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やにわに異邦神


「…………」


 あまりに唐突なその出現には、

 さすがに、唖然とせざるをえない。


「キミが時空干渉系の力を会得してくれて、助かったよ。ある意味で世界から隔離されたこの領域なら、余計な妨害もされずに安定して存在できる」


 軽く会釈し、朗らかな笑みを向けてくるそいつ。

 格好は、古めかしい西洋の貴族のような装束。上等そうな作りに見えるが、鮮やかな緑を基調とした色合いのせいか、少々コスプレっぽくもある。

 そして服装どころか、髪も瞳も緑。

 髪よりは瞳の方が若干青っぽいが、それでも緑は緑。

 染めているとかカラコンとか、そういう感じではない。

 あくまで自然で、ゆえに不自然。

 異質、異形。

 ふと思い浮かぶのは、そんな言葉。


(新手の“レベル持ち”……か?)


 最も高そうな可能性。

 鮫頭人間もどきの“レベル持ち”がいるのだし、変な色合いの人間くらいいてもおかしくはない。

 問題は、今この場が〔結界〕内である点。

 “俺以外の人間は入れない”はずの領域内。

 にもかかわらず、なぜかいる緑色。

 〔結界〕を使ったその日に、そこを突破する力を持つ“レベル持ち”に出くわした?

 ありえない……とは言い切れないが。


(……ひとまず、試すか)


 こういう時の常套、【見る】ならなにかわかるだろうと踏んだが、




   ――NO DATA――




「――!」


 出てきた表示に俺は、また唖然とする破目に。

 なんつうか、最近よく見るな、“NO DATA”。


「ん、警戒させちゃったかな? なんだかわからないヤツがいきなり目の前に現れたら、身構えちゃうよね。――けどボクは、キミに危害を加えに来たわけじゃない。信用して? と言われても、難しいとは思うけれど」


 困ったような笑みで、気をまわすようなことを言う緑色。

 その言葉を裏打ちするように、たしかに【警戒】は働いていない。

 〔結界〕同様無効化とかされている可能性もあるが……それを考えたら切りがないか。


 にしても、緑色……

 なんかこう、記憶に引っかかるような。


「まずは自己紹介、かな。ボクは……ミコト。この世界の、ここの言葉なら、そう名乗るのが一番通じやすいと思う、うん」


 なにか思い出しそうな俺を余所に、自己紹介などを始めるそいつ――ミコト。

 一人頷きながらのその名乗りは、しかしなんとも妙な口ぶり。


「“通じにくい名前”でもあるみてえな物言いだな」

「あはは、うん。そうだね。少なくともここのニンゲンには、ボクの本来の名前は非常に発音しにくいと思う。――それはつまるところ、ボクがこの世界の、外の存在だから」


 俺のつっこみになぜだかはにかむように笑い、

 そいつは続けてまたしても、妙なことを言う。

 この世界の、外の存在とな。


「まず前提として、世界は一つではない。こことは異なる次元、異なる摂理の下に、無数に……それこそ、この世界の星の数以上に、世界は存在している」


 なにやら話が壮大になってきた。

 壮大というか、荒唐無稽というか。

 しかし話している当人に、冗談めかした様子はなく。


「世界には、それぞれの摂理がある」


 言いながらミコトは、俺の方を指差す。

 否、その右手は俺自身を差しているというより――


「そして“それ”は、この世界の摂理からは逸脱したモノ」


 ステータスボード。

 いやまあ、俺のところに来た以上、用件はそれ以外に考えられないか。

 というか、見えてるんだな。こいつには、これが。


「キミも知ってのとおり、この世界において、魔法などは空想の産物。まして人を殺せばレベルが上がり、それらを使えるようになるなんて、ゲームの中くらいでしか、あってはならないモノ。……にもかかわらず“それ”がそうして存在しているのは、この世界にとって明らかな“異常事態”だ」


 にしてもこいつ、性別はどっちだ? 顔立ちは女っぽく、古幸より少し高いくらいの背丈もそれらしいが、一方で年下の少年と言われても、とくに違和感もない。


「摂理からの逸脱は、ともすれば世界そのものの崩壊をも招く。過去にはほんの少しの摂理の“ずれ”が、いくつかの世界を巻き込んだ連鎖的な次元崩落を引き起こしたこともあった」


 体形を判別しにくい服装も、性別不詳さに拍車をかける。

 加えてどことなく人種の違う顔立ちのせいで、年齢も判別しにくい。同世代のようにも見えるがもっと下にも見えるし、じつはずっと年上なのだと言われても、そういうこともあるか、と思える。


「そうした事態を回避するために、ボクらのような存在がいる。……とはいえ、世界を救う、なんて大義を大仰に掲げてるわけじゃないけどね。感覚でいえば、ご近所の助け合いとかに近いかな。互助会みたいなモノ、というか」

