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禁呪




   ■




 廃工場にやって来たのだ。

 相も変わらぬ心がすさむような場所。すさむような心があれば、の話だが。


 ここへ来た理由も相変わらず、力を使っての暇つぶしのため。

 とはいえいつものような場当たりではなく、今日はあらかじめ試すmagicを決めて来ている。


 試みようとしているのは、〔陰陽〕の魔法。

 覚えたのは鮫頭を殺した時で、だから結構前なのだが、

 その効果が効果だけに、今の今まで使うのを敬遠していたものでもある。


 字面だといまいちよくわからない感じだが、

 効果はいってしまえば単純で、“対象の性別を変える”というもの。


 あえてしめす必要もないかもしれないが、

 この久坂厳児、多数派に属する性自認の持ち主である。

 だから女になりたいなどという願望とも無縁というか、そもそも今まで考えもしなかったこと。

 だったらいちいち試す必要などないかもしれないが……


 思い起こされるのは先日の、自宅で行われた喜連川らとの勉強会。

 その折、期せずして美少女どもの不可解さに触れた俺は、つくづく思った。


 女ってわからねえ。

 わからねえなら、なっちまえばいいじゃん、女に。


 ……冗談半分の思いつきである。

 ともあれ、女というのがどんな感じなのか、気になったのは事実。

 ならばこれもいい機会かと、試してみようと思った次第。覚えたのに使わないのもどうかという、貧乏性めいた考えも少し。あとは、あれだ。もしかしたら実際使うことで、思わぬ有用性がわかるかもしれない……ねえか、さすがに。


 ともかくそんなわけで、まず〔結界〕で周囲への隠蔽工作を俺は施し、


「…………」


 たっぷりためらい、


「……〔陰陽〕」


 やがてあえて唱えて、それを発動。

 同時に、


「――っ?!」


 かあっ、と、体の中心から熱くなる感覚。

 やや遅れてぼうんっ、と薄紫っぽい煙が全身からふき出て、それに包まれ――


「…………、……変わった、か?」


 知らず閉じていた目を開け、すくんでいた身、その背筋を伸ばし、

 そうして呟けば、たしかに声が、少し高くなっている。

 おまけに視点が、先程より少し低い。

 つまり背が縮んで、声が変わって。


「うお」


 視線を落として、変な声が出た。

 胸部が、

 男の胸板ではありえない、布地の盛り上がり方。


「……大きさは普通、か? いや、よくわからんが」


 ついつい出る独り言。だいたい喜連川くらいか、いや少し小さいか。シャツの襟ぐりを広げて見えたそれと、海水浴での記憶を照らし合わせて、そんなことも思う。

 体の、他の部位も検めてみる。やはり全体的に縮んだのか、服が上下ともだぼついてしまっている。上のTシャツの方はこういうお洒落と言い張ることも出来そうだが、下のジーンズの方はそうはいくまい。腰回りがゆるゆるでずり落ちてしまいそうだが、尻で引っかかってかろうじて止まっている状態。

 人目が無いとはいえ半けつでいるのもどうかと思い、とりあえずベルトで調節。


「そういや、顔はどうなってんだろな」


 ふと気になる。

 体は女なのに顔だけ元のままだったら……正直かなり気色悪い。

 端末のカメラで確認してもいいが……


「……ちょっと試してみっか」


 ひとつ思いつく。

 〔幻影〕の魔法で“鏡”を再現できないだろうか。


「やってみるもんだな」


 発動し、目論見どおり目の前に出現した姿見に一人頷く。

 そうして確認した現在の俺の全身像は……

 正直あんまり、元の面影がない。

 なんというか顔も含めて、全体的にごく自然に女だ。

 頭髪が結構伸びていて、先程から微妙に覚えていた違和感はそれか、とも気づく。

 元の顔の面影も、かろうじてなくもないが――


「なんかどうも、見覚えが……?」


 少し考え、気づく。

 そうだ。どちらかというと、俺よりも成弥に似ている。

 それこそあいつに姉がいたら、まさにこんな感じなのではないかという顔。

 そう考えると母親と、それから父親の面影もどことなく感じる。成弥は両者のいいところを絶妙に配合してあの顔立ちだが、その配合を微妙に変えた感じが今〔幻影〕鏡に映っているそれだ。

 てことは女版の俺は、案外美人なんだろうか。

 ……なんかこう、不毛な発想だ。自分の顔のよし悪しなど自分ではわからない……そういうことにしておこう。


「にしても……しっかし」


 ためつすがめつ、〔幻影〕鏡の向こうを眺める。〔結界〕で人目を阻めているのをいいことに、屋外にもかかわらずシャツの裾を首元までまくり上げたりもしてみたり。

 顔はさておき、体つきは正直これ……かなりすけべなのではないか。筋量が減ったのか元の筋張った感じは和らぎ、代わりとばかりに全身ほどよくついた脂肪が、そこはかとない艶めかしさを醸し出している、気がする。

 志条の背を高くして、若干筋肉質にした感じ――知っているもので例えればそんな感じ。……引き合いに出されてもいい迷惑だろうが。


「しっかし、なあ……」


 似たような呟きが、また出る。

 正味な話、かなり好みな感じの体形の仕上がり(?)。

 にもかかわらずそういう(・・・・)気持ちがまったく湧かないのが、かなりの違和感。

 いや、いっても自分の体なんだから当たり前だろう、ともたしかに思うが。

 けどなにも感じない最たる理由は、やはり今の俺が女だからだろう。

 なんだろうな、この、

 好き放題できる女体がものすごく身近にあるのに、まったくそんな気にならない現状。

 滅茶苦茶損している気がしてしまう。


無え(・・)しな。なにより。当然とはいえ」


 股座に手をやりつつ、溜息。

 元の状態ならそこにあるべきものは、今は無い(・・)

