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W-011_狼子供と約束の地へ 6




   ■




 ベランダに控えていた黒づくめの不審者を〔睡眠〕一発ずつで黙らせ、

 ロンを抱えて宿の窓から飛び下りた俺は、そのまま街の城壁、来た方向とは逆側の門のほうを目指す。

 石畳の道、民家の敷地を隔てる塀の上、屋根の上……

 そのへん構わず跳んで駆け、ほどなく見えた城門。

 閉め切られているそこを強引に開けるような真似はもちろんせず、

 〔歩加〕で文字通りの道なき道――空中を階段のように駆けあがり、門を越える。人目のない深夜ならではの形振り構わなさ、といえるか。


 街の外に出た俺は、そのまま着地はせず、


「【精霊召喚:光(スカラ)】」

「――」


 空中でスカラを呼び、

 翅を広げて飛ぶ彼女の横をすこし並走してから、飛び乗る。

 このまましばらく移動して、街からは離れたほうが無難か。

 すこし距離を稼いで、眠くなったら下りて寝りゃいい。


「ますたー、追いついた!」

「ああ、マキ」

「なーんかここに来てからコクシされてない? ウチもスカラちゃんも。ろーどーきじゅんほーいはんっ!」

「手前らを守る法はねえ」

「むじひ!」

「つって、菓子貰えりゃ満足だろ手前は」

「んふふー、とーぜん!」

「はあ……」


 胡坐をかいてその脚の間にロンを降ろすと、ちょうどマキが追いついてきた。精霊最速のこいつをおいてけぼりにする心配は、元よりしていない。

 しかしなにやら小賢しいことを言う。そもそもお(めえ)が出ずっぱりなのは駄々こねたからだろが。

 おかげで不審者を押さえられたのもあるが……たとえいなくとも【警戒】でどうとでもなっただろうと思うと、むやみに労う必要もないような気も。

 けどスカラに関しては、なんか考えてもいいかもな。欲しいもんとかねえのかな、こいつ。


「――くしゅんっ」


 不意のくしゃみは、ロンからのもの。

 その拍子に目を覚ましたらしく、しょぼしょぼした目でこちらを見上げてくる。

 それから辺りを窺い、知らないうちに野外にいることにとまどった様子だったが、

 ふと、空を見上げた目が円く見開かれる。


「? ああ。星、すげえよなあ、この世界」


 つられて見上げ、俺もすこしだけ感嘆。


 雲ひとつない夜空に、無数に瞬く星。

 綺麗すぎていっそ不気味にすら感じる光景。


 いくつかの世界でも思ったことだが、街灯とかコンビニとか、文明の灯かりのない夜って意外に明るいと、あらためて認識する。


「つか月が二つあんだよな、ここ。明るいのはそのせいもあるか」

「…………」


 見たまんまを独り言ち、それからなんとなく視線をロンのほうへ。

 俺の体を背に座りなおし、なおも夜空を見上げている。

 大きな目は星空を映し、きらきらと輝くよう。

 俺が見ているのにも気づかないくらいの熱心な見入りように、しばらく好きにさせとくか、とひとつ息を吐く。






 あのあと、数分くらいでロンが寝落ちしたのをきっかけに、地上へ下りて寝直した。

 そして翌日。

 朝飯と小休止のあと、スカラに乗って街道沿いを飛ぶこと、数時間。


「あれ、か……?」


 眼下にそれ(・・)を認め、俺はスカラを降下させる。

 そうして地上に下りて、間近に見上げたそれ(・・)は、巨像。

 約束の地を示す地図に描かれた、最初の目印だ。小高い丘の上に立つそれは結構な大きさだが、街道からはすこし離れているためそこを行く人にはただの岩にも見えるだろう。いかにも古めかしく、造られてからかなりの年月を経ていると思われた。


「ここと、あとあっち……」


 地図、【マッパー】、そして【境界廊】の子機。それぞれを出して見比べる。

 約束の地への最後の目印は、二つ並んだ山の間にあるという。

 その特徴的な二つ山には、すでに目星がついている。というかこの世界に来たときから目に入っていて、今もそれは遠くに望める。街の人にも聞いたが、二つ並んだ山といえばそこしかないという話だった。


 ところで、子機の次の世界へ繋がる地点を示す機能。これは【マッパー】に反映される。

 つまり次の地点が判明していれば、それが光る点として【マッパー】にも表示される。

 その点と、今いる場所と二つ山の方向、そこへ地図を照らし合わせると、

 どうも次の地点はちょうど約束の地、もしくはその近隣である可能性が極めて高い。


 以前にも示したことだが、これが約束の地を目指している俺個人の都合(・・)

 ロンを助けたのも善意というよりは、ついでとか成り行きだ。


『ずいぶん甲斐甲斐しいじゃない? さすがの店長(テンチョー)も、いたいけな子供には絆されちゃう?』


 水浴びのときにウン(略)からこんなことも言われたが、買いかぶり。もし次の地点が約束の地とはてんで違う方向だったら、ロンは普通に街のしかるべき施設に預けたと思う。

 さほど手間でもない、というのも大きいだろう。例えば、最初に現れたゴリラ蝙蝠や昨日の忍者めいた人ら――あれらが俺と同格かそれ以上に強かったら、迷わず一人で逃げを打ったはず。


