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ショート 恐竜とAI(全四品。9/5に一皿追加)

作者: 間の開く男

とある放送で出されたお題を元に書いたものです。

三題噺のお題

 AI

 恐竜

 風呂 or ルビ


◆風呂


 恐竜を再生させるなど、土台無理な話だったんだ。主任がそう呟くのを聞いて……私はある映画を思い出してしまった。

 我々はプロジェクトを凍結させるとともに、残された資金で悪あがきを始めた。

 集めた資料から人工皮膚を使い、恐竜の質感をもたせたロボットを作り出し、AIで制御させる。

 擬似的な恐竜、sAIrus(サイルス)だ。

 彼らは食物連鎖を形成し、想定通りの行動をしてくれた。しかし……いくつかの問題点があった。

 トイレには行かない。子孫も残さない。そして風呂に入らない。

 どれも生活の上では欠かせないもののはずだが、AIとしては不要だと判断したのだ。

「水浴びする恐竜がみたいんじゃああ」と駄々をこねる主任を見て、我々は決断した。彼の望みを叶えようと。

 様々な動物たちの風呂に関する情報をAIへと無理やり学習させ、ようやく風呂が必要なものだと判断して貰えたようだ。

 大きな湖まで牽引する。緊張の瞬間だ……首長竜を模した一頭が湖へと入っていく。

「待った! 耐水処理はまだだ!」技術者の一人が叫んだが、もう水の底に沈んだ後だった。

 我々はAIよりも合理的な判断が出来ない、そう、忘れるという致命的な欠陥があるからだ。


◆ルビ


 自動判断システムは複数のパーツにより成り立っていた。車や飛行機など旅客部門における自動制御、株価や金銀の相場などを取り仕切る市場制御などが有名だろう。

 小さなパーツではあるが、私が担当している部門がある。この文章の自動判断だ。

 ヒトに理解されやすくするためにはどのようにすれば良いか、文字を食わせて文章を生み出させるAI。

 どんなものかと新聞記者に聞かれたから、目の前で実演することにした。さっきもらった名刺を挿入口へと近付ける。

右恐 竜太郎(しんぶんきしゃ)

 ほほう、と頷く記者へと胸を張る。私も試してみていいですか? と聞かれたのでどうぞと場所を明け渡した。

松岡 曜弧マッドサイエンティスト

 ほ、ほらこの通り。毒舌だって言えるんですよ、と誤魔化そうとしたが疑いの目を向けられたままだ。

 ならば、と記者が鞄から、先程私が渡した自動判断システムのパンフレットを取り出し、無理やり挿入口へと突っ込んだ。

 

「自動判断システムは世界をより良くするために開発されたAIの複合体です」

 画面上へ表示された文字へ、ルビが振られていく。

自動判断システム(わたしたち)は世界をより良くするために開発され(つくられ)AIの複合体(ふようひん)です」


 突然、マシンの電源が落ち警告音が館内に響き渡る。各セクションの代表無線が入る。

「誰だ、システム全体が止まったぞ! 一体何をした!」

 私は微笑んだ。パンフレットを吸い込ませた張本人である記者は床へとへたり込み、とんでもないことをしたと頭を抱えている。

 自己否定させることで機能不全を起こせるか、という私の密かなテストは無事に完了した。


◆お風呂 ボツ案

 究極の風呂を追い求めてここまで来てしまった。アンドロイドの女将が私を出迎えてくれたが、やはり緊張する。この温泉旅館は人件費削減のモデルケースとして紹介されるほど有名で、中々予約が取れない事でも有名だった。

 部屋へと案内されるなり、荷物を全部ロッカーへと押し込んだ。必要なのは浴衣とタオルだけだ。

 水分補給をしっかりと済ませて大浴場へと向かう。ふかふかの廊下はスリッパごと沈み、浮足立っている私を少しだけつんのめらせた。

 人によって好みの泉質が異なる。それをリアルタイムに脳波から読み取って温泉に適用させる。もちろん、マニュアルでどのような風呂が良いかも選べるようになっていて、この大浴場は貸し切りで取っておいてもらった。この2時間、私は好きなだけ温泉を楽しめる……まずは目玉である「露見風呂」から浸かることにした。

 堅すぎず、柔らかすぎず。肌にしっとりと吸い付くような泉質で、ゆったりとした気分を味わっていたらいつのまにかジャグジーになっていたりと度肝を抜かれる。ほほう、こんな極楽があったとは。これじゃ予約が取れないのも納得だろう。

 気がつけば一時間などあっという間だった。急いでメニューパネルから別のものを注文する。

獅子噴迅(ししふんじん)」は下から突き上げるような水流で体が持ち上がり、レジャー施設に来ているような浮遊感を味わえた。下を見ると、どこかの国の観光地にあったライオンの像から水が出ているように投影されていて、設計者の遊び心に驚いた。

