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亀裂1

 翌日、エリスの家にバートから会いたいという先触れが来た。

 だが、エリスはそれを断った。とても彼と顔を合わせる気になれない。


 しかし、それが三度も続くと、とうとうバートが直接家にやってきた。だが、父が「先触れもなく訪ねて来るとは何事だ」と屋敷に通さなかった。


 エリスはバートと揉めたいきさつを両親に話していないが、彼らは何かを察しているようだ。しかし、しつこく問うてこなかった。家まで送ってくれたシンシアたちも沈黙を守ってくれている。この話が両親の耳に入れば、おそらく破談になるだろう。


 それから数日後、バートから手紙が来た。

 

 つたない文字でつづられたバートからの手紙の内容は――どうして、会ってくれないんだ? 君は何か誤解している。一度会って話し合いたい。アマンダがとても気に病んでいる。俺と君の間を壊してしまったのではないかと。だから、アマンダも含めて一緒に話し合いをしないか――という内容のものだった。


 その手紙に、エリスは絶望した。


 父も母も部屋から出てこないエリスを心配している。そして、身分や育ちの差もあるのだから、一度話し合ってはどうかと言ってアドバイスしてくれた。確かに父母の言う通りだ。


 二人とも彼が平民だから、あまりよく思っていないのかと勘違いしていた。彼らは常に娘の幸せを考えてくれているのだ。

「わかりました」

 両親の言葉に頷き、背中を押されるように、エリスは彼と話し合うことにした。




 場所はエリスの家から近いカフェで、幼馴染は連れてこないでほしいと頼んだ。

 もし、つれて来るのなら話し合いはなしだと手紙にかいた。彼女が来ると余計話がこじれそうな気がするからだ。

 彼は、幼馴染は連れて行かないと、手紙に書いてきた。


 シンシアが心配して家を訪ねて来た時に、サロンで茶を飲みながらバートと話し合う旨を告げた。 


「ねえ、二人で話し合いなんて、大丈夫? もしまた、あの幼馴染とかいう女性がきたらどうするの? 私も行こうか?」

 事情を知っている彼女は、ものすごく心配している。


「ええ、大丈夫。連れてこないって約束したから、彼は約束を守る人よ」

 エリスがそういっても、シンシアは不安そうな顔をする


「でも、もしかしたら、勝手にアマンダがついてくるかもしれないわ」

「その時は帰ってくるわ。彼に私と話し合うつもりはないということでしょう」

 エリスはそう言い切ったものの、この時はまだやり直せる希望を持っていた。




 昼下がりのカフェで待っていると、バートが一人やって来た。その姿にほっとし、僅かに緊張が解けた。

 だが、彼は硬い表情をしている。


「もう少し早く話し合いたかったんだが……」

 いつもより口調も硬く、彼は怒っているのかもしれないとエリスは感じた。


「私も混乱していて、気持ちの整理がつかなかったのです」

 エリスは正直に今の気持ちを伝えた。


「そう、君の父上に追い払われたときは、君との身分差を感じたよ」

 まるで、エリスを責めるような口調だった。


「それで、話ってなんですか?」

「まず、君は俺の何を疑っている?」

 この言葉にエリスは失望を感じた。まず彼がエリスの誤解をといてくれるとものと思っていたからだ。


「あなたは、アマンダさんと一夜を過ごしたのでしょう?」

 令嬢らしからぬことだが、単刀直入に言った。彼には貴族的な持って回った言い方は伝わらないのだ。


「あれは夜中に彼女が酔っ払ってきたので、泊めてやっただけだ。やましいことはない」

 堂々とそんなことを言い放つ彼に驚いた。


「それを信じろと?」

「なら、俺はどうやって身のあかしを立てればいいんだ。酔っ払いを野外に放っておくわけには、行かないだろう? ましてや相手は女性なんだ」

 確かに彼の言い分はもっともらしく聞こえるが……。


「それからもう一つ、アマンダさんはあなたの家の鍵をもっているの?」

「え?」


「あの時、彼女は『鍵はかけておくから』といっていたわ。それから「いってらっしゃい」ともまるであなたの妻みたいに」

 するとバートが驚いたような顔をする。


「なんだ。そんな事か、カギは玄関にある植木鉢の下に隠してあるんだ。それから、「行ってらっしゃい」は普通の挨拶だろう? そんなことまで気にしていたのか?」

 呆れたように言う。


「そんなこと? あなたは別の女性と一つ屋根の下で、一晩過ごしたのよ?」

 冷静に話し合わなければと思うのに、だんだんと腹が立ってきた。


「だから、あいつは酔っ払っていたし何もない。貴族の君からしたら、ありえないことかもしれないけれど、俺たち庶民の間では普通のことだ。お互いに困ったときは、助け合って生きているんだ。君は意外に狭量なんだな」


「狭量? 私が? そんな……あなたが、あの家は私たちが結婚してから一緒に住む家だといっていたのに。ひどい」


 ショックだった。これは話し合いではない。彼は彼女を傷つけたこともわかっていなかった。


「なら俺も言わせてもらうが、あの朝、なんで、わざわざ、あのくそまずい肉を買ってきたんだ」


 エリスは最初、なんのことを言われているのか、わからなかった。


「え? あれはあなたの好物だと」

 目を瞬いて、一拍遅れて答えた。


「俺を庶民だと思って馬鹿にしているんだろ?」

 突然バートが怒りだしたので、びっくりした。


「違うわ。そんなんじゃない。あれは、あなたの好物だと聞いたから」

 震える声で答える。


「は? そんなわけないだろ。あんな硬くてまずい肉。俺はあの肉を食いながら、歯を食いしばって、最低の生活から這い上がってくるために頑張って来たんだ。それを君は馬鹿にしているのか!」

 初めて男性から怒鳴りつけられて、エリスは怯えた。


「そんな……あなたの好物だって、アマンダさんから聞いたの」

 彼が怖くて、か細い声で答えた。


「はあ? アマンダがそんなこと言うわけないだろ! 俺の苦労を一番知っている。大事な友達なんだ」

 その言葉を聞いて、エリスはショックで血の気が引いた。


「大事な友達って――」

 彼女がそこまで言いかけたとたん、女の声が割り込んできた。


「そうだよ。私がそう言ったんだよ!」


 アマンダがバートのすぐ後ろの席にいた。今まで気づきもしなかったのでエリスは驚いた。





(つづく)

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