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買い食いもくもく




   ■




 廃工場からの帰り。

 ついでに昼飯になにか買っていこうかと思い、アーケード街の方へ寄り道。……もちろん〔陰陽〕+〔獣化〕状態は解いて、元の姿でだ。ついでに出来ればさっきの記憶ごと〔忘却〕させてしまいたい気もするが、それでまた同じことをくり返したら世話ないので、耐え忍ぶ。

 アーケードに入り、さてなにを買おうかと考えていると、


「あ、久坂」

「おう」


 志条にばったりと出くわす。

 ……つい先程まで阿呆なことをやっていた手前、知り合いに会うと妙に気まずい。向こうは俺のやっていたことなど知りもしないにもかかわらず、なぜだか。


「こないだはごめん」

「?」

「風邪で、行けなくて」

「ああ、別に気にするこた――いや、出来ればいてくれてた方がありがたかったか……?」

「? 久坂?」

「や、なんでもねえ」


 志条に謝られ、知らず件の勉強会でのことが頭に浮かぶ。来られなかった三人のいずれかでもいれば、おそらくあんな状況には陥らなかっただろう。けどその責任がこいつにあるはずもなく、俺は言ってもしかたない言葉を打ち消す。


「こんな暑いのに、おでかけ?」

「お互い様だろ。……まあ、ちょっと、暇つぶしだ」

「ふうん。わたしは、おじいちゃんちに行ってきた帰りなんだけど」

「孝行か?」

「そんな感じ。道場なの。おじいちゃんち」


 そう言いつつ、小脇に抱えたスポーツバッグをしめしてみせる志条。そういえばそんな話を、以前聞いたような聞いてないような。道着かなにかでも入っているのだろうバッグは大き目で、小柄な彼女が抱えているとよりそう見える。


「久坂は、これからお昼?」

「ああ。なんか買ってから帰ろうと思ってな」

「なに食べるかは、決めてる?」

「いや、歩きがてら決めっかな、と」

「じゃあ、ついてきて」


 たぶん、どこかの店にでも案内してくれる気なのだろう。言うなり返事も聞かずに歩き出してしまう志条だが、もし俺がついて行かなかったら、どうするつもりなのか。

 まあ、行くか。毎度のことながら、俺自身に強い希望などはないのだし。

 そうしてアーケードを進むこと、しばし。


「こんにちは、おばちゃん」

「あら栞ちゃん、いらっしゃい! 哲秀(てっしゅう)さんとこからの帰りかい?」

「うん」


 たどり着いたのは総菜屋。肉屋の併設らしいその店はひとつ路地を入ったところにあり、なるほどただ漫然と歩くだけでは通りすぎてしまっただろう。

 顔見知りらしい店の人と、気軽に挨拶を交わしている志条。

 いかにもそれらしい恰幅のよいその相手が、こちらに気づいたのでとりあえず会釈。


「あら、あらあら見たことない男の子連れちゃって! 彼氏さん?」

「違います」

「違う。高校の友達で、久坂」


 店の人の指摘を、即座に否定。

 志条もまたほぼ同時に同様にし、それから紹介のために俺の名もつけ加える。

 にしても、友達か。


「あらそう? せっかく高校生になったんだから、恋のひとつでもしたらいいのに」

「わたし、そういうのよくわかんないし」

「うふふー、そうは言うけど、突然ビビッと来るものだからねぇ、そういうのは!」

「ふうん」


 店の人の青春推奨にも、志条は気のない返事。というかもう意識の八割くらいは、並べられた総菜の方に行っている様子。

 とはいえ俺も似たようなものだった。暑いせいかさほど腹が減ったつもりもなく、加えて夏に揚げ物? という気もしていたが、しかしこうして目の当たりにし、匂いに揚げ音にと五感を刺激されると、もうここで飯を調達する以外は考えられず。