「……」


 そう考えるとロンは運がいいといえるか。

 約束の地とやらが本当にこいつにとっていい場所なら、の話だが。

 獅子舞を四角く固めたような外観の像。それをぼんやりと見上げる狼子供。

 ぐう、と。


「……昼飯にすっか。時間はちと(はえ)えが」

「~~ッ」


 聞こえた腹の虫に、俺はその主へと声をかける。

 やや恥ずかしげに、しかし尻尾は振りながら、ロンがこちらへ駆けてくる。

 そうして巨像を背に、俺とロンは昼食に取りかかる。

 にしても、よく食うようになったなこの子供は。街で保存食やらなんやら、多めに買いこんでおいて正解だった。




  ~~~




 あたたかくて、ふわふわとおちつかない気もち。

 ここなん日かずっと、夢でも見ているような気分。


「……」


 ……おおきな虫にのって空をとぶ、なんて、それこそ夢としか思えないことがおきてるけれど、

 それもあるけど、夢みたいなのは、ここなん日かの旅のこと。


 はじめて見る景色。

 はじめてふれるもの。


 森のむこうからのぼる、キラキラとした朝日。

 水浴びのときの、湖の水のここち。

 うんと小さいころぶりの、あたたかいごはん。

 おなかいっぱい食べられる食事。

 人間の街のにぎやかさ。びっくりするほど甘いおかし。

 毛布やベッドのやわらかさ。おちついてねむれる寝床。

 晴れた朝の、空の青さ。しとしととふる雨の、しずかな音。

 うたうような鳥のこえ。風にゆれる森の木のざわざわ。

 どこまでも広がる夜空に、かぞえきれないくらいかがやく星たち――


 せまくつめたいオリの中と、くらくてほこりっぽい仕事場の行き来。

 ほとんどそれしかしらなかったから、いまはずっとドキドキしっぱなし。

 もちろんそれは、人間にムチでうたれるときのような、わるいドキドキじゃなくて、

 心がおどるような、体がはずむような――そう、うれしいドキドキ。


 けど、それよりドキドキして、ふしぎなのは、

 “約束の地”への、旅――それを手伝ってくれている、

 ううん、つれて行ってくれているひとのこと。


「霧が出てきたな」


 いまも、まるでイス代わりのように背中をささえてくれている、このひと。

 彼はいったい、なにものなんだろう?


 人間、のはずだ。

 すくなくとも獣人(けものびと)じゃない。耳は顔のよこにあるし、しっぽはないし、うでもあしもそしてせなかも、体のまえとおなじような素肌だし。……彼のハダカを思いだすと、なんだか顔があつくなってくるけれど……


 とにかく、人間のはず。

 なのにどうして、獣人である自分に、こんなによくしてくれるのだろう?


 人間は、獣人にひどいことをする。

 つかまえて“どれい”にし、ろくに食べさせずにきびしい仕事をむりやりやらせる。

 かつての自分のようなぼろぼろの獣人――“どれい”は街のなかでも見かけた。

 今、きれいなかっこうをしている自分にも、街の人間はあまりよい目をむけなかった。


 おじいの言葉を思いだす。人間は獣人をおそれているのだ、と。

 獣人がほんとうの力をだせば、人間はとてもかなわない。

 だからそうならないよう“だんあつ”し、弱らせて、閉じこめたのだ、と……


 人間が獣人を“だんあつ”するのは、自分たちがやられてしまうのがこわいから。

 けど、このひとは人間かもしれないけど、きっと獣人よりもずっと、つよい。

 だから、こわくない?

 だからひどいこともしないし、こんなにもよくしてくれる……?


「標高上がって、気温下がってきたな。寒くねえか?」


 ふとたずねる、しずかな声。

 はっと顔をあげて、だいじょうぶ、としめすために首をふる。


「そか。もさもさしてんもんな、お前」


 かえってきたうなずき。

 両腕をにぎられ、わしわしともむようになでられる。

 しっぽがうずうずしてしまう。

 ほかの人間には、ぶったりけられたりしかされてこなかったけど、

 このひとだけはこうしてときどき、やわらかい手つきでなでてくれる。

 それがとっても、くすぐったくて、気もちがふわふわとして……


 やっぱり、ちがう。

 獣人がこわくないから、だけじゃない。

 いつもそっけなくて、わらったりとかはしないけれど、

 このひとはきっと、ほんとうは、とても……だから……


「お?」


 彼がなにかに気づく。

 まえをむけば、なにに気づいたのかが、見える。


 きみょうな柱が、二本。そのあいだに、先へとつづく長いつり橋。

 “約束の地”への、さいごの目じるし――




 とつぜん、

 下から突き上げるように、おおきな虫の体がゆれる。




「あら」


 さほどおどろいたふうもなく声をあげる彼に、

 けれどもすばやくかかえ上げられ、ふわりと宙をうき、

 どん、とするひびき。彼が地に足をついたのだろう。


 すこし目がまわるようなかんじがおさまれば、まわりのことが目に入る。


 岩かげから何人もの、人、人、人……

 気づけば、二本柱のまえに立つ彼と自分は、

 たくさんの人間たちに、かこまれてしまっていた……

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