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“切り裂きキラー”




   ■




 週明けの朝。

 昨夕の雨が嘘のような晴天の下、ややうつむきがちに歩く通学中の俺。

 別に物憂いとかそういうのではなく、たんに昨日覚えたspecialを試しているだけ。


 使っているのは【マッパー】

 端的にいえば、地図表示の力。使うとステータスボードと同質の正方形が投影され、そこに周囲の道や建物の外形などが簡素な線で描画される。表示位置、それから地図の拡大縮尺も任意だが、正方形(マップ)の大きさ自体を変えることは出来ないようだ。


 念じるだけで操作可能という以外は、ネットなどの地図と大差ないようにも思える。

 だが【マッパー】には、人間の位置表示という利点がある。薄い青点でしめされるそれらが現在進行形でうごめく様はなんというか、蟻の観察を彷彿させる。ちなみに俺自身の位置もまた、ややはっきりとした白い点として【マッパー】の常に中央に表示される。


 一度訪れた場所であれば、以降は距離に関係なく常時表示可能。けど人間の位置情報の場合、表示できるのは俺の周囲の存在まで。その代わりでもないだろうが、表示可能範囲内(大体四十メートルくらいか)なら、壁で隔てられようがお構いなしだったりする。

 だからどちらかというと【マッパー】の有用性は、地図自体よりもむしろ人間の位置情報の方によるような気はする。

 たとえば、このように。


「――」

「うわあ!? 呼びかける前に振り向かれたッ?!」


 後ろから近づく五つの薄点。

 うち一つが先行したのを見てとってふり向けば、案の定。


「……やっぱり久坂、気配が読める可能性あり」

「計り知れないな。そこはかとなく」

「いや、足音で気づいたんだろ? ……たぶん」

「だ、だよね……? うん」


 驚く古幸を始め、いつもの面子揃い踏み。

 朝の日差しの下、和やかに歩く美男美女は、どうにもいまひとつ現実味に欠ける。

 なにやら学園ドラマっぽいというか。


「朝から五人そろってんのも珍しいな、そういや」

「あ、ちょうど俺たちもそんな話してた」

「皆所属が違うから、仕方ないことではあるがな」


 どうでもいい発想は置いて適当に話を振ると、それに応えるのは賀集と大滝の男二人。しかし珍しいというなら、この歳まで親密な関係が続いているこいつらこそそうではないかとも、ふと思う。


「今朝もホントは朝練あったはずなんだけどねー。昨日の雨でグラウンドムリだろーって」

「どんまい、ゆずちゃん」

「ううっ、しおりんの気遣いがシミるよぅ……そしてひさびさに朝からみんな一緒で嬉しいよぅッ、あけみんも!」

「わわ、さっちゃんっ」


 古幸が志条と喜連川を巻き込んで、女子三人で団子になっている。

 仲良きことは、なんとやら。


「お? なになに久坂君じーっと見てぇ。キミも交ざるぅ?」

「ささささっちゃんっ?!」

「交ざるっつったら許可すんのか?」

「ええっ!? っと、それは~その~……」

「二人が許可しても、わたしは拒否する」

「さいで」


 ふざけたことを言ってきた古幸に、俺もまたふざけ返す。真に受けて動揺する喜連川も合わせてなにやらざわざわしだすが、一人冷静な志条がひとまず落ちをつけてくれた。


「しれっと言うよな、相変わらず……」

「久坂のああいうところ、少し見習ってもいいと思うぞ、カゲよ」

「……」


 男二人がなにか囁きあっているが、そちらは流しておくとして、

 ふと思いつきで、前を歩く五人に【マーカー】を使ってみる。


「あれれ、また久坂君がこっちをじっと見て……」

「……こっちっていうか、上?」


 【マーカー】は、人や物など任意の対象に印をつける特殊能力だ。

 指定された対象は、その直上に頂点を下に向けた円錐型の(マーカー)が浮かぶようになる。

 五人の美男美女の頭上に安っぽいCGのような立体が浮かぶ様は、いわく言いがたい意味不明さがあるが……例によってこの印は俺にしか見えないため、そう感じるのもまたこの場では俺だけということになる。


 【マーカー】を付与できる対象は、俺が視認しているもしくは【マッパー】上に表示されているものに限る。ただし距離制限があり、これは【マッパー】の人間位置表示範囲と一致する。【マーカー】付与対象は【マッパー】上でも強調表示になることからも、【マーカー】は【マッパー】ありきの力なのだろう。


 ともすればただ印をつけるだけに思えるこの力

 一応、他にも有用そうな活用法もあったりはするが……


「なんでもねえ。ちょっとぼうっとしただけだ」

「久坂、わりといつもぼーっとしてない?」

「お(めえ)にゃ言われたくねえななんか。志条」


 それは今は置いて、ひとまず喜連川らの滑稽な状態の頭上から目を離す。

 ついでに志条からされた失礼な指摘には、しかし否定が出来ないのがなんともな感じだ。


 ちなみに【マーカー】には十六個という付与限度数があり、それを超えると古い順から消えていく。もう一つちなみに、地味に色分け機能もついていて、赤、黄、緑、青の四色が指定できる。

