表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/85

W-011_狼子供と約束の地へ 4




 拾った金品が図らずも手持ちに加わったため、金策の必要がなくなった。

 額もそれなりなので、街での宿はちょっといいところを選ぶ。金は余らすくらいなら景気よく使ったほうがいい。もちろん現物に換えれば次の世界に持ち越せるが……決めるのは早計か、まだ。


 で、滞在初日は散策もそこそこに、早めにそのいい宿に着いて、一泊。

 その翌日。滞在二日目。


「結構賑わってんな」

「……」


 この日は観光がてら必要な物を買いこむため、市中へ出てきた。

 隣を歩くロンには、俺の服の端を摘まませている。両手が空いてたほうが便利なので。

 そのロン、昨日とはべつの(例の謎生物柄の)シャツを上に着ている。宿に洗濯のサービスがあったので、俺のもまとめてそちらに任せて着替えたのだ。

 ちなみに今日は下もきちんと穿かせている。短パン状の下着で、これは昨日のうちに買っておいた。人間用しか売っていなかったので、尻尾のための穴を空けてもらうのに追加の料金が必要になったりもしたが……まあどのみち先述のとおり、余らせても仕方のない金だ。


 ともあれ、そんなロンを連れて市場などを見てまわる。

 さっき呟いたとおり街行く人は思ったより多く、それなりに活気がある。

 それなりに、と思ってしまうのは、やはり故郷の繁華街とは比較にもならないからだろう。思えば今のところ、故郷より文明が発展した感じの、いわゆる未来的な世界って数えるほどしか……いや一箇所だけだなそういや。世界全体でも故郷は進んでるほうなのか、それともたまたま古めかしい世界に連続で当たってるのか。


 などとどうでもいいことを考えながら、店を渡り歩いて買ったり冷やかしたり。

 買いこむのは主に消耗品か保存食。あとは精霊への御機嫌取りの品なども。観光がてらとはいうが、民芸品やなんかのいかにもな土産物は、もちろん買わない。邪魔だし。実用的ならその限りでもないんだが……

 と、ふと見れば。


「……――」


 通りかかった露店、そこに広げられた品物のひとつに、ロンの視線がじっと注がれている。

 なにかと思い俺もそちらを見て、

 我知らず、軽く驚愕。


 おそらくは陶製の、動物を模った置きもの。

 いや、動物、というか、

 それはまぎれもなく、昨日ロンが着ていたシャツに描かれていた謎生物、そのもの。

 あるか? こんな偶然。


「あの、これは……」

「ん? 兄さんこんなのが気になるのかい?」


 思わず訊ねれば、店主から返ってきたのはそんな問い。

 いやあんたんとこの商品だろ。なんだその売れるとは欠片も思ってないような言い草。


「そういう生きものがいるんですか?」

「いやぁ、わからん」


 わからんて。


「いやなぁ、贔屓にしてる窯元の品なんだが……ほら、そっちの器やカップはいい出来だろ?」

「それはまあ、そうですね」

「な? けどそっちと抱き合わせで、そのへんのなんかよくわからんやつも一緒に置いてくれって押しつけられててなぁ。器のほうの売れ行きはいいから、こっちも断るに断れなくて……」

「……」


 なんか世知辛そうな話だった。

 客商売なんかしたことねえからお察ししますとも言えない。


「作家の(さが)、っつーのかねぇ。なんでも時々、頭にビビッとひらめくんだそうだ。売るこっちの身にもなってほしいとこだが……まぁくり返すけど器の売れ行きはいいから、愚痴るのも贅沢な話じゃあるんだが。……というか、買う気かい?」


 ふと投げかけられる店主の問い。

 俺は完全にいらない。実家の部屋に飾れるなら面白半分で買ったかもしれないが。

 つまりこの場合、欲しがってそうなのは――


「欲しいか?」

「!」


 ロン。

 聞けばぴんと両耳が立ち、しかし徐々に垂れ下がる。

 期待と、遠慮。それらが瞭然と見てとれる反応。


「べつにいいぞ、そんくらい。いくらです?」

「本当に買う気なのかい……いやいやっ、こっちとしてもありがたいが」


 ロンの頭に軽く手を置きくしゃっと撫ぜ、それから店主のほうへ訊ねる。

 本気かこいつみたいな表情をすぐに取り繕ったのは、さすが商売人か。そうでもないか。

 一方、こちらを見上げるロンも信じられないという顔をするが、次第にまた恐縮した様子に。

 その頭を「遠慮すんな」とばかりに再度撫でまわす。土産物は邪魔と思った端からではあるが、実際いくらでもない買いものだし、そもそも金の出処も拾い物からときている。俺自身に損などないのだ。


