“class:発破屋”
◆
曇天の下、住宅街の路地を行く三人の男女。
先頭は茶の短髪につり目の、いかにも軽佻そうな男。
そのうしろにコートを羽織った髪の長い女。
そして無精髭で精彩は欠くが、顔の造り自体はそう悪くない男が最後尾についている。
一見なんの接点もなさそうな組み合わせは、それだけでも奇妙といえる。
ましてその速度がおよそ人間の足とは思えないものなら、それはなおさら。
車がようやくすれ違えるかという道幅の通りには、不思議と彼ら以外人影は見えない。
そして仮に他の通行人がいたとしても、彼らが奇異の目で見られることはないだろう。
それもひとえに、彼らが理外の力を持つがゆえ。
「――っと、この先から関矢邸の敷地だね」
最後尾の男――車東の合図で一度立ち止まる一行。ロードバイクもかくやという速度で走り続けていたにもかかわらず、彼はもちろん他の誰一人として、息切れ一つ起こしていない。
通りの右手に伸びる塀。その長さだけでも、彼らの標的である関矢宅の広さが窺える。その事実を再確認したのか、一瞬なんとも嫌そうに顔を顰める車東。
「……座間班もそろそろ始めてる頃合いかな」
「じゃねーッスか? なんだかんだ、車のが速いでしょうし」
「向こうのが距離もちょっとだけ近いしね。――さてでは、こちらも最後の仕込みといこうか。裏口は……この向こうだっけ? 連河君」
「ええ」
切り替えるように軽く頭を振り、それから車東は塀をしめしてコートの女――連河へと問う。周囲の人間に気取られにくくなる【隠蔽】や他者を遠ざける【人払い】、そして読んで字のごとくの【解錠】など……“工作員”である彼女の力は、今回の行動の要といってもいい。
「うん、じゃあ行こう。座間達が来る前に、こちらも終わらせておかないと」
仲間へ呼びかけ、あらためて歩き出そうとする車東。標的を誅する前のなんともいえない高揚感に、弛みそうな表情を引き締めている、そんな様子が見てとれる。
「あ、その前に一つ、ダンナ」
「ん?」
そこへふと、同行している番場の呼び止め。
そのなんでもないような口調に、車東もまたなんの気なしに振り向こうとして、
ぼん! と。
唐突に響くのは、ともすれば間抜けにも聞こえる破裂音。
「がっ……?!」
その発生源である車東はしかし、
凄まじい衝撃に襲われ、そんな風に感じる余裕もない様子。
堪らずといった感じでうずくまる彼。
その右肩辺りが抉れながら焦げ、薄く煙を上げている。
「――っちゃあ、一発じゃムリか。やっぱいかんともしがたいよなーレベル差ってのは」
それを見下ろし、ぼやくのは番場。
その言い草は、先の爆発が彼の仕業であることをしめしている。
爆発。発破。
“発破屋”――それが番場の持つclass。
「ば、んば……貴様、なんの……っ」
「ッハ、ダンナまだ喋れるんスか! ってーかリアルで貴様とかいうヒト初めて見ましたよ、オレ」
気息奄々に詰問する車東。懸命に首をひねりどうにか番場を睨みつけているが、その視線を受ける当人は、そこに込められた怒りなどまるで意にも介していない風で。
「まー知らずにくたばるのも忍びないでしょうし、手短に説明すっとですね……やりすぎたんスよ。要は。アンタ」
側にしゃがみ、その目を見据え、番場は車東へとそう告げる。