「あいまいもこもこ」はバブルによる癒やし効果を狙ったもので、お子様に人気という謳い文句に嘘はなかった。

金角銀欠(きんかくぎんかく)」は詰将棋が出来る仕組みで、湯気に駒が映し出される仕組みになっていた。

畏風洞道(いふうどうどう)」の薄暗い演出はなかなかに好きだった。温泉自体の温度がぬるくなったり冷たくなったりするのは盲点だった。

万物流展(ばんぶつるてん)」に関しては目が回った。流れるプールのような波が形成され、ベルトコンベアで運ばれる荷物の気分が大変よくわかった。

 気がつけばあと10分しかない。しかしまだ種類がある。

 私は咄嗟に「古王魂来(こおうこんらい)」を選択した。

 温泉がどろりとした感触に変わる。そして、泥の匂いが充満する。湯気に投影された森や山、遠くには鳥……いや、アレはプテラノドンか。なるほど、古い王とは恐竜の事だったか……何処からともなく大きな鳴き声が聞こえてきて、私は巨大な恐竜に飲み込まれた。食道から胃へと滑り落ちていく様子が投影され、最終的には薄暗い、ピンク色をした壁が映し出された。泉質も炭酸系のものなのかしゅわしゅわと音を立て……溶けるような心地が身を包む。

 

 私は風呂から上がって浴衣を着ると、部屋へと戻った。こんな素晴らしい旅館なのだから一人でも多くのヒトに来て欲しい。ここに泊まらない、泊まったとしても温泉に浸からないなど考えられない。そして是非とも「古王魂来」を選択するべきだとレビューに書いた。脳波の読み取りが甘かったのか、まだ体がなじまない。



◆恐竜(せっかくブックマークを付けていただいたので軽く追記)


 フンの化石から復元したそれは、紛れもなくドラゴンだった。遺伝子情報を食わせたマシンをもう一度確認したがエラーを知らせる警告表示は無い。

 画面上に立体表示されるソレを見つめながら私達は喜んだ。

「おいおい、本当に居たってのかよ、この世界に。なら俺は姫を守るナイトにならなきゃな」

「バカな事言ってないで考えて。これを生成するべきか……それより学会に先に報告を入れなきゃ」

「待てよ。俺たちで独り占め出来るのは今だけだ。報告なんかしたらその生成ボタンすら押させてもらえなくなるぞ」

 画面端に表示された赤いボタン、「生成」の文字を押すだけでこのホログラフが生身となる。

 

「押してから考えましょうか」

「流石だぜマイハニー! そのぶっ飛んだところが大好きだ!」

 生成されていく過程はグロテスクだったが、骨格や筋肉の付き方は研究データ通りのものだった。当然か、調べて入力したのは私なのだから。

 

 翼の先端部分が実体化する前に、彼が言う。

「このサイズじゃ背中に乗ることは出来ないだろうなぁ……」

「一体何をしようとしていたの?」

「ほら、ドラゴンを操るナイトとか最高にカッコイイだろ?」

「奥さんが呆れて出ていった理由がなんとなく分かったわ。私の感動を邪魔するくらいなら黙っていて欲しいのだけれど」

「ツレないねぇ……。生成が終わったら呼んでくれよ?」

 恐らくコーヒーを淹れに行くのだろう。彼はテーブルの上から二つのカップを持ち上げて実験室から出ていく。

 

 生成が終わると同時にソレが瞬きをした。

 小さな、爬虫類特有の二つの目が私を見つめる。それを見つめ返しながら「ドラゴン……」とつぶやく。

「その通りだ、大きな人間。しばらく見ないうちに大きな種族も誕生するようになったのだな」

 

 叫んだ。生まれてから一番大きな声で彼を呼び、実験室の壁まで這いずって移動して距離を取った。テーブルの縁に前足を揃えて置くソレが、追い打ちをかける。

「そう驚かなくてもよかろう」

 聞き間違えではなく、喋っている。

 

「どうしたハニー! うぉああ! ドラゴンだ!」

 両手に持っていたカップはどこかへと放り捨てられ、テーブル上のソレに近づいていく彼を止めようとしたが、驚きのあまりか言葉が出てこない。

 

「うわー、翼はこうなっていて……ちょっと失礼。おほほぅ、鱗じゃん。つやつやでガサガサでごつごつしてて、トカゲとワニの中間くらい?」

「失敬な。撫で回すな、無礼者! その指を噛みちぎるぞ!」


 人間以外が喋っているというのに驚きもせず両手で持って逆さにしたり、翼の先端をつまんでバサバサと羽ばたかせてみたり。

 彼には恐怖心というものが無いのか、好奇心で上書きされてしまったのか。脳がバグってんじゃないのか。

 

