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その名は……




   ■




 次の週末。


「あっ、久坂君来た来た! おーい、こっちこっちーっ!」


 事前に指定された待ち合わせ場所は、Q駅東口前。

 着くと同時に呼びかけられ、目を向ければそこには大袈裟に手を振る古幸の姿。

 そこには当然というかそいつだけでなく、


「そのっ、今日はよろしくね、久坂君っ」

「くるしゅうない」


 やや緊張が見て取れる喜連川と、妙な労い(?)をしてくる志条。


「時間ちょうど。意外に几帳面だな、久坂は」

「逆に俺達は、早く来過ぎたよな。遅れるよりはいいんだけど」


 それに大滝に賀集と、他の面子もすでにそろっていた。


 俺への礼として、皆で飯食ったりなんだりしようというのが今日の催し。

 しかしこうして見目華やかな連中の中に居ると、あらためて違和感というか場違い感というか。正直なところばっくれたいとも思ったが、日頃教室で顔を合わせる面子を邪険にするのも、それはそれで後々面倒になるかもしれないと思わなくもなく。

 否、本当の本音をいえば、先に挙げた一切合切どうでもいい話ではある。

 誰にどう見られるとかどう思われるとか、実のところさして気になどしていないし、ならない。

 こうしてのこのこやって来たのにも、やはりたいした理由は無い。強いて挙げるなら、ただ飯という言葉の引力か。


「ともかく久坂も来たことだし、今日はこれから……あー、どうするつもりなんだ? 柚」

「んふふ、心配御無用アタシに抜かり無し! というワケで皆の衆、ゴーゴーだよーッ!」


 賀集と古幸のやりとりののち、一行は歩き出す。どうも今日の進行は古幸に一任されているようで、それが若干以上に不安を煽るが、いろいろ諦めている俺はおとなしく成り行きに任せておく。

 どの道こいつらとのつき合いも今日限りだろうし。

 俺という他人にとことん無関心な奴に、いつまでも興味が持続するものでもあるまい。

 などと考えつつ連中の後ろについてちんたら歩いていたところ、


「――ちょっとー、なーに一人離れてそんな後ろ(トコ)歩いてんの久坂くーん?」


 振り返った古幸に見咎められる。


「なんかおかしいか?」

「おかしいとゆーか、今日の主役はキミじゃない! もっとこう、みんなの真ん中でどーんとしてなきゃ!」

「……」

「うっ?! またなんか、すっごい顔を……ッ」


 俺の表情がいったいどう見えているのかはひとまず置くとして、少なくとも「真ん中でどーん」は遠慮しておきたいところ。目立つ奴らと一緒に居ることで引く人目は別に気にならないが、かといってすんなり馴染んだり馴れ合ったり出来るかはまた別だ。


「ん~かくなる上は! カゲト君スグル君ッ、フォーメーションB! 久坂君を包囲せよッ!」

「……フォーメーションBってなんだと思う? スグ」

「どうせその場のノリだ。適当に左右に並んでおけばいいだろう」


 そんな俺に痺れを切らしたかのように、男二人にそう命じる古幸。その乗りに慣れた感じの言われたほうは、苦笑気味に歩調を緩めてそれぞれ俺の両隣に並ぶ。

 その右、大滝がなにやら楽しげにしているように見え、思わず目を留める俺。


「……なんだ?」

「いや、昨日も思ったが、ひょっとして苦手か? 古幸の、あのノリは」

「少なくとも得意ではねえな」


 俺の返答を聞き、眼鏡の奥の笑みを少しだけ深める彼。なんというか、そこはかとなく曲者感あるなこいつは。不快というほどではないにせよ。


「もう少し抑えるように、俺から言っとこうか? 柚に」

「や、そこまで気い回す必要はねえよ」


 一方の賀集は、その人の好さがこの短いつきあいでも垣間見える。思えば普段から教室でも、周囲に気を配っていた印象があるような。気遣いの出来る二枚目。鬼に金棒ではなかろうか。