「侮れないっスよー? 金持ち同士の横の繋がり。アンタら“車座”の行動は、もうだいぶ前から筒抜けだったってわけ」
「! ……っ」
「ハハッ! つってもオレも、連河サンに誘われるまで知らなかったっスけどね! ヘタしたらオレも、まとめて始末される可能性だってあったっつーか」
「順序的に、それはないかしらね。貴方の“発破”の威力を知ったからこそ、私はこの計画を実行する機会を得たのだから」
連河もまた共謀と知り、車東の視線がそちらへと移る。
否、彼女こそがこの裏切りを主導したと、その口ぶりでしめしたのだ。
「直接戦闘向きではない私の力では、レベルの高い車東と座間は始末できない。だから番場君の加入は、私にとって渡りに船だった。もっとも、彼の協力を得られるかという懸念はあったけれど……」
「スンマセン、二つ返事っした! やっぱカネっしょ正義よか!」
「……つまりお前ら、金で私らをっ」
番場のあっけらかんとした物言いに、強く歯噛みしている車東。
ならば自分達のしてきたことは、いったいなんだったのか。
自分の正義は所詮、汚い金の前に敗れる程度のものだったのか。
そんな思いが見てとれるが、他の二人にとってそれは、些事もいいところ。
「まーそんな顔しなくてもいーんじゃねえっスかね、ダンナ」
「……?」
「ダンナに感謝してるヒトもいるっつーコトっスよ。――対立候補が死んで、選挙有利になった議員センセーとか」
「!? っぐ、ぐぐぐ……っ!」
嘲るような番場の言い草に、激昂し、衝動のままに立ち上がろうとする車東。
目の前のふざけたやつらに、せめて一矢報いなければ、死んでも死にきれない。そんな目。
車東もまた、直接戦闘向きとは言いがたいclassの持ち主。
だがレベル差がある。ただ殺すなら殴るだけでも事足りる――それだけの身体能力差が、車東と他の二人にあるのは事実。
「が、残念」
爆発音。
「ぐっ、あああ゛っ……!」
発生源は、左膝。
そこから先の脚がちぎれ飛んだことで、車東は再び倒れ伏す。
「備えあれば患いなし。やー、念のためもうひとつ仕掛けといてよかった」
二度の爆発で、もはや反撃の余裕を失ったらしい車東。
そちらへ番場はさらに近づき、歯をむき出して笑う。
「そーいやコレも言ってなかったッスね。不可視の設置型発破――【地雷】。座間のダンナや瑞野サンにも、じつはもう仕掛けてあるんスけど、ある程度近づかなきゃ起爆できないんで、ま、今んとこは安心しといていーッスよ」
力を隠されていたこと。他の仲間の危機。
相次いで知らされた事実にしかし車東が出来るのは、ただ己の迂闊と無力を噛みしめることだけ。
「瑞野サンはともかく、座間のダンナは一発二発なら耐えそうな気ーすんだよなー。そこが懸念っちゃ懸念だが……」
「それはここで、この男を殺してレベルを上げれば解決するんじゃないかしら」
「あ! それもそッスね。てなワケで」
連河の言葉を受け、すっくと立ち上がりあらためて車東を見下すようにする番場。
その手にいつの間にか握られている、黒い球体。
バチバチと火花を放つそれは、ちょうど戯画化された爆弾のよう。
「なんか言い残すこと……あー別にいいか、んなの聞かなくても。じゃ、お世話様ッス」
“よう”ではなく、それこそがまぎれもなく、彼の最も基本的な力――【自家製発破】
無造作に放られたそれが、倒れ伏した車東の後頭部にこつんと当たり、
ぼん!
