W-011_狼子供と約束の地へ 了
グラ爺のステ紹介し忘れてました……
二話前の最後に追加しときます。
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スカラが倒されたのには、さすがに驚いた。
待ち構えていたらしい軍隊のような連中。その中に、煙を上げる大砲のようなものを見つける。
あれで撃たれた、か。堅牢そうな見た目のスカラだが、じつのところ、精霊の中ではそんなに打たれ強いほうでもない。そこに加えて【打撃弱点】もある。今の砲撃が“打撃”とも見なされたのなら、一撃でやられてしまったのにも説明はつくか。
一応【投影】でこちらは見えにくくなっていたはずだが、完全に透明になるわけでもないんだよな、あれ。道中、最初の街以外にもいくつか人里には寄ったし、その際もそこまで用心して人目を忍んでいたわけでもない。
“なんか見えにくいものに乗って移動する狼子供連れの男”……そんな感じの報告を受け、さらにこれまでの行動から当たりをつけ、ここで待ち構えられたのだろう。
「――我々は完全に君を包囲している。その混じりの子供をこちらへ引き渡せば、手荒な真似はしないと約束しよう」
まあしっかし、ロンが石を投げられたときといい今といい、俺自身に悪意や害意を直接向けられないと【警戒】がいまいち役に立たないのは難儀なとこだ。さっきのもスカラがやられれば俺は落ちるわけで、つまり完全に無害な干渉でないから【警戒】もすこしは反応してたんだが、直接でないとやっぱどうにもぼやける。なんとなくやなかんじ、くらいしかわからないんじゃどうしようもない。
あらかじめスカラに〔反射〕でもかけときゃよかったんだろうが、
そうしなかったのは完全に慢心だ。普通程度の人間しかいない世界だから、そこまで気を回さなかった。
「……聞いているのか? 我々は君を、」
「聞こえてます。その前にあなたがたは、どちらさん?」
護衛を伴い一歩前へ出た、軍服姿で白髪混じりの無精髭の初老。
考えこんでいたらその呼びかけを無視してしまった。重ねて問う向こうさんに、しかしつい逆に問い返してしまう。社会に出たら許されなさそうな振る舞い。
すこし気分を害した風だったが、さすがは大人なのか、
「……人類連合、第四方面軍中将シッゴクだ。君は?」
「久坂厳児です。遠くから来ました」
努めて冷静に名乗られる。こちらもまた、名乗り返す。
にしても、大仰な肩書きからして、人類ぐるみで狙われてるみたいだな、ロン。
俺の背に隠れるようにする狼子供をちらりと見やりながら、そう思う。
「その子供を庇うか。……遠くから、と言ったな。統合政府の支配の及ばぬ辺境の者、か。であれば混じりの子供に情が移るのもやむなしと言えよう……が」
こちらの名乗りを受け、自分なりの解釈をする初老。
的はずれだがとくに不都合もないので、訂正はしない。
「獣人は、人類の脅威だ。一時の情で奴ばらに与すれば、その牙は巡り巡って君の故郷をも脅かすかもしれんのだぞ……?」
「あ、それはないです。まず」
加えて忠告もしれくれるが、こちらはなんとなく訂正しておこう。
世界を渡る術がそうそうあるとも思えないし、ロンたち獣人とやらが俺の故郷をわざわざ脅かす理由もないだろうし。
俺の反応にかなり怪訝そうな顔をする初老だったが、
やがてその目つきは険しくなる。
「話の通じぬ狂人の類か。説得が無駄となれば、少々手荒に行くしかあるまい……」
あ、今度の解釈はちょっと否定しがたい。
さておき、すっ、と初老の右手が挙がり、
「小隊、二、前へ!!」
号令。
同時に駆け出す兵隊さんら、十人ほど。
構えるのは銃剣。それと数人の手には捕縛用にか、縄も。
駆けるそれらの集団を、俺はといえばいい感じに引きつけ――
ぼわーん。
「!?」
初老の驚愕の顔。
その視線の先では、部下の兵隊さんらがばたばたと倒れている。
例によって、【広域化睡眠〕による無力化だった。世界によっては“レベル持ち”並みの力を持った人間もいたりして、その場合は効かないこともあったりするが、ここはそうでないので楽でいい。
「妖の力! よもやすでに救世主として目覚めているか……! であればますます獲り逃がすわけにはいかん――!」
なんかロンのしわざと思われたらしい。
ともあれ勝手に警戒して部隊の陣形を整えなおしはじめている。
ここまでの状況、
なんというか、つくづく好都合。
「ロン」
向こうが準備する間に、俺はロンへと向きなおり、しゃがんで目線を合わせる。
不安に揺れる、狼子供のやや潤んだ目。
「こっからは一人で行け。俺が奴さんらを押さえてる間に」
「――!」
言った途端、その目からは涙がこぼれ落ち、
抱きつかれた。
しがみつく、というほうが的確なくらいの力強さで。
頭の横でいやいやをしているのか、わしゃわしゃと動く獣毛。
