遭遇(美少女同士)
唐木田来佐と名乗った女性。
飾りけのない髪形に化粧っけのない顔立ち。黒縁の、度の強そうな眼鏡をかけていて、はばかりなく言えば地味な印象の人物。図書館で司書でもやっていそうな雰囲気だが、彼女の実際の所属は警察庁だという。
そんな唐木田がたった今、喫茶店のテーブルに広げたA4サイズほどの分厚い本。
その片方のページには――
――status――
name:唐木田 来佐
age:26 sex:F
class:司書
cond:通常
Lv:2
EXP:2 NXT:3
HP: 17/ 17
MP: 0/ 0
ATK:10 ARM:2
DEF:10 PRO:2
TEC:16
SOR:13
AGL: 8
LUC:Bad
SP: 3/ 3
――equipment――
both hands:百奇事典
――special――
【百奇事典】
【登録】
奇妙な文言。
ないし数値の羅列が書かれていた。
思わず訝り、顔を上げる強田へと、
「これは、私の“ステータス”です。……あの、ふざけているように思われるかもしれませんが本当にその、そうなんです」
やや恐縮気味に視線を下げ、唐木田は言う。
いったいどういうことなんだという目を、強田はその隣の鬼橋の方へも向ける。
「いや……じつは俺も、いまだに半信半疑なんだが……」
いわく言いがたい表情で、隣を見やる彼。
その視線を受け頷き、唐木田は説明を続け――
「――そんな、馬鹿な」
聞き終えたのち、強田の口からまず出たのはそんな台詞。
人を殺すことで、ゲームのようにレベルが上がるという現象。
それによって得られる、やはりゲームのような、力。
「ごもっとも、だと思います。けどその、証明になるかはわかりませんけど……」
強田の様子を見て、おもむろに広げられた本を手に取り、掲げてみせる唐木田。
それから店内を軽く窺ったと思えば、
手元の本が出し抜けに、消失する。
「!?」
「……この“百奇事典”は私の意志一つで、自在に出し入れが可能です。つまりその、これがただの本でないことはあの、見てのとおり、です」
続けて言いながら、彼女は再び本を手元に出現させる。
手品……とは、少なくとも強田には思えなかった。布や体で隠すような前振りもなく、おまけにあたかも光の粒子となって一瞬で分解されたような消え方を、そもそもどんなトリックで実現するというのか。
しばし呆気にとられていた強田だったが、
「ちょっと待て。その話が本当なら君は――人を殺したことにならないか……?」
ふと気づき、問いただす。
人としても公僕としても、およそ看過できない事柄に、知らず険しくなる彼の表情。
「落ち着け、強田」
「鬼橋――」
「聞け。彼女は今警察庁の預かりだが――以前の勤めは、法務省矯正局だ」
「矯正局……ってことは、まさか」
「はい。刑務官として、死刑の立ち合いを……それで私はこの、力を」
はっとして目を向ける強田。
その視線を静かに受け、唐木田はそう告げながら、テーブルの上の本にそっと手を置く。
この国の死刑執行手順については、強田も当然知るところだ。落下による絞首、それを成す踏み板の開閉は、複数人の刑務官のボタン押下によって作動する。実際の執行が誰の手によるものか、わからないようにするための配慮だが……
(……不謹慎な言い方すれば、“当たり”を引いちまったわけか)
「先程話しましたとおり、この“システム”の該当者の手にかかった人間は、どういうわけか跡形もなく消滅します。規制が敷かれたので報道などはされていませんが、当時は結構な大騒ぎになりまして……」
思わず気に病んでしまい、それが顔にも出たのだろう。強田の表情を窺った唐木田が、そう言って、あはは、と力なく声だけで笑う。不器用なりに気遣うような、そんな調子で。
