暗雲2
「玄関先というのもなんだから、とにかく入ってよ」
そういう彼の隣にはアマンダが立っている。
「私はそちらのお友達に嫌われちゃったみたいだし、帰るね」
アマンダがシンシアを顎で指す。エリスはそのしぐさに嫌な気持ちがした。だが、バートは何も感じていないようで、気軽にアマンダに応じる。
「え? 何かあったの?」
「握手を拒絶されちゃったのよ。まあ、お貴族様だから仕方ないけれど」
これにエリスはカチンときた。
「そんな言い方しないでください。私の大事な友達です」
エリスは当然のようにシンシアを庇った。するとバートの顔色が変わる。
「それを言うのなら、アマンダも俺の大切な友達だ」
その言葉にエリスは衝撃をうけ、シンシアはますます眉根をしかめた。
「ああ、ごめん、邪魔するつもりはなかったの。嫌な雰囲気になっちゃったね。あたしのせいだね。あたし帰るよ。そうだ。バートお風呂借りるね。汗流してくる」
アマンダのあっけらかんとした口調に、エリスもシンシアも赤面する。
「私たち、失礼します」
エリスはシンシアに申し訳ない気持ちを感じ、みじめな思いを抱えて踵を返す。
「ちょっと待って、送るから」
バートが慌てている。
「そうよ、バート。お嬢さんを一人で帰らせてはだめよ。あたしが出かけるとき、家のカギはかけておくから、いってらっしゃい!」
そう笑顔で言い放つと、アマンダは屋敷の奥へ消えていった。まるで常日頃からこの家に来慣れているようだ。それに「カギはかけておく」ということは合鍵も持っているということだ。
「じゃあ、エリスちょっと待ってて、俺、今着替えてくるから」
「いいえ、結構です。馬車が待っているので」
「そういうわけには行かないよ。この間も君を送れなかったのに。君の御父上に怒れてしまう」
バートはエリスを追うように外に出て来る。
「そのような格好で外に出てはいけません」
エリスが止めた。
「そうだね。ここら辺は貴族も済んでいる地区だものね」
バートは屋敷の奥に入っていった。
そのすきに、エリスはシンシアの手を引く。シンシアは泣いていた。
「ごめんなさい。協力してくれたあなたにこんな思いをさせて、本当にごめんなさい」
エリスはみじめな気持ちでいっぱいだった。
「ううん、いいの」
ハンカチで涙をふくとシンシアはいった。
「そんなことより、あなたの方が心配。バート様とこれからも付き合っていくつもり?」
エリスはかぶりを振る。
「私、彼の家に入ったことがないの。彼しか住んでいないから、あの家に一人で入ってはいけないと父と母に言われているの」
「そうよね」
「庶民はいいわね。自由で」
エリスはそういうと、深くため息をついた。
「ねえ、彼を待たなくてもいいの?」
シンシアが心配そうに聞いてくる。
「あなたも聞いたでしょ? アマンダはあの家のカギを持っているのよ」
「……そうね」
シンシアがつらそうに同意する。
「わたし、今は混乱していて考えがまとまらないけれど、お友達のあなたが傷ついたことは許せない。だから、あなたと一緒に帰るわ」
「そんなたいしたことではないわ。ちょっとびっくりしただけ。ごめんなさい。取り乱してしまって、恥ずかしいわ」
「いいえ、そんなことないわ。あなたがいてくれて心強かった」
きっとシンシアがいてくれなかったら、エリスはその場でみっともなく泣き崩れただろう。