“対異実動部隊”
ここからちょっと長めの話が多いです。
時間に余裕がある時にどうぞ。
◆
「…………」
Q県警所属の警部補、強田。
彼はなんともいえない顔で、出動先の現場検証を眺めていた。
「どうだー? すな」
「あ、うん、えと――ちゃんと“視えた”よ。やっぱりこの事件、すなたちと同じ“覚醒者”が関わってる、みたい」
「チッチッチ、そこは違うぜー、すな。他の“覚醒者”どもは、俺達と同じなんかじゃねぇ」
「あ、そ、そうだったね。あはは……」
それは、奇妙な光景だった。
現場の検証に当たっているのが、どう見ても高校生くらいにしか見えない少女一人。通常の捜査に必要な鑑識等の人員は一人も見当たらず、代わりにいるのも少女へと緊張感のない調子で話しかける同い年くらいの少年。その他、強田からは離れた壁際には、やはり同年代くらいの少女二人の姿も。
なにより“すな”と呼ばれた少女が両手に抱えている――
先端に眼球のようなものがついた大きな杖が、光景の奇妙さに拍車をかけている。
「えと、そ、それとやっぱり、昨日この家にいた人はみんな、その“覚醒者”にやられちゃってた」
「へー。例のドラ息子とかも?」
「あっ、そか、まちがえた……その人はあの、その“覚醒者”と一緒に外へ出てった、のかな? そのあとの行き先は……ごめん、実際に足取りを追わないと、わかんない……」
「ハハッ、謝ることなんかねーよ。すなはホントに、よくやってる」
「あ、あぅ……っ」
立ち上がり、自分が“視えた”というものを少年に報告した少女。
それを受けた少年が、労うように少女の頭を撫でる。恥ずかしがりながらも満更でもなさそうにするその様子は、ある意味微笑ましいといえなくもない。
抱える杖の先の眼球が、ギョロギョロと動いていなければの話だが。
「――馬鹿なッ!!」
不意に、部屋の奥から上がる裏返った声。
「妻が……海春が、死んだ? ぅ、嘘だッ! なにかの間違いだ! そうなんだろうッ?!!」
それはこの家の主、関矢大道のもの。
家人や使用人の姿が見えないという彼の通報を受け、強田たちはこの場に出向いていたのだ。
伴侶の死を聞かされ、なかば取り乱しながら少女へと詰め寄ろうとする大道。
「ひゃッ」
「――おっと、落ち着けよおっさん。すなに当たってもしかたねーだろ?」
「ぐ……っ」
「あと駄目押しするみたいでわりーけど、すなの〔鷹の目〕の性能は本物だ。残念ながら万が一にも、見間違えるなんてこたねーんだわ」
「ぐっ、くぅ……っ!」
しかし少女をかばうように、少年がその前に出る。
ただそれだけで、ひるんだように大道の足が止まった。
それはあたかも、歯向かうことが無意味だと理解しているようでもあり。
やがて失意に襲われたかのように、膝を折り両手を床についてしまう大道。
「てゆーか、おっさんよ、――あんたに家族の死を悲しむ資格なんかあんのかね?」
「――ッ!?」
そのそばに屈みこみ、追い打ちをかけるかのように吐き捨てた少年。
それを聞き、大道がびくりと身をすくませる。
「他にも〔鷹の目〕で“視えた”もん、言ってやっちゃってー、すな」
「う、うん。えと、今から二……三か月? くらい前、かな。昨日のとは別の“覚醒者”と、その人がなにか取り引き? してたみたい。――あっちの部屋で」
「……だそうッスよー? 唐木田サン、強田のおっちゃん」
うつむいたままの大道が、脂汗をたらす。
それを余所に少年は立ち上がり、こちらへと呼びかけてきた。
この場にいる成人の警察関係者は、二人。
一人はいうまでもなく強田。そしてもう一人はその隣に立つ地味な印象の女性――
唐木田来佐。
新設されて間もない警察庁の秘密部署、“対異常分室”のナンバー2。
そしてあの四人の少年少女たちは、彼女直属の部下――