犬っぽいような、子供っぽいようなにおいがする。
「いいか、こっから先にゃたぶん危険はない。人間は踏み入らないって話だし、地図の説明どおりなら、襲ってくる生きものもいないはずだからな」
「~~……っ」
やんわりと引き剥がし、あらためて顔を合わせて俺はロンに言い聞かせる。
これまで訪れた街の住人から聞いたが、この辺りは常に霧が濃く、また奇岩連なる複雑な地形もあって人間が踏み入ることはまずないらしい。とくに深い渓谷にかかる吊り橋の先は“竜の爪痕”とも呼ばれ、入って戻れた人間は一人もいないほどだそう。
ただしロンのような獣人であれば、“約束の地”特有のかすかなにおいを辿れるという。このあたりも救いの地といわれる所以なのだろう。
……と言い聞かせてはみるのだが、ロンの両手は俺の服の肩口を握りしめたまま。
加えてまるで捨てられる子犬のような顔でいやいやをくり返す。
ここまでなつかれるのは少々意外。すこし肩入れした自覚はあるが、愛想よくしたり可愛がったりはしてない、ってかそもそも出来ないのに。
「…………っ」
「ロン」
なおも渋る様子のロンへ、
「約束の地へ行きたいかと聞いたとき、お前は頷いた」
「……」
「安住のためか、人間に立ち向かうためか……どっちでもいいが、どっちにしたって、俺を頼ってたらできないんじゃないか?」
「――っ」
「誰だってどのみち、いつかは自分の足で立って歩かなきゃいけない。だったら今がいい機会。むしろ早えうちに慣れたほうがいいまである。――それに、」
「?」
「あの爺さんも、それを望んでるんじゃねえかな。だからお前の服に地図を隠した」
「――!」
とりあえず俺は、適当にそれっぽい台詞を並べてみる。
こんなんでいいのか? と思いながらだったが、
やがてロンの顔は、決心をしたようなものに。
様子から、とくにあの爺さんのことを引き合いにしたのが効いたと思われる。なんとなく察してはいたが、やはりそれだけ特別な存在だったんだろう。
「てか約束の地までついてったって、どのみち俺は入れてもらえねえだろ。耳も尻尾もねえしな」
締めに冗談めかしてそう言って立ち上がり、ロンの頭へぽんと軽く手を置く。
〔獣化〕使えば誤魔化せそうだが、とは言わない。
「…………」
頭の俺の手に自分の手をそえ、しばし俯くロン。
「――対妖異兵装起動確認! 油断せず圧殺するぞッ!!」
一方で兵隊さんらの準備も整ったらしい。
防弾チョッキみたいなのを着た兵を前列に、先程より密な隊列で前進しはじめている。
「行け!」
「――ッ!」
それを認め俺は手を離し、続けてロンを振り向かせるようにその肩を軽く叩く。
拍子にロンも、駆けだす。
吊り橋目がけて。
じつはずっと小脇に抱えている例の謎生物の造形物が、やや緊張感を削ぐ要素か。
そんなロンを尻目に、俺は迫る兵隊さんらに向きなおり――
――そして今は【境界廊】を歩いている。
兵隊さんらの無力化は簡単だった。なんか装備を用意してたようだが、〔睡眠〕は普通に通ったからだ。【広域化】込みの三発くらいで全員を眠らせ、ついでに念のため〔放棄〕と〔曝露〕も使って武装解除もしておいた。外れたのは手元の銃器と上に着けていた防具だけで、真っ裸になったわけでないことは彼らの名誉のために記しておこうと思う。
兵隊への対処を終え、ロンの姿も霧の向こうに見えなくなったところで、
例の目印の二本柱。そのちょうど間に【境界廊】への繋がりがいつの間にかできていた。
そこをくぐって今に至る。じつは今回日時の特定まではできておらず、ゆえに待ち時間ができるのもやむなしと思っていたところだったので、すこし安堵。
以前の日時の指定がなかった例としては、巻きこまれ召喚の時がある。
あれも魔王が引いた途端に繋がったのをみるに、【境界廊】が通じる条件には、日時や場所の他になんらかの条件、ないし行動もあるのではないか――そう思える。もっともまだ事例が少ないので、予想の域は出ない。
「にしても……」
つい、呟く。
ロンと別れる下りだが、大体俺の仕込みと言っても過言ではない。
そもそも【マッパー】がある俺が、伏兵に気づかぬはずがなく。まして攻撃を受けるなど……いや砲撃されるのはわりと予想外だったが、あれも絶対に防げなかったわけでもない。
スカラを撃破されたのも、軍隊に包囲されたのも、
そこからロンを逃がすためという体で、自然な流れであいつと別れるため。
「そーんなおしばい、わざわざ打つこともなかったのにねー?」
「……そういやまだ戻ってなかったな、お前」
不意にマキが懐から出てきて、からかうような笑顔を俺に近づけてくる。
蠅を払うように手を振れば、「きゃー」とか言いつつ危なげなく逃げて飛びまわりやがる。スカラでの快適な移動のために必須とはいえ、こうも出ずっぱりだとさすがにちょっと鬱陶しくもなる。
まあ、にしても、だ。
