つい皮肉っぽい口調になってしまう。

 すると彼女はふと柔らかく微笑んだ。

「ギャリック様とお別れした後、私なりにいろいろ考えたんです。あなたとは育ちも環境も違う。私はそれを理解していなかったのではないかと。私の歩み寄りが足りなかったのではと考えました」


 その言葉に、バートの心はじんわりと温かくなり、やり直せるのではという期待感が膨らんだ。


「それで、君の答えは?」

「はい、あなたに貴族の生活様式を押し付けていたように思います。平民は人の家を訪ねるのにいちいち先ぶれなど出しませんものね。あなたがたくさんのことを譲歩してくださっていたのだと、気づきました。思えば、私はあなたの生い立ちや価値観に無理解で、気位の高い娘に見えたことでしょう」

 エリスの言葉が、バートの心に深く響く。


「俺は、貴族的な生活になじもうと必死に努力した。君が好きだったから。だが、間違いを犯した」

 バートが苦いものを飲み下すように言うと、エリスはゆっくりと顔をあげ、澄んだ瞳を向けてきた。


「俺はあの日、アマンダを家に入れるべきではなかったんだ。たとえ、寒い中で、酔っ払って凍死したとしても。あの家は君の父親が半分金を出していた。君と俺だけの家だったのだから」

 エリスが驚いたような顔をする。


「まあ、お父様が半分お金を出していたのですか?」

「え? 知らなかったのか?」

「お父様ったら……。父の行為があなたにとって失礼だったら、申し訳ありません」

 恥ずかしそうにエリスが頭を下げる。


「いや、そんなふうに思ったことはない。金は俺が出世してかえすつもりだったから」

「そうだったのですか」

 彼女はこくりとうなずいた。


「それで、また、やり直さないか、俺と」

 バートは思い切って自分の気持ちを告げた。まだ彼女を愛している。


 この二年間バートはずっと悔い続けていた。あの夜、どうして幼馴染を家に入れてしまったのだろうと。 

 ほかに方法はなかったのかと、何度も何度も考えた。


(つづく)

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