超常の私刑衆
◆
久坂が去ったあと。
「……よかったんスか? ただ行かせちまって」
“車座”の面々のうちの一人、リビングのソファにふんぞり返るように座っていた男が、車東の方を向いて訊ねる。名を番場といい、classは“発破屋”。レベルこそ車東よりも低いが、所持する攻撃的なspecialもあってか実力的には二番手に位置している。
「ああは言ってたけど、オレらのこと誰かにチクらねーとも限らないんじゃ?」
「君の懸念はまあ、わからないでもない」
「だったら、保険くらいはかけといた方が。なんなら今からでもオレが行って――」
「いや、それはやめておこう」
腰を浮かせた番場を、車東がそう言って制す。
それでも承服しかねる様子の彼を見てとり、続けて言う車東。
「私らの邪魔はしないと、彼は約束してくれた。力で無理に従えるような真似は、私はしたくない」
「……」
「もちろん、状況が止むを得ないものになれば別だ。その時は、君の力を頼らせてもらうことにもなるだろう」
「……ッスか。まあ、ダンナがそう言うんであれば」
そこまで聞いて、番場も一応の納得を見せソファへと座り直す。
一拍置いて口を開いたのは、近くの壁に背を預けていた縦にも横にも大きい男。
「で、どうすんです? あの少年の協力を得られない以上は……」
「ああ。佐々井君の“占い”を聞く前の、私らだけで当たるプランで行く」
車東の答えを聞き頷く大男は、名を座間。
“兵士”のclassを持ち、その見た目どおりに彼らの中で随一の戦闘能力を持つ。
そしてその名がしめすとおり、“車座”とは彼と車東とで始めた集まりでもある。
「……」
名前を出した際、車東がちらりとだけ目を向けた、ソファでなく床に直接腰を下ろしている少女。
“占星術師”のclassを持つ彼女――佐々井は、その見た目どおりこの中で最も若く、同時に最も新参でもある。
座間とは対面の壁際にいた女性――連河が車東へと問いかける。
「では私は引き続き、対象の調査を?」
「よろしくお願いするよ、連河君。私も独自にツテを当たってはみる。もっとも、君の“諜報”に比べたら、気休め程度にしかならないだろうがね」
“工作員”のclassを持つ彼女へ、肩をすくめつつ応える車東。戦闘では矢面に立てない連河はしかしその分、車座の“目”ないし“耳”という替えがたい役目を担っている。
「ツテへは座間と手分けして当たろうと思う。先に言ったとおり、連河君は調査の続きを。瑞野君は万一に備えて、ここで待機。佐々井君も同様に」
今後に向けての指示を、車東が仲間へと下していく。
瑞野と呼ばれたのは番場とは対面のソファに座る女性。“衛生兵”のclassを持つ彼女は、いわば車座の生命線。役目は心得ているとばかりに、瑞野は車東の指示に無言で頷いてみせる。
「ダンナー、オレは?」
「番場君は……まあ、出番が実行段階に入ってからだし、今は好きにしてていいよ」
「ッスか? ここの守りは?」
「瑞野君だけで十分だろう。……というか君の力は派手すぎて、およそ“守り”には向かないじゃないか」
「たは、それもそッスね」
「実行までは静かにしていたいとこだし、まあ、変な騒ぎだけ起こさないよう気をつけて」
「了解ッス」
その後いくつかの細かな確認を終え、各々動き出す。
“Lv:18”、“発破屋”、番場朋志。
“Lv:24”、“兵士”、座間要平。
“Lv:14”、“工作員”、連河愛那。
“Lv:2”、“占星術師”、佐々井霧。
“Lv:12”、“衛生兵”、瑞野和音。
そしてそれらを束ねる“Lv:25”の“指揮官”、車東高次。
彼ら六名が、超常の私刑衆“車座”の全構成員である。
■
車東らの勧誘を蹴ってから一夜明け、翌朝通学路にて。
(ううん)
昨日のあれから俺はあることを、悩むというほどでもないが考えていた。
もちろんそれは、やはり誘いを断るべきではなかったか……とかの話では全然なく、
“class”というものについてだ。
以前の宗教おばさんも、それから昨日の車東らも、例外なく皆“霊媒師”だの“指揮官”だの、固有かつ明確なclass表記が存在していた。
