W-000_世の果てで 4
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同時に、駆けだす。
いまだ続く〔倍速〕の効果で、今の俺の走力は全力のさらに二倍。この状態だと感覚も加速するようで、俺からすると周囲のすべてがゆっくりと――二分の一の速度で動いているように感じられる。
【回避】の感覚加速と似ているが、あちらはよりゆっくりな代わりに回避以外の行動をとると解ける。比べて〔倍速〕は、とれる行動に制限はない。
『――!?』
代わりでもないが、攻撃――他者に働きかけた結果〔影無〕のほうは解けてしまっている。
それで廃竜はこちらの存在に気づくが、
その時にはすでに俺はその懐まで接近していて。
『?!』
頭をかばうように構えた両腕を体ごとぶつける……
要は体当たりを、廃竜の胸部あたりにぶちかます。
(……かってえな。硬えし重てえ)
痺れる腕に、思わず顔が顰む。
車に追突でもした気分だ。奴さんの表皮はやはり見た目どおり、金属並みの強度らしい。
ちらりと、今度は目を凝らさないよう普通に【見る】……HPの数値は全部“?”だが、六桁のままということはまだ一割も減らせていないようだ。というか“Lv:0”でも数値が見えなくなる相手もいるんだな、やっぱ。
さっきの変質した【見る】のほうならまたわかるかもしれないが、
……今はやめておこう。あれはあまり多用すべきでない、気がする。
大打撃、とはいかないにせよ、一応俺の攻撃は廃竜に通じているようで。
『――』
踏んばる場所がないため、結構な速度で遠ざかっていく巨体。
表皮同様、無機質で読めない奴さんの表情。
しかしその目は確実にこちらを捉えており、かつ気持ち睨みつけているようにも見受けられ……
『……』
やおら、背中の翼を大きく広げる廃竜。
空気抵抗もなければ揚力も働かないはずの空間。
にもかかわらず巨体の後退はぴたりと静止し、
ごう、と。
『!!』
羽ばたいたかと思うと、急速にこちらへ迫ってくる。
象どころか鯨並みの巨獣の突進――すごい迫力だあ。
ともかく、見るからにやる気に満ちた廃竜は、そのまま俺に激突、
『――』
するかに見えたが、
今まさに接触しようという直前、
巨体に見合わぬ軽やかさで、一度身を翻したかと思えば、
『――!!!』
奴さんが振るったのは、その長い尾。
さながら鞭のように、凄まじい速度で左から迫る尾の先端を、
しかし俺はあえて避けず、そのまま横っ面にもろに受ける。
『?!!』
直後、びんた喰らったように横っ面を弾かれたのは、廃竜のほう。
“受けた攻撃をそのまま返す”――〔反射〕のmagic効果のせいだ。
『、…………!』
打たれた衝撃で、一度おおいにぐらつく巨体。
ぶっ叩いたつもりがぶっ叩かれていたのだから、その動揺は推して知るべしか。
動揺、というか、実際ふらふらしている。脳震盪でも起こしたような……
つまりは、好機か。
〔倍速〕の効果は、まだ切れていない。
さっきはかけ損ねたが、今度は【八卦酔】もしっかり併用して、
体当たり、再び。
『!!?』
凄まじい衝撃。驚愕の気配。
みしみしみしっ、と物騒な軋みを上げる、竜の胸郭。
しかしその外殻は、いまだ破れず。
一応手応えはあったんだが、罅すら入らないか。本当頑丈だな。
「おっと」
かくん、と空を蹴る感覚に、思わず声を上げる。〔歩加〕の効果時間切れだ。
とりあえず目の前の巨体を足蹴にして、一旦廃竜から距離を取る。
「なかなか難儀だな」
「……」
「っと、どした?」
「……いや、あれ相手に『難儀』で済むそなたがな……人の子にしては妙な力を、とは思うとったが、よもやここまでとはの……」
十分距離が離れたころには、〔倍速〕のほうも時間切れに。
そうして通常の時間感覚に戻ったところに、アンネが近づいてくる。その表情は、いわく言いがたいもの。
なにやら呟いているのは置いて、俺は〔収納〕から旅行鞄を取り出す。
そのポケットに移しておいた各種魔法薬を、今度は自分のジーンズのポケットへ。物品集めの過程でいくつか使って減ってはいるが、それでも左右に五本……多少不格好ではあるが、すぐに使えるよう手元にあったほうがいい。村石の攻撃を喰らった時の反省を、思いだしたのはついさっき。
鞄を再び〔収納〕。ついでに今取り出したうちの“SP上昇薬75%”を、さっそく服用しておく。これで残SPを八割五分まで回復。