「しかしお客さんも物好きだねぇ、獣混じりなんぞのために……」


 商品を包んで俺へと渡す店主の、なかばぼやくような呟き。

 街に入ってからしばしば感じていたが、やはりロンのような人種(?)は、そうでない大多数の人らに白眼視されているらしかった。昨日下穿きを買った服屋にも奇異の目で見られたし、街を歩いていてもそれとなく、あるいは露骨に、ロンには蔑むような目が向けられていた。

 あとは、奴隷。

 いくつかの店ではそれらしい人らが使役されていて、やはり例外なく獣の特徴があった。薄汚れ、やつれていたのも共通していて、労働環境は推して知るべし。というかロンもあの老人も、奴隷だったのはこれで間違いないだろう。


 そんな奴隷らに、ロンは気の毒そうな、または詫びるような目を時々向けていたが、

 まあ、どうしようもねえよな。さすがに俺も、そこまでは。

 いくら一個人としては出鱈目な力を持つといえ、それだけで奴隷解放だの社会の変革だのが出来るはずもない。っつうか余所者がそんなことするのも、なんか違うだろう。


 しかし、とはいえ。

 先に〔読心〕で知った、老人のロンへの語りかけが事実だとしたら――




  ~~~




 “約束の地”……


 我ら牙狼人のみならず、すべての獣人(けものびと)がための(こも)()


 そこではかように鎖に繋がれることも、虐げられることもない。


 始原の獣の見守る、我らの救いの地なのだ――


 ――約束とは、始原の獣との古き盟約。


 かの地にて若き“獣の勇”立たば、同胞(はらから)率い地にあまねく覇を唱えるであろう……


 (わらし)よ。幼き牙よ。


 (すえ)あるお前であれば、いつかそこへ辿り着く日も来よう。


 いや、あるいはお前こそが――