 なんたる奇妙さ、そして心許なさか。


 この状態で勉強会の時の状況になっても、たぶんなにも感じないのだろう。

 逆にあるいはこの状態だと、賀集とかに変な気持ちを抱いてしまったりするのだろうか。

 海での奴らの海パン姿を思い出そうとして、

 頭を振って全力でその発想を追い出す。それは、駄目だ。危険思想だ。


「……状態、か」


 ふと思いつき、ステータスボードを出してみる。




――status――


 name:久坂 厳児

 age:15      sex:F


 class:―

 cond:性転


 Lv:80


 EXP:3268  NXT:29


 HP: 469/ 375▼

 MP: 165/ 255△


 ATK:436▼

 DEF:323▼

 TEC:204

 SOR:639△

 AGL:559△


 LUC:Normal


 SP: 3240/ 3240




――magic――


〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕

〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕

〔医療〕〔守護〕〔障壁〕〔衝撃〕〔影無〕〔幻奏〕

〔悠揚〕〔光彩〕〔放棄〕〔魔玉〕〔幻影〕〔暗闇〕

〔天恩〕〔示現〕〔曝露〕〔吸魔〕〔影縫〕〔魔封〕

〔蘇生〕〔極光〕〔城塞〕〔即死〕〔隕星〕〔業寄〕

〔仮初〕〔製薬〕〔注入〕〔収納〕〔念動〕〔鈍速〕

〔獣化〕〔読心〕〔錬魔〕〔入替〕〔歩加〕〔不動〕

〔陰陽〕〔忘却〕〔反転〕〔転移〕〔結界〕〔倍速〕

〔塩柱〕〔自爆〕〔核熱〕〔復元〕〔反射〕〔停止〕


――special――


【防御】【回避】

【鹿音】【八卦酔】

【手加減】

【広域化】【次連魔】【三倍座】

【精霊召喚】

【警戒】

【挑発】【威圧】

【見る】

【マッパー】【マーカー】





 見ればcondと、各パラメータが変化していた。

 “cond:性転”

 この状態だとHP、ATK、DEFが低下し、逆にMP、SOR。AGLは上昇するようだ。

 それとHPとMP、どうも変わるのは最大値だけで、現在値に関しては“性転”前のを引き継ぐらしい。そのへんの反映は、減った状態のを回復させた時にあらためて、ということか。

 ……当然ながらsexの項目も変わっていて、そこがなんともいえない気分にさせられる。


「んん……」


 ボードから顔を上げ、再び〔幻影〕鏡へと目を向ける。

 女ってどんな感じなのか、気になったがゆえの此度の奇行であるわけだが……


「よくわかんねえな、正直」


 素直な感想がもれ出る。

 体が変われば精神構造とかも変わったりするのかもしれない――そう考えていたが、そうでもないのかもしれない。少なくとも元の状態と今とで、自覚できるほどの変化は俺の中に見出せない。

 このまましばらく過ごせば、あるいは別なのかもしれないが、

 さすがにそれは勘弁というか、無理だろう。まず家に帰れねえ。


 結局のところ、

 女になっても、女はわからん。


 いやあるいは、俺がわからないのは他人――人間か。

 とか。


「……」


 鏡を見ながら、そろそろ戻ろう、と思う。

 〔陰陽〕の魔法は、もう一度〔陰陽〕をかければ元に戻るというか、解ける。

 逆にそれ以外戻す方法はなく、たとえば今唐突にMPが尽きたら、とても大変なことになるだろう。


「……、……」


 ともあれ、戻そうとして、少し考え、

 なにを思ったか、最後にひとつ遊んでみようという気になる。


「〔獣化〕」


 〔陰陽〕のひとつ上の表示のmagic、〔獣化〕

 効果は“対象をcond:獣化”にするというもの。

 それすなわち、


 ぽんっ、と白っぽい煙が全身からふき出て、包まれ、

 それが晴れれば、

 頭頂には獣の耳。

 後ろの腰元には獣の尾。

 それから両腕も、獣のような有様に。


 端的にいえば、

 コスプレ女の誕生である。


 ただの悪ふざけとしか思えないcondで、実際こうなるとMPは封印(表示がグレーアウト)、SORとTECの値も減少しさらには魔法も使えなくな(グレーアウトす)る。

 ただし代わりにHP、ATK、DEF、AGLは上昇。いわゆる肉弾戦特化状態ともいえ、場面によっては使える、といえなくもないかもしれない。


「…………」


 それはそれとして、鏡の向こうの獣女。

 追加された部位の体毛はどこも髪と同じ色。そして耳と尾の感じはなんとなく猫っぽい。

 両手を掲げて、広げる。肉球。あ、爪が出し入れできる。

 あと足も同様の変化をしているのか、靴の中がもそもそする。


「……にゃあ」


 なんとなく呟き、

 遅れて、猛烈に恥ずかしくなった。

サービス回(どんな層向けの?)

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[良い点] 感涙しましたぞぉ〜!TSケモミミとはっ!! [一言] (召天)
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