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コンディション・グリーン


 首謀がぶっ飛ばされた先は、ちょうど正面入り口から見えたドアの方。

 そこへ激突し、そのままドアを無音(・・)で破り、諸共廊下へ。


 俺の足が室内の床についたのは、それと同時。

 ざっと眺めれば、室内の幾人かは俺の乱入に気づいて唖然としている。しかし半数くらいはいまだ行為に没頭中。“ガラスの割れる音などが全く響かず”、かつ“侵入直後は俺の姿が見えなかった”のだから、無理もない話とはいえ。


 ここへ押し入る前にかけたmagic。

 うち一つは〔消音〕で、効果は“対象から音を奪い去る”というもの。

 対象は生物無生物を問わないが、生物にかけた場合はその行動にかかわる一切の音が消失する。だから窓を破った時はもちろん、“俺の行動”で吹き飛ばされた首謀もまた、一切その物音を発しなかった。


 もう一つは〔影無〕。こちらも生物無生物問わず、かけた対象はその姿が消える。

 たんに透明になるのか、あるいは視認が出来なくなるのか、そのへんはわからないが、とにかくこれをかけたものは単純に“見えなくなる”。

 ただ、他者に気づかれるとこのように解除されてしまうらしい。〔影無〕の効果は見えなくなるだけ(・・)なので、触れたりなどすればばれる。ましてこちらからぶん殴りに行けば、なおさら。


 さておき、首謀は確実に殺すとして。

 であればその目撃者たりうるこの場の全員もまた、生かしておくわけにはいくまい。

 【見る】限り“レベル持ち”もいないし、ここは手っ取り早く片すか。


 〔衝撃〕


 念じると一拍おいて、室内の数人がまとめて爆ぜる。


 この〔衝撃〕は、現状俺が持つ中で最も威力のある攻撃用魔法。

 効果は不可視かつ謎のエネルギィ炸裂という形で現れる。

 〔火炎〕のように弾は飛ばないが射程は存在し、それ自体は〔火炎〕等よりも短い。

 その代わりに広い攻撃範囲を持ち、ゆえに先のように複数人を同時に巻き込める。射程が短いといってもこの部屋程度(大体教室くらいの広さか?)なら問題なく届くので、この状況にはうってつけといえる。


 〔衝撃〕〔衝撃〕〔衝撃〕と。


 続けざまに、室内に魔法をばら撒く。

 複数の魔法を同時に展開できればより手っ取り早いのだが、一度に発動できるのはあいにくひとつの魔法だけ。しかも〔衝撃〕は念じてから実際の効果が現れるまでに若干の間があり、受ける側に対処の機会を与えることにもなりうる。


 とはいえそれも、この場ではなんの問題にもならないようだ。

 ただでさえお楽しみだったところへの、突然の奇襲。

 それも“見えない魔法”という攻撃手段に、レベルの無い人間が対処できようはずもなく。

 ほどなく部屋は床一面に人間だったものが散らばるだけになり、やがてそれらも〔衝撃〕を喰らった順に消え始めていく。


「――! これはっ、消えていく、ということは……!」


 と同時に、廊下へぶっ飛んだ首謀が戻ってきた。部屋の様子の見て驚くその顔は、なんというか、ややくたびれた感じの普通のおばさんで、宗教団体の長らしい威厳などは備わっていない。少々ふらついているということは、先の不意打ちはそれなりに効果があったのだろう。

 ならばここは、たたみかけよう。


 もう一撃くれるべく、おばさんへ全力で駆けだす。


 が、


「ッ! “止まりなさい”ッ!!」

「!?」


 気づいたおばさんが必死の形相で放った命令。

 それを聞いた途端、踏み込んだ足がぴたりと止まってしまう。


「っ?」

「……フ、ハ、アハハハハッ! ど、どうやら間に合ったようですねっ!」


 俺の意思とは裏腹に、足は床に貼りついたように一歩も前へ進まない。

 それを見たおばさんの表情が、動揺から得意げなものへと徐々に変わっていく。


「消える死体……そう、貴方もまた、私と同じ選ばれた存在ということ……しかもなにやら凄まじい力を持っているようですが……フフッ、それでも、私の力の前には無意味だったようですね」


 残り大股三歩ほどの距離を挟んで、おばさんが不敵に微笑む。

 一方の俺は足どころか、指一本まともに動かない。ならば魔法ならどうかと念じてみて、どうやらそちらも駄目らしいと理解してしまう。行動はおろか、敵対手段全般が封じられているのか。