マキの言うことはもっともというか、俺自身呆れているところではある。
べつにロンに配慮する義理など、俺にはない。流れなんぞわざわざ作らず唐突に別れてもよかったし、そもそも約束の地へ無事着けるよう計らってやることも……いやこれは先述の条件に関わるかもしれないから省けないか。
とにかく、余計な物資や力まで割いた、ロンへの施しのようなここ数日の行動――
まるで善行を働いたみたいで、どうも据わりが悪いというか。
「テレることないのにー。ガラにもなくいいことしたからって」
「照れてはない。そもそもあいつにとって本当にいいことかどうかもわかんねえっつう話で……てか戻んねえの? お前」
「そだねー、ココはあんまりおもしろいコトないし。あ、でもアメいっこちょーだい? たべたら帰るー」
「へいへい」
まあ、いいか。
なにを思おうと、どのみち二度と関わることもない奴で、世界だ。
いつまでかはわからないが、少なくともしばらくは続くだろう、こんな道行き。
いちいち気にしてもしかたないし、
そもそも本当にそこまで気にしているかといえば、首を捻らざるをえない俺なのだから。
~~~
あの日から、十年。
遥けし大地――“約束の地”より“竜の爪痕”を越え、
僕、“牙狼の勇”となったロンは、再びここ、“誓いの大橋”の前に立っていた。
「…………」
様々な想いが、胸の中に去来する。
あの日、泣きながら荒れ地を走り、
かすかな、そしてどこか懐かしいにおいを頼りに“約束の地”までたどり着いたこと。
初めて出会ったおじい以外の牙狼人。他にも様々な種の獣人の同胞たちとの邂逅。
初めてできた同年代の友たち。共に学び、遊び、鍛えた、切磋琢磨の日々。
その最中でも、片時も忘れることのなかった“あのひと”のこと……
僕を助け、導いてくれた彼。
その行方はもはや誰にもわからない。
あの日のすこしあと、ここへ見回りに出ていた同胞も、見たのは人間の軍が撤退した跡だけ。
どこから来たのか、どこへ行ったのか、
名前すら知ることのできなかったあのひとは、今……
「――どーした、ロン。今更緊張してきたとか?」
不意の問いかけ。
横合いから覗きこむのは、僕の一番の親友にして“金猴の勇”、キラの顔。
その人懐こい笑顔へ、僕は軽く首を振って答える。
「緊張は、してないさ。ただちょっと、ここへ来るとどうしても、ね……」
「例のロンの英雄さん、か」
「……うん」
つけ加えた台詞はにごすようなものになってしまったけれど、キラにはお見通しのようだった。
我ながら、事あるごとに話してたような気がするな、彼のこと。……思い返すとすこし恥ずかしいというか、無性にむずがゆい気がしてくるかも。
「……なあ、ロン」
「うん?」
「その……例の英雄さんってのはやっぱ、ロンにとって、その……」
「……?」
ふと投げかけられる、キラからの声。
なにげない素振りながら、いつもの歯切れの良さはどこか鳴りを潜めたような言い草。
その様子に首を傾げれば、視線の先の青面がほんのり色濃くなっている。金猴人特有の赤面に、熱でも出たのかと僕はその額に触れようとして、
「おい」
「わあ!?」
「! びっくりした……」
突然、後ろから低い声。
それそのものより跳び上がったキラに驚いた僕は、自然身を引くようにしつつも後ろをふり返る。
「じゃれあうのもいいが、そろそろ鬨の頃合いじゃないか? 皆も待ちわびているようだぞ」
「じゃ、じゃれあってなんかねーやいっ!」
声の主は見上げるほどの巨漢。そして“獣の勇”の最年長でもある“灰熊の勇”、グズリ。
落ち着いた佇まいは同年代全員が頼りにするところで、だからまとめ役を買って出ることも多いんだけど――
「キラ、おちついて」
「ロン……」
「それに、うん。グズリの言うとおりだ。僕もあらためて、気を引き締めなきゃ」
ぐっ、と。
気合を入れるように、体の前で両拳を握りしめる。
ねえ、僕、こんなに大きくなったよ?
我ながら結構鍛えられたと思うし、――もっとも、記憶の中のあなたほどじゃないけれど。
とにかく、頑張って、
“獣の勇”でも一番と言われるくらいにも、強くなれた。
そして、みんなを、
獣人すべてを人間から解放すべく立ち上がった“回天爪牙党”――数にして千の軍勢を、
先頭に立って率いる、総大将にもなれた。
「それじゃあ、みんな――」
“誓いの大橋”前に集った、千の同胞たち。
その一人一人の顔を見やってから、僕は腹の底から鬨を上げる。
「――行こう!!」
渓谷すべてを揺るがすような、大気を震わす応え。
千の同胞の声を受け、僕は人間の勢力圏へと足を踏み出す。
そう。僕は、
いや、僕らはここから、歩きだす。
だから、見ていて。
そして叶うなら、待っていてほしい。
必ず、あなたにも逢いにいくから――
ひとまずリメイクは、これで完了。
さて次は、どうしましょうか。




