W-011_狼子供と約束の地へ 5
宿の部屋にて。
「ほうれ、こんなもんじゃろ」
そう言って土の精霊、グラ爺が無造作に手渡す、すっかり元通りになった謎生物の造形物。
【匠の技】という力を持つグラ爺は、それでもって物を直したり作ったりできるのだった。
「――っ」
受け取るロン、感極まった様子で息を詰まらせ、ぎゅっとそれを抱きしめる。
「あり、がと……っ」
「フン、礼なんぞええわいっ」
「あーもしかして、おじじ照れてるぅ?」
「じゃかあしぃっ! ったくこれだから餓鬼ぁ好かんわ!」
泣き笑いの顔で、か細い声で口にしたロンの礼。
それにグラ爺がつっけんどんに返し、そんな爺をマキが茶化す。
わりかし和気藹々としてる精霊らには珍しく、この二体はそりが合わない様子。まあやることやってくれれば、こっちとしては仲の良し悪しはどうでもいい。
それよりロン、喋れたのかとすこし驚いていたり。言葉が全然わからないわけでもないようだ。
「それよか酒じゃ酒! まさか忘れとりゃせんよぁ、坊」
「はいよ。まあ昨日も約束したしな。いや一昨日か」
「おぅおぅ、これがなきゃやっとれんわい。摘まみはないんか?」
「飴ならある――冗談だ。ルームサービスとか、やってねえかな」
床に胡坐かくグラ爺に、今日買ったもののなかから酒の甕を出して渡してやる。
酒の肴については、忘れてた。保存食を消費するのもあれだし、とりあえず宿の人に聞いてみようとベッドから腰を上げる。結構立派な食堂があるところだし、なにかしらは出してくれるだろう。
「う~、ウチお酒のにおいキライッ。ロンちゃんもヤだよねッ?」
「え? あ、ぅと……」
「カカッ、餓鬼にゃわかんめぇよコイツの良さは! ――ッカーッ、なかなか上物じゃわい! ぐぇっぷ」
「やー! くさいくさいっ!」
「あんま騒ぐなよお前ら。宿は二人で取ってんだからな」
一応釘を刺してから部屋を出る。マキはともかくグラ爺はだいぶ人間に近いので、いるのがばれたら宿側から追加料金を取られかねない。
とはいえ、さほど心配はしていない。精霊は皆俺の命には従うし、いざとなったら【隠行】で身を隠せる。精霊はもれなくこの力を持ち、姿を隠し一切の物理的干渉を受けなくもなれる。
~~~
市庁舎の廊下を歩く男が一人。
普段は衛兵として城門に詰めているが、実際はある特殊な任に就く国直属の調査員である。
やがて男が足を止めたのは、市長執務室の扉の前。
「失礼しますよ」
「――君か。入りたまえ」
ノックし、室内からの応答を受け、ドアを開け部屋に踏み入る男。
迎えるのは市長一人。秘書のデスクに誰もかけていないのは、他ならぬ部屋の主が席を外すよう前もって命じていたから。
「どうも。派遣した人員が戻ってきたんで報告をば。――運び屋はくろおどしに襲われたとみて、まぁ間違いないでしょう」
「やはりか……。しかし、護衛は雇ったとの話だったはずだが」
「逃げたんでしょうなぁ。アレを目の当たりにして冷静に対処できるヤツなんてそういない。俺だって、正面切って相手取るのは御免です」
「遂行そのものが、元より無謀な任、か……」
報告を聞いた市長が難しい顔で椅子に背もたれ、目頭を揉むようにする。
現場の苦労を知らない上――政府に従わねばならない立場も難儀なものだ、と男は思う。実行を担わされた運び屋も、各種手続きを誤魔化さねばならない目の前の市長も、そして諸々の調整役を務める、自分もまた。
「報告御苦労。輸送の失敗は私から上へ報告して、」
「いや、それなんですがね?」
話を切り上げようとする市長を、男が遮る。
若干歯切れが悪くなるのを自覚しつつ。というのも把握できた情報、そのひとつひとつがどうにも不可解だったからだ。
「どうも対象、生きてる可能性があるようで……」
「? 彼奴に襲われて、食われたのではないのかね?」
「ええ、まず――」
気が進まないながらも、男は順を追って報告を続ける。
森へ向かった男の同僚たちの調査の結果……
街道の脇にどけるように、くろおどしに襲われたあとで動かされたと思われる馬車。
その付近でみつかった犠牲者の埋葬跡――ご丁寧に真新しい墓石まで添えられた。
さらにべつの付近、湖の近くにあった焚き火跡と、うち捨てられた奴隷が着用していたと思われる襤褸……
「で、昨日の朝。混じりのガキを連れた行商人風の男が街に入って、今も滞在してます」
「……別人ではないのか? 仮に森で一晩明かしてここへ来たのなら、あきらかに時間が足りない」
「そこなんですよねぇ。俺もこいつがなきゃ同じ意見なんですが」
ぱさりと、デスクに書類を広げて示す男。
手に取って検めた市長の、その目が見開かれる。
商人向けの通行証。奴隷取り引きのための表向きの証書。
それらはまぎれもなく、本来運び屋が所有しているはずの文書だった。