「けど騒ぎになったことはかえって省内、ひいては省庁間の情報共有、周知を促したようです。私がもたらした情報も相まって、お役所としては異例の早さで、当該事案の対応にあたるための部署が、警察庁内に組織されました。……極秘裏に」
「つまり君は、その組織の」
「はい。刑事局刑事企画課、情報分析支援室――
“対異常分室”……現在の私は、そこの唯一の人員、ということになっています」
まだ内部はバタバタしていて、暫定的な措置ではありますが。
そうつけ加え、また体裁だけの曖昧な笑みを浮かべる彼女。
第一印象から変わらぬ、そこはかとない頼りなさ。そんな唐木田を見やりつつ、強田は訊ねる。
「……それでおたくは、どうしてその話を、俺に?」
根本的な疑問。
彼女が冗談を言っているのでなければ、これまでの話は国家機密のようなもの。
そんな情報を、地方の一警察官でしかない自分に伝える理由が、彼には思い当たらない。
強田の問いに答える代わりに、唐木田はちらと隣に視線を送る。
「中央に部署が立ったということは、当然地方にもそれに対応する人員が必要になるだろう」
「まさか……」
「近々通達があるはずだ。けどいきなり来られても混乱するだろうから、Q県への用事のついでに、事前に知らせておこうと思った。昔のよしみ、ってやつさ」
「決定事項なのか……。……しかしなぜ、俺なんだ?」
疑問に答えたのは、鬼橋。配属が変わるから備えておけという話らしい。
この場の主旨は理解できたが、それでも自分が選ばれた理由、その疑問が強田には残る。
「実感、だよ」
「実感?」
「最初に少し言ったが、強田、君が当たった行方不明事件は、ほぼ間違いなくいわゆる……“該当者”が関係しているはずだ」
「私の【百奇事典】に、人を害するような効果はありません。けどシステム該当者の中には本当に、ゲームのような力が使える者もいます。それこそ、痕跡を残さず人を攫ったり、その間の記憶を消し去ってしまうような者がいてもあの、おかしくないかと」
「そういう無茶苦茶な奴が“いる”という実感は、実際に事件に当たって、その理不尽さを目の当たりにした者でなければ得にくい」
「……」
たしかに理不尽さについては、まさにここ数日強田が感じ続けてきたことではある。
事件に当たらなかった者では、話が荒唐無稽すぎて理解しがたいだろう、というのも頷ける。
それでもなぜ自分が、と考えてしまうのは、
この先もこんなことに関わらねばならないのか、という思いからか。
(……こういうのは俺とかじゃなく、刑事課の誰かに、――ああ、“死体が消える”とかいう現象のせいで、連中が関わってくる機会自体が、元より少ないのか……)
そういう意味では、生活安全課の強田に話がまわってきたのは自然な流れなのかもしれない。もしかしたら全国各地にも、自分と同じ境遇の者がいるのだろうか。いるかもしれない見ず知らずの相手に、奇妙な仲間意識と同情を感じてしまう彼。
ちなみに鬼橋も、近々関連の部署に異動になるという話。
刑事課の彼が異動となったのは、担当の事件が“該当者”関与である可能性を考慮されて。
「“切り裂きキラー”か……」
「ああ。奴ほどそれらしい犯罪者もいないだろう。それこそ“ゲーム感覚”で殺しまわってるのかもしれんな。胸糞悪い話だ」
その後数分ほど、互いの状況についてやりとりし、三人は店を出ることに。
席を立ち、ざっと店内を見回す強田。
警察署からほど近いこの喫茶店の、客の少ないこの時間帯は、署内では少々憚られる話をするのにうってつけ。同僚も何人か贔屓にしていて、店主もそれをわかっているからか一番奥のテーブルを空けておいてくれたり、他の店員や客をそれとなく近寄らせないようにするなどの便宜を図ってくれている。
そんな店主に軽く挨拶しつつ、強田は鬼橋らとともに退店していく――
~~~
強田らが立ったあとの客席。
そのすぐ隣のテーブル、ちょうど強田が座っていたのと背中合わせになる位置に、
「……なるほどね」
いつの間にか座っていたのは、一人の少年。
