“切り裂きキラー”情熱系
◆
「ゲハッ! ……――」
室内の最後のごろつきの始末を終え、座間は一人ひそかに溜息をつく。
現在彼とその仲間がいるのは、一軒のクラブの店内。といっても店員などは控えておらず、その代わりでもないだろうが、ガラの悪い連中の溜まり場と化していた。
もっともそれらも、最後の一人がたった今消えたところだが。
“兵士”、座間要平。特殊な力を使うことなく、一ダースほどのごろつきをものの数分程度で殲滅せしめた、“車座”きっての武闘派である。
(休業、というよりは貸し切りなんだろうな。貸切ったのはもちろん――)
店の奥、“VIPルーム”と書かれた扉を、座間は見やる。自分達の標的がいるのは、おそらくその向こう。先程までここにたむろしていたごろつきには、見張りの役割もあったのだろう。
「あの、大丈夫ですか? もし怪我などあれば――」
「問題ない。そちらに逃がした奴はいなかったよな?」
「ええ、何事もなく。私も……霧さんも」
ごろつき共が逃げ出さぬよう店の入り口を抑えさせていた瑞野が、こちらへと歩み寄ってくる。
座間に応じながらちらりと彼女が見やった先、店の入り口のドアから佐々井が顔を出し、それから店内に入ってくる。“Lv:2”である佐々井はほぼ一般人と変わらないので、念のため店の外に待機させておいたのだ。
(本来は連れてくるべきでもないんだろうが……)
苦い思いを頭を振って誤魔化す座間。
事前の打ち合わせの時、彼は万一を考え佐々井は待機させてはどうかと提案していた。“未来の運勢を知る”彼女の力は有用かつ替えの利かないもの。それがなくとも、中学に上がったばかりの子供をこんな場に連れ出すべきだとは思えなかった。
『私も行きます。でないと意味がないから』
しかし当人は、思いの外そう強く要望した。六人の中で最も加入から日が浅く、その短い間でもほとんど自己主張をしなかった佐々井。そんな彼女が初めてはっきり告げた意思を、“指揮官”である車東も無下にはできず。座間もまた、それ以上の否は言えなかった。
「……」
無言で近くまで寄ってくる佐々井。相も変わらず、感情の読めない無表情と無言。先程の、人間が一方的に鏖殺される光景も見ていたはずだが、それに対してもなにも思うところがないかのよう。
それにしても、ついて行くと言ったわりに特段なにをする様子もないのが、座間は少し気になる。隅でおとなしくしてくれるのは彼としても助かるが、であれば彼女はいったいなんのために同行しているのか。
自分は戦力として。瑞野は仇討ちのため。
佐々井にもまた、自身の担う役割があるのか。その可能性を“視た”から、ここにいるのか。
「どうしました? 座間さん」
「――いや、悪い。ぼうっとしている場合じゃないな」
瑞野に呼びかけられ、座間は余計な考えを打ち消す。
自分のclassは“兵士”。
今はただ、与えられた任を遂行すればいい。考えごとは、後でも出来る。
そう切り替え、あらためて部屋の奥の扉へ目を向け、
不意に耳に届く、ドアノブをひねる音。
部屋の奥のものではない。その方向は、入り口側。
「!」
座間の反応は素早く、即座に二人を背後に庇う位置へ。
「――」
ゆっくりと開くドア。そこから姿を現したのは――
■
アーケード街裏通りの、いかにもいかがわしい感じの雑居ビルの前へと、俺はたどり着く。
【マーカー】をつけた対象のほとんどが、現在この中に集まっているようだ。
うち四つの赤い印は、喜連川達をしめす。覚えた翌日になんとなく使い、以降そのままだったやつだ。一つだけ住宅街方向ということは、五人のうち誰かは巻きこまれずに帰ったのだろうか。
残りのうち三つは“車座”を示す黄色。本来は張りつき始めのころ六人全員につけたのだが、うち三人は死んだので解除された。不可解なのは、現在うち一つが灰色と化していること。
そしてもう一人、緑色の【マーカー】をつけた対象も、建物内にいるようだ。
ちなみに色分けはたんなる切り替え順で、色自体にとくに意味はない。
見たところ、雑居ビルに入っているのは一店舗だけ。入り口前に出ている看板は、その店が地階にあることをしめしている。入り口には入ってすぐに、そこへと通じる階段が下りている。
【マッパー】では上下の位置関係まではわからない。しかし皆が地階にいるのはなんとなくわかる。【マーカー】付与対象は、ある程度まで近づけばその位置を感知できるからだ。感知範囲はおそらく、【マッパー】の人間位置表示可能範囲と同等。
で、それでもう一つ判明したことがあって。
赤い点滅。