「……森に赴いた際に、馬車から持ち帰ったものではないのだな?」
「ええ。件の男が持っていました。直接受け取った俺が言うんだから、間違いないです」
「どういう人物なんだ、その男は」
「いやぁ、なんと言ったらいいか……ここらじゃ見ない顔立ちですが、特徴といったらそれくらいで。少なくとも立ち居振る舞いは、戦う者のそれじゃないですね。ただの行商人、と言ってましたが、そう言われたらまぁそうだろうな、と思うしかないというか」
そう。取り立てて言うことのない男、のはずだ。
しかしいくつもの細かい違和感は、あるといえばある。
やけに少ない荷物。この時期に街道を、森の方面から抜けてきたということ。
そしてなにより、連れていた獣混じりの子供。
やけに身ぎれいなうえ変なものが描かれた服を着ていたが……
身体的な特徴は、“候補”とされていた対象に一致する。
「奴隷と書類を拾い、森で一晩明かし、それから半日とかけずに街に入った……?」
「状況を総合すれば、そうなるでしょうね」
「ありえん」
「とも、言い切れないですよ? ヤツは“候補”のガキと一緒なんです」
「まさか――」
「ええ。それならありえなくは、ない」
男の任。ひいては政府の――人類の危惧。
獣の特徴を持ち、身体能力に優れ、個体によっては妖術をも宿すとされる獣人ら。
かつてその力を恐れた人類は、団結し数を頼りに徹底的に彼らを狩り立てた。
そのうえで分断し奴隷に落とし、劣悪な生活環境に置くことで脅威の封じ込めは成った。
しかし獣人らには、まことしやかに語り継がれる伝説がある。
彼らにとっての、いわゆる救世主のような存在。
口を割らすことが出来なかったので具体的には判然としないが、おそらくは若い個体から現れる突然変異のようなもの、と識者などは推察している。
その候補の割り出し。ならびに帝都への秘密裏の輸送。
それが男の所属する部署の任務。
であったが……
「奴隷の子供が、すでに救世主として目覚めている可能性……」
「救世主と言われるくらいだ。大の大人を担いで馬より速く駆けるくらい、できても不思議はない。……こっちとしちゃー勘弁してほしいとこですがね。確保はもはや不可能かもしれない」
市長が深刻な顔をする一方、男もまた苦り切った表情になるのを自覚する。
獣人の力、その厄介さはよく知るところだった。相手が万全の状態なら一対一ではまず勝ち目がない。最低でも三倍の数で当たれ、などとよく言われるくらいだ。
その獣人の、救世主。
まだ子供で、実際の力は未知数だとしても、けっして侮ってかかるべきではないだろう。
まったくもって厄介なことになってきた、と男もおそらく市長も考えているところへ、
不意に廊下から近づくのは、無遠慮な足音。そして、
「――父上!!」
やはり不作法にドアを開け、声を上げたのは身なりはいいが品のない顔の子供。
ちょうど話に上がっていた獣人と同年代くらいのその男児は、台詞からもわかるとおり市長の一人息子であり……
「平民がぼくに手を上げたんだ! 父上の力でとっちめてこらしめてくれよぅ!」
「なに!? おのれなんたる不届き者……そやつの特徴は?!」
「人間モドキのこどもをつれたヘンな顔の男さ! そいつにぶたれて二階の高さまで飛んで死ぬとこだったんだよぅ!」
「よぉしわかった私に任せろ! すぐに警邏長を呼ぼう!」
「さっすが父上だ!」
「……」
このとおり、父である市長にかなり溺愛され甘やかされている。
これさえなければ普通に有能な為政者なんだが……悲しいけどこの街は今代で終わりかね、と思わず遠い目になる男だったが、
それはそれとして、聞き逃せない台詞も。……もちろん、二階の高さなどという戯言ではなく。
「あー、市長。まさにそいつが件の男では?」
「なに!? ……言われてみれば確かに。――すこし冷静さを欠いていたな。君、其奴の逗留先については」
「もう割れてます。ですのでその件、我々に預けちゃいただけませんかね?」
「ふむ……」
人間モドキ――獣人の蔑称だが、ともかくその子連れなど現在街には一人しかいない。住人と、街に出入りした者の記録がすべて頭に入っている男には、それがわかる。
男の言葉に、有能な為政者の顔を取り戻す市長。それを余所にその馬鹿息子が「ところでお前はだれだ? 父上とのはなしにわりこむなよ!」などと男を小突いてくるが、完全に無視を決め込む。
ややあって、
「では、君の好きなように動きたまえ。諸々の処理はこちらで担おう」
「頼みます。方針はとりあえず、双方生け捕りで?」
「可能ならばそれが望ましい、が……」
見込みや予定からはだいぶ外れたが、詰まるところはこういうことに落ちつくのだろう。
少々荒っぽい手段。男の最も得意とする分野。