……暫定的に、そうなっている。
「ハハー、狙いどおり見つかっちゃいましたねぇ、大物議員と一般“覚醒者”――人殺しとの繋がり! ……あ、今のは別に唐木田サンへの当てこすりじゃないッスよ? いやホント」
「……ええ、わかります。気にしないで」
「ウス! で、どーすんスか? このおっさん。このまましょっぴく感じ?」
「それは……難しいでしょう。現行の法では、“私たちの力”で判明した事柄は、証拠足りえませんから」
「んー、すなの〔月の目〕で投影すれば、他のヒトにも見てもらえるけども……あーそれも結局“力”由来の現象だからダメなのかぁ……」
両手を頭のうしろで組み、天井を仰ぐ少年。
それから組んだ手を解き、くるりと大道の方へ向きなおって、
「っつーワケで、おっさんは証拠不十分で暫定無罪! まー限りなくクロに近いグレーじゃーあるんだが……あ、だからって別にこの件の捜査に手を抜くつもりはねーよ? たとえ黒い噂の絶えない悪徳議員の、これまた黒い噂の絶えない、どーしょもない放蕩息子の身の安全を確保しろって命だとしても、な」
「……っ」
「ぶっちゃけアンタら親子共々くたばった方が、世のため人のためな気がしたとしても。ま、アンタらのおかげで不幸になったヒトのこと思えば、今回のコトって言っちゃなんだけど当然の報いなんじゃねーの? って気も、」
「よしなさい。そこまでよ数介」
「おおっと」
皮肉めいたなじり。
それを途中で止めたのは少年――数介らの仲間の一人、眼鏡をかけた真面目そうな印象の美少女。
隣のもう一人の美少女、黒髪つややかな武士めいた印象の美少女も、一歩前に出て言う。
「トワの言うとおりだ、スー。お前は昔から、調子に乗って余計なことを言う癖がある」
「うぃー、自重しまーす、菊姉」
「私に謝ってもしかたないだろう」
「うぃうぃ、――正直すまんかった! おっさん」
「まったく……」
軽薄なノリを崩さない数介に、二人の美少女が呆れ顔をみせた。
それでも悪びれないまま大道へとおざなりに謝り、それからまたこちらへと向き直った数介。
「そんじゃま、俺らはこのまま被疑者追跡って感じでいースか? 唐木田サン」
「ええ、お願いします。私たちも後方から、」
「あー出来れば俺らだけでやらせてもらえませんかね? ってかレベル2とレベル0じゃ、ぶっちゃけいるだけ邪魔ッス」
「――」
「“クエスト”にも出ねー“覚醒者”だからザコだとは思うんスけど、それもあくまで俺らにとっての話。レベルの格差がどれだけ脅威かっつーのはま、俺ら見てればわかりますよね?」
「……」
「たとえレベル的にはザコだったとしても、相手の能力次第じゃ俺らがフォローにまわる余裕もなくなる可能性だってある。――ま、任しといてくださいって。強いスから、俺ら」
「……わかっているとは、思いますが」
「可能な限り殺さず生け捕り、スよね? まーこれも相手次第スけど」
唐木田と数介のやりとり。警察組織の上司と部下同士とは到底思えない会話。
だがそれも無理からぬことか。
自身が言うように、数介少年とその仲間の少女たちの持つ力は、強い。
少なくとも一個人が……未成年が振るっていい力の水準からは、明らかに逸脱している。
「っつーワケで早速、いってきま~す!」
「!?」
最後にそれだけ残し、数介らの姿が一瞬の閃光とともに、消え去った。
それを見た大道が、頽れた姿勢のままぎょっとしている。
強田も内心驚きつつも、知らず口からこぼれたのは、ずっと感じていた危惧。
「……大丈夫、なんでしょうか。彼らは」
「信じましょう。……というか今の私たちには本当にそれくらいしか、出来ることがありません」
返事を期待した呟きではなかったが、意外にも唐木田からは神妙な頷きが返ってきた。
もっとも彼女もまた、そう自分に言い聞かせずにはいられなかったのかもしれないが。
