W-006_ガンジ、行きまーす! 3
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翌日、分厚いが雨にはならなそうな曇り空の下。
鋼鉄の機体の群れが、唸りを上げながら木々の合間を進む。
帝国の進軍を阻止する、公国防衛のための鉄騎隊だ。隊長、副隊長機を含む十二機の機械歩兵で一隊を成し、前方と後方にも一隊ずつ、計三部隊が戦闘の最前線へと近づいていく。
「……」
そのうちの一体に、俺もまた乗っている。
真ん中の部隊のさらに真ん中やや後ろの機体がそれで、イルダが副隊長を務めるのと同じ隊。
『――緊張してるか? ボウズ』
「はい? ええまあ」
『ハハッ、まぁそう気張るこたねぇ! いざコトを前にすりゃ自然と体は動く、そんなモンさ。肩ひじ張らず、気楽に行きゃいい』
「そう、ですか」
不意に聞こえる、装着しているヘッドセットからの音声。
ここの部隊長の激励だった。いかにも叩き上げというか体育会系な感じのおっちゃんで、面倒見はいいんだろうなというのが顔合わせの時の印象。
『はぁ。相変わらず、楽天的に過ぎるぞガルベス』
『姫様』
そこへ割りこんできたのはイルダの声。
呆れたような窘めのあと、彼女はすこしだけ笑って続ける。
『だが一理はある。張り詰めすぎれば動けるものも動けなくなるから。気負わず、さりとて気を抜きすぎず。それが肝要だ』
『姫様、新入りにゃ難しいでしょーよ、その塩梅は』
『そ、そうかな?』
『だから気楽に行け、だけでいーんですよ。最初は誰だって緊張するモンなんだから』
『それもそう、かも……?』
イルダの助言に、今度は部隊長のほうがつっこみ。そこにやりとりを聞いていたらしい他の隊員からの笑い声も交じり、戦闘前らしからぬ少々和やかな雰囲気。
『そうそう! 無理に敵を倒そうとか思わず、まずは生きのびることを考えな!』
『なにせこっちにゃ“戦姫”さまがついてる! 帝国のヘボ機なんざイチコロさ!』
『その呼びかたはやめないか! 恥ずかしいんだからな、これでも……!』
隊員からも激励。どうも話によるとイルダ、帝国からは二つ名で呼ばれるほどの兵とか。その証拠かはわからないが、彼女の機体だけ微妙に型が異なるようで、塗装も深い赤となっている。
かようにいろいろ声をかけてもらっている俺だが、実のところ緊張などはしていない。昨日も思ったが俺だけならまず死ぬことなどないだろうし、だから感じているのは緊張よりむしろ……
『――っと、見えてきたぜ』
部隊長の声に、前方に意識を戻す。
装甲に覆われていながら、透明な窓のように全面視界が利くようになっている機内。
そこに映る木々の合間に、ちらほらと窺えつつある敵影。
『さぁ陣形整えろお前ら! 気張っていくぞ!』
部隊長の号令。
すでに散開しつつある前の部隊に続き、こちらの隊列も動き出す。
さて俺も、事前に聞いていた配置につくべく動いて、
ぼかああぁぁぁぁぁぁん!!!
