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夏祭り、宵かがり


 旅館を出てしばし、海を背にして坂を上る。祭りの会場である神社へと続く道だ。

 次第に聞こえだす囃子の音。見上げればほの赤い提灯の列。

 やがて見えてくる石段と鳥居。手前の道には夜店が立ち並び、いかにも祭りだなあという光景。


「んふー、やっぱワクワクするよねえこの雰囲気! よっし見てまわろーッ、たこ焼きとりんご飴は外せないよねぇ絶対!」


 やはりという感じで音頭を取る古幸に続き、そちらへ近づいていく一同。

 俺もまた最後尾を行きつつ、周囲を見やる。

 大盛況! ……というほどの人の入りはない。内訳は年寄りか子供同士か小さい子連れの三択という感じで、同年代はそれこそ俺らくらいのもの。けど観光として売り出していない地元の祭りなら、こんなものなのだろうか。もちろん人込みなどないに越したことはないので、否やはない。


『――たびたびやんちゃする連中も現れるから、一応見回りなんかもするんだがね。ハハッ、やあ、腕っぷしなら自分より兄さんのが強いんだがなぁ……』


 そんな風に言っていた志条叔父以下大人組は、祭りの運営側に駆り出されているため今は同行していない。あの強面なら相当の抑止力だろうとは思うが……なんかどちらかというと、台詞の後半の方が少し気になるような。

 ……というか今ふと思ったが、昨夜の全裸団がその“やんちゃする連中”ではなかろうか。


(まあいいか)


 たいした問題でもないかと考え直し、あらためて前方に意識を向ける。

 楽しげに夜店を見てまわる、五人の浴衣姿の器量良し。時折、店の人間やすれ違う見物客に声をかけられているのは、以前から祭りにも訪れていて、顔見知りなのだろう。娘息子か孫か、そんな風に扱われているように見受けられる。


「お! ごぶさただねぇ、条穣館(じょうじょうかん)とこの子供らか!」

「やほー射的屋のおっちゃんもおひさー!」


 例によって呼びかけられた射的屋の前で、古幸が立ち止まる。ちなみに条穣館というのは、世話になっているあの旅館の名前だ。

 「やってくかい?」と訊ねられ、勇んだ調子で「もちろん!」と頷く古幸。


「よしきた! あそこのダンナにゃ世話んなってるし、どれ、一発おまけだ」

「おーありがとおっちゃん! 大将にも感謝だー」


 返事を受け、店主が差し出した射的用の弾は七発。

 それを見た古幸が、射的の小銃を手に礼とともに笑顔を返す。


「――ここまでお膳立てされたらやるっきゃないよねッ。……ふっふっふ、今日こそアタシは、キミを打ち落とすッ!!」


 そして不敵な笑みと共に、彼女が銃口を突きつけたのは、


 最上段中央に鎮座した、巨大な招き猫。

 その大きさは、ちょっとした乳児ほど。

 いや無理だろ物理的に。


「つかあれ景品か?」

「一応やりようによっては……落ちないこともないぜ兄ちゃん!」

「ほらおっちゃんもこう言ってる! ――ふふん、心配なさんな久坂君! 今宵の古幸柚は一味も二味も違うぜッ!」


 至極当然な疑問を口にすれば、店主から返ってきたのはやや玉虫色な答え。

 それを受け、我が意を得たりとばかりの古幸。別に欠片も心配しちゃいないがと思いつつ、祭りにあてられたのか妙な乗りになっている彼女を眺めるともなしにする。


「――しからば見よ! これがアタシの真骨頂!!」


 そうして古幸は意気も盛んに射的に臨み――


「…………とうとう限界みてぇだ」


 瞬く間に弾丸は、最後の一発に。

 彼女の名誉のために一応補足するが、六発が六発とも、獲物である招き猫には当たっていた。ただその六発のことごとくで、獲物は小揺るぎもしなかったというだけ。

 もう一度いうが、無理だろ物理的に。


「はっはっは、まあしゃあねぇ! 今までこいつを落としたのはホラ、あのダンナのお兄ちゃんだけだからよ」

何者(なにもん)だよお前んちの親父」

「ふふん」


 案の定という感じで笑う店主。

 またぞろ気になる台詞についぼやく俺に、得意顔で胸張ってみせる話に出た人物の娘。


「ちぇー、仕方ない。戦果ゼロもあれだし、このお菓子一つ取って終わりにしよ」

「当てるは当てるんだな」


 古幸もまたぼやき、そうしながら事も無げに手近な的を撃ち倒してしまう。始めからそうして常識的な的だけ狙っていれば景品七つも堅かったのではないかと、こちらに突き出された形になっている彼女の尻を眺めながら思う。


「久坂もやったらどうだ? 射的」

「俺?」

「ああ、久坂ならなんか、予想外の戦果挙げそうな感じするな。これまでの傾向的に……」


 ふと横合いから大滝に投げかけられ、逆側から賀集にもそんな風に評される。

 まあ確かに俺ならば、【鹿音】と【倍支繰】を駆使すれば可能だろう。……そういえば【倍支繰】は、なんか【鍬鑼振】とかいうのに変化してたんだったか。変化はもちろん鮫頭殺害でのレベル上昇時。“覚えた”感覚によれば、威力倍率の上限が二倍から四倍になったとか。読み方はこれ……quadrupleなんだろうか。だからなんで当て字?

