婚約者のことをもっと知りたい
ひとりで家に帰って来たエリスを見て、父は怒り、母は心配していた。
「呼び出しておいて、送りもしないとは何はごとだ」
父も母も騎士爵を持っているとはいえ、元貧民街育ちの彼と付き合うことにいい顔をしていなかった。
しかし、エリスは身分や育ちなど本人が選べるものでもないのだし、関係ないと思っていた。それに何より、バートを愛していた。
「違うのよ。私がお断りしたの。あの、バート様の幼馴染という方と、偶然お会いしてお話をしたから」
「幼馴染だと? 男と二人でいたのか」
父が驚きに目をむいた。
「違います。女性です」
エリスは慌てて訂正する。
「え? 女性のお友達がいるの?」
今度は母が不審そうに眉根を寄せた。
「同じ孤児院で育ったそうです。それで彼の好物を聞きました」
エリスは、両親にはバートが実は上品な料理が苦手であるという情報を隠した。彼はこの家でその上品な料理をおいしいと言って食べていたので、それを知ったらきっと両親は気を悪くする。
母はしばし考え込んでから、口を開く。
「エリス、私はやはり、このお付き合い感心しないわ」
「どうして、家に連れて来た時には歓迎してくれたじゃないの? もう婚約だってしているのよ」
父はまだしも、母は味方だと思っていた。
「まあ、貧しい育ちであるにも関わらず、独力で騎士団に入り、立派な武勲をたてて騎士爵をえたからな。そこはすばらしいと男だと思う。この国に貢献したのだしな」
父が言う。なんといっても彼は先の国境線での戦いで活躍したのだ。それが認められ、褒美に多額の報奨金と騎士爵を賜ったのだ。
「そうよ。お父様もお母さまも立派な若者だって言ったじゃない」
「確かに、そうだが……」
父が言いよどむ。
「でもね、エリス。生まれも育ちも違うのよ。それに今、あなたは豊かな生活を送っているけれど、彼と結婚したら、そうもいかないわ」
母が諭すように言うが、エリスも両親の心配は重々承知いているつもりだ。
「もちろん覚悟の上です」
エリスが思いつめたように答えると、両親は困ったように顔を見合わせる。男爵家ではあるものの王都の一等地に大きな屋敷を構えたエリスの家は、とても豊かだった。
「それで、あの……お父様。私、バート様を理解したくて、彼の育った孤児院を見に行きたいのだけれど」
「駄目だ! 彼の育った孤児院は危険な下町にある。もし何かあったらどうするつもりだ」
父が即座に反対した。
「そんな……」
本当は彼の好物の串焼きを買っていってあげたかっただけなのだ。
エリスはよかれと思って、いつも彼に絹のハンカチやカメオ、高価なカフスなどを送っていた。
だが、今日アマンダと話してみて、それは自分の押し付けだったのではないかと感じていた。
だから、父親に強硬に反対されて、エリスはがっくりと肩を落とす。
すると母が間に入ってくれた。
「まあまあ、護衛を連れていけばいいじゃないの」
父をとりなそうとしてくれたが、父は頑として譲らなかった。
「とにかく下町に行くのはだめだ。あそこは若い娘が足を踏み入れていい場所ではない」
心配性な父は断固として反対した。