新しいステージ
ライブ当日ー。ライブの最終調整のために朝早くから楽屋入りする。楽屋なんて初めてだったのでテレビみたいだとしか思い浮かばなかった。衣装に着替えてメイクをしてもらいリハーサルを行う。もうすぐ、もうすぐ俺の初めてのライブが始まるんだ…。緊張に震えていると美優からラインが来た。
「もうすぐライブだね!」
「千恵莉ちゃんと二人で見守ってるからね!」
「ファンをみんなお母さんだと思えばいいから!」
美優からのラインにクスリと笑っていると後ろから健太に抱きつかれた。
「キョンキョン笑ってる〜誰から?彼女さん?」
「ち、違うって!」
「うちは恋愛禁止だからね」
「分かってるよ…」
例え恋愛の範疇に入れてもらえなくてもいい、俺の姿を千恵莉に見てもらえたら…。男性として好きな人の前に立てることに淡い期待が込もる。
「よっしゃ!本番前に円陣組もうぜ!」
「武男くさいな〜」
「そこが武さんの良いところです」
「はは、こういうの部活みたいで楽しいな!」
男同士のやり取りに少し感動しながらメンバーと肩を組む。玲斗だけはここに頑なに入ろうとしない。
「玲斗…昨日は俺も言い過ぎた。でも今日のライブはどうしても成功させたいんだ!だから頼む…」
俺は玲斗の目を見て真っ直ぐに自分の思いを伝えた。玲斗は俺の目を見つめ返すと、諦めたのか円陣の中に入ってくれた。
「よし気張っていくぞ!」
「おおー!」
メンバーの掛け声が重なり楽屋内を揺さぶった。
ライブ本番、ステージの脇に待機していると、観客がライブハウスいっぱいに入っていることが見れた。実際にファンを目の当たりにして胸がドクンと力強く打った。俺は緊張しながらも観客の中から美優と千恵莉を探すが見当たらない…。後ろの方だろうかと思案している内に司会のアナウンスが流れる。
「さぁ皆様お待たせ致しました!5changesのライブスタートです!」
ステージの光が消え、暗転。からの一斉に五人がステージに現れる。観客からは黄色い歓声が溢れかえった。5changesのメイン曲のイントロが流れて五人が動き出すと観客はそれを静かに見守った。そして歌い始め第一声は俺からだ。観客は喜びあまりの歓声に負けそうになるが、ここは俺のステージだ。歓声の上をいく声を張り上げて歌った。フレーズごとにメンバーが変わるがわる歌っていく。練習はしたが、歌とダンスを両方することはすごい労力で、一曲目が終わる頃にはすでに汗がとめどなく流れていた。曲が終わると観客の声援がライブハウスにこだまする。俺達はステージに並んで立ち観客に一礼した。そしてリーダーの武が話し出す。
「みんな、今日は来てくれてありがとう!」
武に応えるように観客が拍手をする。
「みんな知ってると思うけど、恭弥が事故に遭って記憶喪失になったんだ」
「でもこうやって元気に復活してくれました〜!」
健太の叫びに観客が拍手で応える。観客からは恭弥と名前を呼んでくれている人が数人いた。俺は皆の気持ちを受け止めて一歩前へと進み、ライブ会場を見回した。皆期待の眼差しでキラキラと輝いている。人をこんなにも輝かせられるアイドルってすごいんだなと、息切れと緊張で朦朧とした頭の中で思った。
「みんな、帰ってきました…中井恭弥です!」
俺は改めて自分の名前を言う。自分は中井恭弥なんだと焼き付けるように。
「今日、みんなに来てもらえて、すごく…嬉しいです…」
話しているうちに大粒の涙が頬を伝わり、声が萎んでしまった。俺が泣いているのを見てファンももらい泣きしている。
なんでだろう、人に切望されることが嬉しいのか…男として世間に出れたことが嬉しいのか…俺の心の中は感動でいっぱいになっていた。
他のメンバーに慰められながら涙を拭い、一呼吸置いて話す。
「だから、みんなに楽しんでいってもらえるように頑張るから!見ていてください!」
俺が力強く言い放つと二曲目の曲が流れだす。ここから始まるんだ、俺の第二のステージが…。