「……結局のところお前は、なんなんだ?」


 なにやら重要そうなことを語る目の前の相手に、

 なんとなく俺は、根本的な疑問を投げかける。


「ボクはいわゆる、神様だよ。“元”だけどね」


 話の腰を折ったような問いにも、とくに気を悪くした様子もなく、

 さらっと、なんでもないことのようにミコトは答える。


「そして“それ”を作ったのもおそらく、ボクと同質の存在。……けど、おかしいんだよね。この世界の本来の神は、いわゆる“意思なき力”。まかり間違っても、そんな俗っぽいモノを作ることなんかないはずなのに……」


 自分のことを神様だという緑色――ミコトとやら。

 そしてこの“人を殺すとレベルが上がる力”を作った奴も、また同様だと。

 ……どうでもいいけどこの、“人を殺すとレベルが上がる力”ってのもなんか(なげ)えよな。“レベル持ち”みたいな仮称が必要だろうか。


「――ともあれ“製作者(そいつ)”がナニモノなのか、なんのためにそんなものばら撒いたのか、そのへんはまだ調査中……というかどうにも、尻尾が掴めないんだよね。この世界のどこかに“自分の領域”を創って、そこに閉じこもってるんだろうとは思うけど……」


 神様云々について、以前自分も考えたようなと、ふと思い出す。

 ゲーム的なふざけた仕組みとはいえ、人に超常の力を賜う存在は神様ぐらいのものだろう、とか。

 とはいえここまでの話自体、事実かどうかわからないし、それを確かめようもない。


 しかしもし本当で、ミコトの目的が“異常事態”への対処ならば、

 それはつまり、“レベル持ち”への対処に他ならないのではないか。

 殺すのか、それともたんに消滅でもさせるのか、

 ああ、世界の危機というのなら、世界(そこ)から放り出すという可能性もあるか。


 なんにしても、俺もここで終わりか。

 まあ、今まで散々好き勝手してきたのだから、仕方ないとしか言えない。


「ああっと、待って。そうじゃなくて」


 などと思ってそう聞いたら、どっこい返ってきたのは慌て気味の否定。

 違うんか。


「誤解を招いたみたいだね。さっきも言ったけど、ボクはキミに危害を加えに来たわけじゃない。ボクの目的はもっと根本的で、“それ”の“製作者”の排除」

「俺、ってか“レベル持ち”は、ほっといていいのか?」

「手放しでいいとは言えないけど、せいぜい数万程度の存在がちょっと不思議な力を持ってるってだけだからね。全人類がそうなった! っていうのならさすがになんとかしなきゃだけど」


 どうも“製作者”と“使用者”の間には、問題にそれこそ天と地の差があるようだ。

 しかしまた、ずいぶんと俺に都合のいい話ではある。

 いや別に積極的に死にたいわけでもないにせよ。


「力そのものは、どうなんだ? 使ってたら世界がやばくなるとか」

「それもさほど問題ないかな? んー……たとえるならほら、地下資源がいずれ枯渇するかもしれなくても、ここのニンゲンはそれを使うのをまだ止めないでしょ?」

「そう聞くと、なんか問題あるようにも思えるな」


 微妙に問題意識を持ちにくいたとえ方をしてくる。

 少なくとも、“レベル持ち”の力を使うのを今すぐ止めなくては! とは思いにくい。


「ともかくボクは、キミの身に、ひいては世界になにが起きたのか、それをキミに話に来ただけ」

「……ただの親切、だってのか?」

「うん。――と言いたいところだけど、単純に興味もあったかな。ボクの、キミへの」


 続く話は、ミコトが俺のところへ来た直接の目的について。

 それについ訝ったら、少し照れたように返し、自身と俺を交互に指ししめし、


「久坂厳児くん。――キミもまた、この世界で起きた摂理の逸脱とはまた別の“特異”だ」


 まっすぐと、緑の双眸で俺を捉え、そう言う。

 ふと気づけば、手を伸ばせば届くほどに縮まっている互いの距離感。

 いつの間にか、そんなそばまで歩み寄られていたらしい。


「“それ”――他者の命、多くの場合、同族のそれを奪うことで力を得る“システム”……。この世界で幾人かのそれを観察してわかったけど、そこから得られる力は“class”に基づくらしい。“class”とはそのモノの“資質”で決まり、基本的に備わるのは、一人につきひとつ」


 言いながらミコトが指差すのは、俺の少し手前。

 ステータスボードの、ちょうどclass表示部分。


「けれどもキミには、その“class”がない。……なぜだと思う?」


 指摘しつつの、問いかけ。

 なぜ、か。

 たしかに以前から気になっていたことではあるが、そもそも理由というか、根拠があったのか? この“―”表記には。


「思い出してみて? キミがこの力に目覚めた時のコト」

「そう言われてもな……」


 思えばあれももう二、いや三か月近く前の出来事なのか。最初の殺人――そういうと物々しいが、今やその感慨も動揺もない。いやそれは当時からなかったか。殺した奴らの顔すらも、もはや記憶もおぼろげなくらいだし。


