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婚約者の幼馴染

タグに地雷がありましたら、回避してください。



 二年前に観劇に行った先で、エリス・スコットはたまたま大きな火災にに遭遇した。


 その時、彼女は黒髪の凛々しい騎士に助けられた。彼は第三師団に所属する騎士で名をバート・ギャリックという。その日から、エリスの中で彼はヒーローになった。

 その後二人は交流を深め、やがて恋に落ちた。


 エリスは男爵家の娘で裕福な家庭で育った。一方、バートは騎士爵を持っているが、もともと貧しい育ちだった。身分の違いや育ちの違いはあるものの、二人の気持ちは固く、付き合い始めて二か月後に親の許しを得て正式に婚約した。

 エリスは幸せの絶頂にいた。


 バートは凛として整った面差しをしていて、女性に人気があるので心配だった。ときおり、価値観の相違に戸惑ったりもしたが、二人の交際は順調で、エリスが学校を卒業するのを待って、結婚することに決まった。




 多忙なバートの休日に合わせてデートした。


 そんなある日、二人がデートの締めくくりに王都で評判のカフェに入ると、バートが女性から声をかけられた。

「あれ、バートじゃない! すっごい、偶然!」

 濃い化粧に胸が大きくあいた派手なドレスを着た女性だった。到底貴族には見えない。彼女はこの洒落たカフェで少し浮いた存在だった。


「ああ、アマンダじゃないか、偶然だな!」

 バートが嬉しそうに笑う。彼らのずいぶんと気安いようすに、エリスはドキリとした。


「ねえ、そっちの子は?」

 エリスは女性のはすっぱな口調に驚いた。


「ああ、彼女は俺の婚約者のエリスだよ」

「そう、よろしくね。私はアマンダ。舞台女優をやってるの」

 そういって、人懐こい笑みを浮かべる。あまりにも慣れ慣れしい態度に、エリスは戸惑いを感じた。


 それに舞台女優というが、彼女のことは見たこともないし、名前も聞いたことがない。きっと、小劇場の女優なのだろう。


「俺と彼女は、同じ孤児院で育った幼馴染なんだ」

 エリスはバートが貧民街の育ちだということは聞いている。そこから彼は独力で頑張ってきた。そんな努力家な彼を尊敬しているし、その強さにひかれたのだ。


「そうなのですか」

 曖昧な笑みを浮かべ、エリスは頷いた。その時は挨拶だけですぐにアマンダが去るものと思っていた。


「子供頃はお互い苦労したね」


 エリスとバートは向かい合って座っていたが、アマンダは何の断りも入れず、いきなりバートの隣に座った。

 近すぎる距離。

 驚いたことにバートもそれに違和感をいだいていないようだ。


「そうだな、いまでは腹いっぱい飯を食えるしな」

 バートはエリスと話す時よりも、砕けた口調で楽しそうにアマンダと話す。

 二人の間に強い絆のようなものはある気がして、エリスはほんの少し不安になる。


(婚約者はわたしなのに……)


「おっと、エリスはそろそろ帰る時間だね。アマンダ、僕はエリスを送っていくから、失礼するよ」


 バートがそういって席を立つと、エリスはほっとした。


 ところが、そこでアマンダが口を挟む。

「あら、バートは今忙しいんでしょ? あんたのお嬢さんは私が送っていくよ。ねえ、エリス、ちょっとおはなしない?」


 いきなり、敬称もなしに呼び捨てにされてびっくりした。


「いや、しかし、そういうわけには行かないよ。きちんとエスコートしなければ」

 バートが断ったので、エリスはほっとした。


「あんた、昨日だって忙しくてほとんど寝ていないんでしょ?」


 アマンダの言葉を聞いてエリスはドキリとした。エリスはそんな事ちっとも知らなかったし、気づきもしなかったのだ。


「ごめんなさい。無理をさせてしまって、私なら大丈夫です。バート様、どうぞお仕事に行ってください」


「そうか、すまないね。次は必ず送る。じゃあ、アマンダ、しっかり彼女を送り届けてくれよ」


 バートがあっさりそういって席を外したので、エリスは少しがっかりして、同時に心細くなった。


「ねえ、お嬢さん、あんた、彼の好物を知っている?」

 アマンダは、だしぬけにそんなことを聞いてくる。


 下町育ちの者は、きっと皆このような話し方をするのだとエリスは思った。バートの妻になるのだから、こういう相手にも慣れておかなければと。


「バート様はなんでもおいしいと言って食べられますけれど。何か特別な好物がおありなのですか?」

 何度か家に招待したが、どれもとてもおいしいと言って喜んでくれた。


「あら、おかしいわね。あたしには、お上品な料理は口に合わないって言っていたのに」

「えっ、そうなんですか?」

 エリスは驚きに目を見開く。婚約者なのに、今まで気づきもしなった。


「当然よ。あたしら、貧民街の育ちなんだし」

 アマンダの言葉に、エリスは不安になってきた。


「では何がお好きなのでしょう?」

 彼の好物が知りたいと思った。

「そうねえ、市場の屋台の串焼きとかが好きだよ」


「市場でそのようなものが売っているのですか?」

 エリスは、人込みは好きではないので、あまり街の市場にはいかないので、串焼きが売っているとは気づかなかった。


「いやあねえ、下町の市場よ」

「下町ですか?」

 エリスは下町に足を踏み入れたことがなかった。両親から、危険だから行かないようにと日頃から言い含められているのだ。


「ああ、そっか! お貴族様は、そういう場所にはいかないよね。あはは」

 アマンダは屈託なく、からからと笑う。


「いえ、貴族とはいえ、うちは名ばかりで、男爵家ですから」

 エリスは慌てて首をふる。家は下級貴族で、別にえらくはない。


「そう? ならぜひ、行ってみて、バートは肉の串焼きが大好物なのよね。騎士爵を得た今も時々食べいくのよ!」

 初めて聞く話にエリスは驚いた。


「そうだったんですか」

 アマンダの話を聞いて、自分も連れて行ってほしかったと思う。


「あたしら、時々行くのよ。あたしたちが育った孤児院の近くにあるの。あんたも一度行ってみたら? 毎週月曜日に市が立つの、朝一に行かないと肉の串焼きは売り切れちゃう」


「あなたは、バート様と一緒に串焼きを食べ行くのですか?」

 エリスは嫌な気持ちがしてきたが、それはなんとか押し隠した。


「え? やだ、何か勘違いしてる? あたしら、ただの幼馴染だからね」

 念を押すようにアマンダが言う。そう言われてもエリスは心の中にもや

もやしたものを感じる。

 庶民は婚約者がいても、女性の友人と二人で出かけるものなのだろうかと。


(きっと、私の理解が足りないのね)


 エリスはそう思った。


「朝一で肉の串焼きですか……良い情報をありがとうございます」

 エリス丁寧に礼を言う。


「ねえ、もっと彼のこと知りたいでしょ? あんたの婚約者なんだし。教えてあげるよ! 代わりと言ってはなんだけれど、私おなかすいたのよね」


 結局エリスはアマンダにおごり、結局あまり耳寄りな情報も聞くことなく店を出た。その後、アマンダはエリスを送ると言っていたのに、そのまま時間がなからと言ってさっさと帰ってしまった。


 エリスはあまりにも常識の違い過ぎる彼女の後ろ姿を唖然として見送った。



長編を書いている途中で、不穏な短編を思いつきました。よろしかったらどうぞ。

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