それが【マーカー】表示の他に、建物内に存在している。
(……なんだかなあ)
そのせいで俺は今、建物に踏みこむのを若干渋っている。
ちょこまかと動きまわる赤い点滅。“車座”をしめす黄色の一つもまた同様に動きまわっており、両者は激しく交錯……というか、交戦しているのだろう、多分。
俺の脅威になりうる存在をしめす、赤い点滅。
加えてそれは、“レベル持ち”と対等に渡り合える存在。
(……)
どころか気のせいでなければ、点滅の方が若干押しているように見える。
そう思う間も黄色の方は徐々にその動きに精彩を欠いていき――
「あ」
二者が大きく交差。次の瞬間、黄の【マーカー】は灰色に変化し動かなくなる。
先に変化していたもう一つの灰色同様、以降それはまったく動かなくなり……
(……まさかとは、思うが)
拭えぬ嫌な予感。
しかしここまで来て引き返すのも、それはそれでなんか癪だ。
それに【マーカー】の色変化、その原因が俺の想像どおりなのかも確認しないわけにもいかず。
諦めて溜息ひとつ吐き、俺は階段を下りる。現在〔影無〕状態だが〔消音〕もかけるか、
……いや、こちらも予想どおりなら、たぶん無駄だろう。
そうして扉を開け、入った先に。
「ムゥ?! 新たなエントリィ!?」
「……はあ」
予想を裏切らずそいつはいて。
いや本当裏切ってくれ頼むから。
「フオォォオオゥッ?! 虚空からぬっと出たのはいつぞやのお兄ちゃん!?」
「お前ほんとなんでいんの?」
残った“車座”メンバー、佐々井に今まさにナイフを突き立てんとしていたのは、
“切り裂きキラー”
希代の殺人鬼……もとい、いわく言いがたい白い変人。
「天知るッ! 地知るッ!! 親知らずッ!!! 誰が知ろうと呼ばれずとも飛び出るのがおれの生き様さ!!」
こちらへ向き直り、腹の立つポーズを決める白いの。ちなみに俺の透明状態はすでに解けている。〔影無〕は他者に気づかれれば解ける。おそらくドアを開けた音でだろうが、たとえ〔消音〕併用でもこいつは気づくだろう。〔衝撃〕を避けるような奴なんだから。
「お兄ちゃんこそどうして今日はココに? 開店休業中の店に押し入るのが趣味?」
「違えよ手前じゃあるまいし。俺が用あんのは、この下だ」
白いのの問いに答える口調は、知らず吐き捨てるようなものに。他の【マーカー】対象は、感覚ではさらに下の階。そして店内の間取りからして、奥の扉の向こうが下への階段だろう。
用があるとは言ったが、そちらの様子を見るのはついでで、俺がここに来た目的はレベル上げだ。
本来なら。
そう広くない店内。テーブルや椅子が方々に散乱した、いわゆる争った形跡のある状態。
そして、二つの死体。
「……はあ」
それらを見やり、思わず溜息。
死体は座間と瑞野のものに相違なく、犯人もまた考えるまでもなく明白。
白いの。“切り裂きキラー”
先を越された、といえばそれまでだが。
ともかく本来の目的であるレベル上げは、あの[罵倒語]のせいで叶わなくなった。
だからこれは、ただの八つ当たり。
「フォーウ、再戦の合図かお兄ちゃんよ。しかしずいぶんけったいな得物を持ちこんだもんだな。職質とかされない? それ」
担いでいた槍を、俺は構える。それを受け楽しげに体を揺らす白いの。
この槍は言うまでもなく、あの槍男の落とし物。高レベル者を殺すのに素手よりかはと思い、あのビルから持ち出したのだ。もう見つかって運び出されたりしている可能性もあったが、幸い変わらず廃材の中に突っ込まれたままだった。
有用性は先程証明済み。
もちろんそれが、あの非常識な白いのにも通じるのかという懸念もあるが、
(たぶん、いける)
なんとなく、そう確信。
レベルが上がった直後にこいつと出遭えたのは、ある意味僥倖。
要は一発でも、当てればいい。
「さあ雌雄を決するぞお兄ちゃん! 前はおれの不意打ちからだから、今回は先手を譲ろうじゃないか! 特別だゾッ?!!」
「そうか。んじゃ遠慮なく」
「え?」
部屋の中央やや奥寄りの白いのに対し、俺は入り口からほとんど動いていない。
そしてそのまま踏み出すことなく、
その場で俺は槍を振りかぶり、
投げる。
「やけっぱち?! んなもん簡単に――」
俺の行動に一瞬呆気に取られた白いの。
しかしさすがというか、即座に半身に。槍は紙一重の位置を通り過ぎ――
なかった。
「んぁ――?」
かわしたはずの槍が眉間に突き刺さったせいか、疑問の声を上げる白いの。
「――……」
そして、それきり。
槍が頭蓋を突き抜け奥の壁に刺さるのと同時に、白いのは膝からくずおれる。
