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12/12

初恋に破れたその先に。エリス

 エリスはバートと破談になってから、静かに時を過ごしていた。

 父母には散々心配をかけた。そのうえ、一度破談した娘だ。今後の縁談はむずかしいかもしれない。


 もうすぐ嫡男である兄も結婚する。

 いつまでも家にいるわけには行かず、エリスは修道院に行こうと心に決めた。


 そんなある日、シンシアから茶に招かれた。週に一度は彼女とこうして茶を飲む。それがどれほど心の支えになって来たか。


 今日はシンシアに修道院に行く決意を伝えようと思った。バートへの思いを振り切るための苦しかった二年の間、彼女はずっとエリスの支えになってくれていた。


 定刻通りに伯爵家を訪ねると、バラの咲く庭園へ執事に案内される。うららかな日差しのもと、バラのよい香りが漂っていた。


 真っ白なクロスが敷かれたガーデンテーブルには、所狭しとサンドイッチや焼き菓子が並べられている。

 そして今日はブライアンもいた。エリスは彼を好ましく思っていた。彼らは兄妹で彼女の心の支えになってくれていたのだ。


 忙しいにも関わらず、ブライアンはこうして茶会に参加しては騎士団での愉快なエピソードを披露してくれたり、菓子を差し入れたりしてくれる。彼ら兄妹のおかげで立ち直れたようなものだ。

 

 もちろん両親の助けもあったが……。


「やあ、久しぶりだね」

 ブライアンが快活に挨拶してくる。


「ふふふ、先週以来ですね」

 知らず笑いが零れてしまう。


 茶会の時は短時間でも必ず彼がいる。

 いつも忙しく働いている割には、シンシアとエリスの茶会に参加する率が高かった。


 今では彼も出世して、王族の護衛もする第一師団のトップだ。親しげにつきあってはくれるが、騎士団のエリート中のエリートで、本来ならばエリスからは遠い存在だ。


「今日は君の耳に入れておきたいことがあってね」

 そういって彼は顔を曇らせる。それを聞いたシンシアも浮かない顔をした。


「何かあったのですか?」

「実はバート・ギャリックのことなんだが」


「あの方とはもう何の関係もありません」

 静かにだが、きっぱりと言い切った。


「そのギャリックが刺された」

「え! それでけがは?」

 さすがにエリスは動揺した。


「ああ、命には別状はない。全治一か月ほどだ」

 すると、今度は彼が騎士職に復帰できるのかと心配になった。


「そうですか……それで彼は騎士を続けられるのですか?」

 彼にとって騎士であることは誇りだった。確かにひどい別れ方をしたが、彼に不幸になってほしいわけではない。


「ああ、怪我が治り次第復帰する」

 それを聞いてほっとしたが、疑問もわいてきた。


「しかし、なぜ私にその話を?」

 エリスは怪訝そうにブライアンに問うと、注がれた熱い紅茶に口をつけた。


「君は孤児院で彼と会っていたね」

 ブライアンがそのことを知っていることに驚いた。


「お会いしましたが、示し合わせたわけではありません。彼が、私がいることに気づいて話しかけてきたんです。それで、二度目に訪ねて来た時、私はあの孤児院へ行くのをやめることに決めました。もうあの孤児院には行っていません」

 事実だけを伝える。


「そう、君が帰った後、彼は刺されたんだよ」

 エリスはぎょっとした。

「え? アマンダさんにですか?」

 即座に答えた。


「ということは、彼はアマンダと付き合っていたのか?」

「さあ、存じません」

「では、どうしてアマンダだと思ったんだい?」


「彼女が、あの場にいましたから」

 そうエリスが答えると、シンシアが驚いた。

「まさか、あの騎士、あの女と一緒に来たの?」

 シンシアにしては珍しく、声にも表情にも嫌悪感をにじませる。


「それはわからないわ。ただ、ギャリック様からは見えない場所で、私にははっきり見える場所にいました」

 エリスは、アマンダとは関わり合いになりたくないと思っていた。もちろんバートとの仲も終わっている。だから、彼女はあの孤児院には二度と訪れないと決めたのだ。


 ただ、なついてくれた子供たちのことはとても気にかかっている。バートが療養中なら、あの孤児院で彼に会うこともないし、様子を見に行っても構わないだろうかとエリスは考えていた。


