アイテムドロップ
今の行動を、一応おさらい。
鮫頭が大技を出す兆候。
それを見てとった俺が思いついたのは、〔仮初〕を使った変わり身。
しかしただ〔仮初〕を出すだけでは、どちらが本体か一発でばれてしまう。先に使った〔暗闇〕の効果時間もまだ切れていなかったので、視界を奪う方法も取れず。
なので相手の目を隠すのではなく、自分が隠れることにした。まだ発動中だった〔暗闇〕領域へ自らが飛び込み、その中で〔仮初〕を発動。加えて〔影無〕を自分にかけ、姿も消しつつ。
ところで、魔法を連続で使用する際、次の魔法との間には時間に若干の空白が生じてしまう。
つまり〔暗闇〕を通過する一瞬に二つの魔法を使用することは、通常なら出来ない。
その問題を解決させるために、俺は【次連魔】のspecialを併用した。
【次連魔】――SPを消費し魔法を連続で、というか続く魔法をほぼ“同時に発動できる”力。
これがなければ、あの手品めいた入れ替わりは成立しなかった。
ちなみに【次連魔】を使うと、〔暗闇〕や〔仮初〕といった通常一つしか発動させておけない魔法を複数展開することもできる。今夜は俺とお前とお前とお前と……これはもういいか。とにかくそんな真似も出来なくはないが、SP消費の問題があるので、実際に出せる〔仮初〕の数はせいぜい五体が限界だ。
ともあれ、そんな感じで洞の天面へ逃れた俺が狙い定めたのは、鮫頭の首。奴さん猫背気味だったので、上から刺すにはちょうどよかった。
その際発動した必中の特殊能力――【鹿音】の方の説明は省くとして。
もう一つ使った力、【倍支繰】。
こちらの効果は“攻撃威力を二倍にする”というもの。単純かつ強力……なのはいいんだが、この名称はなんというか、どうなんだ? なぜbicycle? なぜ当て字?
なんにせよ、俺の素の攻撃力――ATKに槍の鋭さ、落下の勢いにさらに【倍支繰】を加え、
このとおり、鮫頭の太く筋張った首を、見事両断せしめることに成功した。
一つ補足。強力な【倍支繰】ではあるが、その効果はmagicにまでは対応していない。
適応されるのはあくまで体を使った攻撃で、この点は【鹿音】とも共通か。
「……?」
と、鮫の頭が落ちてから少し経ったわけだが、違和感。
「消えねえな、死体」
遺体の消える例の現象が、なぜだか起こらない。
そのせいで返り血を浴びた体が生臭いままで……いやそれはひとまず置くとして。
倒れた鮫人間めいた胴体の方を、【見る】
〈???の胴体_ 肉は可食だが毒抜きが必要 かつ大味 HP100回復 追加cond:毒〉
「なんの説明だ」
出てきた情報に思わずつっこみ。食えってか。嫌だよ。
……いや、というかこれまさか、以前のスタンガンやこの槍と同じ“持ち物が消えない現象”の範疇なのか? それは少し、困る……いや困らないか? ここからさくっと逃げて知らんふりすれば、俺の所業とはばれないだろうし……
いや、違う。
まだあの、お馴染みの脳内音声が鳴っていない。
つまりレベルは上がっておらず、
鮫頭はまだ、死んではいない?
「……なるほど」
〈name:??? class:大喰 cond:胴喪失 Lv:?? HP: ???〉
少し歩いて鮫の頭の方を【見る】で確認すれば、案の定。
加えて観察すれば目が動きこちらを捉えているし、頭についた磯巾着部分も触腕をうねうねと動かしていて……あらためて見ると気持ち悪いなこれ。
「~~~!」
「うおっと」
不意に触腕がみよんと伸びて、こちらを捕らえようとする。
思わず飛び退いたが、そうしなくても俺に届くほど伸びることは、もともと出来ないようで。
「案外こいつが本体なんかね」
磯巾着部分を見やりつつ、独り言。
それから槍を〔収納〕しつつ、そちらへ手をかざす。
別に突っついてもいいが、近寄らないに越したことはなかろう。
「出来ればMP尽きる前に終わってくれ」
「――~~~~!?」
などと期待を込めつつ、俺は鮫の頭へと魔法を叩き込み続け――
てててててててててててててててててててててててててててーんてててんてんてーん
〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レベルがあがりました〉
――status――
name:久坂 厳児
age:15 sex:M
class:―
cond:通常
Lv:67
EXP:2278 NXT:67
HP: 391/ 391
MP: 179/ 179
ATK:460
DEF:340
TEC:172
SOR:448