ひるがえって俺のステータスにあるのは“class:―”という表記。
なんのこっちゃである。
以前から疑問ではあった。
いわく俺のレベルによる力、あれこれ出来すぎではないだろうか、と。
俺の所持する力で一番個数が多いのは、magicのカテゴリ。しかし他のspecialなども勘案すると、どうも俺のclassは“魔法使い”とか、そういう感じではない。
他の“レベル持ち”はおそらく、class相当の一芸に秀でた力の持ち主なのだろう。
槍男なんかはまさにそんな感じだったし、宗教おばさんにしたって、すてごろでかかってくるような素振りは見せなかったし。
あるいは俺が、一芸に特化しない器用貧乏なclassという可能性も考えられる。
……とも思えねえんだけどな、なんとなく。なんというか、直接殴るのも魔法も、力の不足を感じないというか、どちらも十全というか十二分というか。
ならば両方に特化している可能性……いやそもそも該当するclass分類があるのなら、それがきちんとボードに表記されてしかるべきだろう。わざわざ“―”みたいな、おかしな表示にする理由は無いはず。
なんなんだろうなこの、バグのような表記。
無理くり解釈すれば、“―”表記はつまり俺にはclassが“無い”ということになるだろうか。
疑問を突き詰めれば、
そもそもレベル自体がなんなのかという話に立ち返ってくるが……
「――くん、久坂君っ?」
「っと」
呼ばれた声に、霧散する考えごと。
見ればいつの間にか隣に並んでいた喜連川が、俺の顔を覗き込むようにしている。
「あ、ごめんなさいっ。驚かすつもりはなかったんだけど」
「謝らんでも。なんか用か?」
「えと、用っていうか、おはようって声かけたのに気づかないから、どうしたのかなって……」
「ああ」
近いな、と思うのと同時に、彼女の方がはにかみ気味に少し下がる。しかし、ぼけっとして気づかなかったのは俺の方なのに、こいつはなぜこうなにかと恐れ入りがちなのだろう。
「ちょっとな。考えごと」
「なにか悩みごと……とか?」
「や、そんな深刻なあれじゃねえけど」
「……」
とりあえず聞かれたことに答えると、今度は喜連川の方が少し考えこむような素振り。レベルに関しては他人には(ともすると俺にとっても)馬鹿馬鹿しいことに違いなく、だからあまり真剣になられると今度はこちらが恐れ入ってしまう。
と、
「――あのっ」
「?」
「その、なにか困ってるのなら、えと……話くらいなら私、聞くからっ」
「お、おう」
なにやらはりきる彼女。
謎の意気込みに、今度はこちらが少し引く。
「ヒトに話せば楽になることもあるっていうし、――あっ、もちろん話しづらいことだったら無理に聞いたりしないから! だからその、えっと」
あたふたしてても絵になるなこいつは。
……そういえば、と昨日車東に言われたことがふと思い出される。話によれば性質の悪い女たらしだという関矢実習生。この目の前の美人さんは、いかにもその標的に選ばれそうではなかろうか。
「そういや」
「う、うん! なにかなっ?」
「今日は一人なのな。登校」
「あ、うん。というか、ホントはしおちゃんと一緒だったんだけど、今日日直だったの忘れてたみたいで、それで先に行っちゃって」
「なるほど」
「朝だし、他にも登校してる人結構歩いてるし……あんまり危なくなさそうだから、朝は結構、一人で来ることも多いんだ」
「……」
一つ気になって訊ねてみる。不用心……とまではさすがに言えないか。世界一暢気といっても過言ではなかろうこの国で、朝っぱらからそんな高い防犯意識を持てというのは酷だろう。
「あ、あれ? なんか話が逸れてるような……」
「気づいたか」
「もうっ」
「まあまあ。ついでにもひとつ聞くが、最近なんか変わったことなかったか?」
「変わったこと?」
「たとえば、また変なのにつきまとわれてるとか」
「うーん……あれ以降は、とくにないかな。みんなついててくれるし、私も私で、ちゃんと気をつけてるし……」