 おばさんのmagicかspecial、なのだろう。

 そういえば、自分のステータスは今どういう状態――condだろうか。

 そう思い確認しようとし、




 てーんてててんてんてーん

〈レベルがあがりました〉




「あ」

「!?」


 不意に響くあの音声に、つい反応して声が出てしまう。ということは、〔消音〕は効果切れか。こちらは行動如何にかかわらず、単純に時間経過で解除される。ちなみにその時間は、約一分ほど。

 出し抜けに声を上げた俺におばさんがびくついているが、それは置いて。

 思えばNXTの値が10くらいだったか。いたしていた中年連中の人数もそのくらいだったな。

 内心頷きつつ、期せずして表示状態になったボードに目をやり、気づいたこと一つ。


「……フ、フフ、声で動揺を誘おうとしても無駄ですよ? まあ、今の貴方にはそれくらいしか出来ないでしょうが」




〈name:迎田 紗絵 class:霊媒師 cond:通常 Lv:16 HP:35〉




 そちらもまたひとまず置いて、おばさんの方へ目を向ければ、気づいたこともう一つ。

 最初は見えなかったはずのLvとHPを、【見る】ことが出来るようになっている。そのレベルはくしくも今の俺のものと同値だが……つまり自分のレベルより上の相手だと閲覧制限がかかるのか。

 得られた気づきはおくびにも出さず、表示からおばさんへ視線を戻し、機を窺う。


「あら? よく見れば貴方、久坂さんの家の息子さんですね?」

「……」


 すると今度は向こうが、俺の素性に気づいたようで。


「そう、なるほど……フフッ、たしかに今日勧誘に向かわせたのは、そちらの区画でした。私の施術をなんらかの手段で見破り、それで貴方は一人ここへとやって来た……そんなところでしょうか」


 妙に楽しげな様子で一歩、こちらへと近づくおばさん。


「先程の力からして、私を討てる自身があったのでしょう。けど、フフ、暴力だけではどうにもならないこともあると、学びましたか? 授業料は高くつきましたね、フフフッ」


 己の力を誇示するかのような態度。

 けどまあ、反論は出来ないか。人心(人身?)掌握的な力を持っていそうなのは、あのびらやここが宗教団体であることからも想像つきそうなもの。それに気づかず(というか知ったこっちゃねえやな気分で)乗り込めば、無謀とそしられるのも仕方ない。

 一応〔障壁〕をかけてはおいたんだが。“魔法攻撃を軽減する”magicだったが、おばさんの力の方が一枚上手だったらしい。

 ちなみにだが〔防壁〕もかけてある。こちらは“物理的攻撃を軽減する”効果。


(けどそっちもどのみち、役にゃ立たなかったか)

「しかし、せっかく集めた信者が、貴方のせいで無駄になってしまいましたね。……けど考えようによっては、貴方という駒と引き換えともとれますか」

「駒?」


 内心嘆息していると、おばさんがもう半歩近づいてくる。


「そう、駒……フフ! 私の力で“霊魂を縛った”貴方は、これから一生私の意のまま……フフフッ! そう考えるとむしろ貴方は海老で釣れた鯛でしょうか? 強力な力を備えているようですし、それに貴方を通せば、ご家族も穏便に私の下へ引き入れられるでしょうし……!」

「……」


 それからそんなことを言う。

 欲に濁ったような、正視に堪えない目で。


「……なにか勘違いしているようですが、」

「?」

「先程までここで行われていた“集会”――あれはたんに情欲を貪るだけの行為ではありません」


 げんなりした俺に気づいたのか、おばさんが言いわけじみたことをつけ加えてくる。


「私の力は霊、魂、すなわち“命”を司るもの。あの“集会”は、いわば“命の営み”……」


 しかし続いた言葉は、言いわけというよりも出来の悪い生徒に諭すような口調で。


「……そして私たちが力を高めるには、“他者の命”が必要。――ここまで言えば、想像がつくのではありませんか? 私がなんのために“集会”を開いていたのか」


 そうして締めくくった言葉を聞いて、俺はなんともいえない気分ながらも、納得はする。

 なるほど。


 要は人ならば生まれていなくとも(・・・・・・・・・)EXPは得られると。

 それで大勢の人間を集め、せっせと無節操に種付け(・・・)させていたわけか。


 なんつうか、普通に殺すよりも悍ましい方法な気がするのは、なんだろうな。

 もちろん俺が言えた義理ではないというか、やってること自体はどっちもどっちだ。だからそれに異を唱えたり、非難したりという資格は俺にはない。

 俺には取れない方法だから、どうでもいいともいえる。俺にも〔浄化〕という、人の霊とか魂に作用する魔法はあるが、あれは“不死者”にしか効かないし。

 逆におばさんは、“生きた”魂に作用する力を持っているのだろう。でなければ“生まれたばかりの魂”――命を殺してEXPには出来まい。


 俺が得心いったのを見てとったおばさんが、さらにもう一歩近づいてくる。

 彼我の距離は、もう目と鼻の先。どうでもいいが、若干加齢臭がする。


「理解できたようですね? もちろん貴方の家族も、これからは晴れて“集会”の一員です。久坂さんたちが協力してくださるなら、これからはより信者も集まるでしょうね? ――ああ、貴方にだって当然、参加の資格はありますよ? フフフ! 学校のお友達も誘ってみたらどうでしょう? 貴方の年頃なら気になる子の一人や二人、」