不意に膨れ上がる【警戒】の感覚。
これはなにか、でかいのが来る。
『――――』
見れば廃竜は、なにやら大きく吸いこむような格好。
そしてその溜めは、すでに完了しているようで――
「ッガンジ、」
アンネの切迫した声。
同時に始まる【回避】の感覚加速。
が、〔倍速〕も〔歩加〕もない今、これから来るなにかを避ける術はない。
となれば、
「きゃ――」
咄嗟にアンネを引き寄せ、
小さく悲鳴を上げる彼女を抱きこみ、俺は廃竜から背を向ける。
直後、
震天。
そんな言葉が浮かぶほどの、極大の衝撃がしばし、虚空を揺るがす。
「うお」
そして俺は、目の当たりにした光景に思わず、間抜けな声。
星屑めいて虚空に浮かぶ塵芥が、円が広がるように次々と消失していく様……
おそらく奴さんの放ったなにかが、ごみを細切れに分解したのだろうと思われる。
「はふ……――ハッ! ガンジッ?! 無事かのッ!?」
「無事。〔城塞〕で防いだ」
腕の中でなにやらふにゃっとしていたアンネが、はっと顔を上げてこちらの安否を問う。
それに俺は、軽く答える。“あらゆる攻撃を一度だけ無効化する”〔城塞〕……〔反射〕もそうだが、なかなかに反則的な効果だと思う。
『…………』
アンネを離してふり返れば、沈黙する廃竜の姿。
唖然としている、のだろうか。奥の手っぽいのを放ったのに相手が無傷とあっては、無理もない反応かもしれないが。
「息吹、ぢゃの。竜の形である以上、持っておるとは思っとったが……」
「思っとったが?」
「……威力と範囲が尋常でない。やはり我ハイの知る竜とは別物のようぢゃ。否、別格、かの」
アンネもまた背後の光景を見やり、呆然と呟いている。思えばあの鮫頭も口からなにか吐き出す攻撃をしていたが、直線状なあれと違い、さっきのの効果範囲はおそらく前方百二十度ほど。距離に至っては見えないくらい遠くまでときている。そういう意味では俺の知るものとも別物といえる……いや鮫頭はべつに竜でもねえだろうが。
「あ、素体ぶっ壊されたりしてねえかな」
「ハッ!! ――だ、だいじょぶッ、あれはあっちの方角ぢゃから範囲には入っとらん! うんっ」
「そりゃ重畳」
ふと気になって呟けば、かなり慌てた様子のアンネ。それから指さしたのは、廃竜の後方左斜め上四十度くらいの方向。
その間も奴さんに動く気配はなく、ならばと俺はmagicのかけ直し。〔城塞〕と〔反射〕と、〔歩加〕。〔倍速〕は……今は見送り。
「……」
廃竜から目を離さないままに、思案。
先に発動してから今まで、普通の【見る】は継続中。そして奴さんのHP表示、じつは一応、現在五桁にまで減らすことはできている。おそらく最低でも一割は減らせているはずだが……このHPの桁が減ったのは、ちょうど向こうの尻尾を〔反射〕で返した局面。あるいは現在のダメージは〔反射〕によるものが大半で、下手したら俺の直接攻撃はほとんど効いていない可能性すらある。
となれば……うん。
ひとつ試してみるか。
「アンネ、掴まれ」
「ム、いいのかの?」
「ろくに動けねえよりは俺の背のが安全だろ」
「……ぢゃの。では失礼して」
アンネに背を向けつつ、呼びかける。
俺の言い分をもっともだと感じたのか、素直に背中に取りつく彼女。
「……動きにくくないかの?」
「問題ねえ。けどしっかり掴まってろ」
「わ、わかったのぢゃっ」
首にまわる腕にぎゅっと力がこもったのを確認し、俺は駆けだす。
「――」
向かうは廃竜――ではなく、先の息吹とやらの範囲外に浮いていた、拳大の瓦礫。
それを掴んで、
一応【鹿音】と、あといろいろ込めてから、投げる。
『――!』
瓦礫は奴さんに命中。が、当然のように強固な外殻に弾かれる。
向こうも投げた瞬間こそすこし身構えたが、それがまったく効き目のない攻撃とわかると今度はやや戸惑った様子。
「っ!」
それに構わず、俺は今度こそ廃竜へと向かい拳をくり出す。
全体重と、そこそこの力をこめた殴打。
『……』
だがこれもまた、奴さんにはほとんど効いていないようで。
見下ろす視線は、こちらの意図を量りかねたもの。
それも気にせず、俺は廃竜の頑丈かつわずかに弾力もある外殻を蹴って、再び距離をとる。
その後もそんな感じで、
俺は適当な瓦礫に力をこめたりこめなかったりして投げたり、
また適当な力加減で直接殴りにいったりを、しばしの間くり返す――