喜連川が話題のすり替えに気づいたので、再び話を逸らし直す。なんだかんだ聞けばきちんと答えてくれる彼女が、その途中で不意になにかに思い至ったように、徐々に頬に赤みが差す。
はぐらかし過ぎてとうとう怒らせたか? と思ったが、
「えと、あのっ、ひょっとして久坂君が考えてたのってその……私のことだったり、する?」
「いやしねえけど」
ややあって出てきたのは、わりととんちんかんな問い。
その意外さに思わず即座に、正直に返してしまう。
「えっ? あっ、そっ、そうだよね! ごめんねなんかそのっ、ヘンな勘違いしちゃったっていうか……~~~っ」
「や、まあ、気にすんな。いろいろ」
あからさまに動揺し、一瞬で茹で蛸になる喜連川。なんだか気が咎め、こちらまでつい気遣うような調子に。俺に気を遣わせるってのはつまり、相当である。
その後、妙に気落ちした喜連川と並んで、言葉少なに学校へ。
あとはとくにどうということのない学校生活を過ごし、一日を終える。
◆
青山悠希は現在、後悔の最中にあった。
時刻は午後九時を回ったところ。
彼は今、雑居ビル地下にあるクラブにいる。
地元でもガラの悪い一帯として知られる、アーケード街の裏手路地の一軒。
そんな場所に、悠希が来ている理由。
「緊張しているようだね。なにか飲むかい?」
対面に座りそう声をかける男――関矢に呼び出されたからだ。その格好は学校で見るスーツ姿ではなく、端々にブランド感の漂う上品な私服。店の雰囲気とは明らかに不釣り合いなのに、反面妙に場に馴染んでいる。そんなちぐはぐな関矢の印象もまた、悠希の緊張を増す要素の一つではある。
「い、いや、オレは……」
「ああ、もちろん僕の奢りだから、お金のことは気にしなくていいよ。それに飲酒を咎めるような無粋もしないさ。いけるだろう? アルコール」
「そりゃ、まあ……」
「なら僕のおすすめでも。少し酒が入れば、緊張も和らぐさ」
言うが早いか、片手を上げて店員を呼びつける関矢。その態度も注文する様子もやはり慣れたもので、それを見るにつけ悠希の戸惑いもまたいや増す。
いかにも真面目な優男という風貌なのに、この男はいったい何者なのだろうか、と。
ややあって運ばれてきた小洒落たカクテル。緊張で味もわからないままそれを飲み下し、悠希はおずおずと、そもそもの問いを投げかける。
「……それで、あの、今日はどうして、オレをここに?」
「その前に一つ確認、いいかい?」
しかし関矢から返ってきたのは、こちらも問いかけ。会話のペースを掴まれるようで癪だが、それを指摘するほどの余裕は今の悠希にはない。
相手の内心などさして気にした風もなく、関矢は言葉を続ける。
「君が狙っているのは同じ陸上部の、たしか古幸さんだったかな。そして彼女をオトす上でなにかと目障りなのが久坂厳児君、と」
指摘に間違いはないので、一応頷いてみせる悠希。昨日の四限終わり、関矢に話しかけられる前の出来事以外でも、最近の柚はやたらあの冴えない男と一緒にいることが多い。そのせいで彼女に話しかけられなかったことがじつはこれまでも幾度かあり、そのたびに悠希は苛立ちを募らせていた。
「久坂君の尊厳をへし折りつつ、古幸さんにも一目置かれるようになる……そんな方法があるとしたら、どうかな? 青山君」
「ぐ、具体的には……?」
「彼が協力してくれる」
話につられ、ついその子細を訊ねてしまう悠希。
しかしニヤリと笑った関矢がしめした先――背後を振り返れば、忘れかけていた後悔が再び。
「……」
いつの間にそこにいたのか、
無言で佇むのは、巨躯。
巌のように鍛え上げられた肉体。剣呑な目つき。大きな古傷痕まである相貌。
どこからどう見ても、堅気ではない。
加えてその背後にはこちらもいつの間にか、ヤバそうな連中が雁首揃えて集まって来ている。
やくざとその子分。
そうとしか思えない光景に、今更ながらに悠希は思う。
もしかしたら自分は、とんでもないことに首を突っ込んでしまったのではないか、と。




