突撃久坂家
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「いらっしゃい」
訪ねてきた喜連川と古幸を、玄関で出迎える俺、久坂厳児。
「……」
「……」
一方の二人はなぜかそれに応えることなく、なにやらぽかんとした様子。
「じゃあ兄キ、私、上行くから」
「ん、悪いな」
そんな光景を横目に、妹、成弥は玄関入ってすぐの位置にある階段を上っていく。どうも学校の用事から帰る途中で、喜連川らと出くわすようにしてほぼ一緒に帰ってきたらしい。それで来客に気づいたようで、一階居間にいた俺へと呼びかけに来たのが、ついさっき。だから今の「悪いな」は、それに対する労いのつもり。
しかし、軽く目だけで返事して去っていく我が妹、いつにも増して冷然としていらっしゃる。
にしても、
「なに呆けてんだ。上がんねえの?」
「……えっ、ああうん。お邪魔します」
「お邪魔します……」
さっきから古幸と喜連川が、やけに静かだ。
それを訝り声をかけてみれば、ようやくという感じで動き出し、靴を脱いで上がり込む二人。
それから古幸ははぁ、などと息をつき、喜連川もまた日傘をたたみつつふぅ、とかやっている。
「なんだよ」
「やー……」
「えっと、妹さん、いたんだね。久坂君」
「そう! それも悶絶カワイイ美少女……ッ」
「ああ」
どうも成弥の存在に驚いたようだった。
あの見た目だからまあ、その反応も無理はないかと思う。
「しかも夕女の、中等部だよね? 制服」
「よく知ってんな」
「いやいや、Q県民女子で知らないコなんていないって! ……あれ待って、つまり妹ちゃんって優等生? 美少女で、才媛ッ?!」
若干詰め寄りがちな二人の話は、妹の所属にも及ぶ。てか古幸、その『この性能で、このお値段!?』みたいな衝撃の受け方は、どうなんだ。そも、容姿と成績は無関係だろう。
……いや、考えてみればこいつらといい成弥といい、顔も成績もいい例はこんなに身近に。
そしてもっと身近な例――つまり俺は、どちらも凡庸。
(てことはやっぱ、相関が……?)
あまりよろしくない発想を、頭を振って打ち消す。
「まあいいや。とりあえずこっちで他の面子でも、」
「あっ、久坂君、それなんだけどね……?」
待っとくか。
そう言おうとしたところで、思い出したかのような喜連川の指摘。
いわく――
『悪い、姉の買いものにつき合わなきゃならなくなった。そっちには行けそうにない』
『――生徒会から緊急の招集だ。すまんが、久坂にそう伝えてくれ』
『ごめん、夏風邪……みたい。……お見舞い? ううん、うつすといけない、から……』
今日になって立て続けにそんな連絡を受けたらしく、賀集、大滝、そして志条は来れないとの話。
来客がいつもの五人なら、俺の部屋よりは居間の方が広さとしては適しているだろう。そう思ってそちらで勉強するつもりで、二人を通そうとしたわけだが……
人数が半分になったのであれば、
「んじゃ俺の部屋でやるか。勉強」
その方がいいかと思い、二人に提案。
……なんだその顔は。お前ら。
「嫌なら居間でも――」
「ううんっ! 全然!!」
「ぜひ行こうッ、久坂君の部屋!!」
「……なんか企んでねえか?」
「そ、そういうんじゃないから! うんッ」
「~~っ」
二人の変な調子につい訝る俺に、古幸が潔白を訴え、喜連川もそれに追従しこくこく頷く。まあ古幸はともかく、性格的に喜連川が悪さをするとも思えない。
そういうわけで、二人を伴い二階へ。
階段から廊下へ出たところで、
ふと思い立ち、まず成弥の部屋の戸を叩き、呼びかける。
「成弥ー」
「――なに? 今着替え中なんだけど」
いや、ならわざわざ顔出さなくとも。
首より下は決して見せず器用に顔を出す妹に感心しつつ、用件を告げる。
「勉強、部屋ですることになった。テレビ見たかったら、居間空いてるからな」
「……それが用事?」
「ああ」
「そ」
相も変わらぬ素っ気ない返事。
そのまますぐ引っこむかと思いきや、少し離れて待つ喜連川らを軽く一瞥などしている。
「……男友達もいるって言ってなかった?」
「来れなくなったんだと」
「……変なことしないでよ?」
「なんだ変なことって」
「――」
ばたん。
短いやりとりを経て、今度こそ引っこんでいく成弥さん。
やはりいつにも増して、冷然としていらっしゃる。……いっそ、凄然?
