表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/85

恨みの根っこ


 ともあれ、一階左廊下、一番端のドア。

 久坂が無言で手をかけノブをひねれば、はたしてそこは問題なく開き――


「……」

「ッ……暗い、ね」


 その向こうは、無明。

 いや、よく見れば階段が下へと続いているらしいが、数段より先はまったくの闇に呑まれている。


「電気のスイッチ……は、あるわけないよね」

「いやあるだろ、懐中電灯」

「おっとそうだった」


 ドア付近を手探ろうとしたところで、久坂に指摘され気づく柚。小型だがなかなか強力な懐中電灯――肝だめしのために用意し、この状況下でも手放してはいなかったそれは、しかし屋敷全体がなぜか薄明るいおかげで、今まで用をなさなかったもの。

 早速とばかりにスイッチを入れ、ドアの先へと向ける柚。

 が、


「!? 光が……」


 電灯が階段を照らすことはなく、

 その光はまるで暗闇に吸いこまれるかのように、ドアの少し先で途切れてしまう。


「またなんつうか、つくづく超常現象だな」


 隣で感心したように、いやむしろ呆れたように呟く久坂。本当に徹頭徹尾動じない男の子だが、それがやはりこの状況下では頼もしくもあり、自分ばかり動揺しているようで少し憎らしくもあり。

 いきなり抱きついたりなんかしたらさすがに動揺するかな? などと、

 ちょっぴりよこしまなことも考えつつ、柚が横目で彼を見やれば、


「……ん? なあおい、あそこ、なんか見えねえ?」


 不意にそんなことを言いつつ、暗闇の奥を指差している。

 少し距離が縮まったことにややどぎまぎしつつ、その指の先へ目を凝らす柚。

 けれども見えるのは、ただの暗闇。視力はいい方なのになあ、とさらにそちらを注視すれば、


「うわ!?」


 直後、急に明るくなる目の前。

 それこそ蛍光灯でも点けたかのような変化に、彼女は思わず声を上げてしまう。

 そうして見えたドアの先は、案の定下りの階段。

 さらに先には短い廊下が続き、その突き当り左の壁にはまたドアがあるらしい。

 けどどうして急に明るくなんて……などと思いつつ視線を巡らせれば、

 目に留まったのは天井。

 そこにはまさしく照明のように、白く光る球がいつの間にか浮いていた。

 ふわふわと。


「……なに、あれ」


 また思わず、という感じで柚は呟く。

 ぱっと見それは、ただの照明のよう。

 しかしその実コードも支えもなく、本当にただ浮いているようにしか見えない。

 もう何度目かという不思議現象。そのたび彼女は動揺したり唖然としたりしてしまうのだが、


「さあ? けど好都合だろ」


 久坂の方は、やはり相変わらず。

 軽く流して先へ進もうとしてしまう。


(まあたしかに、いまさら驚くことでもないかもだけど……)


 外へ出られないことや幻覚なんかよりは、少なくともだいぶ穏当な現象。むしろ彼の言うように都合はよく、暁未の状態も鑑みれば、うかうかしている場合でないのは確か。

 そう思いなおし、柚もまた久坂のあとに続こうとし、


(……そういえばドア開けたのに、幻覚見なかったな)


