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旅のおわり、それぞれ




   ◇




 “幽霊屋敷”から、神社まで戻る道中。

 先に起こったことがことだけに、言葉少なに歩く一行。


「……」


 その中にあって暁未はとりわけ口数が少なく、ほとんど押し黙っているといってもいい状態。

 屋敷を離れる前、歩けない柚をどうしようかと騒いでいた時さえ、彼女は一言も言葉を発していない。


 否、なにも言えなかった。

 なぜ?

 そんな余裕がなかったから。


 柚が久坂に抱きかかえられるのを見て、

 その後も彼とほとんどくっついている状態の、彼女に、


 暁未が覚えたのは、

 かあっ、と頭が熱くなる感覚と、

 反対に胸の奥が、しん、と冷えるような感覚。


(ああ……。馬鹿だな、私)


 思わず、自嘲。

 自分の気持ちがわからない?

 本当に、なにをとぼけていたのだろう。


 今、親友に感じているのが嫉妬でなくて、

 久坂に対して、ずっと感じていたのが恋心でなくて、

 他にいったい、なんだというのか。


「……っ」


 きゅっ、と締めつけられるような胸に、思わず手をやる暁未。

 鼓動が速い。

 夏の暑さでない熱が、握った手を汗ばませる。


 心が揺らいでいるのを自覚する。

 自分の中に、こんな激しい感情があったなんて、彼女は思いもしなかった。

 久坂に対する焦がれる想いもそうだが、

 柚に、親友に対して初めて抱いた、とても穏やかとはいえない気持ち。

 それこそが、暁未を動揺させていた。


 加えて、柚の様子も。

 目を覚ましてからの、彼女と久坂のやりとり。

 なにより彼に背負われた時の表情。

 暁未の気のせいでなければ、おそらく彼女もまた……


 林の道を、みんなから少し遅れて歩く暁未。

 顔を上げれば、久坂におぶられる柚の姿が見えるだろう。

 けれどもそれが出来ない。景人や栞が、“幽霊屋敷”にいた間のことについてぽつぽつ言葉を交わしているが、そこに交ざることも出来ず、ひたすらうつむきがちに歩くしかない。


 やがて聞こえてくる、祭りの喧噪。

 差してくる神社の灯かりで、次第に足元も明るくなってくる。


「――ッ」


 それを見てとり、暁未はひとまず気持ちを切り替えよう、と思う。

 今夜はお祭り。一人塞いで、みんなの楽しい気持ちに水を差すのは忍びない。

 そう思って顔を上げた先では、久坂が柚をその背から降ろしていた。「もう大丈夫だからっ」と言っているのをみるに、柚の方がこれ以上は負担をかけまいと遠慮したのだろう。


 そうして二人が離れたのを見て、少し心が軽くなる暁未。

 そんな自分に少し呆れつつも、

 同時に心の内で自身に言い聞かせる。

 大丈夫。

 親友として、友達として、

 私はまだ、これまでどおり振る舞える――と。




   ◇




「ああ゛~~~ぁ、ううぇ゛ぇい……」

「ふふっ、もう、さっちゃん、なんて声してるの」


 楽しいお祭りと、少し――否、かなりおかしな肝だめしから帰って、しばしのち。

 入浴中の、柚たち女子三人組。旅館の浴場、その内風呂にて、柚は浴槽の縁に両腕を投げ出すようにして仰向けに寄りかかり、暁未は湯船に行儀よく肩まで浸かり、そして栞は持ちこんだぜんまい式のアヒルを水面に走らせている。


「だってなんか、くたびれちゃって。あと今日で入り納めかと思うと、はぁ、名残惜しいよぅ、広いお風呂……」


 だらけきった柚の体は、そのまま湯に沈んでいきそうなほど。部活のあととはまた質の違う疲れは、元気者を自負する彼女にとっても、なかなかに堪えるもので。

 そして言ったとおり、旅行の日程は残すところあと一日。明日も午前中のうちはまだ海で遊ぶ時間もとれるだろうが、少なくとも旅館で夜を過ごすのが、今日で最後なのはたしか。

 だからだろうか。

 湯とともに、柚はなんとなく感慨にもひたる。


「だったら、」

「?」

「また来年も、ここに来る?」


 水面をぐるりとめぐり、手元に戻ってきたアヒルをキャッチしつつ、

 小首を傾げてそう問うてくるのは、栞。


「――そーだねっ。来れたらいいねぇ、来年も」

「私もそうしたい、かな。次の夏休みも、またみんなで……さっちゃんとしおちゃんと、景人君と守久流君と……久坂君で」


 湯の温かさにぼんやりしつつも、一も二もなくそう答えられた柚。

 暁未もまた、気持ちは同じようで。

 伏し目がちに、最後に呟かれたその名にこもった気持ちもまた、

 自分と同じものなのかもしれないと思うと、柚はどうしても居た堪れなくなってしまうが。


(う~あ~っ、……なんでかなぁ、応援しようって、思ってたはずなのに……)


 悶々とした気持ちで、仰け反った姿勢のまま天井を見上げる。

 そんな彼女の額に、図ったようにぽたりと落ちてくる結露。

 まるで「頭を冷やせ」と言わんばかりのタイミングに、なんだかなぁ、という気分になる柚。


 期せずして、自分の想いを自覚してしまって、

 ゴメンねあけみん。だけどアタシも譲れない! これからは恋のライバルだねッ!