「まあ、あの女らしいわね。それで結婚報告にでもきたの?」

 シンシアが怒り心頭の様子で言う。


「いいえ、まだ私が好きだとおっしゃいました」

「信じられないわ! なんて図々しい!」

 いつもは優雅な伯爵令嬢の彼女が、パンと扇子をテーブルに打ち付けた。


「シンシア、ちょっと黙って」

 ブライアンにそういわれ、不満そうな顔をしつつもシンシアは口をふさぐ。


「それで、彼はアマンダと付き合っている様子だった?」

「さあ、彼女のことは、ただの幼馴染だといっていました」


「そうか、彼は彼女とは付き合っていなかったと言っている。そして彼女が詰め所に何度もきたそうだが、いずれも面会を拒絶しているんだ」

 ブライアンが言う。


「それをどうして私に? もう関係のない方です」

 この二年間の苦しみが嘘のように、不思議と心が凪いでいた。彼の不幸をのぞんではいないが、彼のこれからにも興味はなかった。もう違う世界の人だ。


「ちょっとアマンダの量刑にもかかわることでね。彼女は痴話げんかだと主張しているが、ギャリックがそれを否定している。君から見て、どうだったのかと」

 さすがにその質問には困惑した。


「そうおっしゃられても、この二年、お会いしたことはなかったですし、彼らのことはわかりません」

「そう、承知した。不快な話をして申し訳なかったね」

 そういって、気まずそうな笑みを浮かべる。


「そうよ、お兄様ったらひどいわ」

 シンシアがまなじりを吊り上げ、頬を染めて怒っている。


「悪かったよ。これも仕事でね。同僚に頼まれたんだ」

 そう言って、ばつが悪そうに頭をかく。


 ブライアンは、顔立ちは整っているが、表情が厳しいため怖い感じがするが、本当は優しくて妹には弱いのだ。

 

 エリスは兄妹のやり取りをほほえましく思う。

「いいえ、別に平気です。それより、今日はシンシアに聞いてほしいことがあって」

「おや、それでは私はお邪魔かな」

 おどけたようにブライアンが言う。


「いえ、邪魔だなんてそんな、実は私の将来のことで」

 ブライアンとシンシアが驚いたような顔をする。


「まさか! 縁談が決まったの?」

 その話にエリスは噴き出した。


「そんなわけないわ。一度破談しているのよ。もういい縁談なんてないわ」

「そんなことないわよ!」

 シンシアが力強く言って、エリスの手をぎゅっと握る。


「ありがとう、シンシア、それでね。私、実家にいつまでもいるのもなんだし、修道院に入ろうかと思って」


「どうしてだ」

 目を見開いて叫んだのはブライアンだ。そんなに驚かれてしまうと、エリスの方が戸惑ってしまう。


 するとシンシアが、真っ赤になってブライアンを怒り出す。

「ほら、お兄様がぐずぐずしているから!」

「いや、そうはいってもだな。傷ついている女性に付け込むのはどうかと思うぞ」

 妹の剣幕にたじたじとなったブライアンが、苦り切ったような表情で言う。


「もう、そんなんだから、また誰かに取られてしまうわよ!」

 二人のやり取りがよくわからなくて、きょとんとした。


「あのこれはいったい」

 するとブライアンが頭をかかえてうつむいてしまった。


「まあ、いいわ。兄は放っておいて。エリス、お茶のお代わりはいかが?」

「ええ、ぜひ」

 温かいお茶が、こぽこぽと湯気をたてて注がれる。


 エリスがぼうっとそれを眺めていると、とつぜんブライアンがガタンと椅子から立ち上がり、庭園の花を一輪手折ると、すっとエリスの前にひざまずく。


「え、あの?」

 エリスは彼の行動に戸惑った。


「エリス嬢、どうか私と結婚してくれないか」

 いきなり求婚されて、エリスは驚いて声も出なかった。


「わかっている、君には昔断られているから。それでも私は君がいいんだ」


 伯爵家から婚約の打診があったのは、エリスがバートと出会って恋に落ちた後だった。断りを入れた以降も、ブライアンは変わりなく、妹の友人として付き合ってくれていた。


 もう、あの恋を失ってから、心は乾いて二度と潤うことはないと思っていのに。


「私は一度あなたとの縁談を断っていますし、そのあと別の方と婚約して破談しています。私に結婚を申し込んだりしたら、あなたの名誉に傷がつきませんか」

 エリスはそれが心配だった。彼ら兄妹はエリスの大切な人たちだ。


「そんな名誉など、関係ありません。私はあなたがずっと好きでした。もちろん今も」

 エリスの震える肩にシンシアがふわりと手をのせ、ハンカチを差し出す。

 いつの間にか、エリスの瞳に涙があふれていた。


「こんな私に、あなたの申し出を受ける資格があるでしょうか?」

 自分にはそんな資格はないと、エリスは思っていた。やはり、修道院に入ってしまった方がよいのではと。


「私は、あなた以外とは結婚しません」

 ブライアンがまっすぐで強いまなざしをむけてくる。


 今にも逃げ出しそうなエリスの耳元で、シンシアがささやいた。

「ここであなたが頷いてくれないと困るの。兄はあなた以外の人とは結婚しないと言っているのよ。ローレン家の存続がかかっているのだから」

 

 もちろんブライアンは女性たちから人気がある、今まで婚約者がいなかったのが、不思議なくらいだ。


 おもえば、今まで二人がずっと支えになってくれていた。

 エリスは迷いながらもブライアンの手を取った。


 突然でびっくりしたが、ブライアンからの申し出は嬉しかった。だが、本当に自分でいいのか、やはりとても心配で。


「不束者ですが……、まずはお付き合いからということで、いかがでしょう……」


 震える声でそう伝えると、嬉しそうに照れたようにブライアンが微笑んだ。






END




読了ありがとうございました。

お☆様ください٩(ˊᗜˋ*)و (。・ω・)σ ⌒☆


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