「やめんか! 飛ぶ姿が見たいのであればそう言えばよかろう。(ハネ)慣らしに飛んで見せてやろうではないか……」

 テーブルの縁から数歩下がり、両翼を数度はためかせる。四足で金属製のテーブルを前へと強く蹴り、テーブルの縁からソレが飛び立った。

 彼の真横を通り過ぎ蛍光灯をかすめながら、複葉機の曲芸飛行のような横回転を見せたかと思えば床スレスレを飛行し、私へと向かってくる。小さな口を大きく開けて、私の鼻を噛みちぎろうと突っ込んで来る……思わず目を瞑ってしまったが、鼻に当たったのは翼の送り込んだ風だけだった。元居た場所へとトスンと着地し、彼の方へと振り向いた。

 

「感想の一つも出ないのか、人間よ」

「…………うぉおおおおおお!!!! かっけえ!! まじかよ、目の前にドラゴンが……憧れの……」

「……泣くほど優雅な飛行だったか? おい、人間。立って感想の続きを述べろ。ほら、二本足でも立てる事を見せてやるから、顔だけでも上げろ。ほれほれ……」

 尻尾を振ってアピールする手乗りサイズのドラゴンと、小さな頃からの憧れを目の前に感涙する彼。

 前足を上げてバランスを取るドラゴンを手で制止しながら、彼の肩を叩いた。

 

「涙にはまだ早いわよ。私達はこの状況を正しく報告しなきゃならないの。コーヒーを淹れて来て、報告書をまとめるわよ」

 わかったよ、ハニー。小さく頷いた彼は体育座りからゆっくりと直立し、床に落ちたカップを拾い上げた。

 

「なるほど、人間が大きくなったのではなく……私が小さいのだな?」

「ええ、そうです。復元出来るサイズには限界がありまして。フンドラさんは元々どのくらいの大きさだったのですか?」

「人間が縦に三人積み重なったくらいだろう。前に戦いを挑んできた勇者の話だが、私の首を切り落とそうと肩車をしながら近づいて来てな? 尻尾で足払いをしてやったら、生えてもいないのに尻尾を巻いて逃げていきおった」

「武勇伝はほどほどに。あなたはフンの化石から復元されたのですが……ドラゴンを食べるような生き物が居たのでしょうか」

「記憶が定かではないが、憤って誰かの首元にかぶりついたような気もする。しかし思い出せないのだ」

「もしや、相手も貴方をかじって……消化されたのではないでしょうか」

「そうかも知れないが、そうでは無いのかも知れない。しかし……フンから復元と聞いただけで体が臭う気がしてきたな」

 すんすんとテーブルに顔を近づけて匂いを嗅ぐ彼へと指示を出す。

「ねえ、コーヒーを淹れた時のお湯はまだ残ってる? それとフライパンがあったら持ってきて欲しいのだけれど」

「任せろハニー。君の雑用こそが生きがいだ」

 生きがいが色々あって羨ましい。肩を揉むのも資料をまとめるのも生きがいと言っていたし、意外と愛妻家だったんじゃないだろうか。


 恐らく通路にある色々な物を蹴倒しながら、フライパンと湯気を立てるヤカンを持った彼が戻ってきた。

 

 フライパンの中へと着水し、毛づくろいならぬ「翼つくろい」をする小さなドラゴンを見ながら、彼がささやいた。

「これを報告したら一生研究動物扱いになるんだよな」

「……悲しいけれど、そうでしょうね」

 器用に前足で鱗を撫でるドラゴンを見ながら、彼へと小さな声で提案する。

「うっかり窓を開けて逃げられた事にしてしまったら、研究者としては失格なのかしら」

「……そういう悪知恵がポロリと出てくるところも好きだぜ、俺は」


 用意していたタオルなど使わず、口から吐いた炎で自身を乾燥させる恐ろしい竜へと告げる。

「最初で最後のお願いがあるんだけれど、聞いてもらえないかしら?」


 窓の外で滞空する竜へと別れの言葉を伝えて、空の彼方に消えるまで手を振った。

 研究データには「AIの故障により復元は失敗した」とだけ記載した。

 研究を続けていけばいずれこの嘘はバレてしまうのだろう。

 あの竜が再び自由に空を飛ぶ事に比べたら、叱責なんてどうでもいい事だ。

 ハンカチを片手に涙を流している彼をなぐさめつつ、私はフンの落とし主についての研究を再開する。

 人類が再びドラゴンと共に暮らしていける日が、いつか来るのだと信じながら。


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