「久坂、焼きそばパンもあるよ」

「や、だから特別好きってわけでもねえんだが……」


 などとやりとりしつつ、「気が合いそうだけどねぇ……二人とも色気より食い気な感じだし」などという店の人の呟きを聞き流しつつ。

 そして少々迷いつつも、買う物決めて金払い、昼飯を獲得する俺と志条。


「久坂」


 ふと、店を離れようとしたところで、志条に呼びかけられる。


「?」

「ここから久坂の家って、結構離れてるよね」

「まあ、そうだな」

「お昼、今すぐにでも食べたくない?」

「歩きながら食うのか?」


 ふるふる、と首を振る彼女。

 それから「こっち」と手招き誘い――


「……」

「……」


 導かれるまま歩いて、ほどなくたどり着いたのは近場の公園。

 その木陰のベンチで、並んで座り、黙々と昼食を摂る二人。


(なんだろうな、この状況)


 食べながら、思う。

 俺と一緒に飯食っても楽しいことなどないだろうに、わざわざ誘った志条の意図とは、なんぞや。

 まあたぶん、深い意味はないのだろう。顔を合わせた手前無視するのもどうかと思った、とか。


 手元へ意識を切り替える。俺が総菜屋で買ったのはメンチカツサンド。サンドというが、形態はほぼハンバーガ。肉屋の副業なだけあってか、正直いってなかなか美味い。確かなうま味の挽き肉、衣と千切りキャベツに染みたソース、ほんのり効いた辛子。それらの共演。


「そういや、志条はそれ、なに買ったんだ?」

「コルドン・ブルーサンド」

「なんだその強そうなの」


 ふと隣の食っているものが気になり問いかければ、返ってきたのは未知の名称。

 なに? コン、ドル……?


「コルドン・ブルー。叩いたお肉に、ハムとチーズを挟んで衣つけて揚げたやつ」


 志条がつけ加えて言う料理の詳細も、また強そうだった。主にカロリー的に。

 つかこいつ、前から時々思っていたが、結構がっつり食うよな。女子としてもかなり小柄なうえにけっして太ってもいないのに、摂取分はどこへ消えているのか。あ、さっき言ってた道場とやらか?

