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ひとでなし




   ■




「俺は人殺しだ。――お前がさっき見たもの、その体験は幻覚でも白昼夢でもなく、実際に起こったこと。実際に、俺がやったことだ」


 断定的に、なるべくはっきりと、俺はそう事実を告げる。

 互いに両手を伸ばしても触れられないくらいの距離にいる、喜連川にはもちろん、

 向こうの植えこみの陰に隠れている古幸にも、しっかり聞こえるように。

 あいつが後ろからこそこそついて来ていたのには、【マッパー】で気づいた。

 だからこれもいい機会と考え、まとめて知らせておいてやろう。

 本当に、なんて奴だと自分でも思うが。


「……ぅ、嘘。なん、どうし、て」

「嘘じゃない。んでなんでかっつうのは、あそこから出るのに一番確実な手段だったから」


 両目を見開き、口元を手で押さえ、

 かろうじてそれだけ漏らす喜連川。

 そんな彼女の方向――から少し斜め下に手をかざしながら、俺は続けて言う。


「さて喜連川。たぶん察してるだろうが、俺には変な力がある。――たとえば、こういうのとか」


 そして言い終わる間際に、〔火炎〕を発動。


「!? ――っ」


 火球は喜連川のすぐ脇を通り抜け、地面に当たって燃え砕ける。

 それに驚いた彼女が、びくりと身をすくめる。

 話をするにあたって、実演しておいた方がより実感しやすいだろうという配慮。

 ……配慮かどうかは、怪しいか。ただでさえ愕然としているらしいところに、混乱の追い打ちをかける形なのだから。

 ちなみに【マッパー】で見る限り、公園にもその周辺にもひと気はなし。周囲に木も生えてるので、さっきの〔火炎〕を第三者に目撃された可能性はない、はず。

 だから今俺の力を目の当たりにしたのは、喜連川と古幸の二人だけ。


「で、この力の出処なんだが……お前ゲームとかやる?」

「え? ……えと、あんまり?」

「俺もあんまり。けどRPGというジャンルくらいは知ってる。お前はわか、――ん。なら話は早い。要は、それだ」

「それ、って……」


 唐突な話題転換に、ぽかんとしたような喜連川。

 あるいは俺の意図に気づいたが、それを理解するのを拒んだのかもしれない。


「敵を倒すと、経験値を得てレベルが上がる。あれと同じことが、俺に起きた」

「――」

「俺のこのおかしな力は、そうやって得たものだ。敵、というか人間を倒す――殺すと、レベルが上がって魔法とか覚える」

「そん、な……」


 なんにせよ、俺は構わずそう言い切って、言い聞かせる。

 望むと望むまいと、理解させる。


「五月のこと、覚えてるか? 俺がお前らとつるむようになったきっかけ」

「それは、……うん。当たり前、だよ」

「あれ、不審者は捕まったって話したが、本当は俺が殺した」

「ッ――」

「けど別に、あれもお前を助けるためってわけじゃない。ちょうどよくレベルが上がるとこだったから、利用させてもらっただけ。だからお前があの件で感謝とか、恩を感じる必要はないし――もちろん死んだ奴に対して、お前が気に病むこともない。全部俺の都合で、勝手にやったことだからな」

「…………」


 はしからはしまで、身勝手な独白。

 聞かされる方も堪ったものではないだろう。


 けど残念ながら、俺はこういう奴だ。

 徹頭徹尾、自分のことしか考えられず、

 誰のためにもならない。

 人間社会にとって異物もいいところで、

 だからこいつらみたいないい奴らが関わっても、損しかしないだろう。


「…………」


 しばし、無言でうつむく喜連川。

 その表情は日傘に隠れて、ようとして知れない。

 同様に、話を聞いているだろう古幸の顔も、物陰では窺いようもなく。


 木々の間を、風が通り抜ける。

 いよいよ正午を回ろうという時間の、晩夏の熱気を含んだ風。


「……私を、」


 ややあって、その風に乗って届く喜連川の声。

 弱々しくもよく透る、いつもの彼女の声質。


「私も、殺すの? だから久坂君は、その話を……?」

「ああ」


 言われて、

 少し呆けて、頭をかく。


 考えてもみなかったことだった。

 今それに気づいて、自分で少し驚いた。


 自分が“レベル持ち”だと知られても、損しかない。

 “レベル持ち”とは、どうあろうとも人殺しだ。だからこれまでもなるべく他人に知られないようにしてきたし、さっきも元実習生をわざわざ生き返したりはしなかった。

 そのあたり徹底するなら、喜連川も古幸もさっさと殺すべきだろう。


「殺さない」


 だが気づけば俺は、そう口にしていた。


「! ……私が久坂君のこと、誰かに話すかもしれないのに? それこそ、警察とか、」

「さっき見ただろ? 俺が、つか、“レベル持ち”が殺した奴は、なぜか消える。なんも証拠が残んねえから、取り合ってもらえるかどうか」


 殺さなくてもいい理由を、並べ立てるように。


「あとはあれだ。記憶を消すっつう手もある」

「!?」

「そういう魔法が、俺には使える。――実際口にすっと本当、馬鹿げた力だ……まあ、つまり、なんだ。俺にはわざわざお前を殺す理由がない」


 レベルも上がり切ってるからうま味ねえしな――と、

 これはさすがにあんまりな気がしたので、口にせず。


 不意に、


「久坂君は、」

「ん」

「……どうして久坂君は、そんな話を私に?」


 差していた日傘をたたみながら、喜連川が問いかける。

 あらわになった彼女の顔は、案の定というか、泣きはらしたような目元をしていて。


「――あんなの全部見間違いだって、暑くてぼーっとして、幻覚でも見たんだろうって……そう言ってくれれば私っ、信じたのに! そういうこともあるんだなって……ぜんぶ、全部おかしな、悪い夢だったんだなって思えたのにっ! どうして、そんな……ッ」