やはりやや間抜けな音と共に、爆発。
頭部の大部分を失った車東だったのものは、やがて跡形もなく消えていく。
「おっ! うははっ、すげーすげーめっちゃレベル上がった!!」
直後、喜色満面に声を上げる番場。
やや下を向いたその視線は、現れた自分のステータスボードでも確認しているのだろう。
「おー、また新しい力も増えたな……相変わらず発破ばっかだけど――あっ! そういや証拠の動画撮っとけって言われてたんだった!」
「それなら私が撮っておいたから、問題ないわ」
「ヒューッ、流石連河サン! どっかの指揮官よかよっぽど頼れるぅー」
連河へと大袈裟な称賛を送る番場。言動はまさに馬鹿な若者そのものだが、実のところ頭が回らないわけでもない。むしろわざと軽くみられるよう、ふざけた態度をとっている節すらある――短いつき合いの中で、連河はそう彼のことを評価していた。
加えて先程ので、番場とのレベル差は大きく開いただろう。今回の裏切りでの、連河にとっての一番のリスクはまさにそこ。今後も引き続き慎重に立ち回らねば、次に爆破されるのは自分だろうと、彼女はあらためて気を引き締める。
幸い“発破屋”と“工作員”――“動”と“静”のclassの組み合わせは悪くない。補完的な役割分担が出来れば、切り捨てられることもそうないはず。
(もっとも、より有用な力の持ち主が現れれば、そちらに乗り換えることになるでしょうけど。そしてそれも、言ってしまえばお互い様、か……)
番場の存在が手に余る、あるいはこれから接触することになる雇い主の旗色が悪くなったりなどすれば、連河はあっさりとそれらに見切りをつけるだろう。もしそうなった時は……あの久坂という少年にコンタクトを取るのもありだろうかと、彼女は少し考える。“車座”には賛同できなくとも、自分という個人にならどうか、と。あるいは女の武器という手もあるか、とか。
「連河サン?」
「――なんでもないわ。ところで今後の流れは、把握しているわよね?」
「ッス。ひとまずこのへんに潜んで、座間のダンナらを待ち伏せて不意打ち……ッスよね?」
「ええ。“隠す”のは私がやるから、貴方は」
「ドカン! とかましゃいーんスよね。任しといてくださいって」
番場に声をかけられ、余念を打ち消す連河。
それからあらかじめ目をつけていた潜伏場所へと、二人は移動しようとし、
「あん゛?」
唐突に、妙な声を上げる番場。
何事かと、そちらを向いた連河の目に映ったのは、
顎から血を零す、番場の姿。
「!?」
ぎょっとする連河は、次いでさらに奇妙なものを見る。
じ、じじ、と。
電波の改善したテレビ放送のように、番場の上部にもう一人の人物が、姿を現す。
なにか長い棒状の物を、番場の頭に突き立てた姿勢で。
同時にくしゃくしゃくしゃと、折れ曲がりくずおれる番場の体。
否、現れた人物に踏み潰されたのだと、連河は頭の片隅でやけに冷静に理解する。
しかし彼女の大部分は、一瞬のうちに進行する現状についていけない。
「――」
折りたたまれた番場の上に着地した人物の、その体がぶれたのを、連河は捉えた気がした。
口元がなにか言ったように動いた気もしたが、よくわからない。
そんなことをぼんやり考える彼女は今、ぐるぐると回っている。
回って、飛んでいる。
世界が飛んで、回って……?
ごつ、と。
硬いものに殴られた。否、打ちつけられた?
「……――」
ぼんやりと見える曇天を仰いで、
ようやく連河は、自分は首を切り飛ばされたのだと気がつき、
そしてそれが、彼女の最期の意識となった。
■
ててててててててててててててててててーんてててんてんてーん
〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レベルがあがりました〉
――status――
name:久坂 厳児
age:15 sex:M
class:―
cond:消音
Lv:40
EXP:843 NXT:17
HP: 230/ 230
MP: 103/ 103
ATK:275 ARM:64
DEF:210
TEC:103
SOR:268
AGL:232
LUC:Bad
SP: 820/ 820
――equipment――
both hands:槍男の槍
――magic――
〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕
〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕
〔医療〕〔守護〕〔障壁〕〔衝撃〕〔影無〕〔幻奏〕
〔悠揚〕〔光彩〕〔放棄〕〔魔玉〕〔幻影〕〔暗闇〕
〔天恩〕〔示現〕〔曝露〕〔吸魔〕〔影縫〕〔魔封〕
〔仮初〕〔製薬〕〔注入〕〔収納〕〔念動〕〔鈍速〕
――special――
【防御】【回避】
【鹿音】【倍支繰】
【手加減】
【広域化】【次連魔】
【警戒】
【挑発】【威圧】
【見る】
【マッパー】【マーカー】
(おおう)
塀の上から飛び降り番場を串刺しにして殺し、次いで棒立ちの連河の首を刎ね、
そうして上がったレベルに俺は思わず声が……出なかった。かかっている〔消音〕の魔法のせいだ。レベルが上がっても、すべてのcondが元に戻るわけでもないようだ。自身にとって有用なものは消えない、とかか?