頭部からまき散らしたいろいろな液で、あまり白くなくなった白いのは、
ややあってから完全にこの世から消え去る。
自らが世間に起こした騒ぎと比べると、それはあまりにもあっけない最期だろうか。
「……やっぱ1しか入んねえんだな」
そんなことはどうでもよくて、どうでもよくないステータス確認。
しかし案の定、EXPは“Lv:0”から得られる1しか上がっておらず。“レベル持ち”を殺した奴だから、あるいはその分も加算されるかもという期待は、なんとも儚い夢と散った。
切り替えて店の奥まで行き、壁に刺さった槍を引き抜く。腹いせに思い切り投げたせいか、槍は白いのの頭蓋を貫いてなお、わりと深く突き刺さってしまっている。しかしこちらも腕力がもうすごいあれなので、回収は容易。
避けられたはずの攻撃が、なぜか当たるという不思議。
そのからくりは当然というか、先のレベルアップで覚えたspecialにある。
【鹿音】――“繰り出した攻撃が必中になる”という力。
これを使えば相手が避けようが防ごうが、お構いなしに狙った箇所に攻撃が当たる。
いや、さっきの感じからして、“当たったという結果が実現する”といった方がより近いか。詳細を知るにはもう何度かの検証が必要だろうが、それは後日に。
あ、もう一つ気づいたが、これすげえSP減るな。164の消費……総量の、五分の一か?
「――と、そういや、あんたはどうすんだ」
ふと視界の端に捉えた人物へ、なんとなく訊ねてみる俺。
「……」
佐々井霧――最後に残った“車座”の一人。
今の今まで事態の成り行きを、無言でただじっと見ていた彼女。先程だって、俺がいくら入り口近くに立っていたからといって、逃げようと思えばいくらでもそう出来たはずだ。
今だって逃げるというなら、別に俺はそれでも構わない。
“Lv:2”である彼女を殺したところで、得られるEXPは精々3。比べて今の俺は“NXT:16”。これからあと十三人殺すとかであればついでに殺してもいいが、今日はもう誰か殺すこともないだろうし。
返事がないのを訝って、もう一度問いかけようとしたところ、
「そっか」
ぽつり、と。一人納得したような佐々井の呟き。
「……さっきの白い人がそうかと思ったけど、こっちが本当の終わり、か」
よくわからない独り言を終えた彼女は、やがて伏せていた目をまっすぐにこちらへと向ける。
「私を殺して」
「あそう」
「――ぁ?」
するとなんか殺して欲しいそうなので、遠慮なく槍でその額を突く。
頭蓋の硬さなどお構いなしに、すとんと突き刺さり突き抜ける穂先。
今際の表情を見るに、なぜ殺して欲しいのかとかそういう身の上でも話したかったんだろうが、
聞いてやる義理はないし、あまり悠長にもしていられないかもしれないし。
「やっぱ3か」
ともあれ消えた遺体、それからステータスを確認して独りごち、
あらためて奥の扉の方を向いた、
その時、
〈隠しspecial_〖revenge Gemini〗をうけました MP・SPがていかします〉
「あ?」
唐突に聞こえるレベル上昇時と同質の脳内音声。
同時に眼前に、同様の内容のテロップ状の表示。
すわ何事かと、もう一度ステータスボードを見れば、
――status――
name:久坂 厳児
age:15 sex:M
class:―
cond:通常
Lv:40
EXP:847 NXT:13
HP: 230/ 230
MP: 10/ 103
ATK:275 ARM:64
DEF:210
TEC:103
SOR:268
AGL:232
LUC:Bad
SP: 0/ 820
――equipment――
both hands:槍男の槍
――magic――
〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕
〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕
〔医療〕〔守護〕〔障壁〕〔衝撃〕〔影無〕〔幻奏〕
〔悠揚〕〔光彩〕〔放棄〕〔魔玉〕〔幻影〕〔暗闇〕
〔天恩〕〔示現〕〔曝露〕〔吸魔〕〔影縫〕〔魔封〕
〔仮初〕〔製薬〕〔注入〕〔収納〕〔念動〕〔鈍速〕
――special――
【防御】【回避】
【鹿音】【倍支繰】
【手加減】
【広域化】【次連魔】
【警戒】
【挑発】【威圧】
【見る】
【マッパー】【マーカー】
MPが10、SPが0になってしまっていた。
「なんのこっちゃ」
アカウントを変えてから初めて感想いただきました。
この場を借りてお礼もうしあげます。