  ~~~




 宿へと戻る道すがら、表示させたボードを俺は見やる。

 直近に使用した〔読心〕の内容は、MP消費なしでこうして再度読み返すことができたりする。

 同時に音声もまた再生されるが、それが隣のロンに届くことはない。

 例の合成音声と同質のもので、俺以外には聞こえないだからだ。


 老人の語りが事実なら、ロン達獣人とやらにも再起の目はありそうな感じ。

 しかしロンが“獣の勇”ってのは……


「?」


 俺の視線に気づいたのか、謎生物の造形物を大事そうに抱えながら首を傾げる狼子供。

 ……どうだろうな。軟弱とまでは言わないが、当人荒事とは縁遠い雰囲気。食わせてるからか会った時から多少はふっくらとしたが、それでもやせっぽちには変わりないし。

 よしんばこいつがそれだとして、荒事の矢面に立つにはあと十年は必要だろう。少なくとも六歳児には間違いなく無理だ。


 まあ俺が気にするこっちゃねえんだろうが。

 ……などと、つらつら考えてたのがよくなかったか。


「あう゛っ?!!」


 不意に、傍らから上がるロンの悲鳴。

 見れば頭に怪我をしていて、足元には石ころ。


「あっ……!」


 そしてそのそばには、真っ二つに割れた謎生物の造形物も。

 どうやら石をぶつけられ、その拍子に抱えていたそれを取り落としたらしい。

 もちろん、車通りなどない道で突然石が飛んでくるはずもなく――


「ぃよしっ、当たったぁ! 人間モドキを成敗したぞぉっ!」


 今いる道端の、反対側の端。

 路地から出てきて声を上げたのは、三人連れの子供のうちの一人。

 揃って身なりはいいが頭の悪そうな面で、口ぶりからもあれらがこれをやったのは明白。

 なんのつもりかと訝っていると、そいつらは無遠慮な足どりでこちらへと駆けてくる。


「やい平民! ドレイは鎖に繋いでおかないとダメなんだぞ!」

「そうだそうだ! ケモノマジリが人をおそったらどうセキニンをとるんだよぉ?!」

「なんならボク直々に父上にいいつけてやろうか? んん?」


 左右で囃し立てるいかにも取り巻きな二人と、真ん中でふんぞり返る一人。

 最初に声を上げたのは真ん中の奴で、つまり石を投げたのもこいつ。

 まあ一応の言い分はわかったし、横柄な態度の理由も台詞から察せた。

 ならばそちらはとりあえず置いて、


「痛むか?」

「っ」


 しゃがんで目線を合わせ、ロンへ問いかける。

 側頭部の傷は、近くで見ると結構大きいのがわかる。痛まないはずはないが、落ちて割れた造形物から外れない悲痛そうな視線が、怪我よりそちらのほうが辛いと物語っている。

 そんなに落ちこむか。随分気に入ってたらしい。


「ほら、持ってな。あとで直してやる」

「~~ッ」


 粉々にならなかったのは幸いか。拾って渡したそれをロンはぎゅっと抱きしめるようにし、

 両目からは、大粒の涙がぽろぽろと。

 そんなロンに俺は〔治癒〕をかけてから、頭をひと撫で。

 頭部の怪我だがcondの異常はみられず、後遺症などは気にしなくてもいいだろう。


「おいっ! 無視するなよ! 不敬罪だぞ!」

「代々市長を務めるホースディア家に逆らうと街にいられなく――」


 さて、と俺は立ち上がり、

 口々に喚く餓鬼、その真ん中の一人を、

 全力で蹴り飛ばす。


「――げっ!?!」


 声、というよりは空気を絞り出しただけの音を喉から発した餓鬼は、

 くの字に折れ曲がったまま、凄まじい速度で向かいの建物の壁にぶち当たる。

 一件だけ地震に遭ったかのように、ずん、と揺れる建物。


「ぉ゛、ぁ゛……っ」


 餓鬼がぶつかった一階と二階の間くらいの高さの壁も、もちろん建物そのものも、

 そして路面に叩きつけられ、わずかに痙攣するのみの餓鬼本人も、

 損傷も外傷も、どこにもみられない。

 それらもひとえに【手加減】の賜物。


「わ、わああっ?!」

「ひぃぃっ!!?」


 泡を食って逃げ出す残りの餓鬼は放って、俺は蹴ったほうの餓鬼の様子を見に行く。

 【手加減】――これと共に繰り出した攻撃は、如何な物も壊さず、傷も負わせない。

 一見思いやりを感じられる力だが、その実態は結構惨い。ただ壊さないというだけで、威力そのものを抑えるわけではないのが理由の一端だろう。例えば骨を打った場合、本来なら折れるところを折れずに曲がる(・・・・・・・)痛みを味わうことになるし、


「――、――……ッ」


 この餓鬼のように、空気を全て絞り出した肺が大気圧で戻らなくなる、というのも起こりうる。

 そのくせ体には全く損傷がない、つまり脳機能も正常なので気絶することもできない。

 普通なら死ぬところを、あるいはそれ以上の苦痛に苛まれる。

 そういう力、というか、こういう使いかたもできるのだ。【手加減】は。


「っ……ッ!」


 胸郭が不自然にへこんだ状態の餓鬼。

 外傷はなくとも、このまま放っておけばまあ死ぬだろう。こういう手合いはどうにも我慢ならないからついぶちのめしてしまったが、べつに命まで取りたいわけじゃない。

 かといって人工呼吸などしたくもない。


「マキ、任せた」

「はいさー!」


 なので精霊を頼ることにした。「まだ帰りたくなーい」などとごねたため、じつは昨日からずっと召喚しっぱなしのマキに。

 俺の意を汲み、懐から飛びたったマキが【飄々】を発動。


「がごお゛おおおおおっ?!?」

「アハハ! ゲリべんのおならみたい!」


 それでもって気流を操作し空気をねじ込んで、餓鬼の肺を元の状態に戻してやる。

 その際かなり汚らしい音が出たが、直喩はやめろマキ。


「んじゃ部屋戻るか。ロン、行くぞ」

「そのまえにますたー、働いたウチにごほうび!」


 ぜえぜえとあえぎ、怯えた顔で得体のしれないものを見る目をこちらに向ける餓鬼。

 それを捨て置き、ロンへと呼びかけつつそちらへ向かう。

 そんな俺の顔のあたりを飛びまわるマキから、案の定のおねだり。


「昨日の飴でいいか?」

「んぅ、どうせならちがうのがいー!」

「我慢しろ。……って普段なら言うとこだが」


 いつものように、おざなりにそれをあしらおうとし、

 ふと目に入るロンの、捨てられてまた拾われた子犬のような、いわく言い難い顔。


「通り道にクレープみてえなの売ってたな。あれでいいか?」

「クレープ! 食べるー!」

「……っ」


 それを見てなんとなく、たまには甘やかすのもいいかと柄にもなく思う。

 甘やかすのはマキをなのか、ロンをなのか、あるいは両方か。

 そういやロンくらいの歳のころ、なんか落ちこむことがあった日に、父親がちょっとお高いアイスの店に連れてってくれたことがあったな。成弥には内緒で、こっそりと。

 そんなことを思い出したから、っつうわけでもないんだけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