 ……ともあれ、specialを使えばあの出鱈目なでかさの招き猫でも落ちるだろう。


(でもまあそりゃ、ずるだよな)


 しかしこういう祭りの場でそんな不正を働くのも、なんというか風情がない。これもやはり人殺しがなにを今更な話だが……あるいは人殺しだからこそ、せめて他のところではきちっとしておきたいとか、

 そんな殊勝な考えが、とくにあるわけでもないけれど。


「やらないの? 久坂君」


 なにやら喜連川までもがこちらへほのかに期待を込めた視線を送ってはいるが、


「……遠慮しとく。そもそも俺ノーコンだしな」


 そう言って俺は、ひらひらと手を振っておく。

 ちなみにノーコンというのは本当。レベルの力がなければ人並以上に不器用なのだ、もともとは。






 その後もいくつか夜店を梯子し、そこそこの時間が経過。

 一旦休憩でもしようという話になり、現在神社の境内へ続く石段を上っている途中。

 終始楽しげな五人をぼんやり見上げつつ、やはり最後尾について上る俺。

 石段の左右に連なる提灯の明かりが、まさに青春といった連中を煌々と照らしている。


「――……」


 ふと振り返った喜連川が、目が合うなりこちらへと微笑みかける。

 明かりの加減か普段より色香を増したようにも見える彼女。

 手にしているのが兎型の鼈甲飴でも、それはそれで絵になっている。


 どうなんだろうな、と思う。

 先程からああして、喜連川はちょくちょくこちらを振り向いてははにかんでみせる。たんに祭りが楽しいからそうしているにしては、やはり少々頻度が高い。

 どころか今に限らず、彼女の挙動は以前からやや不審だ。気づけばこちらを気にしているし、向こうから話しかけてくる機会も増えている。その際の距離感も、やや近いような。


 契機はやはり、あの六月の一件か。

 明らかに異常とわかる力を、人前で初めて振るった日。

 その目撃者のうち、普段から顔を合わせる機会のある唯一の人物。


 喜連川暁未。


 興味本位か。あるいはもっと他の理由か。

 どちらにせよ、彼女が俺を特別視しているのは明らか、か。


(だからって、どうするわけでもねえけどな)


 鼻から溜息を吹いて、思う。

 もともと俺には、他人にこう思われたからこうしよう、という意識が根っこから欠けている。それは相手がすこぶるつきの美人さんだとしても、どうも変わらないらしく。

 そもそも変な力についてはまだしも、

 人殺しの事実まで話すわけにもいくまい。

 どの道偽らざるをえない事柄なら、最初からなにも話さない方が無難だ。


 などと考えつつ石段を上りきる。

 振り返る眼下には祭りの明かりと宵の海。

 昨日も思ったが、夜の海はやや化け物じみてて不気味だ。


 とりあえずお参りしておこうという話になり、境内脇に設置されたベンチへ、夜店で買い込んだ荷物を一旦置きに行く。それから拝殿へ向かい、先頭の古幸が代表して鈴を鳴らし、銘々賽銭を放って手を合わせる。……作法が正しいのかどうか少し気になったが、気にしないことにした。


(神様、か)


 とくに祈ることもないので、軽く考え事などを。レベルだのなんだののおかしなことがある以上、神とかが実在していてもさして不思議はないかもしれない。

 あるいはこのレベルが上がる現象こそ、神の(たも)うたものだとか。

 だったとしても、たからどうしたという話か。


 ベンチへ戻り、並んで座って休憩。

 同時に各々、先程買った屋台物に手をつけ始める。今日はこれが夕食代わりとなるのだろう。

 俺もまた、手元の焼きそばに取りかかる。固まりがちな麺を割り箸でやや強引に解し一口啜れば――うん。そう、求めていたのはこの安っぽさ。これでこそ出来たてを避けて、わざわざ作り置きを選んだ甲斐があるというもの。

 他の面子も粉ものなど、腹にたまりそうな物を各自見繕っているようだ。隣の喜連川が持ってるのは……アメリカンドッグ、か? の割にはなんか表面がごつごつと……あ、伸びた。ああチーズか。そういうのもあるのか。などと見ていたら目が合い、恥ずかしそうにされる。

 そんな感じで、時折雑談なども交えつつ、

 各自の食い物が粗方片づいたころ、


「――そうそう! さっき階段上ってた時にさ、」


 ふと古幸が一つ、持ち出してきた話題。


「チラッと見えたんだよね。ほら、あっちの方の丘の上の」

「……もしかしてあの“幽霊屋敷”か?」

「そうそれ!」


 彼女が指差した先を見て、賀集以下が「ああ」という顔をする。

 唯一なんのことかわからない俺への、皆の説明によれば、

 まあなんのことはない。ここの近所に、昔から地元でそう呼ばれている古い洋館があるという話。かつてその噂を聞きつけた幼い頃の古幸らは、“探検”と称して一度そこへ這入ったことがあるのだそうな。


「あの時は昼間だったし、ちょっと不気味だけどただの古い建物だねーで終わったけど……」


 そう言った古幸は、それから少しいたずらっぽい表情を浮かべ、


「……ね、ちょっと行ってみない? 今からさッ」


 そんな提案を、皆に投げかける。

またまた感想いただきました。どうもです。

各話ごとの感想コーナー(?)なんてできたんですねえ……。


22/05/13 誤字を修正

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[良い点] ランキングから。面白いです続きも楽しませてもらいます! [気になる点] >俺もまた、手元の焼きそばに取りかかる。固まりがちな【面】を割り箸でやや強引に解し一口啜れば 麺の誤字?
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