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胡乱な現状、胡乱な人たち


 数時間後、すっかり日も落ちた頃合い。


「……」


 適当に入ったファミレスで、強田は遅い夕食を摂ろうとしていた。注文はすでに済ませており、あとはそれが運ばれてくるのを待つだけだが……


(……結局今日のアレはいったい、なんだったんだ?)


 待ちがてらどうしても、先程までの出来事について考えてしまう彼。


 上司に言われるまま、署長の下へと参じた強田。

 厄介な下命か、あるいは説教か……などと恐々としていたが、しかしその予想は外れ、署長はただ一言「ちょっと一緒に来てくれ」と言い、彼をある場所へ同行させた。

 向かったのは、市内でも有名な高級住宅地。

 そしてその中にあって知らぬ者のいない地元の名士――関矢(せきや)大道(たいどう)の邸宅。


『――この男が、行方不明事件を扱っている刑事かね?』


 無駄に豪奢な応接室で、挨拶もそこそこにそう確認してきた、屋敷の主。

 続けて彼が言い出したのは、妙な要望だった。

 界隈で名の知れた不良グループ。

 その集団失踪に関与した人物を特定し、自分と引き合わせること。


 グループについては強田も知っていた。というか他でもない、生活安全課の要警戒対象である。

 否、だったと言うべきか。そいつらもまた、昼の件の記憶も新しい高校生の行方不明――ひいては類似する、各地で散見される失踪事件と同様に、行方をくらましたと見られている。


 その件の捜査に力を入れてくれという、関矢市議の要望。

 それ自体は、じつは強田もさして不思議とは思わない。

 不良グループを束ねていたのは入船(いりふね)豪利(かつのり)という、これまた札つきの破落戸。

 しかしそいつと懇意にし、その上で破落戸どもを実質掌握していたのは、誰あろう関矢市議の子息、関矢大海(ともみ)に他ならない。


 単純に考えれば、市議の要望はドラ息子の尻拭いということになるだろう。現に大海は、不良グループの失踪のまさにその時に、言い逃れようがないくらいやらかし(・・・・)ており、あわや逮捕直前、というところまで追いつめることも出来ていたのだ。

 結果的に、ドラ息子をしょっぴくことは叶わなかったが。常に裏で動き己の手を汚さず、現場から即座に逃亡しアリバイを築く狡猾さ。そしてなにより親の威光によって、奴はいまだに野放しのまま。


 ともあれ、その件の後処理のために不良どもの安否を確かめねばならないという話なら、強田は納得できないまでも理解は可能だった。

 しかし市議の要望は、失踪に関与した人物の特定と、面会だという。


 神隠しめいた失踪がもし人為的なもので、その原因となる“何者か”がいたとして、

 そいつは市議や大海側からすれば、“加害者”にあたるはずだ。

 だというのに、その者と会いたがっている。

 強田もさすがに疑問に思い、その点を訊ねたのだが……


『それを君が知る必要はない』


 返答はにべもないもの。

 なにか一言言いたくもなったが、強田はあくまで付き添いの立場。要望を受けているのは署長であり、その彼が黙っているのであれば、部下の自分が出しゃばるような真似も出来ず。


『ともかく、見つけたら真っ先に私に連絡するように。それから、くれぐれも内密に。この件に私が関わっていることを、君たち二人以外に漏らしてはならん』


 さらにはそんな風にもつけ加えてきた。これでは、後ろ暗いことがあると言っているも同然だ。

 それでもやはり、強田にはなにも言えなかった。

 息子のせいで落ち目とはいえ、いまだその権力を維持している大物。

 己の立場を危うくしてまで、その大物に盾突く気概は、強田にはない。


 ともあれ、市議の御用聞きはそこで仕舞い。

 話もすんだということで市議は立ち去ろうとし、強田らも辞去しようとする、

 その段になって――


『――久坂厳児だ』


 唐突に顔を見せたのは、ドラ息子こと関矢大海。


『あいつに違いないよ! ノリ君をぶっ飛ばしたあいつが、子分のヤツらもどうにかしたに決まってるんだってッ!!』


 ずかずかと応接室に踏みこみ、父親の下へ向かう彼。廊下で聞き耳でも立てていたのか、先程までのこの場の話題を把握している様子だった。

 見ればその顔は、ずいぶんとやつれていた。強田の記憶では憎らしいほどの色男だったはずだが、隈が目立ち髭もほったらかしな相貌では、それも見る影はなく。


『刑事さんたちも! さっさとあいつを捕まえてよ! なにぼさっとしてんの?! あいつのせいで、ぼ、ぼくは、僕は――』


 続けてそう言い、今度は強田らにも詰め寄ろうとした大海。

 なにかに取り憑かれたかのような、見るに堪えない形相の彼は、


『黙れ大海』

『――ッ!?』


 しかし父親の静かな声により、その足を止めた。


『くだらんことをわめきおって。そもそも貴様、誰に断ってのこのことここへ顔を出した』

『けど、だってパパ――』

()ね。()はもうないと言ったろう。それとも私に、これ以上の恥をかかす気か……?』

『?! ッ……』


 市議は追い打ちのようにそう吐き捨て、息子を完全に黙らせた。一方、ゴミを見るような目を向けられた大海は、失意を隠す様子もなくよろよろと応接室を出ていった。

 その後、市議の取り繕うような社交辞令を受け、強田らは関矢邸をあとにしたわけだが……


「――おまたっしたー。ビーフカレーのセットでぇす」

「おっと。……どうも」


 回想を終えるのと同時に、強田の席に注文の品が届く。

 おざなりな勤務態度にやたら扇情的な体形を備えた店員が「ごゆっくりー」と去っていくのをなんとなく見送りつつ、ひとまず夕食にとりかかる彼。


 食べながら、強田は考える。

 地元の大物からの奇妙な要請。その目的も気になるところではあるが、

 帰りがけに起きた一悶着。

 関矢大海の妙な訴えが、彼にはどうにも気にかかる。


 久坂厳児という名前には、強田も覚えがあった。

 不良グループが集団失踪した際、その場に居合わせたとされる高校生のうちの一人だ。

 しかし記憶では、破落戸どもについては知らないと言っていたはずだ。その日彼が関わったのはどちらかといえば大海のやらかし(・・・・)の方で、それ以外にあの場で起きていた事態については把握していないという話だ。


