亀裂2
「どういうこと? あなた一人で来るって言っていたのに。なぜ、アマンダさんがいるのですか?」
エリスは彼に裏切られたと思った。
「ああ、そのつもりだったが、こいつも偶然この店のパイを食べに行くからと」
アマンダの席を見ると相手はおらず、彼女は一人でコーヒーを飲んでいたようだ。
「パイなんて、食べていないじゃない」
エリスは思わずアマンダを責める口調になる。
「いや、あたしも最初はそのつもりだったんだけれど、二人の話が気になって」
アマンダがばつが悪そうな顔をする。
「あなたは関係ありません」
エリスはきっぱりとした口調で言った。
「おい、やめろ。どうしてアマンダを責めるんだ。筋違いだろ?」
「え?」
彼はいったいどっちの味方なのだろう。エリスの心は激しく揺れ動いた。
「それよりも、はっきりさせることがあるだろう。アマンダ、本当に俺があの肉が好きだといったのか?」
彼はアマンダにまっすぐな目を向ける。その姿にエリスの心はかき乱された。
「それは……。お願い! 喧嘩しないで、これじゃあ、私が二人の仲を裂いたみたいじゃない」
被害者ぶるアマンダに、エリスはいつになく、感情的になった。
「そうよ! あなたが私たちの間を引き裂いたんじゃない」
パシンという乾いた音が響き、エリスは頬にじんとした痛みを感じた。恐る恐る、バートを見る。顔を真っ赤にして怒っていた。
「君とは理解しあえると思っていた。それなのに、人を馬鹿にしたような態度だし、君の家からもけんもほろろに追い返されたし。俺とアマンダが貧民街育ちだから、下にみているんだろ? いい加減にしろ!」
バートが吠えるように言う。エリスはなすすべもなく、呆然となった。
「そこまでだ! いい加減にしないか! 貴様、無抵抗の女性に暴力をふるうとは何事だ。恥を知れ!」
驚いてエリスが振り返ると、ブライアンが立っていた。その横には震えるシンシアがいる。
「あなた方、どうして……」
エリスは彼らの登場に、ふと涙ぐみそうになった。
「ごめんなさい。あなたが心配でついてきたの。でも店の外にいたのよ。そうしたら、この人があなたの頬を打ったのが見えたから」
シンシアがエリスの頬に手を当てる。
「ひどい。腫れているじゃない、それに唇も切れている」
その言葉と友人の温かい手に、エリスは涙した。
「お嬢様は泣けば許されると思っているからな。これには事情がある。無関係なものはひっこんでもらえないか。これは婚約者同士の話し合いなんだ」
バートが吐き捨てるように言う。エリスの中でバートに対する信頼がガラガラと音を立てて崩れていく。
「公の場で女性に暴力をふるった上に、その言い草。あきれたな。貴様は第三師団の騎士だったな。私は、第一師団の騎士団副団長、ブライアン・ローレンという者だ。何か申し立てがあるのならば、私を通してくれ」
第一師団はエリートで、ブライアンはそこの副騎士団長だ。これにバートは焦ったようだった。
すぐさまブライアンに頭をさげた。
「申し訳ありません。私はついかっとなってしまって。すまないエリス」
バートはエリスについでのように詫びの言葉を告げる。
しかし、心からの謝罪ではないのだろう。彼の瞳には、まだ怒りの色がくすぶっている。エリスの中で、恋心がゆっくりと壊れていった。
エリスは涙をふいた。
「私は、いつでも凛々しくて、努力家のあなたを尊敬し、お慕いしておりました」
そういって礼をすると、シンシアに抱えられるように店を出ようとする。
「ちょっと待ってくれ、まだ話はおわっていない」
バートがエリスを呼び止める。
「いい加減にしないか、貴様はか弱い女性に暴力をふるったんだぞ?」
ブライアンが厳しい調子で言う。
「はい、自分は騎士らしからぬ行動をしました。深く反省をしております。しかし、これは婚約者同士の話し合いです。そこへ他師団の副騎士団長が入ってくるのは違うと思います。あくまでもプライベートなことです」
「貴様は暴力をふるうことを、話し合いとよぶのか」
ぴしりとブライアンがいう。
「いえ、それは彼女が、私の大事な友人を悪く言ったので。友人を守るのは騎士の精神に反していないと思っております」
バートは決然と言った。
「貴様は、何もわかっていないな。ならば、エリス嬢と婚約などせずに、その大事な友達とやらと結婚すればよいであろう。貴族のご令嬢に暴力をふるったのだぞ? 騎士爵の剥奪を覚悟しておくがいい」
「そんな……」
ブライアンが一喝すると、バートはがっくりと肩を落とした。
(つづく)