とはいえ男も、そしておそらく市長も、不確定要素への懸念は拭えないが、
「私も最善にはこだわらない。それも含めて、委細そちらに任そう」
「――そのように」
やるだけのことはやる。お互いに。
そう言外に目線を交わし、男は狩りの支度へ。
そして市長は狩りによって生じる被害の事後処理、ないし記録の隠蔽、改竄の準備へと、それぞれ取りかかるのだった。
その日の、否、日付が変わってしばしのちの深夜。
「……」
男は同僚とともに、とある宿の館内に侵入していた。
そこは他でもない、件の男と“候補”の子供の滞在先。随分といいところに……と思わないでもない。運び屋をそれらしく見せるために持たせていた金品。それで賄ったにしても少々豪遊な気もするが、
造りのしっかりした宿は、近隣に物音が漏れにくい。
その点ではやりやすい現場で、男にとってはむしろ好都合。
慎重に、かつ素早く、標的へと迫り――
ほどなく男と同僚一人は、部屋のドアへ。
他二人の同僚もおそらく窓側、ベランダへと辿り着いているだろう。
「――」
細工をし、ドアの鍵を音もなくはずす。
そしてやはり音も立てずに、ドアを開いて部屋へと滑りこむ。
「……」
「…………」
室内、視線の先に膨らんだベッド。
ちらりと窓を見やれば、その外に同僚のハンドサインが一瞬だけ見て取れた。
かすかに聞こえる寝息二人分。間違いなく熟睡している者のそれ。
拍子抜けしそうになるほどの無警戒さ。
この者に感じた違和感も、救世主のことも、すべては杞憂だったのかとさえ思えてしまう。
かといってここで油断すれば、命取りになりかねない。
それを経験上知っている男は、同僚と頷き合い、あらためて標的を拘束にかかろうと――
「ばあ!」
突如、
全身がぎしりと、軋みを上げる。
「!?」
「なっ……?!」
びくともしない手足。
それに驚愕し、同僚に至っては声まで上げ、共々混乱の極みに。
加えて混乱を助長するのは……
「ますたーますたー、怪しいひとだよ! ニンザブローみたいな黒づくめの、どろぼー? ごーとー?」
「ん、気づいてる……」
目の前をくるくると飛びまわる、妖精のような存在。
なんだ? これは……
なぜこんな、御伽噺の中にしかいないようなものが、今突然現れる?
「どーする? ますたー。このまま縊り殺す?」
「やめれ。ええと、あんたらどちらさん、――あ、門のとこの衛兵さんか。なんでそんな忍者めいた格好を?」
「……っ!」
暗闇に淡く光り放つ妖精が、無邪気に問う。
その体から伸びる、同様の光を発する帯のようなもの。
男らが動けないのも、まさにそれに全身を縛り上げられているから。
掌大の存在からのものとは思えないほど凄まじい力に、体はびくともしない。
しかしその事実より恐ろしいのは、
標的の一人であった、件の行商人風の男。
ベッドに胡坐かくそいつは、先のやりとりから妖精を従えているらしく、
さらに顔を隠している侵入者の正体を、どういうわけか看破してしまっている。
事ここに至り、悟る。
もしや自分は、とんでもない勘違いをしていたのではないか。
真に恐れるべきは、覚醒も定かではない救世主候補などではなく――
「外にも二人、か。常識的には通報なんだろうが、街ぐるみだよなこれ……。んで狙いはたぶん、ロンと」
いっそ暢気にも思える態度で、こちらの目論見をほぼ見切ってしまっている、この男。
「出るか。宿は名残惜しいけど。マキ、もうちょいその人ら足止めしといてくんねえ?」
「あーい。そとの人は? 【帯操】はもう打ち止めだよー?」
「どうとでも。眠らすのが手っ取り早いか」
眠ったままらしい獣人の子供を抱え、彼はベッドから下りる。
そうして妖精へと声をかけたその時、ベランダに控えていた同僚たちが姿を見せ、構える。
よせ。
やつは止まるまい。お前らには止められない――!
「! ――」
「…………」
なにをしたのかまるでわからない。
わずかな間で同僚らを完全に無力化した件の男は、
「ん。じゃあ俺らは街を出るんで、お世話様」
獣人の子供を抱えなおすと、そのままベランダから躍り出て夜の闇に消えていった。
23/08/14 追記 紹介し忘れた精霊のステータスを以下に
――status――
name:グラ爺
age:― sex:M
class:土の精霊
cond:通常
Lv:99
EXP:― NXT:―
HP: 7/ 7
MP: 3/ 3
ATK:440
DEF:504
TEC:507
SOR:359
AGL:180
LUC:Normal
SP: 4950/ 4950
――magic――
〔弱速〕〔脱力〕〔城塞〕〔重力〕
――special――
【鳴動】【岩塑】【巌窟】
【土属性吸収】【木属性弱点】【火属性活性】【雷属性無効】
【匠の技】
【隠行】




