ひとまずの所感
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あの謎のレベルアップから、一週間が経過した。
その間、体調の異変などはとくになかった。レベルが上がるというよくわからない現象が身に起きたが、その副作用みたいなものはないと思ってもよさそう。
人を殺したことへの後悔とか罪の意識とか、果てはそれで心が張り裂けそうになったりとか、そういう精神的な変調も別にない。わりと薄情な自覚はあったが、あるいは自覚以上なのかもしれない。
生活面についても、レベルが上がる以前とほとんど変化はない。しいて挙げれば、放課後に少し寄り道するようになったくらいか。
寄り道先は、あの廃工場。犯人は現場に戻るというが、そこはたぶん関係ない。犯行翌日に訪れた時は、あるいは遺体が再出現しているかもという危惧もあったが。
殺した四人の遺体は、今日までずっと消えたままだ。
寄り道先が廃工場なのは、ひとけのなさが好都合だったから。
そして人目を避けて俺が行っていたのは、magicやspecialの試用。
それらの効果や性能は、レベル上昇時に“覚えて”おおまかに把握してはいる。しかしその顕現、具体的な挙動については、実際使ってみなければわからない。たとえば〔火炎〕は“火の魔法での攻撃”だと“覚え”はしたが、それが“拳大の火の玉が対象めがけて飛ぶ”形で現れるとわかったのは、発動して確かめたあと、といった具合。
ともあれそんな感じでいろいろ試し、備わった力については大体把握したといえる。
この一週間で得た、自身の変化への理解。
だがそれはあくまで自分がどうなったのかを知ったに過ぎず、
俺が“何故”こうなったのかについては、いまだにわからずじまいといえる。
しかしこれ、実際に判明するようなこととも思えないが。
なにしろ考えるとっかかりが無さ過ぎる。現実的に考えて、“人を殺す”行為と“レベルが上がる”現象に、まともな因果があるとはとても思えない。
そもそもこれ、俺個人を対象にした現象なのだろうか。
こういった特異な事態が“俺だけに”起こるというのが、なんとなく受け入れがたい。
とくに根拠があるわけでもない、ただの個人的な感覚の話ではあるが。
あるいはもしこれが俺固有の現象でないとすれば、
つまりは他にも、こうなった奴がどこかに居ることになる、か?
それでも、人殺しがもれなくこうなるとは考えにくい。レベルが上がって以降も普通に殺人事件の報道はあったので、殺された死体のすべてが消えているわけではないはず。
というか人殺しが皆おかしな力を得ていたら、世の中こんな悠長にはしていないだろう。俺の生活同様、世間の様子もあの日以前から特段の変化はみられない。
たんに俺が知らないだけ、という可能性はあるにせよ。
「久坂ー」
「あ、はい」
担任に呼ばれて我に返る。現在は、教室で朝の出欠確認の最中。
続くそれを聞くともなしにしつつ、俺の視線は自席の机上へ。
――status――
name:久坂 厳児
age:15 sex:M
class:―
cond:通常
Lv:2
EXP:4 NXT:1
HP: 22/ 22
MP: 3/ 3
ATK:22
DEF:15
TEC:10
SOR:17
AGL:16
LUC:Normal
SP: 3/ 3
――magic――
〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕
――special――
【防御】【回避】
【警戒】
そこにあるのは、あのステータスボード。あの日からずっと俺の視界に居座っている――わけでもなく、表示非表示もそれから表示位置も、任意で決められるものだった。
こうして表示させていても、教室の誰もそれに気づく素振りを見せない。つまりやはり、これは俺にしか見えていない。家族の目の前にいきなり出してもまるで無反応だったから、見えていてあえて無視しているという可能性は、まずない。
表示内容自体は、一週間とくに変わらず――ということはなく、いくらかの変化もあった。
最も頻繁に変動したのは、やはりMPだろうか。いうまでもなくmagicに関わる数値であり、どれを使用しても消費は一律1。寝て起きれば最大値まで戻るので、俺が魔法を使えるのは一日につき三回。……昼寝でもMP回復するかは、まだ試していない。
もう一つ変動があったのはLUCの項目。今は“Normal”となっているが、日によっては“Good”だったり“Bad”だったりした。おそらくは運勢とかをしめしているのだろうが、しかし値によってついているとかいないとか、そういう実感は得られていない。
HPについては、余程の怪我をしない限りは減らないようだ。どこかにちょっとぶつけた程度では数値は変化しない。それがたとえ、箪笥の角に足の小指をぶつけた場合でも。
余程の怪我、というのはたとえば、攻撃魔法を自分に使用した時など。
〔火炎〕等の対人威力がどの程度なのか、どうにも気になった末の愚行だった。怪我しても〔治癒〕があれば平気か、という軽い気持ちで試したのだが、
『痛゛っ!? ――っづぁあ……?!』
あんまり平気ではなかった。
(まさかこの歳になって、痛みで声を上げて泣きそうになるとは)
思い返すと苦笑したくなる。その時は自分の左手の甲へと〔火炎〕を放ったのだが、焼けただれるだけでなく骨までひしゃげるという想定以上の威力を発揮してくれやがった。
ちなみにそれで、HPへのダメージは8。懲りずに後日試した〔雷鳴〕と〔氷結〕の威力はそれぞれ6ダメージで、〔火炎〕の強さがひとつ抜けるという結果に。ただそれぞれ一度しか試していないので、単なるぶれ幅の可能性はある。
そしてどの魔法の怪我も、〔治癒〕一回で完治できるようだ。ぱっと光って傷が消え去るその様は、ある種〔火炎〕などよりもファンタジィな印象を受けた。
その日の授業をつつがなく終え、放課後はまた寄り道。
ここ一週間はこうして廃工場へと赴いていたわけだが、レベルに関することは粗方試してしまったので、あえて行く理由ももうない。
それでもまたなんとなく、足が向いている。
見上げた空は曇天。雨が降りそうな感じはないが、垂れこめる雲は厚く、いやに薄暗い。
街並みに目を移す。普段訪れることのない場所柄か最初の頃は物珍しさも多少はあったが、今はもう特に思うところもない。
そしてそれはレベルに関しても、もう同様かもしれない。
常識から逸脱した力を得たが、それに対する高揚感は最初のほんの少しだけで、はっきりいうと今はもう「こんなもんか」という感覚。
もっとレベルを上げれば、あるいは違うのだろうか。
馬鹿な考えだとは思う。つまりそれは、娯楽を求めて人を殺すようなものだ。
それも別にいいか。
などと考えてしまうあたり俺も、もう救いようもないのかもしれないが。
「ん……」
一応は、廃工場へ向かう道のり。
その途中なのだが、どうにも面倒臭くなってきた。
そもそも家から微妙に遠いのが頂けない。思えば思うほどますますかったるくなってきて、結局俺は来た道を引き返すことに。なんともぐだぐだとした行き当たりばったりの行動だが、いつものことといえば、そのとおり。
それでも気分を変えるためか、途中で別の道へとそれる。そしてどうせならまだ使ったことのない道を選んでやろうと、あえてわざわざ遠回りな方向へ。
見慣れない、けど目新しい訳でもない景色を、見るともなしに歩く。
そんな中、
ふと背後から、誰かに腕を掴まれる。
すわ何事かと振り返れば、
「たっ、助けて……!」
そこに居たのは大層な美人さん。
しかもなんだか、見覚えのある。