 そんな気持ちにも、一度はなった彼女ではあったが……そのライバルである親友と、いざ顔を合わせると、やはりどうにもうしろめたい気持ちが湧いてくる。


 そう思ってしまうのは、“幽霊屋敷”での出来事も無関係ではない。

 あの場で起きた数々の怪現象。その根底にあった、写真の女性の思念。

 きっと彼女からすれば、柚は同じに見えたに違いない。彼女を襲った悲劇、その元凶の女と。

 同じ人を好きになってしまった、という共通の境遇。

 柚だけが見た彼女の記憶の追体験としての幻覚や、最後には明確な悪意でもって体を乗っ取られそうになったのも、つまりはそこから。


(いや、アタシはあけみんにあんな酷いことする気はないけど……)


 暁未を騙して裏切ろうなどという意図は、柚にはもちろんない。

 しかしこの想いを抱き続け、あまつさえそれが叶ってしまったとしたら、

 それは裏切ったことと、なんら変わらないのではないか。


(ぅう~……。ほんと、なんでこうなっちゃったかなぁ)


 そもそも柚は写真の女性とも、まして彼女を陥れた性悪とも関係がない。

 だから彼女が向けた悪意もまた、筋違いといえる。

 しかしこうして、自分が柚に罪悪感を抱いてしまっている現状は、それこそ彼女の目論見どおりなのではないか……そんな風にも、柚には思えてくる。


(……ところで結局、どうなったんだろ? その悪霊さんは)


 柚の記憶は、最後の悪夢のような幻覚を見た少しあとで途切れている。だから写真の女性がどうなったのかは知らないし、“幽霊屋敷”からどうやって出てこられたのかも知らない。

 あの屋敷を動きまわれたのは、柚と久坂だけ。

 他の者は暁未がそうだったように、どこかに閉じこめられて悪夢を見せられていたらしい。もっとも皆、なんとなくそうだった気がする、という程度の曖昧な記憶しかないらしいが。


(知ってるとしたらやっぱり、久坂君だよね?)


 その久坂だが、帰り道では『俺もだいたいそんな感じ』としか話さず。

 どうもあの場で起きたことを――そしておそらくだが彼が解決の要になったのだろうことを、みんなには黙っておきたいらしい。

 柚もそれを察して、一応話を合わせはしたが、

 もし彼が本当にあの事態を打破したのだとしたら、

 少しはそれを誇ったりしてもいいのではないか、なんて風にも思ってしまう。


(謙虚……ってのとは違うよね、たぶん。いちいち騒がれんのもめんどくせえ、とか、ふふっ、思ってそう)


 いかにも彼が言いそうな台詞を想起し、知らず笑みがこぼれる。

 そういう彼のある種のこだわらなさは、柚にはなんとなく好ましく感じられる。

 加えて思い起こされるのは、“幽霊屋敷”の中で、先導するように歩く彼の背中。

 その背が見た目以上に広く、そしてたくましいことを、彼女は直に触れ、知っていて――


 ぱあんっ!


「ひゃっ?! ちょ、どしたのさっちゃんッ?」

「顔、痛くない?」

「……ぅん、ちょっといたひ」


 変な気持ちになりそうな頭を、柚は思い切り縦に振る。

 その結果顔面が、湯面に強かに打ちつけられた。その音に驚き寄ってくる親友二人へ、やおら顔を上げ心配いらないと返そうとし、けれども結局、彼女の口から出たのは素直な感想。

 それから覗きこむような暁未の顔を、なんとなく見やる柚。

 暁未もまた、ん? と小首を傾げそれを見返す。

 同性から見ても惚れ惚れする容貌。そこに浮かぶ表情は、いつもと変わらないように見える。


(どーだろ? 抱きついたり、おんぶしてもらったり、気にしてないはずないけど……)