 そうこうするうちたどり着いたのは、小洒落た雰囲気の飲食店前。

 満面の笑顔で振り向き、そちらを指し示すのは古幸。


「――やって来ました! “マケドニア・ロナルド”!」

「大丈夫か店名」


 その強調と目の当たりにした看板に、俺は思わず巨大企業からの圧力を懸念してしまう。

 とはいえぎりぎりなこの店名なら、俺も耳にしたことはあった。

 県立Q北高校内でたびたび話題に上る、主にハンバーガを扱う飲食店。価格設定こそやや強気なものの学生に手が届かないほどでもなく、むしろちょっとした贅沢気分を味わいたい時にはうってつけ。チェーン店とは一味も二味も違う点は値段相応と言え、近場ということもあってか訪れたことのある生徒も少なくないとか。


「むしろ行かない北高生はモグリと言っても過言ではないッ!」

「俺はもぐりだったか」

「これからはキミも立派なマケドニャーさ! ささーレッツ入店!」


 かしましい古幸に肩を押されるようにして、店の入口へと俺は近づく。店名こそ“似ている”が、少なくとも外観は全然別物。古き良き田舎(カントリー)風という感じの扉に、押されるままに激突する間抜けを回避すべく、本日何度目かの溜息を吐きつつ、ノブに手をかけ押し開ける。




「ドウモー。ワタシが店長(テンチョ)の上野=ロナルドです」




 面食らうわそんなん。

 国籍不明の店長の存在。そして盛大に噴き出した喜連川のおかげで、二段構えの衝撃を受けた俺。

 つうか店長(あんた)の名前かよロナルド。マケドニアどっから来た。


「六名様ですネー、ドウゾこちらの席ヘェー」


 店長:ロナルドの案内で、六人がけのテーブルへと通される一行。その間中ずっと後ろから忍び笑いが聞こえていたが、どうも彼のなにかが、喜連川の心の琴線を刺激したらしい。


「ごゆっくリィ」


 全員が席に着いたところで、一礼して去っていく店長。

 怪しげな言葉遣いを除けば、そつのない無難な応対だったと評せよう。


「……お、落ち着いたー? あけみん」

「ご、ごめん――も、もうだいじょぶ、だからっ」


 懸命に呼吸を整える喜連川の様子に、さしもの古幸も戸惑い気味。


「前に来たことあるんじゃなかったのか? お前ら」

「あ、ああ。あるにはあるんだけど……」

「以前来た時は、案内も給仕もバイトの人だったな。――ほら、あんな感じで」


 ふと湧いた疑問をそのまま投げかければ、それに答えたのは賀集と大滝。

 そうしてしめされた方を向いてみれば、なるほどたしかに数名のウェイトレスが。店の雰囲気に合ったクラシカルな衣装は、着るのに若干の勇気と自負が要りそうな意匠だと適当に思う。


