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W-000_世の果てで 2

あ、言い忘れてましたが、本編最終話の自称神に落とされた直後からの続きです。


「ムーははは! 速い速い速いのぢゃ~ッ! それガンジ、もっと飛ばしてたもれっ?」

「……」


 現在。

 俺は褐色女児をおぶって、虚空を駆けている。

 もちろん、先に示した〔歩加〕のmagicを使って。「速い」と女児は言っているが、比較対象である塵芥のほとんどは遠方にあるので、体感としてはいまいちわかりにくかったりする。障害物がほぼないのをいいことに全速で走っているから、たぶん電車をゆうに超える速度は出ているはずだが。

 で、なぜこんなことをしているのかというと、


「ム! 目標までだいぶ近づいてきたの。もそっとで着くぞ? ガンジよ!」


 背中の女児――アンネに頼まれてだった。

 なんでもこのだだっ広い虚空のどこかに、俺の助けになるものがいくつか散らばっているとか。

 それらを集めるための移動が、現状のこれ。

 ちなみに、


『今の我ハイ、この愛らしい見た目どおり(わらし)並みに非力な身の上。ゆえにこの廃界の行脚はガンジ、そなたの足が頼みとなる』

『さっき物凄い勢いでかっ飛んでこなかったか? お前』

『あれはそなたに宿る“正常な時間”を捉えて手繰ったがゆえにできたこと。時の流れすら澱んで滞っておる、廃界に漂うモノには使えん御業なのぢゃ』


 俺が移動の足を務めている理由は、上記のとおり。どうもアンネ、この虚空では自力での移動がほぼままならないらしい。それでなんで俺の助けになるものがあちこちにあるのかわかるのかといえば、


『手繰るのには足らぬだけで、いずこにあるかくらいは知覚可能ぢゃ。……ム? そもそもその存在を知っている理由? マァだてに幾年月とここを漂ってはおらんからの! ム、幾万? 幾億……? なんでもよいか! ムわはははっ!』


 そういうことらしい。ここにあるあらゆるものはゆっくりとだが流れ動いているため、長い時間があればそれらが近くに漂ってくることもある、ってところか。幾億、ってのが吹かしじゃないならぞっとする話だが……


「――ムッ? 見えてきたの。あれぢゃ!」


 やがて背後から上がる声。

 肩越しにアンネが手を伸ばし指差す先に、さして間を置かず俺はたどり着き、


「ぐえっ?! も、もそっとゆるりと止まってたも……っ?」

「ああわり」


 その間近に急制動。

 背中で上がる潰れた蛙のような呻きへ、とりあえず謝ってから、あらためて前へ視線を戻す。


 巨大な機械の塊。

 ……いや、残骸というべきか。

 瓦礫に埋もれた巨大な天球儀。

 おおまかにはそんな風に見えるものだ。


「なんなんだ? これ」

「大規模な時空干渉のための装置……の、成れの果てぢゃな。相当に文明の進んだどこぞの世界の、誰ぞかが造ったモノぢゃろうが……おそらくは正常に作動せず、廃界(ここ)へと放り出されたのぢゃろ」


 俺の問いかけに答えながら、なにやら促すアンネ。

 その意を汲み残骸に取りつけば、彼女もまた俺の体伝いにそちらに取りつく。

 そうして表面を這いまわる要領で、残骸をふんふんと検めていくこと、しばし。


「……うム! 以前見かけたとき見こんだとおり! ガンジよ、こやつを基とすれば、そなたをここから出すための機構を創りだせようぞ!」


 やがて残骸の頂点に立ち、俺の指さし見下ろして、そんな宣言をするアンネ。


「……できんのか? てか、ここからは出れねえってさっき」

「『まず』無い、とは言ったの。ムフフ、何事にも例外や抜け穴はあるものぢゃ!」


 やや唖然としながらつい聞き返すが、重ねて強く頷く彼女はこれ見よがしの得意顔で。

 いや、俺も望んでこんなところを延々漂いたいわけでもないし、出られるのならそれに越したことはないが。


「ぢゃが問題もある。こやつが壊れているうえに機構として至らぬ点がいくつもあるのも関係するんぢゃが……今のままでは足りない素材や部品が少なからずある。もちろんそれらの在り処も見当はついておるが……」


 しゃがんで、残骸を両手でぺちぺち叩きながら、アンネはそんな風にもつけ加える。

 それからちらちらと、こちらを窺ってもくる。


「わかった。また俺がそこまで運びゃいいんだな?」

「話が早くて助かるの! そーいうことぢゃっ!」


 思わず軽く溜息吐きつつ、仕方なくまた向こうの意を汲んでやる。

 するとたちまち立ち上がり、間髪を容れず俺へと飛びこんでくるアンネ。

 ……これ避けたら止まれずそのまま飛び去ってくよな。


「~~んムフフ~ッ」

「……」


 それはそれでかえって面倒そうなので、動かず抱きつかれるままにする。

 首にぎゅっと腕をまわされる細腕。なにが楽しいのか、アンネは笑みをもらしつつ、俺の肩に顎を乗せ、ついでにすりすりと頬ずりなども。

 髪の毛がこそばい。あと神だからか、体温も体臭もねえんだな、やっぱ。


「ささ、れっつでご~! なのぢゃ、ガンジよ!」

「あいよ」


 くるんと俺の背のほうに回りながら、次に目指すべき先を彼女が指さす。

 俺はおざなりに返事しつつ、〔歩加〕の効果で駆けだす。

 こいつの言うこと、ひいてはその存在の信憑性は定かならぬが、

 かといって他にできることもないし、ひとまずはつき合えるだけつき合おう。






「そういや、あんたのほうはなんでこんなとこにいるんだ?」

「ム?」


 移動中、ふと気になって俺はそう訊ねる。

 いや、いうほど気になってはいないか。けどここで止めるのも不自然なので、そのまま続ける。


「『咎』とか『封ぜられて』とか、言ってたな、さっき」

「ムハハ、そうたいしたことではない。元いた世界で、ちと気に食わぬコトがあっての。そりゃ聞こえませぬ伝兵衛さんと食ってかかるうちに、気づけば主神派を巻きこむ大戦(おおいくさ)よ」