ライブが終わった後は握手会があるらしく、俺達は一列に並んだ。俺は今日の主役だそうなので列の最後に並ぶ。こういうのは初めてでライブの時とまた違う緊張感が体を走る。目の前で直にファンと触れ合うってどういうことをすればいいんだろうとメンバーに聞いてみたところ、「とにかく笑顔で」「身につけてる物を褒める」「しっかりと握手する」だそうで、やはりやってみないことにはなんとも言えなかった。しばらくすると一人目のファンがやってきて先頭に立っていた武とハイタッチしていた。…握手会じゃなかったのか?さっそくのイレギュラーに俺は戸惑う。何やら和やかに一言二言話して次に並んでいた玲斗と握手している。玲斗と話すときはどこか大人しく握手もすぐに終わっていた。分かるぞその気持ち。ファンにまでツンケンとしてるのはどうなのか疑問を抱きながら一人目がこちらに来るのを待つ。隣に居た冬紀と握手を終わらせるといよいよ俺の番だ。俺はとにかく笑顔で差し出された手をしっかりと握り今日来てくれた礼を述べる。
「今日は来てくれてありがとう!」
「復帰おめでとう!ライブすごく楽しかった!」
ファンの方も笑顔で対応してくれて俺は一安心した。しかし何だか様子がおかしい。
「恭弥さん、手を離してあげないと…」
「あぁ!そっか…」
俺は慌てすぎてしっかりと握手しすぎたらしくファンを帰れない状態にしてしまったようだ。パッと手を離して謝る顔が痛いほど赤くなるのが分かった。気を取り直して二人目がやって来たので同じように今日の礼を述べて握手をする。しつこすぎない程度で手を離しファンを見送った。どのファンとも握手するが、皆笑ってくれて、中には嬉しさ極まって泣いてしまう子もいた。自分のことで笑顔になったり喜んでくれることにひしひしと胸を打たれる。もちろん恭弥という体あってのもので自分の実力なんて一握りしか影響していないのは分かっている。それでも、この人達が笑顔になれるなら、アイドルを頑張ろうと思えた。そうやって握手会をこなしていると、見覚えのある顔にやっと巡り会えた。
「恭弥!復帰おめでとう!」
「…!あ、ありがとう」
思わず美優の名前を呼びそうになって耐えた。美優はあくまで一ファンとして握手していくと軽やかに去って行った。美優の背中を見送り顔を正面に戻すと、そこには二十数年間想い続けた人がいた。
「恭弥くん、復帰おめでとう!」
その笑顔はたくさんある宝石の中で一際輝くダイヤモンドのような眩しさを携えて俺の目に焼き付いた。
千恵莉…!
この体になって初めて再会出来た好きな人に喜びを隠せなかった。私は美優だよ!と叫びたい気持ちでいっぱいだった。
「恭弥くんの元気な姿が見れてよかった」
千恵莉の言葉が体の隅々まで伝わっていく…思わず惚けてしまったが、隣にいた冬紀に声を掛けられて現実に戻る。
「うん、来てくれてありがとう。また待ってるから!」
なんとか千恵莉に返事しながら握手を終える。千恵莉の背中を名残惜し気に見送り、次のファンへと気持ちを切り替えた。握手会も無事に終わり楽屋で一息付く。握られた手はたくさんの人の想いを受けて未だに熱く震えていた。俺が余韻に浸っていると武が声を掛けて来た。
「どうだった初めてのライブは」
「あぁ、すごかったよ…俺、またライブがやりたい!」
恭弥としてでなく自分の答えとしてはっきりと宣言する。こんなにも胸を熱くしてくれるものが見つかって俺は感動していた。
「俺もだよ!またみんなでライブやるためにも頑張らねぇとな!」
それに賛同するように健太と冬紀も集まってきて俺達に微笑みかける。
「今よりもっと人気者にならないとね!」
「ステージも大きな物にしていきたいですね」
「目指すは武道館!だな」
武がにかっと自信たっぷりに笑う。なんだかそれも夢ではないような気がしてくる。俺はこれからの展望に期待を馳せながら顔を綻ばせた。