■
「――まーそんなワケで、俺らはその“対異常分室”の暫定職員。いわば、おそらくは本邦初の、異能を駆使する国家秘密組織のエージェントってヤツだな。 ……や、もしかしたら世界初かも?」
出し抜けな登場人物の、唐突な自分語り。
それにより、身分となにをしに来たかについては、一応知れた。本来は元実習生を連れ去った(明らかに同じ目的をもって同行していたように見えたが)という犯人を追いかけていたが、それを俺が殺してしまったので、こうして接触してきたという流れらしい。
にしても、警察が“レベル持ち”を、ね。
〈name:速水 数介 class:勇者 cond:聖剣の加護 Lv:89 HP:567〉
〈name:村石 永久子 class:魔剣士 cond:魔剣の加護 Lv:89 HP:473〉
〈name:菊間 古乃花 class:守護騎士 cond:騎士の誓い Lv:87 HP:1210〉
〈name:巴 やすな class:暗黒術師 cond:??? Lv:88 HP:346〉
たしかに【見る】限り、連中――速水らが“レベル持ち”なのは疑いようもない。
おまけになにやら物々しいclassとcondだが、そこはひとまず置いといて。
公権力に“レベル持ち”の存在が知れることも、以前から危惧はしていた。
人材として活用してくる可能性も見込んではいたが、それはあくまでありえなくもない、くらいの予想だった。
“レベル持ち”はどうあろうと人殺し、犯罪者だ。
それを倫理とか法とかの問題に目をつむってまで、官憲が雇ったりするものだろうか。
そう思って訊ねてみれば、
「――ハッ」
返ってきたのは、見下したようなふき出し笑い。
「一緒にするなよ? わりーが俺らは特別でな。そんじょそこらの“覚醒者”とはモノが違う」
「覚醒者?」
「あ、あー。俺らが勝手にそう呼んでるだけだったか、コレ。要は、あれだ……レベルが上がってゲームみたいな力に目覚めた奴らのこと」
「ああ」
自身らへの自負と俺への侮蔑、半々くらいの表情の速水。
しかし“レベル持ち”に“覚醒者”……正式名称がないから仕方ないとはいえ、この分だと一人一人が好き勝手な名前で呼んでいる可能性もある。けど少なくとも俺はとくに困らないし、名称を統一する必要も、ならばないだろうか。
「で、だ。別に知られてもデメリットはねーし、特別サービスで教えといてやるが……俺のクラスは“勇者”。固有のスペシャルにより発生する“クエスト”をこなすことで、経験値を得られ、さらにはそれを“パーティ”に登録した仲間にも分配できる……わかるか? 俺らはおそらく世界で唯一、人殺しによらずにレベルを上げられる“覚醒者”なんだよ」
なるほど。
class名ならすでに知っているし、ついでに俺も〔業寄〕で人殺しに因らずにレベルを上げられるが、そのへんは別にわざわざ口に出すことでもないか。
「つまりその、今の“クエスト”の対象が俺と」
「そーゆーこった。つっても出たのはついさっきだが――〈緊急クエスト_最大レベル者に挑め〉……Lv:99、か。いるとは思ってたが、こんなトコで遭うたぁな。いったい何人殺してきたのやら」
両掌を上向け、首をすくめる速水。そんな仕草する奴がこの国にいることに、俺は内心驚いている。……あ、いるにはいるか。先生。たまに冗談めかしてああいう感じのをやるが、見た目が見た目だけにかなり様になる。比べて速水はどうかというと……言わぬが花だろう。
「とゆーかな? 大量殺人者のクセにあんな美少女に告られてるってどーゆーコト? てかあっちに隠れてた別の美少女もナニ?! まさかそっちにも好かれてるとか? ――っかー! なんだその両手に花ッ! もしかして俺TUEEEでハーレムとかやってるクチ? 勘弁してくれよ犯罪者の分際で、」