「……っ」
「~~」
踵を返せば、若干顔の赤い喜連川と古幸が目につく。
「あ、俺の部屋そこだから。開けて入っていいぞ」
「……久坂君って」
「むぅ」
そこにはとくに触れず、自室の戸を指し示したら、心外そうな顔をされた。
そちらにもやはり、とくには触れまい。
「……」
「……」
「……」
勉強を始めてから、小一時間ほど経っただろうか。
皆、手をつけているのは主に、夏休み中に出ている課題。取り組む態度も至って真面目で、時折不明な点を互いに確認しあったりする声以外は、物音と言えば筆記音と、空調と、あとはかすかな息遣いくらいか。
「……」
進捗は、それなりに順調。
それもひとえに、根は真面目な奴らが集まった結果だろう(例外は一名、俺だ)。
ただ、気になるというか、気が散るのが一点。
喜連川と古幸が、妙に近い。
俺の自室には、ちゃぶ台がある。
木製で天板の丸い、旧時代的な頑固親父がよくひっくり返してそうなあれだ。昔なんとなく欲しくなってお年玉等を結集して購入した物であり、とくに普段使いするわけでもないが、たまに気分を変えたい時などに壁に立てかけてあるのを出してきて、勉強や間食などをしたりしている。
今日などはまさに、真っ当な使いどころといえる。ちゃぶ台は、三人がノートなどを広げたりするのにちょうどいい大きさ。喜連川らもその意匠の古めかしさに物珍しげにしつつ、ちゃぶ台を囲う形で――それこそ最初は皆等間隔に座って――勉強を開始した。
はずだったが、
なんかこう、時間を追うごとに徐々に、喜連川と古幸が左右から詰めてきた。
『ね、ちょっとあけみん、ここなんだけどさ……』
『それはね、んーと』
などと、互いのノートや教科書を覗きこみ、座りなおすそのついでに、両者ともおそらく少しずつ、じりじりと尻の位置を変えていったのだろう。
二人が左右ともに俺から九十度の位置になるあたりで、さすがに俺も気づいた。気づいたがまあ、近けりゃ近いで俺も訊ねやすいかと、ひとまず捨て置いた。そも、一人成績の水準が低い俺の方が、二人に教えを乞う頻度は高いのだし、と。
そうこうするうち、この有様。
今や三人はほぼくっついて並んでいるような状態。仲良しか。
「……」
少し考え、
おもむろに立ち上がる。
「あ、あれ?」
「久坂君?」
俺の唐突な動きに不思議そうにする古幸と喜連川へ、
「ちっと休憩。なんか飲み物とか持ってくる」
そう告げて、部屋をあとにする。
◇
「……」
「……」
部屋を立ち去る久坂を、なかば呆気にとられつつ見送る暁未。
方向的に見えないが、おそらくは柚もまた同じようにしているのだろう気配を感じる。
(……お、怒らせちゃったかな?)