『ガンジ殿ぉぉぉぉぉーーーっ?!!』
撃たれた。
突如、敵影のさらに後方から飛来した砲撃をもろに真正面に喰らい、爆炎に包まれる機体。
「――びっくりした」
乗っていた俺はというと、そのやや上空の木々の合間に。
機体に備わる緊急脱出機構のおかげだった。起動すると座席が倒れ後方のハッチが開き、そこからは自力で飛び降りる仕組みなのだが、俺の場合自前の脚力でさらに上へと跳躍して爆発から逃れていた。たぶん普通の人だったら間に合わなかっただろう。
『ガンジ殿ッ? ガンジ殿!! ああなんてこと、私が巻きこんだばっかりに……ッ!』
「あの、大丈夫です。脱出できたんで」
『くっそぉ帝国の野郎共……ボウズッ、必ず仇はとるからな!!』
「あれ?」
ヘッドセットから聞こえた声にとりあえず答えたが、どうも受信だけで送信はできなくなってしまっているらしい。口々に気炎を吐き敵へと突撃していく部隊の人らに、なんだか申しわけない気になってくる。
まあしかし、なかば危惧していたとおりになった。
あのロボ、たしかに言われたとおり動かせるは動かせるんだが、なんか窮屈というか。中学のころ体育で剣道の授業があったが、あれの防具つけた時の動きにくさとか閉塞感とかになんとなく似ている。思えば試運転の時のイルダや部隊長もなんともいえない顔だったし、おそらく俺の操縦はお世辞にも巧みとは言えなかった……つか下手だったんだろう、はっきりと。
砲撃へは【警戒】も働いていたが、避けれなかったのはつまりそのせい。
よしんば砲撃を受けたのが俺だけだったら、〔反射〕なり〔城塞〕なりでどうとでもなった。しかしロボのがわがあれば攻撃はまずそちらに当たるわけで……あ、〔注入〕でロボにも〔反射〕とかかけとけばよかったのか。今更気づいても、後の祭り。
爆風の煽りで思ったより高く跳んだ俺。
落下に転じ始めたところで手近な枝に掴まり、懸垂の要領でその上へ。
しかし立派な木の並ぶ森だ。こんなとこで戦って木が邪魔になったりしないんだろうか。軍事には詳しくないからここが戦地として適切かなんてわからないし、仮に詳しかったとしてもロボのいる戦場だとまた具合が違ってきそうだが……
そんなことより、
こうして高所に上がったことで、俺を砲撃したものの正体がよく見えるようになった。
『なんだあ、ありゃ……?』
部隊の誰かの呟きが届く。
俺もまた、おおむね同じような感想。
敵部隊のさらに後方。
なにやら巨大なものが、敵機らと一緒に迫ってきている。
山かと見紛う威容。
多数の砲門。
巻きあがる土煙は履帯が地面を掘り返したものか。
先程から感じる地響きもまた、その駆動を伝えるものなのだろう。
まあ有り体にいえばそれは、
物凄くでかい戦車だった。
『“大戦艦”……!』
『帝国の秘匿計画……情報は上がってきてたが、完成していたのか……』
イルダと部隊長の声。なんか初耳の単語が出てきたが、そんな重要そうな情報、部外者である俺にわざわざ話さないか、思えば。
にしても、これでますますこの世界で戦車が主流でない理由がわからなくなった。……あ、でもあの大戦艦とやら、よく見るとおおまかに人型のようでもある。ちょうど人が伏せたような、例えるならスフィンクスのような姿勢というか。
「うあっと」
その大戦艦が、再び砲撃してきた。公国の部隊を狙ったそれはさすがの動きで躱され、流れた弾がちょうどこの木の根本辺りに直撃。足場が傾きはじめたので、俺は隣の木へと跳んで移る。
『くっ、怯むな! 皆!』
『姫様の言うとおり! 秘密兵器があろうがなかろうがぶつかるのは変わんねんだ! 逆に目にモノ見せるつもりでかかれェッ!!』
『おおっ!!』
眼下ではいよいよ両部隊が交戦しはじめる。
駆動音が唸り、砲撃の音と光が飛び交い、装甲同士がぶつかる重い金属音も響きわたる。
……暢気に見物してる場合でもないか。助太刀を買って出たにもかかわらずいの一番に大破して退場とか、さすがに面目次第もない。ここの戦場の主力ともいえるロボを一機お釈迦にしただけで終われば、イルダらも俺を雇い損だろう。