「だから、自重しろスー。他人のそういうのを詮索するものではないぞ」
「おおっと……」
続けてなにやら一人白熱し、それを同行の武士みたいな女子――菊間に窘められている。
しかし、そうだよな。さっきの“レベル持ち”を追ってここに来たのなら、そいつを殺して以降の顛末を連中に見られていてもおかしくはない。いったいどこから、とは思うまい。姿を隠す術など、“レベル持ち”ならばいくらでも持ち合わせているだろう。
そう思いつつ見やれば、他の女子――村石と巴が気まずげに目を逸らしている。覗き見ていたうしろめたさは、一応自覚しているらしい。
比べて、そんな素振りはとくに見られない速水。自分も美少女に囲まれている点も、思うところはない様子。自覚がないのか、あるいは自分は犯罪者じゃないからよし、という考えなのか。
「けど、これだけは言わせてもらうぜ。さっきも、そして今もまさにそうだが、さんざ人殺しといて、そんな平然としてられるアンタは――異常そのものだ。普通じゃねー」
びしり、と指を差される。
まあ確かに、返す言葉もない。
「今の俺の“クエスト”……クリアするだけならアンタを殺す必要はねー。だが“勇者”――正義の体現である俺の心が告げている。アンタはここで殺すべきだ、とな。たとえそれが人の道に、大多数の正義に背く行いだとしても……!」
正義云々は好きにすればいいし、
そこ以外の言葉にも、とくに異論はない。
さっきも思ったことだが、なんであれ俺は、どうあろうと人殺し、犯罪者だ。
「っつーワケで、わりーが斃させてもらうぜ、久坂厳児クン」
そういや、名乗ってないのに名前を把握されているな。向こうにも【見る】に相当する力があるのだろう。
このままやり合う流れなのも、まあ妥当か。問題はレベルがこれ以上上がらない俺の、限りない意欲の低さか。さっきの奴といい、なぜ殺す必要がなくなってからこうも“レベル持ち”がぽんぽん出てくるのか。
ああ、さっさと逃げちまえばいいのか。
「――展開!」
そう思った矢先、速水が右手を頭上に掲げる。
直後その右手が輝き、その光を中心に広がるように、
一変する周囲の光景。
「!」
思わず視線を巡らす。
白い地平。
昼とも夜ともつかない、薄曇りのような単色の空。
遠くには古代の神殿のような柱が、この場を中心とした円状に点在している様子。
「【聖英雄領域】……戦闘用の亜空間を展開する、勇者専用のスペシャルだ。これなら人目や余計な横槍を気にする必要はねー。互いが雌雄を決するまで解除もできねーから、あんたを逃がす心配も、これでしなくていいってこった」
自分の力についての、速水の得意気な説明。
見ればいつの間にか、服装が変わっている。
両肩、両肘、胸部、そして両脛に、淡白く光放つ鎧のような装身具。
さらには手にも白い剣が携えられ、その刃先がこちらへと向いている。
なるほどたしかに、勇者っぽい出で立ち。
「先走らないでよ、数介」
「なに、逸るようなら、私がフォローするさ」
「す、すなも、がんばるね……っ」
加えて後ろの女子らも、やはりいつの間にか格好が変わっている。
両手に一対の曲刀、そして速水と似たような、しかしこちらは若干悪役っぽい部分鎧の村石。
修道服っぽい衣装の上に胸甲、そして両腕を覆うごつい篭手を装着した菊間。
露出はほぼないのに妙に扇情的な魔法使いのような格好で、ねじくれた大きな杖を抱える巴。
「テメーのレベルのが上だからって、侮ってると痛い目見るぜ? 言っとくが俺は……俺達はつえー。そこらの一般“覚醒者”との格の違い、今から身をもって知りな……!」
挑むような目つきの速水が、
「んじゃま、戦闘開始といきますか――!」
剣を両手にひっさげ、こちらへと駆けだす。