 そういう話、ではあるが……


(……言われてみりゃあ、気にはなるんだよな、あの少年)


 強田も当時、久坂と実際会って聴取を行っている。その時の印象は一言でいえば、

 落ち着きすぎ、か。

 あの年頃の子が犯罪に巻きこまれれば、普通はもっと取り乱すはず。それこそ見てわかるほどに興奮してハイになったり、あるいは逆に悄然としたりなど。現にその場の他の少年少女たちは、恐怖や疲弊……または少し気落ちしたような、ともかくそんな様子で、目に見えて元気がなかった。

 しかし久坂少年は、それらどの様子にも当てはまらず、

 じつに平然と、淡々としていた。

 まるで事件など気にしていないような、

 あるいはあの場で起きたことなど、驚くに値しないとでもいうかのような。


(もしあれが、あの場の事態すべてを把握していたがゆえの態度だとしたら……)


 穿ち過ぎだ、と強田は頭を振る。

 彼はどう見ても、ただの高校生だろう。

 そのただの高校生が、十数人もの破落戸の集団失踪をどう実現するというのか。


 それよりは“切り裂きキラー”の仕業と考えた方が、まだ妥当だ。驚くことに、あの場ではそれとみられる犯行も起きており、それも現在Q県警が抱える頭の痛い案件のひとつである。

 思い返すだに、つくづくあの場は状況が混迷しすぎている。


(そういや“切り裂きキラー”がいたってことにも、とくに驚いてなかったな、あの少年……)


 刑事の勘、などというつもりはないが、

 やはりどうにもあの久坂という少年は、なにか気にかかる。

 そう思いつつ、半分ほど食べ終えたカレー皿に目を落とし、


「……すいませんお冷追加で」

「はーい、ちょいお待ちをー」


 通りがかった先程の店員に、そう声をかける強田。

 当店イチオシという謳い文句のそれは、彼には少し辛かった。






 翌日、昼下がり。

 強田は結局、あらためて久坂少年に話を聞きに行くことに決めた。

 現在は最寄りの駐車場に停めた車から、彼の自宅までの道を部下とともに歩いているところ。


(ドラ息子の言うことを、信じるわけじゃないが……)


 思い返し、考えれば考えるほど、

 強田にはあの少年が、どうしても得体のしれないなにかのように思えてならなくなったのだ。

 考えすぎの取り越し苦労であれば、それはそれでいい。

 あるいは自分は、なにか期待しているのかもしれない。

 自分たちを覆う混迷を打破する、なにかを。

 失踪事件や“切り裂きキラー”……手がかりの乏しい事件の、雲を掴むような捜査に追われ、現在強田はおろかQ県警全体が、停滞感に覆われているといえる。

 その状況を打ち破れるのなら、どんなものにでもすがりたい。

 たとえ手がかりが得られずとも、少なくとも“なにかしている”実感は欲しい――そういうことなのかもしれない。そう思うと、自分に呆れて苦笑が浮かびそうになってしまう強田だが。


「……先輩?」

「や、なんでもない。もう近く――あの二軒先かな」


 部下に訝られ、意識的に顔を引き締める。

 それから地図を頼りに当たりをつけ、久坂宅へと目を向ける彼。

 ほどなくたどり着き、表札を確認ののちに玄関前のチャイムを鳴らす強田。

 そうして応対に出て来た家族の、しかしその話によれば――


「――出かけている?」

「はい。だから今おに、……兄は、家にはいません」


 久坂少年は、外出中とのこと。出鼻を挫かれた思いでぽかんとしてしまう強田だが、考えてみれば、今は八月の始め。夏休み真っ盛りというこの時期に、高校生が遊びに出かける可能性を考慮しなかった自分が迂闊なのだと、彼はすぐに思い直す。


「出先がどこかとか、わかるかな?」

「さあ。いつもいつの間にか、どこへ行くとも言わずにいなくなるので」

「帰りが何時ごろになるかは……」

「わかりません。今帰ってくるかもしれないし、晩ごはんぎりぎりになるかもしれないし」


 加えて訊ねるが、具体的な情報は得られない。

 というか何故だか、徐々に居た堪れなくなる強田。応対に出たのは口ぶりから、久坂少年の妹――おそらく中学生の少女。にもかかわらず、なにかこう、気圧される。整った顔立ちとやけに強い眼差しのせいか、あるいはそれがどこか不機嫌そうに見えるからか、ともかくわからないが……


「……えっとじゃあ、あとはこちらの方で探してみるよ。また伺うかもしれないけど……」

「はい。兄にも伝えておきます」


 結局その日の強田は、ひとまずの退散を選んだ。

 その後、高校生が遊びに行きそうなところを探したり、また日を改めて家を訪ねたりもしたのだが、久坂少年はついぞ捉まらず。






 そしてその数日後。


「――なんだって!?」


 強田並びにQ県警全体は、急転直下の展開を迎えることとなる。

数日前から妙にアクセスが伸びましたね……なぜかしら。

感想も頂きまして、いずれにせよありがたいです。

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[一言] 恐らく伸びたのはハーメルンで紹介されていたからかと
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