「だから店長さんには会わなかったんだけど、やー見事な不意打ちだったねー……」

「……あの店長、物腰が只者じゃない」


 古幸と志条もまた、己の所感を口にしている。いや只者(ただもん)じゃねえことには同意するが、お前のその感想も何者(なにもん)だよ志条。

 ちなみに喜連川、まだ復帰にはいささかの猶予が必要そう。


「……」

「――」

「……『ワタシがテンチョの上野=ロナルドです』」

「エ゛ッフ!?」

「『入社二年目です』」

「ちょ、ちょっと、や゛め゛――っ」


 なのでなんとなく追い打ちをかけてみた。俺が披露した声帯模写を前に、美少女にあるまじきむせ方をしつつ、再度テーブルに突っ伏してしまう彼女。


「『趣味は野生の――」

「ちょーホントに待って久坂君! それ以上はあけみんが死んじゃうッ!!」

「そうか」


 そのまま続けようとしたところ、古幸からのドクターストップが。

 まったく悪びれない俺の態度に、両隣の男二人から軽い戦慄が伝わってくる。


「わかった。――んじゃあ『座右の銘は、」

「久坂、ストップ」

「あ、はい」


 フェイントを挟んでもう一度と思ったところで、志条から眼光が飛び今度はこちらが戦慄する番。流石に黙らざるを得ない、一味違う、ちびっこの迫力。

 ちなみに店長の人となりはすべて架空の物(でまかせ)で、彼の名誉を棄損するものでないことをここにしめしておきます。


「ホント意外。まさか久坂君までもが意表を突いてくるなんて――ッ」

「しかも、何故か微妙に上手いしな、ものまね……」

「微妙ってとこがミソだな」


 古幸、賀集、そして大滝から妙な感心の仕方をされるが、俺だって冗談くらいは言う。それが面白いかどうかはもちろん別だが、今回喜連川にはやたら突き刺さったようで。……普段ユーモアに乏しい生活をしていないか、少しだけ気にかかるところ。


「んなことより、とっとと注文済ましちまおう」

「またシレッと……あ、もちょっとこっちにメニュー寄せてねー」


 いつまでも引っぱる話題でもないだろうと、切り替えてテーブル脇のメニューを手に取る。ハンバーガショップではあるが、注文のとり方は普通のファミレスに近い感じらしい。

 ちなみに現在の席順は、俺の左右に大滝と賀集。その向かいが志条と古幸で、真ん中、つまり俺の正面が喜連川という風になっている。男女両舷に分かれまるで合コンのような有様だが、そんなものに参加した経験は当然ないので実情どうなのかは、知らぬ存ぜぬ。


「久坂君は、なにを頼むのかな?」

「んじゃあ――マケドニア・バーガー」

「おっ、王道だねぇ。けどもっと、どーんと贅沢してもいいんだよ?」

「そうそう。今日は俺達の奢りだからな」

「いっそこの、チャレンジメニューとやらに挑戦してみてはどうだ?」

「明らかに趣旨から外れんだろ、それ」

「デザート、注文すべきか。由々しき問題……」


 やいのやいのと。

 メニューを囲んでの、まるで気の置けない友人同士のようなやりとり。

 もちろんそれは“ような”であって、俺自身に思うところはとくにない。

 対する連中はどうなのか。先日の喜連川とのことももちろん加味されているだろうが、それ以上にこの親しげな振る舞いは、おそらく彼女ら彼らにとっては自然なことなのだろう。

 要は皆、人が好い。俺などにさえそうふるまえることが、なによりの証左。


 などと考えているうち皆頼む物も決まり、注文をすべく大滝が通りかかった店員に呼びかけている。応じたのはバイトらしきウェイトレスで、あいにく現在店長はフロアには不在のようだ。喜連川の心の平穏は、ひとまず保たれたということ。