 ふと遅まきながらそのことに思い至った、

 その矢先。




  ~~~




 どうして?


 どうして、こんなことになったの?


 彼に突き飛ばされ、廊下の床に這いつくばったわたくし。


 そんなわたくしを、冷ややかな目で見下ろした彼と、その友人たち。


 そして彼に抱き寄せられ、寄り添っていた彼女。


 あたかも悲劇のヒロインのように、その両目に涙を湛えていた、彼女。


 どうして?


 いったいなにが起きたのかと、混乱するわたくしに、


 しらばくれるなと言わんばかりに、その理由を語ったのは彼。


 いわく、


 自分たちの目の届かないところで、わたくしが彼女に酷い仕打ちをしていたのだと。


 傍目には仲睦まじくふるまいながら、


 しかしその裏で、わたくしは彼女を、憂さを晴らすための道具として扱っていたのだろう、と。


 これがその証拠だ、と、


 彼は彼女の袖をまくり上げ、


 その下から覗いたのは、うっすらと残る火傷の痕。


 けれどもわたくしは、混乱を増すばかり。


 だってそれは、


 料理を教わったあの日、貴女自身がうっかりつけた傷跡ではないの?


 そう思って彼女の顔を見た、その瞬間、


 わたくしは悟ってしまう。


 嵌められた。


 彼女の方こそが、笑顔の裏でわたくしを陥れようと企んでいた。


 その口元に一瞬、かすかに浮かんだ暗い笑みを見て、


 わたくしはそれを思い知り、まるで魂が抜けたかのように脱力し、うなだれた……




 それからどうやって帰ってきたのか、よく覚えていない。


 学校の廊下で起こった断罪劇。


 はたから見ればきっと滑稽だっただろう、悲劇。


 失意のまま幽鬼のように歩き、


 我が家へ続く林道に差しかかったのに、ぼんやりと気づいた時。


 不意に、


 藪から現れる数人の男。


 わけもわからぬまま木陰に引きずりこまれ、その場に引き倒される。


 取り囲まれ、のしかかられ、


 いたい。


 やめて。


 いたい。


 きもちわるい。


 いたいいたいいたいたいたいいたい。


 どうして?


 どうしてこんな、ひどいことをするの?


 どうしてこんなことになったの?


 ふいに、


 かのじょと、そしてかれのなが、


 おとこたちのくちからもれきこえたようなきがした。


 ならばこの、いたくてきもちわるくてひどいしうちも、


 かのじょと、かれらのせい?


 どうして?


 どうして?


 どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてころしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして?




 ゆるさない。




   ■




 出し抜けに、かん高い悲鳴。


 背後の古幸が上げたものだととっさに気づけないほど、それは常軌を逸した響きで。

 なんだどうしたと、俺が振り向くのと同時に、


「――ッ!」


 不意打ちのように、

 必死の形相で、古幸が抱きついてくる。


 ぶるぶると、全身が震えている。

 密着されるとあらためてわかるのは、その小柄さ。

 下りの階段を先行していたせいか、しかし今は互いの頭がほぼ同じ高さにある。

 真横の、耳元に聞こえる、すすり泣くような音。

 いや実際、泣いているのか。


 先程話に聞いた、幻覚とやらでも見たのだろうか。一見幸せそうで、なんとなく不穏な感じ、だったか。先に穏やかな場面を続けて一気に落とすとか、ホラーならたしかにありえそうな趣向ではある。

 つまり明らかな意図をもって、この元凶は古幸に幻覚を見せている。


 かちゃり、と。

 背後で聞こえる四度目の音。


 先に見えていた扉が、開いた音に違いないだろう。

 そして【警戒】の感覚からして、元凶はおそらくそのすぐ向こう。

 ひとまずそちらへ向こうべく、古幸をひっぺがそうとしたのだが、


「~~ッ」


 いやいやをするように抵抗された。

 もちろん力ずくならば、振りほどくこと自体は簡単。


「だめ……行っちゃ駄目だよ久坂君ッ……そっちにいるの本当に、あぶないやつだから……!」


 けどそうする前に、古幸が発したのは警告。

 消え入りそうなその声は、耳元で囁かれていなければ聞き取れなかっただろう。


「……流れこんできたの。アタシの中に、あの人の思いと、苦しみ……。……痛くて、酷くて、っあんな目に遭って、すべてを恨んで、壊れて、閉じこめられて……あそこに行ったら久坂君も、きっと同じ、ううん、もっとずっと、酷い目に遭う――」


 俺を行かせまいと、必死に言葉を紡ぐ彼女。

 必死さゆえか、縋りつく腕にも徐々に力が込められ――




『――こんな、ふうにッ!!!』




 かと思いきや、いきなり動き、その両手が俺の首に回る。

 ぎりぎりと、締め上げるように。


『し、ししししね! わたくしをくるしめるものっ、みなみなみなみな――っ!!』

「……」


 変声機でも使ったかのような声音の古幸。

 眼前には憎悪に満ちたような形相。

 普段ならまずお目にかかれないだろうその表情は、まるでなにかに取り憑かれたかのよう。

 ……というか【見る】と本当に“cond:憑依”となっている。

 乙女にあるまじき悪鬼の形相で、俺の首を締め上げにかかる祟られ古幸。

 しかし、


『――ッ? なに? この……まるたみたいなかたさは――っ!?』


 じつは現状、まったく苦しくない。理由は単純に力不足だろう。

 もっとあけすけにいえば、ステータスの差か。両手指を必死に食いこませようとしている古幸は、おそらく悪霊(?)によって肉体の限界以上の力を引き出されているのだろうとは思われる。

 しかしそれでも、俺の首を締め上げるには全然足りていない。やあ、つくづく人間離れしたなあと、しみじみ思ったり。


『ぐっ、うぅ……っ、なぜっ? どうしてッ?! どうしてどうしてどうしてなぜわたくしのちからもこのおもいも、あなたにはとどかないのぉっ――!!』


 憎悪の形相に混じりだすのは悲嘆。

 そこには俺に無関係かつどうでもいい事情が、なにやら垣間見えるような気もするが。


『――くぅっ!』


 不意に口惜しそうな呻きとともに、首にかかっていた力がゆるむ。


「――っ」

「っと」


 どうやら古幸は気を失ったらしく、両手どころか全身脱力しこちらにしなだれかかってくる。

 それを抱きとめ、そのまましゃがみひとまず階段に座らせておく。ごく控えめと思っていたが、正面から密着すると案外柔らかいのだな、などと余計な理解も得つつ。


「さて」


 ふり返るのは階段の先。首絞めと同時に古幸に重なっていた【警戒】の感じが、今はあの扉の向こうへと引っこんだ感じになった。

 つまりそこに、間違いなくいるのだろう。

 この出来の悪いホラーもののような状況の、元凶が。

厳児(あれこいつ今ノーブラ……?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