 けど今はとくに必要ないだろう。ということで五人の付与【マーカー】はすべて、特別こちらが指定しない場合の赤となった。






 昼休み。


「……最近さぁ」


 出し抜けに、端末片手にそう呟いたのは古幸。

 もはや定位置と化した俺の前の席に座り、当然のように自分の弁当を俺の机の上に広げつつ。


「なんとゆーか、物騒だよねー世の中」

「いきなりどうした? 柚」

「暇なサラリーマンみたいなこと言いだしたな」

「あー、こーんなピチピチの乙女捕まえて、シツレイなスグルくんだなー」

「それよりさっちゃん? 食事中にお行儀悪いのはダメ」

「あっはい気をつけますです……」


 珍しく厳しめな口調の喜連川に、ながら食いを指摘され縮こまる古幸。そういう態度も取れるのかと感心半分に見ていたら、その視線に気づいた喜連川の方が、今度は縮こまる。


「で、さっきはなにを見てあんなこと言ったんだ? 柚は」

「ああうん、ほらアレよ。L県に出たっていう――」

「“切り裂きキラー”?」

「そうそれ!」


 賀集の問いへの実質的な答えを、ぽつりと呟いたのは志条。それを受け古幸がぱちんと指を鳴らし、再び喜連川に軽く見咎められてしゅんとする。懲りねえな。

 さておき、


 “切り裂きキラー”


 世情に疎い俺でも、その呼び名は聞き及んでいる。

 正直感性というか正気を疑う呼称だが、しかしそれが自称とあれば、誰にどう出来ようか。

 明らかに有名な連続殺人犯をもじっただろうそれは、反面とくにひねりなく、現代のこの国で発生している連続通り魔の名だ。


 被害者の数は確定しているだけでも三十人以上。断定されていない犯行も含めれば五十を超えるのではないかとさえ言われている、近代最悪とも呼び声高い凶悪犯。

 そのふざけた名がしめすとおり、手口は例外なく刃物による殺傷。全身不特定の箇所をばらばらに刻まれているにもかかわらず、被害者にはろくな抵抗の跡もないのは特筆すべき点か。

 もう一つ特筆すべきは、犯行現場にほぼ必ず残されるという紙切れ。そこに記される文面は毎回違うが、自身をしめす名称として“切り裂きキラー”という語が使われているのは共通しているという。

 まさに劇場型犯罪といって差し支えない事件の概要。そのせいか模倣犯や信奉者まで出てくる始末で、今やちょっとした社会現象といっても過言ではなくなってきている。


 そんな世間の評判はどうでもいいが、

 しかし“切り裂きキラー”という存在自体には、少し関心があったりする。

 いわく、そいつ“レベル持ち”なんじゃなかろうか、と。


 たとえば“切り裂きキラー”のような犯行なら、俺でも可能だろう。手頃な刃物さえあれば、レベルの無い人間を抵抗させることなく殺すのはきっと難しいことではない。

 おそらくあの槍男にも出来たはずだ。だが奴が“切り裂きキラー”という可能性は、ないだろう。直近の犯行がL県で起きたのは、奴が死んだあとだし。


 なんにせよ、常識外れの身体能力を発揮できる“レベル持ち”ならば、非常識ともいえる犯行も可能。“切り裂きキラー”が“レベル持ち”であれば、探して殺すことも俺としてはやぶさかでもない。

 ただ、


(犯行の証拠――死体が残ってんだよな、この場合)


 このことが“切り裂きキラー”=“レベル持ち”説の反証になってしまう。あるいはなんらかの方法で死体がその場に残るようにしているのかもしれないが、わざわざそうするのも妙な話だ。


 ということは、やはり“切り裂きキラー”はレベルとは無関係?

 けどそうなると、レベルも持たずに異常な犯行を繰り返せる変人がいるということになるが。


「恐いよねぇ。しかも予想進路だと次はQ県(ウチ)通るかもしれないとか!」

「そんな台風みたいに……」


 被害場所が点々と移動していることから、全国を渡り歩いているのではないかと見られているその変人。大体月一で被害を出し、次の犯行はほぼ必ず隣県で起こる。なるほど確かに古幸の言うように、変人というよりいっそ災害かもしれない。


「まあ、学校側からもなんらかの通知はあるだろうな。今日のホームルームあたりにでも」

「犯行って、たしか夜遅くなんだよね? 普通に出歩かずにいい子してればだいじょぶじゃない?」

「完全に安全、とはいえなくとも、実際狙われる確率はだいぶ低くはなりそうだな」


 それから二言三言、“切り裂きキラー”の正体についてああだこうだ言い合う面々。


「――ね、久坂君はどー思う? さっきから静かだけどさっ」

「あ?」


 それを聞くともなしにしていたら、俺にもお鉢が回ってきた。正体はいざ知らず所感なら先に考えたとおりだが、その内容を正直に言う気にはさすがになれず。

 だからその代わりにでもないが、


「とりあえず、喜連川の顔色があんまよくねえのはいいのか?」

「……あ」


 一人だけ浮かない顔をしていた喜連川について指摘。

 それに気づいて取り繕おうとし、しかし全然取り繕えていない顔色の当人。


「うわーんごめんあけみん! だよねぇニガテだよねぇこーいう話! おまけにこないだあんなことあったばっかだしぃーッ!!」

「わっ、ちょ、だいじょぶ、大丈夫だからさっちゃんっ。よ、よしよししすぎだからっ」

「ん。なにが出ても、今度はわたしがちゃんと守るから」


 それを慌てて慰める古幸。そこに志条も加わって、団子と相成る女子三人。


「流行ってんのか? 団子になんの」

「さあ……」

「大体こういう感じではないか? 女子というのは」

「そんなもんか」


 呆れ半分に見守る野郎三人。

 それはさておいて、やはり実際に確かめてみるに限るのだろう。

 “切り裂きキラー”の正体は。






 そして早速とばかりに出歩いてみた深夜、


「――フフッフフフフゥ」


 近寄るのは、珍妙に笑う白い変人。


 その手前の路上に、飛び散る血糊と、

 転がった腕。


 俺の、左腕。


「……………………」


 両足を投げ出し、塀を背にして座りこみ、

 無言で星空を見上げ、溜息を吐く。

 そして思う。


 こんなのありか? と。

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