 ほどなくして、まずは全員分の飲み物が運ばれてくる。


「コホン。――えーそれじゃあ、久坂君の勇気ある行動を賞しましてー、」


 乾杯。

 音頭をとる古幸に合わせて、俺もまた皆と同様にグラスを軽く打ち鳴らす。

 やがてメインのバーガやつけ合わせのポテトやらナゲットやらが配されれば、

 始まるのは、楽しげな会食。

 内心はどうあれ一応俺もまた、その輪にはほどほどに加わっておく。


 そうして頼んだ物が粗方片付き、後はデザートやおかわりの飲み物を残すのみとなった頃合い。


「――ホントもっと気をつけないとダメだよぅあけみんは。ただでさえここのところめきめき可愛くなってるんだから」

「そ、そんなっ……というか可愛さで言ったら、さっちゃんとしおちゃんこそそうじゃないっ」

「アタシは、この自慢の脚があるし! しおりんにしたって滅多なことはないだろうし、ね?」

「ん。けどあけちゃんは、言っちゃなんだけどちょっとぽやぽやしてるから」

「ぽ、ぽやぽや、してるかな……?」


 話の流れは、喜連川の危機意識についての方向へ。

 友人達の評価にやや不本意そうにしている喜連川を見て、俺はふと思う。


「んな心配なら、誰かがついてれば良かったんじゃねえか? あん時も」

「うっ……!」


 湧いた疑問をそのまま口にすれば、古幸が痛いところを突かれたという顔に。

 他の面子も、気持ち沈んだ表情。

 そんな中一人もうしわけなさそうな顔をした喜連川が、俺の方を見て言う。


「あの、いつもは本当は、みんなの中の誰かしらと帰るようにはしてるの。けどあの日はちょうど、誰の都合もつかなくって……」

「ああ」


 彼女の言葉を受け納得し、頷く。つまり先日は、絶妙に間が悪かったということか。けどこのあきれかえるほど平和な国で、さほど遅いわけでもない時間帯に不審者に警戒をしろというのも、無理な話かもしれない。そもそも悪いのは不審者なのだから、喜連川がそんなすまなそうな顔をすることもないと思うが。

 あの日一番最悪な存在は不審者殺した俺なんじゃねえか、ともふと思うが、それは置いとこう。


「いつもついてやれれば、あんなことも起こらなかったんだけどな……」

「それは、しょうがないよ。景人君だって部活あったんだし、他のみんなも、生徒会とかおうちの手伝いとか、いろいろあるんだし」


 古幸が陸上部所属というのは前に聞いた(ような気がする)が、賀集はバスケ部、大滝は生徒会をそれぞれやっているという。志条は無所属だが、家業の手伝いに時々駆り出されることがあるそうだ。要は皆が皆、常に放課後に時間の融通が利く身分でもないということ。


「喜連川も、部活かなにかやればいいんじゃねえか?」

「それは……ちょっと、色々あって、うん」


 なにげなく出た俺の問いに、困ったような顔で言葉を濁す喜連川。いわくありげな感じだが、言いたくないのなら流しておこう。さして興味も無いし。


「持ち回りにしても、どうしても無理な日はあるだろうし……」

「そういう日についていてやれる奴が、どこかに居ればいいものなんだが」

「そんな都合のいい人なんて……、……あ」


 賀集、大滝そして古幸がぼやくように呟いた後、集中する一同の視線。

 あたかもしめし合わせたかのような。


「そーだよ久坂君! キミがついてれば万々歳じゃん!」

「実績も申し分ないしな」


 こちらに身を乗り出す古幸に、大滝もまた静かに頷いている。俺はあの場でとくになにもしていないという話になっていたはずなのに、いったいなにを期待しているのか。


「いや、俺にも都合ってもんが、」

「あるの?」

「……とくに無えな」


 咄嗟に断る理由を探そうとしたが、少なくとも時間の融通についてはなんの問題もないことに自分で気づいてしまう。暇なのは間違いないし、レベル関連の検証についても、ひとまずもういいかという気分にはなっていたし。


「ああ、あれだ。俺喜連川ん()知らねえし」

「一緒に帰るんだから、あけみんについてけばいーじゃん」

「……帰る方向は?」

「あ、えっと、多分途中までなら、久坂君と同じだと思う。これまでも登校の時、何度か見かけたことあったから……」

「……」


 挙げれば挙げるほど断る理由もなくなり、そもそも別に意固地になる必要もないような気もしてくる。それでも他人の頼みはひとまず断りたくなる傾向が、俺にはある。


「もちろん、どうしても都合が悪いなら、無理には頼まないけれど……」

「……」

「それでももしよかったら、ついていてくれたら、その、」

「……」

「駄目、かな?」


 対面の席から、覗きこむような喜連川の上目遣い。

 そんな彼女の申し出に返した、俺の答えは――

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