 などと思っていると、


「食べてみる?」


 ずい、とこちらへ突き出される強そうサンド。

 どうも視線を向けていたのを物欲しそうと捉えたらしい。

 まあたしかに、興味がないといえば嘘にはなる。


「ん」


 はよ食え、といわんばかりに腕をもう数センチ突き出す志条。目前に迫る、齧ったあと。

 ……こいつは本当に、こういう頓着が全然ないな。少し面食らうが、向こうが気にしていないというのなら、こちらもとくに気にはすまい。


「あぐ」


 というわけで、一口もらう。

 ……うん。聞いて想像したとおりの味。もちろん不味くないというか、肉にハムにチーズに衣という組み合わせが、不味くなろうはずもないというか。


「おいしい?」

「――ん、悪くない。いや良い」

「じゃあ、あ」

「?」

「ギブアンドテイク。あー……」


 感想を問い、それにこちらが応えるが早いか、

 今度はそう言って、開いた口を俺へと向ける志条。

 本当に、頓着ねえなこいつ。


「むぐ」


 なかば呆れつつ、俺は志条の口元へメンチカツサンドをぐい、と押しつけるようにする。

 それに一瞬、目を白黒させた彼女だったが、


「むぐぐ……んく。……ちょっと多かった、けど、うん。やっぱりメンチもおいしいね。さすが丹澤(たんざわ)肉店」


 どうにか咀嚼し、飲みこみ、呟く様はどこか満足げ。

 ……あるいはこいつ、こうして異なるメニューを楽しむために俺を誘ったのではあるまいか。


「けどもらいすぎちゃったし、もう一口いる?」

「……いや、いい」

「そう?」


 などというやりとりも経つつ、

 その後は特段話すこともなく、各々食事を片づけていく二人。もくもく。

 ほどなく、俺の手元は包み紙のみに。

 隣を見れば志条もほとんど同時に食べ終えたらしく、そのままベンチを立ち解散――


「――ところでさ、」


 と思いきや、座って前を向いたまま、唐突な呟き。

 どうも雑談でも始めるつもりらしい。浮かせかけていた腰を再び落ち着け、一応聞く姿勢に。


「久坂って、妹がいるんだってね」

「ああ。喜連川かどっちかに聞いたのか?」

「昨日、二人に。すっごい可愛かったって、はしゃいでた。写真撮らせてもらえばよかったって」

「それは……止した方がいいんじゃねえかな」


 聞かされた話に、知らず溜息。本当、ずいぶんと気に入られたようだな我が身内は。

 ついでに、奴らが成弥に写真をお願いした場合を想像する。


『は? なぜですか?』


 ……うん。推して知るべしな反応。

 おそらくはただの確認でそう言うだろうあいつに、機嫌を損ねたと思った喜連川らが恐々とする……そんな有様がありありと想像できる。おおよそは目つきのせいで、よく知らない者からは誤解を受けやすい我が妹である。


「で、勉強会がどうだったかも、その時聞いたんだけど――」


 てっきり志条も妹が見てみたいとか言い出すかと思ったが、ただの話の導入だったようで。

 続いた彼女の言葉は、


「――話してる時のあけちゃん、なんかちょっと、変な感じだったなと思って」


 こんなもの。

 同時に真っ黒の猫目が、こちらへと向く。


「ゆずちゃんもなんか、おんなじような感じで……久坂のこと話してる時とかが、とくに」

「……」

「でも、」

「?」

「楽しそうではあった。少なくとも、悪い感じじゃない」


 言って、再び前を向く志条。

 相も変わらぬ、変化に乏しい表情ではあるが、


「あけちゃんは、変わったと思う」


 無感情、無感動な奴でないことは、さほど長くないつき合いからでもわかる。

 そこがただ不愛想なだけな俺との、最大の相違点だろうか。


「ゆずちゃんも、ちょっと変わった気がする。どこがどう、っていうのは上手く言えないけど……でもたぶんそれも、悪い変化じゃないんだと思う」

「……」

「久坂が、変わったきっかけなんだよね」

「……そう思うか?」

「うん。だから丹澤肉店を紹介したのは、そのお礼」

「さよけ」

「わたしのいち推し」


 そう言ってふ、と志条は、目だけで笑う。

 こいつに笑顔を向けられたのは、思えば初めてかもしれない。


「変わった、っつうんなら、」

「?」

「俺も同じかもな」


 ふと、口をついて出た言葉。

 思えば少し前――中学から、高校入りたてのころくらいか――の俺は、わけもなく無性にいらいらとすることが多かったように思う。それこそこれといった理由もなく、他人に、周囲に、なにより自分に、無意味に苛立ちを募らせ、ひたすらに鬱屈していた。

 あの最初の人殺しは、だからその挙句ともいえる。


 だがそれで“レベル持ち”となり、

 常人から逸脱した力を手に入れてからは、以前ほど苛立ちを感じることもなくなった。


 大抵の人間を無駄に凌駕する暴力。法も倫理も、簡単に無視できる異能。

 それらを得て、かえって他人へ苛立ちを覚えなくなったのは、わりと皮肉めいている。どれだけ腹に据えかねる奴がいても、殺そうと思えば指一本でも出来るとなると、さして思うところもなくなるというか。


 簡単に人を殺せる力を得たことで、むしろ俺の気性は穏やかになった。

 まったくもって、悪い冗談としか思えない。


 ……てかこれ喜連川とか、今までの話の流れ全然関係ねえな。


「……久坂も変わったってこと? あけちゃんとか、わたしたちと友達になって」

「え? ああ、まあ……、……かもな?」


 案の定、志条は俺の呟きをそんな風に捉えてしまう。

 俺も否定すればいいものを、なんとなく流れで頷いてしまう。


「――そ」


 それを聞いて志条が、短くそう返す。

 やはり美少女というのは、よくわからない。つくづくそう思う。

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