 好きな人に別の子がくっついているのを見て、平気でいられるはずはない。

 少なくとも逆の立場だったら、胸がちくちくするだろうと今の柚なら思える。

 けれどもたとえ平気でなくとも、はたして暁未がそれをはっきりと表に出すだろうか。

 その性格を考えると、我慢して自分を抑えこんでいる可能性はおおいにありえる。


「さっちゃん?」

「な、なんでもないっ。――あー、そろそろ上がろか?」

「そだね。ちょっと火照ってきた」


 柚のはぐらかし気味な一言をきっかけに、銘々湯から上がる三人。

 そうして脱衣所へと向かいつつ、考える。

 とにかく、話さないわけにはいかないだろう。

 このまま黙っているのは、きっとお互いのためにならない。


(――それはわかってるけどっ、やっぱこわい! かもッ)


 これまで隠し事らしい隠し事もなく過ごしてきた親友に、

 本心を、しかも恋心をさらすことになろうとは……

 どうにかしないとと思いつつ、そんな懊悩にもさいなまれる柚だった。




   ■




「よっしゃー! 今日はハジケるぞーッ!!」

「今日“も”じゃねえのか」


 既視感のある乗りで海へとそう叫ぶのは、古幸。

 旅行最終日。一同浜辺へくり出して、締めの海水浴。

 天気もあつらえたかのような快晴で……結局この三日間、本当に一度も崩れなかったな天候。たいしたもんだ、晴れ女。拝んだら御利益とかあるだろうか。


 その晴れ女こと古幸だが、昨夜の“幽霊屋敷”でのことを、しらばっくれた俺に合わせて黙ってくれているのは、少し意外か。性格的に、もっと面白おかしく騒ぎ立てそうな印象があるが、案外それは俺の見くびりだったのかもしれない。


「……な、なにかな久坂君ッ、ヒトのことじっと見て!」

「や、水着も見納めかと思うと、名残惜しいもんだな、と」

「――!?」


 知らず見ていたのが当人にばれたので、誤魔化しがてら適当な軽口。

 ところが返ってきたのは、妙に大袈裟な反応。精々が「なーに言ってんのッ」とか「ふふーん、そーでしょう!」みたいに乗ってくるだろうと思っていたのが、跳びはねるような硬直のあと、


「ぅ、ぇ、そ、そぅ……」


 聞き取れるかどうかくらいの小声で、それだけ。

 なんかこれ、俺がセクハラしてすべった感じになってないか?

 いや思い返せばたしかに寒かったかもしれない。反省。

 ふと、


「……っ」


 すすっ、という感じで視界に入ってきたのは喜連川。

 なにかを訴えるような上目遣いで、じっと見つめてくる。

 やや前屈みの、あたかも胸元を強調するような姿勢。加えて距離感も、常より気持ち近いような。


「ん゛んっ! ――い、いつまでもここにいないで、早く泳ぎに行かないか?」


 割りこむような咳払いとともに、賀集が皆にそう促す。

 もっともな申し出に当然一同否はなく、かくして銘々、波打ち際まで歩いていく――




  ~~~




 なんやかんやあった旅行から帰ってきた、その翌日。


 ひさしぶりに俺は、例の廃工場へとやって来ていた。

 その目的は当然、旅先で上がったレベルによって覚えた力の、試用と検証。

 しかしあらためて、ずいぶんな上がりようだな、などと表示させたボードを前に思う。考えてみれば、旅行に行く前と後では倍の上昇だ。前々から感じていたが、どうも上がり方が急というか、速すぎやしないか。少なくとも、こんな極端なレベル上昇のゲームは、普通ないのではないか。別に不都合もないし、どうでもいいといえばそうだが。


 力の検証に意識を戻す。magicもspecialもまたずいぶんな増えようで、どこから手をつけようか迷いかねないほどだが……

 じつは、まずはこれを試そうと、覚えた時から決めていたものがある。


「〔結界〕」


 この魔法は、直方体状に展開できる“領域”である。

 その境界面では、俺が任意に選んだものなどの出入りを制限することができる。

 単純に〔結界〕内に他人を入らせないことも出来るし、あるいは〔結界〕の外から俺の姿を見えなくするのも可能。もちろん、音を内外で遮断することも。

 つまり人目を忍ぶのに、これ以上都合のいい魔法はない。

 これを使っておけば、ここでの俺の行為はまず他人に露見しなくなるだろう。


 ともあれ〔結界〕は、廃工場内のいつもの場所、廃屋に囲まれた空き地をほぼ占める形で展開される。そこに設ける制限は、ひとまず上記で挙がった三つでいいか。


 さて次はなにを試そうか、とボードに視線を落とし、

 違和感。

 半透明のボードの先、なにかが視界に入る。

 顔を上げそちら、前方数メートル先に焦点を合わせれば、


「――やっと繋がった。はじめまして。久坂厳児くん」


 見覚えのない、奇妙な格好の奴が、そこに立っていた。

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