にしてもまた、ずいぶんと上がったな。“レベル持ち”二人分、いや、先に番場に殺された車東も含めれば三人分か。とにかく得られたEXPもそれ相応、ということだろう。
magicもspecialも、またぞろいろいろと増えた。……なんかmagic欄に変な空きがあるのが少々気になるが、なんにせよ細かな確認やら検証は、ひとまずは後日か。
(にしてもやっぱっつうか、起きたな、仲間割れ)
手にした槍をとんと肩に担ぎつつ、無音で独りごちる。
ここ一週間、俺は放課後や休日を、ほぼ“車座”に張りついて過ごしていた。もちろん俺に尾行や張りこみの技術など無いので、そこは素直に〔消音〕と〔影無〕を駆使して。
誰かになにかをしない限り、自分にかけた〔影無〕が解けることはない。それでも“レベル持ち”ならば〔影無〕を見破る術くらい持ちえそうだが、実際はこのとおり、今日までばれてはいない。“工作員”とか“占星術師”とか、そういう力ありそうなもんだが。
〔影無〕は実質永続だが、〔消音〕には時間制限がある。けどどうも〔影無〕中に使用したmagicもまた不可視になるらしく、だから〔消音〕のかけ直しで存在が露見することもなかった。〔消音〕自体が元々無音なのも、ちょうどよかったといえる。
ともかくそんな感じで透明無音のまま、俺は一週間“車座”メンバーに張りつき続けた。
とはいえ彼らも常に全員一緒にいるわけではなく、二、三手に分かれたり皆が単独行動することもしばしば。そういう場合は仕方ないので、適当にいずれかを選んでつくしかなく。
まあそれで、単独行動の連河についていた時に知れたわけだ。彼女らの裏切りの可能性を。
“車座”の勧誘を断る理由として、集団行動が苦手だと言ったのは本心ではある。
しかしもう一つ本音を言えば、どうせ殺す相手の仲間に入るのもどうかと思ったというのもある。
つまり最初の接触の時点で、俺は彼らを殺すことしか考えていなかったのだ。
まず仲間に入って内側から食い破る……みたいな手も、まああっただろう。そんな器用なことが俺に出来れば、という前提はつくが。
それよりはお互い不干渉という体をとり、その後外側からこっそり機会を窺う方が楽そうというか、俺の性に合ってそうな気がしたという、要はそういう話だ。
そうしたらちょうど仲間割れの兆候があったのは、僥倖というより他ない。観察を続けた俺は、車東と座間だけはどうあっても始末されるしかないことを知り、こうして事が起こるのを待っていた。
ついでに車東が死ねば互いに不干渉という約束も反故でいいだろうと、少々せこいことも考えたり。
(――そういや、向こうはどうなってんかな?)
二手に分かれた“車座”のもう一方が気になり、【マッパー】を表示。
南東アーケード街方向、ほぼ重なるようにいくつかの印。
そのうち一部は観察中につけておいた、“車座”メンバーをしめす黄色い【マーカー】。人物表示可能範囲外でも、【マーカー】をつけた対象ならば【マッパー】には映る。
他にもほぼ同じ場所に、赤四つと緑一つの【マーカー】も。
「……まあ大丈夫だろうが、と」
声が出たことで〔消音〕の効果切れに気づく。
ついでに【マッパー】で通行人が来るのにも気づいた俺は、ひとまず〔影無〕でまた身を隠し、
(ん?)
ふとそこで、【マッパー】に妙な変化。
黄色い印のうち一つが、突如灰色に。
ほぼ同時にもう一つの黄色い印が、なにやら不規則に震えだす。
それはちょうど、閉所で激しく動きまわっているような。
(なんかあったかな?)
首をかしげつつ、透明な俺は薄暗い住宅街を駆けだす。
一応の脚注
■ _厳児くん視点
◇ _美少女視点
◆ _その他視点
~~~_一時的な視点・場面転換
……となっております。
おまけの脚注
□ _透明な厳児くん視点