店主にも、さっきまですぐ近くにいたはずの強田にさえ気づかれず、終始話を聞いていた彼は、
「いいこと聞いちゃった、かもなー」
小声で呟くと席を立ち、やはり誰にも気づかれることなく、その場をあとにする――
◇
日差しの眩しい、まだまだ夏の盛りの昼下がり。
「…………」
「…………」
住宅地の路地を歩いているのは、喜連川暁未と古幸柚。暁未は日傘の下の、柚は陽光の下の、その顔に浮かぶ妙な緊張は、初めて想い人の自宅を訪ねる、その道中だからというのも、当然ある。
しかし、今はそれ以上に――
「……モデルさん、かな?」
「だとしてもおかしくない、よね……」
自分たちの数歩先を歩く少女が、やけに気になる。
それが二人の、今の謎の緊張の最たる理由。
つい先程のこと。
事前に本人にも知らされ、迷いようがないほどにばっちり下調べもした道順に従い、久坂宅へ向かい勇んで歩いていた暁未と柚。
その道行きの中、
『……』
同じ歩道の向かいから、こちらへと歩く少女が一人。
知らず、目を引かれた。
夏の日差しを受けキラキラと光るような、髪のつややかさ。
隙なく着こなした夏服は涼しげで、姿勢よく歩く姿は凛々しく、
なにより印象的なのは、
見る者を射抜くような、その目。
(わあ、すっごい綺麗な子……)
(あけみんと同等?! いや下手したらそれ以上の……ッ!?)
二人が驚嘆している間に、歩道を曲がり脇道へと入っていくその子。
そちらはちょうど、これから二人が行こうとしていた方向でもあり――
「…………」
「…………」
その後現在に至るまで、彼女はずっと二人の前を先行している。
「なんなんだろね……妙なオーラみたいのを感じるというか……」
「制服のせい、かな。たぶんあれ、夕女の、だよね……?」
少女に不審に思われぬよう、小声で会話する柚と暁未。
話に出てきた“夕女”とは、県下一の女学院の通称。そこのOGでもある有名デザイナーの手掛けた制服は、Q県女子なら一度は着てみたい服No.1といっても過言ではない。
暁未もそんな、制服に対して憧れを抱いた者のうちの一人。過去にパンフレットを見た時の記憶によれば、少女の制服はおそらく中等部のもの。愛らしさと凛々しさが絶妙に調和したデザインの夏服は、印象を同じくする彼女にはまるであつらえたように似合っていた。
(それにしても……)
(偶然なんだろうけど……)
路地へ入ってからも何度か十字路などを曲がってはいるのだが、目の前には依然として少女の姿がある。そのつもりはないのに跡をつけるようになってしまっている気まずさも、暁未たちの緊張をいや増す理由のひとつとなっている。
「――あ、あそこかな?」
「赤い屋根って言ってたし、そだね」
ややあって、久坂に聞いていたとおりの家屋が見えてくる。
ちょうどその前に差しかかった少女ともここでお別れかと、なんとなく二人して思っていると――
「あれっ?!」
「入ってっちゃった……」
ごく自然に、久坂宅とみられる家へ入っていってしまう少女。
ひょっとして間違えた? そう思い、つい小走りで近づいてみるが……
「久坂、だね。表札」
「ここで間違いない……よね?」
門前にはたしかに“久坂”と記されていて。
念のため開いてみた地図も、付けていた目印と現在地の一致をしめしている。
周囲に同じ特徴のある家屋はなく、つまりここが久坂宅なのは疑いようもない。
そんな彼の家に当たり前のように入っていった、美少女。
暁未と柚。二人が思い浮かべたのは奇しくも同じ、最悪の想像。
始まる前から勝負がついていた――
そんな可能性に、さあっと冷たくなる胸の奥。
「あの、」
不意に開く玄関。
「もしかして、兄キのお客さん?」
そこから顔を出し訝しげに問いかけてきたのは、つい先程入っていった少女で。
警察の部署として適切かどうかは……よくわかんないです。
この世界ではこうなんだよということで、ひとつ。




