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悪だくみ、腹積もり




   ◇




 六月某日。日曜。

 その日、喜連川暁未はカラオケ店に来ていた。

 それもひとえに、先日ひょんなことから手に入れた“アフター5パス”なるものを活用するため。午後五時以降、三時間まで歌い放題という代物で、もらった相手は教育実習生の関矢。


『親父がツテでもらってきたんだけど、僕は今そんな暇ないし。期限も次の日曜までだし、せっかくだから、友達と楽しんできなよ』


 学校でちょっとした作業を手伝った際に、そう言われお礼にと手渡されたのが簡単な経緯。学校でこういうものを、職員から生徒が受け取るのもどうなのかと、思わなくもなかった真面目な暁未。


『うわーいいんですかせんせー太っ腹ー! 情けは人のためならずだねーあけみん!』


 しかし一緒に手伝った柚がそうはしゃいでしまったので、断るのも水をさすようで悪いと受け取ってしまった、流されやすい暁未でもあった。


 ともあれ存分に歌い倒し、けどあまり遅くならないようにと切り上げた現在時刻は、そろそろ七時半に差しかかろうというところ。


「――けど残念だねー、久坂君参加できなくて」

「まあ他に用事あるんなら、無理には誘えないさ」


 帰りしな、ふと呟いた柚と、それに応える景人。

 そう、今日この場に、久坂は参加していない。つまり久しぶりに幼馴染同士のみ。ついでにいえば守久流も家の事情で一足先に帰っており、現状四人での帰路となっている。


「ところでなんなんだろねー? 用事って」

「というか久坂、ここ一週間ずっと“用事”って言って、先帰ってた」

「そうなのか?」

「ん。すぱっといなくなる」


 柚たちの会話どおり、ここ最近の暁未は、放課後以降は久坂とほとんど顔を合わせていない。なんの用事か訊ねても『ちょっとな』と返されるばかりで、だから彼がなにをしているのか見当もつかない。


 そもそも久坂に関しては、わかっていることの方が少ないといえる。

 放課後なにをしているのかももちろんだが、なにが得意なのかや趣味はなんなのかとか、そういう個人的な情報がいまだ不透明だ。


(好きな食べ物……みたいなことさえ知らないんだよね、思えば。ちょっと前から、お昼は購買じゃなくてお弁当になったみたいだけど……)


 幼馴染以外では初めて出来た、男の子の友達。

 なのにその人のことをよく知らないのが、暁未にはなんだか少し寂しく感じられた。

 今日一緒に来れなかったこと、今この場にいないこともまた、寂しいといえば、寂しい。


「ぼーっとしてるねぇ。久坂君がいなくてさみしー?」

「?! べ、べつにそんなこと、考えてっ!」

「おおうっ?」


 不意に柚に声かけられ、そのずばり図星を突くような言葉に、思わず大きな声が出る暁未。

 そしてその反応に、柚もまた驚いて声が出る。


「あ、や、そのっ、寂しいっていうか、やっぱりみんな一緒の方がよかったかなってちょっと思っただけっていうか、えと」

「う、うん、まあわかる。わかるよーそういうの!」

「た、たしかに最近はすっかり馴染んだ感あるよな、久坂も」


 おたおたと言い繕う暁未に、つい気遣うような返しをしてしまう柚と景人。

 そんな友人達の配慮に、知らず顔が熱くなるのを自覚し、暁未はなんだか気恥ずかしくなる。

 それから思う。

 どうして自分はこんなにもうろたえているのだろう、と。


「――あれ」


 そんな中、ふとなにかに気づいたような声を上げたのは栞。

 その視線の先には自分達が行く歩道の先を塞ぐようにしてたむろする、なにやらガラの悪い輩。


「……ちょっと遠回りだけど、こっちから行こう」


 景人の提案に、無言で頷き脇の路地へ逸れる面々。

 絡まれるとは限らないにせよ、用心するに越したことはない。

 そうして細い路地を進んだ一行だったが……


「!」


 しばらく行くと、再び進路にさっきのような連中。

 そちらも避けて別の路地へと入れば、


「また――!」


 三度、同じような進路妨害。

 迂回するたびに細くなっていく路地。

 悪態をついた景人も、もちろん他の面々も、さすがに現状がおかしいことに気づき始める。


「カゲト君! 後ろから――」

「さっきのやつらか……っ」


 状況のさらなる切迫を、最後尾の柚が知らせる。

 あのガラの悪い連中が、いつの間にか後ろからついて来ていたのだ。

 一瞬だけうしろを見やり、それを確認した暁未が感じたのは、恐怖。

 加えて思い起こされるのは、久坂と近しくなるきっかけになった、先月のあの出来事。


 だけどあの時と違い今この場に彼は、いない。


「ここを抜けて、もう少し行けば――っ」


 景人の声で我に返り、気をたしかに持つ暁未。

 彼の言うように、あと二つほど角を曲がれば大きめの通りに出て、そこから少し行けば交番もある。少なくとも人目があるところに出れば、追ってくる連中も滅多なことは出来ないだろう。