AGL:390
LUC:Normal
SP: 2278/ 2278
――magic――
〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕
〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕
〔医療〕〔守護〕〔障壁〕〔衝撃〕〔影無〕〔幻奏〕
〔悠揚〕〔光彩〕〔放棄〕〔魔玉〕〔幻影〕〔暗闇〕
〔天恩〕〔示現〕〔曝露〕〔吸魔〕〔影縫〕〔魔封〕
〔蘇生〕〔極光〕〔城塞〕〔即死〕〔隕星〕〔業寄〕
〔仮初〕〔製薬〕〔注入〕〔収納〕〔念動〕〔鈍速〕
〔獣化〕〔読心〕〔錬魔〕〔入替〕〔歩加〕〔不動〕
〔陰陽〕〔忘却〕〔反転〕〔転移〕〔結界〕〔倍速〕
――special――
【防御】【回避】
【鹿音】【鍬鑼振】
【手加減】
【広域化】【次連魔】【三倍座】
【精霊召喚】
【警戒】
【挑発】【威圧】
【見る】
【マッパー】【マーカー】
「おおう……」
最終的に、ぐずぐずになって消えた鮫頭。
同時に響いたかつてない大音声で、思わず苦悶に顔が歪む。
脳内音声だから鼓膜とかには影響ないはずだけど……こう、うん。頭痛がしそう。
「ステータスもまあ、えらいことになってんな。あらためて」
気をとりなおす意味でもボードに視線を注ぎ、独り言。数値も覚えた力も、最初の頃と比べたらだいぶ大仰になったもんだ。いくつか気になる箇所もあるが、
「ひとまず出るか」
そう思う。鮫頭とのどんぱちにそこまで時間もかかってないだろうが、あまり遅いと外の連中にも余計な迷惑になるだろう。用もない場所に長居する理由もないし……
と、
「……なんだ?」
妙な感覚。
そこら中がぐにゃりと歪んだような、
と思えば今度は、ぱらぱらと上からなにかが降ってきて……
「あれえもしかして、崩れる?」
そう勘づいた瞬間、
壁面が、天面が、岩盤が、
洞全体が一気に崩れ、瓦礫が俺へと殺到し――
「――なんつって、な?」
気づけばお天道さんの下にいた。
「いやなんもないんか」
拍子抜けし一人つっこみつつ、視線を巡らす。
先程までいた洞穴はどこへやら、周囲は海辺の岩場といった風情に様変わり。ごつごつした岩面のところどころには潮だまりと、間違っても裸足で踏み入るような場所ではない。砂地や滑らかな岩ばかりだった洞内は、思えばかなり足の裏に優しい環境だったな。
「……場所自体は変わってねえのか」
どうもどこかに転移させられたとかではないらしい。【マッパー】がしめす現在地はたしかに先程まで洞があった場所で、つまりあの場所が、今の岩場に置き換わった。
というよりもともとが“こう”なのだろう。あの洞は鮫頭がなんらかの力で作った別空間のようなもの。その主が死んで、力も解けた。そんなところか。
【マッパー】での表示も例の黒いやつではなく、地形をしめす普通のものに。
それを確認し一人頷いたところで、
「――っ」
不意のまぶしさ。どうも岩場の中央付近で、なにかが光を反射したらしい。
気になってそちらへ……痛て痛て。やっぱ裸足に優しくねえなここ。
「なんじゃこら」
そうして屈んで見つけたものに、思わず声を上げる。
見た目の印象は、ナイフ。取っ手があり、その先は刃のようになっている。
しかしその意匠はなんというか、独特。魚の骨や歯をひとまとめにして捩じ上げ、無理矢理ナイフの形に仕立てたような。あと全体的な形状がどうにも、鮫っぽい。
もしやと思い、【見る】
〈鮫歯刃_ ???の力の具象 水の魔力を秘める ARM:44 属性:水〉
「なんとまあ……」
思わず嘆息。
これはもう、スタンガンとか目じゃないくらいに“ドロップアイテム”だな。明らかな。
本当に、ますますもってゲームじみてきているというか。
「――いたいた! おーい君! そんなとこ入ったら危ないぞ! ……っていうかどこから上がったんだ? いったい」
「おっと」
不意に下方から、大きな呼び声。
声の主は、浜辺にいたライフセーバーっぽいお兄さん。口ぶりからすると、もしかしなくとも俺は探されていたのだろうか。
ひとまず拾い物を後ろ手にしつつ、〔収納〕
「すみません、すぐ下ります」
「うわあちょっと! 飛び込むなって!」
それからぽんと跳び、数メートル落ち着水。
一応危なくないようにと、お兄さんからは離れた位置に跳んだが、
案の定というか、しっかり叱られましたとさ。
ちなみに胴体の方は、本体を殺す前に入手しないと、遺体として消える仕様のようです。