 それは初めて見るかもしれない、激しい口調。

 怒りか、悲しみか、失意か。

 いや、全部か。


「悪い」

「あやまら、ないでっ、あの時も今日も、私はあなたに助けられた……それは、変わらないもんっ。変質者の時も……今日だってきっと、あのままだったら私、酷い目に遭ってたんでしょ?」


 つい口をついて出た、おざなりな謝罪。

 それを受けた喜連川が、いやいやするように首を振って言う。

 けど、それも束の間。


「そんなつもりはないって言ったけど、でもやっぱり久坂君は、きっといつだって助けるんだよ。だって――」


 顔を上げ、断定的に。

 あるいはそれは、彼女なりの抗弁か。


「――だって久坂君は、優しいもん」


 泣き笑いの表情。

 そこにあったのは目の前の相手への――俺への信頼。


「あなたは本当は、いつだって誰かに気を遣える人。呆れたふりしながら、困ってる人には手を差し伸べて……みんなでワイワイするの、ホントは苦手でもちゃんとつき合ってくれて……」


 目を閉じ、日傘を胸に抱くようにする喜連川。

 万感の想いを込めるような、そんな仕草で、


「……そんなあなただから、」


 再び開いた目の、まっすぐな視線。

 限りなく綺麗な、強い感情。


「私は、喜連川暁未はあなたを、好きになりました。久坂厳児君」


 強くまっすぐな、言葉。


「…………」


 しばしなにも、返せない。


 正直、戸惑った――というのも大きいが、

 それ以上になんというか、圧倒された。


 なぜか、と少し考えて、気づく。

 たぶんこれが初めてだからだろう。

 他人からこれほどまでに強い感情を、好意を、真正面から向けられたことが。


 単純に、驚いた。

 俺なんかを本気で好いてくれる人間が存在したことを、あらためて実感して。


 だが、


「悪いが俺は、その好意には応えてやれない」

「――ッ!」


 なんであれ俺の返答は、はなから決まっている。


 喜連川の告白を受け、実感したことがもう一つ。

 たしかに戸惑い、驚きはしたが、

 それだけだった。

 嬉しいとか心が躍るとか、はたまた嫌悪感が湧くとか、

 そういう感情の揺れは、やはりというのか一切なく。


 そしてこれはもちろん、喜連川だからという話ではない。

 誰の、どれだけの好意であろうと、

 俺にはなにも感じられず、

 だからそれに見合うものも、なにひとつ返せはしない。


 つまるところ、俺は、

 人間の中で生きていくことに、根本的に向いていないのだと思う。


「どうしてそんな話をって、さっき聞いたよな。俺が救いようもなくどうしようもない奴だって、はっきりと知ってもらおうと思ったからだ。喜連川、お前みたいな……お前らみたいないい奴らは、俺なんかと関わるべきじゃない」

「そんな……そんなのっ、でもッ!」

「最初っから、きっぱりと拒絶しとくべきだったんだろうな。これもひとえに、適当こいて流されるままにした俺の責任だ」


 せめてもの、人としての礼儀。


「だから、悪かった」


 喜連川をまっすぐ見据えたあと、深く頭を下げて言う。


「許されるとは思わねえし、許してくれなくて構わねえが、一応けじめとして、謝っとく」


 結局これも、身勝手といえば身勝手な行為。

 相手が望むと望むまいにかかわらぬ謝罪。


 それに呆れられたか、憤られたか、あるいは深く傷つけられたか。


「ッ――」


 たたっ、と駆けだす喜連川の足音が、ほどなく遠ざかっていく。

 一拍置いて、


「――」


 こんどはだだだっ、とこちらへ駆ける足音。


「ッ!!」

「いってぇ」


 背後からの、古幸の跳び蹴り。

 それを俺は、避けず防がず甘んじてその尻に受ける。

 それでもまともには受けぬよう、大袈裟につんのめってはみせたが。別にまったくなんの痛痒にもならないが、向こうが足を痛める可能性はある。そうしなければならないほどの差が、俺と彼女にはあるのだから。


「~~~ッ!」


 顔を上げると、古幸がこちらをふり返りながら、いーっ、と歯をむき出しにしていた。

 すぐに前を向いて、さすがの足で走り去っていく彼女は、喜連川を追ったのだろう。【マッパー】もそれを示して……


「いや」


 ひとつ頭を振って、彼女らにつけていた【マーカー】をすべて解除する。

 これもある意味けじめ。

 もはやあいつらとはどんな形であれ、無関係の方がいい。


 さて、と俺もこの場を去ろうとして、




「おーい、青春に浸ってるトコわりーんだがよ、」




 不意に横合いからかかる声が。


「ちーっと俺らにつき合ってもらうぜ。久坂厳児クンよ」


 見ればそこにいたのは同年代くらいの、男一人と女三人。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 作中一の見せ場、勇者一行vs魔王の最終決戦、前作と違う準備期間なしの不意打ちなので愉快な仲魔達がどうなるか楽しみにしてます。 [一言] しかし古幸の足のシーンなど他人を気遣えるとは随分丸く…
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