 進む先のT字路には、見たところ人影もない。このまま妨害されることなく進めば――


「っ?!」


 そう思った矢先、T字路右から一台のバンが現れ、前方に急停車。

 ほとんど塞がれる進路。それでも左右に逃げる隙くらいはあるはずと四人は路地を抜けるも、

 その隙すら塞ぐように、ぞろぞろと現れるならず者ども。

 おそらくはわざと隠れていたのだろう。

 かすかな望みを抱かせたのち、絶望へ突き落すために。


「――よう、色男」


 おもむろに開いたバンの助手席。

 そこから現れた強面の男が、そう声をかけてくる。


「あー……なんか聞いてた感じのヤローじゃねぇが……まぁいい。おとなしく乗れや。下手なマネすんなよ? いちいちおとなしくさせんのも、めんどくせぇからな」


 守久流を一回り大きくしたような体格と、どこまでも剣呑な気配。

 それに呑まれ暁未は全身がどうしようもなく、慄く――




   □




「――じゃああらためて、今日の流れを確認しようか」


 “レベル持ち”集団“車座”のアジトである民家の居間。

 集まった皆の前でそう口火を切るのは車東。

 ここ一週間で何度目かの、彼らの会合の始まりである。


 ところでこの民家、元はあの“英気の泉”の代表が住んでいたものだという。

 とはいえそれもまた、あのおばさんが本来の住人を殺して奪ったものらしいが。


「言っても、そんな複雑なことはないがね。市議の方へは番場君と連河君と、それから私。そしてそのドラ息子の方は、座間と瑞野君、あと佐々井君で当たってくれ」


 車東の指示を受け頷く面々。どうもこうして面と向かって指図することにより、車東の持つなんらかのspecialが発動するらしい。【編成】下の人間は、“指揮官”の命を受けることにより各パラメータに補正が入るとかなんとか。


「ちょうど今日、息子の方は準備してた企てを実行に移すようだ。なにやらごろつきを大勢集めているらしいけれど……まあ座間一人でおつりが来るくらいか。社会のゴミの一掃も出来て、むしろ一石二鳥のタイミングといえる」

「……」


 なんでもないことのように言う車東と、黙ってそれを聞いている座間。

 印象だが、とっくに箍が外れている車東に対して、座間にはなんとなく割り切れなさが見え隠れしている。人が集まれば、その思惑が人それぞれなのは当然かもしれない。


「なーダンナ、今からでも配置換えしません? ほら、ゴミ掃除ならオレの“発破”のが適任じゃないスか!」

「んー、けどバランス考えるとこの分け方以外ないっていうか。それに適任という話なら、わかりやすい“脅し”が出来る君こそ、こっちが適任だから」

「あー、それはそッスね確かに。いやーたまにゃ大勢バーンと派手にブッ飛ばしたかったんスけどねぇ」


 愚痴るように意見した番場が、しかし車東に指摘されるとあっさりと引き下がる。にしてもやはり、こいつ一人だけ明らかに他の面子と毛色が違う。それこそ破落戸そのものというか。どういう経緯でこの“正義の味方”に仲間入りしたのやら。


「ともかく、座間班は息子を確保次第こちらに合流。そのあと親子共々必要なことを吐かせてから、まとめて処分、という感じで。……瑞野君も今日でようやく、友人の無念を晴らせることになるな」

「……そう、ですね。ええ。ようやく――」


 車東に声をかけられ頷く、瑞野という眼鏡美人。どうも関矢実習生と因縁があるらしく、先程から恐いくらい真剣な表情をしている。おそらくこの場で最も張り詰めているのは、彼女か。


「占いの方はどうかな? 佐々井君」

「……。……運命に変化は無い。全て終わらせるなら、今日が最良」


 車東のお伺いに答える、佐々井という少女。ほとんど予言のような力を持つせいか、彼女は“車座”内でも扱いが丁重な感じだ。たんに一人だけ飛びぬけて若い、というのもあるだろうが。他の面子が成人な中、彼女はどう見積もっても中学生くらい。小学生ということは……ないと思う。たぶん。


「OK、上々だね。――では行こうか、皆。連河君番場君、頼んだよ。座間班も、健闘を」


 かくして動き出す“車座”一同。

 座間、瑞野、佐々井の三名は車でアーケード街方面へ。

 そして連河、番場、車東組は各々徒歩で高級住宅街へと、それぞれ標的の元へと向かうようだ。


 さて。

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