「つか、殺生なんてけしからん、とかないのか? 神様的に」

「ん? ニンゲン同士殺し合うなんて、よくあることじゃない。というかここの浮世の生き死にに、余所者のボクがとやかく言えるコトなんてないよ」

「そんなもんか?」

「そんなもんさ」


 ふと思ってそう問うが、その返しはなんともあっさりしたもの。

 善事とか人道とか、そういうのに頓着はない様子。


 話を戻して、“class:―”の原因が最初の殺しにあるとしたら……

 強いていえば四人も、それもほぼいっぺんにやった点だろうか。


「そう。そこ」


 そう思うのと同時に、

 内心を見透かしたかのように、今度は俺自身の方を指さし、微笑むミコト。


「キミが殺したその四人、どうも覚醒前の“システム”該当者――つまりキミの言う“レベル持ち”だったみたい。そして適用されるはずだったclassはそれぞれ、“戦士”、“魔術師”、“僧侶”、そして“盗賊”」

「……ってことは」

「うん。キミの持っている力は本来、あの四人に目覚めるはずだったモノ。……たぶん、該当者が近場に集ったせいで、“システム”の混線みたいなのが起きたんじゃないかな? もともとがこの世界の摂理を歪めて運用されているのだから、そういう不具合が起きても無理はない、のかも」


 そうして告げられた理由はなるほど、頷ける部分もある。

 俺の持つ力が妙に強いというか、便利すぎる気がしていたのは、なんのことはない。

 “四人分”だったから、か。


「classは一人につきひとつって、さっき言ったよね? けどより正しくは“ひとつが限界”。ヒト一人にそれ以上力を詰めこんだら普通、存在そのものが耐えられなくなる」


 不意にミコトが、なにやら物騒なことを言いだした。

 あれ、んじゃもしかしてやべえのか? 俺。


「大丈夫、安心して。キミの存在は現状、ごく自然に安定している。摂理から外れた力を四人分も所持しているにもかかわらず、ね」


 しかしこちらの懸念を見越したように、さほど間を置かず言葉は続く。

 別にここで終わってもしょうがねえか、とまた思い直していただけに、少し拍子抜け。


「普通のニンゲンなら、とっくに存在が崩壊しててもおかしくないんだけど……まあその“特異性”が、つまりキミに、ボクが興味をもったきっかけのひとつ」

「なんで俺が、そんな“特異性”とやらを持ってんだ? ――あいや、別に俺だけがそうってわけでもねえのか……?」

「や、この世界ではキミしか、そういうのは見かけてない。もちろんボクもここのすべての存在を網羅して調べたわけじゃないけど、少なくとも“システム”該当者の中では、キミだけだよ」

「……」


 言われてどうにも、なんともいえない気分になる。

 世界で、おそらくただ一人、か。

 それまで未発見だった珍種にでもなったかのような。


「そしてなぜ? っていう話については――言ってしまえば、明確な理由なんかない。たまたま、としか言えないかな。それこそ、この世界のこの星に生命が生じた理由とか、そういう類の偶然で、キミはその“特異性”を得ている」

「身も蓋もねえな」

「そんなものだよ。そもそも“特異性(それ)”にしたって、異変が起きなきゃわからなかった資質なわけだし。普通に暮らしてるぶんには、ないと同じのモノ」


 しかも理由は、ないときたか。

 ますます気が抜けると同時に、そんなもんだろうな、という気もして、なんとなく溜息。


 見上げた空には晴天。昨日とかと比べると、やや雲は多いが。

 真夏のわりに、廃工場はさほど暑くない。それこそ立ち話もさして苦にならないほど。


「ともあれキミと、そしてこの世界に起きたことについては、だいたいそんな感じかな? ……えっと、なにか他に聞いておきたいこととかある?」

「んじゃ、さっきもちょっと聞いたが、“レベル持ち”って数万とかいるのか?」

「“人”っていうよりは“個体”だね。だからニンゲンに限ると、もう少し減る。ちなみにこの国、世界平均より“レベル持ち”密度が高いみたい。ただの偏りだと思うけど。他には? なにかある?」

「……本当に、説明に来ただけなのか?」

「うん?」

「いや、説明する代わりになんかやれとか、そういう話じゃねえんだなと思ってな」


 佇まいを直し、あらためてという感じで問いかけてくるミコトへ、俺は思ったことを口にする。

 下界に神様が降りてくるというと、なんか使命とか与えたりする印象があるが。


「うん、違うよ。説明、必要かな? と思っただけというか、ただお話ししに来ただけというか」

「暇なのか? ひょっとして」

「あはは、そういうわけでもないんだけど……今だってじつは、分霊を何体も出してこの世界のこといろいろ調査中だし」

「そうなのか?」

「うん。ほらなんたって、神様だから。複数の場所に並列して存在するくらいは、わけないんだ」


 照れ笑いしつつ言うその台詞は、しかしやはり、俺には確かめようのないこと。

 わかるのはこいつが〔結界〕をすり抜けられることと、【見る】が効かないこと。あとは俺の力や過去を、おおまかに把握しているらしいことくらいか。


 ミコトが本当に、自己申告どおりの存在なのかはわからないが、

 けどまあ、嘘を言っているような感じはしない。なんとなくだが。

 それにどのみち、話の真偽に俺への影響があるようにも思えない、か。

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