ややあって、暁未はそんな不安に駆られる。
最初は暁未も、おそらく柚も意識的にそうしたわけではなかった。
身じろぎ、居住まいを正すついでに、少しだけ彼の側に寄る。少しでも側にいたいという想いが、無意識的にそうさせたのだろう。そうしてちょっとずつ互いに距離を詰め、なんだか向こうの方が彼に近いような……? という対抗心も手伝い――
気づけばほとんど、密着寸前で。
それでもあらためて距離を置こうという発想は、頭になく。
そんな中での、久坂の唐突な中座。
もちろん、たんに気分転換したくなっただけかもしれない。というかその可能性の方が高い。彼の言動はよくも悪くも裏表がなく、その発言は大抵の場合、額面どおりであることが多い。
けど万が一、気分を害してしまったのだとしたら……
こんな風に、些細なことでも一喜一憂してしまうのが、恋というものなのかもしれない。
柚の方はどうなのだろう? そう思って親友の方をふり向いた暁未。
「ベッドの下は……異常ナシッ? てかなんにもないし埃も溜まってない……意外とキレイ好きなのかな……?」
そんな彼女の目に映ったのは、絨毯にほとんど寝っ転がるような形で、久坂のベッドの下を覗きこんでいる親友の姿。
「――ってさっちゃん?! なにしてるのっ!?」
「止めてくれるなあけみんさんよ……男の子の部屋の家探しは淑女のたしなみなのさ……ッ」
「たしなまないで! というかさっちゃん、そんなの今までしたことないでしょっ!」
二人とも、異性の部屋を訪れた経験がないわけでもない。小さい頃からのつきあいである景人と守久流の部屋には、それこそ何度も入ったことがある。もっとも互いに年頃になったからか、最近はそんな機会も少なくなっているが。
さておき、暁未は柚を引き起こそうとその肩を掴む。
しかしその腕に力を込める前に、柚は自分から起き上がり、暁未と相対。
「けどあけみんも気にならない? 久坂君の、そーゆー方向の趣味……!」
「?!」
「あの澄ました顔の裏に、どんな嗜好を隠しているのやらッ。あるいは見ちゃったら顔も合わせづらくなるような、アブノーマルな“癖”が白日の下に……ッ?!」
「~~!?」
向かい合い、いけない感じの熱に浮かされる女の子二人。
そしてここは男の子の部屋であり、久坂厳児は、男の子。
そんな当たり前のことが、暁未の頭にいちいち浮かぶ。
本当にいつも澄ましているし、照れたり焦ったりも滅多にしない彼。
しかしそういう欲求が皆無ではないことは、以前の海旅行で証明されている。暁未も海水浴中、時折久坂の視線をひしひしと感じたりしたし、なによりあの栞の驚くべき行動の際には、彼はあからさまにうろたえ、気のせいでなければ赤面もしていた。
……思い出し、若干もやもやというか、むかむかしてくる暁未。私だってしおちゃんと大体同じくらいの大きさなのに、と考えなくてもいいことまで、つい考えてしまう。
「……う、うーん、けど知ったら知ったで、このあと気まずくなるかも……?」
柚は柚で、自分で自分の行動に気おくれしはじめている。
この親友、突っ走るわりにはそういう方面の話に強いわけでもなかったりする。
とはいえ暁未ももちろん、その方面には疎いというか、はっきりと苦手分野ではあるのだが……
……さっきの自分の行動も、考えてみればはしたなかったかもしれない、など。
ふしだらな子だと思われていたらどうしよう、とか考えて、顔が熱くなってしまったり。
そんなところへ、不意に、
がちゃり、と。
「…………」
「?!」
「!?」
ノックもなしに顔を出したのは、滅多矢鱈に美少女な久坂の妹。たしか名前は、ナリヤさん。
兄顔負けに感情の読めない無表情で、暁未らを睥睨。
その視線にすくみ上がっていると、
「……兄キは、下?」
「う、うん。飲み物、取ってくるとか……」
「そ」
どうやら兄の所在を訊ねに来たらしい。
その短い問いかけに、恐々としつつ答えるのは柚。
やはり短い返事のあと、少し間を置いて、
「変なこと、しないでくださいね? 聞こえたりしたら気まずいので」
そう言い残してひっこむ妹さん。
ぱたん、と閉じるドア。
「……」
「……」
それを見送り、ややあってから思わず顔を見合わせる二人。
互いの目に映るのはそれこそ、気まずい感じの表情なのだった。
誤字報告ありがとうございます(あとちょっと22/05/11に表現を一部変更)
あえて直していない箇所もありますが、そこはご了承ください。
しおりんの驚くべき行動については、いつかの機会に。