「大事じゃねえか」

「ムフッ、かもの。マー結局は負けて追われて、こうして封ぜられたわけぢゃがの。……あー、一時は世界の半分くらい盗れたんぢゃがなー。大人げなくも本気出してきおってからに、あの主神(おじじ)め……」


 あっけらかんと答えるアンネだが、やはり神だからか話の規模はわりと壮大そう。つか伝兵衛さんってなんだどっから出てきたと思い、それからふと、もうひとつ気づく。


「てかあれ? なんで言葉が通じて……」

「今更ぢゃな……。マァしかし実際、言葉は(・・・)通じておらなんだがの。ほれ、よう見てみよ」


 思わず呟けば、すこし呆れたようなアンネの返し。

 それから自分の顔がよく見えるようにか、ぐっと身を乗りだしてくる。


「どうぢゃ? 口の動きとそなたの認識、一致しておるか?」

「……してねえな。確かに」


 言われて、至近距離の女児の口元を注視すれば、なるほどその言葉どおりで。

 どうやら今までの会話、アンネ側が自動翻訳してくれていたらしい。言葉ではなく意思そのものを聞き、伝えるやりとり。神言、とかなんとか。


「我ハイはそなたの意思を直接聞いておる。翻って我ハイも、喋ると同時に意思を伝え、それがそなたにはそなたの知る言葉として認識されるという感じぢゃ」

「ふうん。……いやだから知らねえよ誰だ伝兵衛さん……」

「大方、覚えておらんでも(アタマ)が記憶しとる言いまわしでも出たんぢゃろ」


 思えばミコトも、別世界の存在らしいのに普通にやりとりできてたな。あれも似たような力を使っていたのだろう。


「意思疎通が直接できんなら、そもそもわざわざ声に出す必要もねえんじゃ、」

「寂しいコト言わんでたもれッ?! ン億年ぶりで会話に餓えておるんぢゃ~~~後生ぢゃからこみゅにけいしょんぷり~~~~~ずッ!!?」

「わかった。わかったから頬ずりやめろ」


 また思いつくままに口にすれば、今度は思いの外の抵抗を受ける。女児の体でぐりぐり動かれても移動に支障はないが、鬱陶しいのは確かなのでおとなしくさせるに越したことはない。


「ムゥ。……マァ、喋ろうが声にはならんのは実際そのとおりなんぢゃがの。……ん? なんぢゃ気づいとらんかったか? この廃界には大気がない。ゆえにそも、音なぞ伝わらん」

「言われてみりゃあ……でもなんで、生きて……?」

「言うたろ? 廃界(ここ)での時は流れぬも同じ。ここにおる限り、呼吸も食事も睡眠すらも、そなたは欲さぬし要せぬぢゃろうて」


 続いたアンネの何気ない言葉。そのおかげで気づかされ、さすがの俺もしばし唖然。

 ……いやまあ、都合いいっちゃいいのは、確かか。どれくらいここに留まるのか定かでない現状、そのへんの心配がないのはありがたい。


「ここに()りさえすれば、生くる者なら誰でも実質不老不死ぢゃ。――ただしその存在が擦り切れるまで、永遠に漂うのみになるがの」


 さらに続いた彼女の言葉は、やはりなにげなくも、しかし皮肉めいていて。

 なにより周囲と同じような、ひたすらの空虚さを帯びた響きだった。






「見えたぞ、あそこぢゃ! ――あ、今度はゆるりと止まってたもれ?」


 肩越しに伸びる、褐色の細腕。

 その指がさし示す先を認め、ついでに言われたとおり段階的に速度を緩めつつ、

 ほどなく俺はそこ――なにやらごちゃっとした金属屑の集合体に接触し、止まる。

 早速とばかりにアンネがそちらへ飛び移る。

 そうして金属屑をあさる彼女を、なんとなしに眺めることしばし。


「――ぢゃぢゃーん! これが欲しかったのぢゃ!」


 掘り出したものを、頭上に高々と掲げるアンネ。

 それはおおまかに円形の、ところどころ錆びた金属盤……としか言えない代物。

 正味な話、集合体を構成する他の金属屑――がらくたと大差ないようにしか見えないが……


「ム! 胡乱な目ぢゃの。こう見えてこれも、かつてどこぞにあったのぢゃろう高度な文明の産物ぞ? 廃界(ここ)にこうして在るのが奇跡としか思えんほどの、の」


 訝ったのが顔に出たのか、それを見咎めるようなアンネの口調。

 しかし元々さして気にしていなかったのか、ぽんぽんと屑山を飛んで俺の側まで下りてくる。


「マァよい。すべての要素が揃い機構が完成さえすれば、我ハイの言が真であるとおのずと証明されよう。その暁にはそなたも我ハイの偉大さに感じ入り、思わず抱きしめ頬ずりしたくなろうとも! ムフフ」

「はあ。ちなみにその要素ってのは、あといくつくらいなんだ?」

「ム? そうさの、あとひのふの……うム、(とお)くらいかの!」

「んじゃとっとと集めんぞ。次はどっちだ?」

「……素気無いフリでもきちんと背中は向けてくれる。っ……存外油断ならぬの、そなた」


 気持ち、おとなしくなった気がするアンネを、また背負いなおし、

 彼女が指す先へ、俺は再び駆けだす。

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