「んん……」
ふと思う。魔法的ななにかで動いているとはいえ、一応機械のはずだよな、あのロボ。
そして現在の天気は、おあつらえ向きにどんより曇り空。
「よし」
ひとつ頷き、その場で真上に跳躍。
木々の頂点をすこし超えた辺りで上昇の勢いが衰える。
そこから今度は〔歩加〕を使ってもう一跳び。
さらに二、三、四、五……と垂直跳びをくり返し――
「と」
雲に突っ込んだ辺りで、静止。
そうして俺は、そいつを呼び出す。
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「おおおっ!!」
気合一声、振り抜く刃が帝国機の左兵装を切り落とす。
専用に調整された魔導熱線刀、九八式銃剣‐改。
威力と引き換えに軽量化し連射性能を向上させた、試製二二出力砲零式。
イルダの駆る専用機械歩兵壱百弐式改‐紅の主力兵装である。それらを左右に振りかざし先陣を切る深紅の機体に、敵は気圧され味方は戦意を奮い立たせる。
「――ッ」
しかしその奮戦に反し、機内の彼女は沈痛の面持ち。
痛みを堪えるようなイルダが思うのは、彼女の手で巻きこみ、そして見す見す死なせてしまった少年のこと。
(彼がいなければ私は死んでいた! なのに恩を返せぬばかりか、あのような――ッ)
守れなかった後悔。しかし戦場は悔やむ暇など与えてくれない。
相手は多勢。そこに加えて――
「!? ――っく」
駆け抜ける巨大な光線を、すんでで躱す。
見たこともない規模の砲撃。
六〇出力はあるかと思われるそれが放たれたのは、大戦艦、その長大な砲門から。
「なんて威力……!」
ちらと振り返った後方では、木々がなぎ倒され抉れた地面が延々と続くほど。その規模から連射は利かないようだが、当たれば死は免れない砲撃に気を割きながらの戦闘は確実にイルダの、公国兵の精神を消耗させている。
わずかに動きを止めたイルダの機体を見てとったか、帝国機が左右から挟撃をしかけてくる。
「なめるなぁっ!!」
しかしその程度で討たれる彼女ではない。
動きを見極め、紙一重で攻撃を躱すと、敵が応対する暇も与えず反撃に転じる。
右の敵機は熱線刀で装甲を裂かれ、左の敵機は速射砲を撃ち込まれ、それぞれ左右へ頽れていく。
さらにその死角から迫っていた三機目を、返す刀で斬り捨てたイルダは、
「?! しまっ――」
間近に迫る魔弾に、目を見開く。
次発装填が済んでいたらしい大戦艦の巨砲。
こちらの敵機への対応、その隙を突いた砲撃であった。
回避しようにも体勢の整わない今、それは間に合いそうになく――
ぴしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!
『シビィィィイイィィィィィィ――――ッ!!』
突如、
眼前に落ちる、見たこともない規模の落雷。
それによりかき消されてしまう、大戦艦の砲撃。
……というか今なにか他に、奇天烈な叫び声も聞こえたような?
『なにィ?!』
『な、なんだぁっ!?』
一部傍受している帝国の通信。
ヘッドセットから伝わるそれは、驚愕の叫び声。
それもそうだろう。
先の落雷は戦場のあちこちで起こっており、そのほとんどが帝国機に落ちて損害を与えているのだから。
いったいなにが、と我知らず空を見上げ、イルダは目を剥く。
木々の合間。
そこから覗く低い曇天がさらに低く、降りてきている……?
否、それよりも、
なによりも奇怪なのは、灰色の雲のそこかしこに浮かぶ、無数の目――
「ひっ?!?」
ぞわり、と全身粟立つ。
生理的な怖気に思わず視線を逸らし地上に目を向ければ、
『よっと』
「ガンジ殿ッ?!」
『あ、どうも。通信回復しました?』
すた、とあたかも空から落ちてきたかのように、目の前に着地する人影。
それはまぎれもなく、先程死んだかに思われた少年、クサカ・ガンジその人であった。