「あ、もういいや」


 とりあえずもう充分に油断は誘えただろうと判断し、

 俺は拳を(・・)思い切り振り抜いた(・・・・・・・・・)


「――っぶ?!?」


 動けるはずがないと思いこんでいた相手に突然殴られ、

 ろくな反応も出来ずに拳を顔面にめり込まされるおばさん。

 そのまま部屋の入り口付近までぶっ飛ばされること、再び。


「――まだちょっと残ってんな」

「っ゛!?」


 それを追い、【見る】でわずかに残ったHPを確認し、倒れたその首を踏みつける。

 嫌な感触。痙攣。

 今度こそおばさんは絶命し、その遺体は例によって消えていき――




 ててててててーんてててんてんてーん

〈レ〈レ〈レ〈レ〈レ〈レベルがあがりました〉




「うん、うるさい」


 でなくて、レベル上昇。




――status――


 name:久坂 厳児

 age:15      sex:M


 class:―

 cond:通常


 Lv:22


 EXP:273  NXT:2


 HP: 123/ 123

 MP:  54/  54


 ATK:152

 DEF:124

 TEC: 56

 SOR:144

 AGL:126


 LUC:Normal


 SP: 253/ 253




――magic――


〔治癒〕〔蛍光〕〔浄化〕〔火炎〕〔雷鳴〕〔氷結〕

〔賦活〕〔解除〕〔防壁〕〔睡眠〕〔瘴毒〕〔消音〕

〔医療〕〔守護〕〔障壁〕〔衝撃〕〔影無〕〔幻奏〕

〔悠揚〕〔光彩〕〔放棄〕〔魔玉〕〔幻影〕〔暗闇〕


――special――


【防御】【回避】

【警戒】

【挑発】【威圧】

【見る】

【マッパー】【マーカー】





 終わってみれば、ずいぶんと呆気ない。そんな印象を抱く。


 おばさんのなんらかの力によって、動きを封じられたはずの俺。

 それがなんの問題もないかのように反撃に転じられたのは、ひとえに直前のレベル上昇のおかげ。


 槍男の件で判明した、レベル上昇時のHP等の全回復効果。

 あれはどうやらcondにも適用されるらしい。乱交集団の分でのレベル上昇時、気づいたことのひとつ目がまさにそれ――ボードの“cond:通常”の表示だった。

 普通に「あ、動けるな」という感覚も同時に得られたが、すぐに攻勢に転じなかったのは、おばさんとの距離にやや開きがあったから。油断が見てとれるまで待つべきとの判断だったが、ちょうど殴りやすい位置へ接近までしてくれたのは、いい意味での誤算か。


 言ってしまえばたまたま都合のいい流れだっただけでもあるが、

 たとえレベル上昇での回復効果が無くとも、〔賦活〕でどうにかなったような気もする。

 “状態異常の回復”魔法である〔賦活〕は、たとえば俺の所持魔法の中では〔睡眠〕等への効能がある。おばさんの力にも、たぶんだが効いただろう。


 下手に利用しようなどと思わず、動きを封じられたとわかった時点で即座に俺を殺さなかったのが、要はあのおばさんの敗因か。おかげでこちらは生き延びられたのだから、文句などあろうはずもない。


 ふと、雨音がかなり強くなっていることに気づく。

 遠くでは雷の鳴る音も。この様子だと通り雨だろうから、止むまでここで待つのもいいが……

 むしろ逆に、今帰った方が目撃されにくくなって都合がいいかもしれない。雨だと痕跡が残りにくいとも聞くし。遺体などは消えても、ここへ侵入した痕跡までは消えていない。割れた窓とか。


 であれば、さっさと立ち去ろう。

 けどその前に一応、他に誰かいないか建物内をざっと見て回っておく。

 そうして無人を確認した俺は、割った窓の枠を再び跳び越え、雨の中を駆け出す。

 レベル上昇の恩恵を、そこはかとなく感じながら。雨で誰も見ていないのをいいことに、また一段と速くなった足で、俺は家路を行くのだった。

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