恭弥のチートスキル
「やっぱり戻ってくれるのねぇ!」
いの一番に母さんにアイドル復帰を話すと案の定大層喜んでくれた。
「事務所には俺から話すから」
「うんうん、これはパパにも報告しなきゃ」
母さんはウキウキと父親に電話を掛けている。父には会ったことないがどんな人なんだろう。ともかく、俺は登録された事務所の電話番号に電話をした。プルルルと着信音が鳴るたびに緊張も増す。
「はい、葛木事務所です」
「あ、すみません中井恭弥という者ですが、社長はいらっしゃますか?」
「はいいらっしゃいますよ、少々お待ちください」
保留音が鳴り少し息を抜く、しばらくして社長らしき人物が電話に出た。
「もしもしキョウちゃん?お久しぶりー!」
「お、お久しぶりです」
緊張とは裏腹に軽いノリの男性が出てきた。
「記憶喪失なんだって?俺のこと覚えてる?」
「すみません…」
「だよねぇ。いいっていいって。で話って?」
「あの、グループに戻ろうかと思って」
「マジでー!戻っちゃうの!ヤッちゃうの!?」
「ま、マジです…」
社長のノリに付いていけずにどう返していいのか分からなかった。
「そうか嬉しいねー!キョウちゃん才能あるもんね!」
「そうですか、はは…」
「オッケーオッケー!じゃあ復帰ってことで、いつから来れる?」
「いつでも、明日でも大丈夫です!」
「あいよ!明日の9時に事務所で待ってるからね!」
「はい!ありがとうございます!」
「それじゃね、チャオ!」
始終上がりっぱなしのテンションだった社長だが、無事に復帰を伝える事が出来てよかった。何より歓迎されているというのが一番嬉しかった。これも恭弥の恩恵なのだろうが、自分は自分、今出来る事を一生懸命やろうと思った。美優にも無事に復帰することをラインで伝えるととても喜んでくれた。メンバーの皆には伝えるか迷ったが、サプライズということにして内緒にしよう。今までしたことのない事への期待と緊張で胸がドクドクと高鳴っている。上手く眠れず眠ったのは深夜二時を超えた時だった。
翌日、時間通りに事務所に着き応接間に通される。緊張で持ってきてもらったお茶に何度も口を付けてしまう。ソワソワと社長を待っていると扉から革ジャン姿の男性がやってきた。目にはサングラスを掛けて首元には赤いスカーフが巻かれていた。年は50代くらいだろうか?だが一目でこの人が社長だと確信した。
「おはようキョウちゃん!」
「おはようございます社長!」
「そんな畏まらんくていいって!いつものキョウちゃんみたいにしてよ」
いつもの恭弥ってどんな感じなんだろう…きっとふてぶてしいには違いないのは想像に容易だった。
「記憶喪失で大変なのに復帰してくれてありがとね!」
「いえ、俺の事を思ってくれてるファンの方を見ていたら復帰したいって思ったんです」
「カーッ!キョウちゃんったら…頭打って良い子になってる…」
以前の恭弥とは…昔の恭弥とあまりに違いすぎてファンがガッカリしないか心配になってきた。
「でもさ、キョウちゃんの才能は変わらないよ…相変わらずのカリスマっぷり…」
「そ、そうですか…?」
カリスマとはどこを褒められてるんだろうか…顔か?ともかくカリスマ性は無くなっていないことに安心した。
「じゃあじゃあ!さっそくレッスン場に行きますか!」
「はい!」
俺は社長の後に着いてレッスン場へと向かった。レッスン場は事務所の向かい側にあるビルの中にあり、そこでは俺達のグループ以外にも多数のアイドル達が練習をしていた。中にはテレビで見たことのある人もいた。
「(想像よりも大きな事務所なんだな)」
ガラス張りにされた一室の扉を社長が開くと、中ではポスターで見たメンバーが練習をしていた。
「はいみんな注目ー!なんと、キョウちゃんが復帰してくれることになりました!」
社長の一声にメンバーはどよめき、社長の後ろにいた俺を見つけるや否や走って寄って来てくれた。
「恭弥ー!」
「キョンキョン!」
「恭弥さん!」
「皆、久しぶり…」
どんな声で話していいのか分からずたどたどしくなってしまう。
「恭弥俺達の事覚えてるの!?」
「いや、正直覚えてない…」
「マジで!キョンキョン僕だよ僕!」
「えっと…」
「小森健太だよ!もう忘れないでね!」
「で俺が甲斐田武!そんでこっちが」
「鈴原冬紀です。改めましてよろしくお願いします」
「んであっちにいるのが一宮玲斗!」
武が指を差した方向には俺には何の興味もない素振りをしている玲斗が立っていた。あれが噂の玲斗か…写真通りのイケメンさに感嘆すると同時にこちらに全く歩み寄ってこない態度に良い印象は受けなかった。
「ま、アイツの事は気にすんな。これからよろしくな恭弥!」
「お、おう!」
武は俺に手を差し出し握手を求めた。憧れの男同士の挨拶に力強く応える。これから男の世界に入るんだ、期待と興奮で体中の血管がブワッと広がる感じがした。
「さて、挨拶はこの辺にして。レッスン再会してチョウダイ!キョウちゃんは最初は後ろで見ててくれればいいから」
んじゃねっと社長は鮮やかに去って行った。俺は社長に言われた通り、レッスン場の後ろの方へと下がりメンバーのレッスンを見学した。皆は音楽が始まると同時に踊り始めた。その躍動感に少し感動しながら動きを観察していく。見ていると初めて見たはずなのに何処か既視感を覚え、体が疼き出す。音楽のどのタイミングでどう動くか体が理解しているのだ。俺は次第に音楽に合わせて踊り出していた。自分でも驚くほどに体が動く。女だった頃はダンスなんて体育祭でしかやらなかったのに。俺の動きに気付いたトレーナーが一旦音楽を止めて俺に歩み寄った。
「すごいじゃない恭弥くん!ダンスは覚えてたのね」
「はは、みたいですね」
「じゃあ恭弥くんも一緒に踊りましょう!初めからスタートするわ!」
俺は言われた位置に立ち、音楽が鳴るのを待った。トレーナーが音楽を鳴らした瞬間に体が弾けてリズムに乗る。メンバーとの連携も上手く行えて良い感じに纏まる。楽しい、体を動かすことがこんなに楽しいなんて。かつての恭弥に感謝しながら最後まで踊りぬいた。トレーナーからは拍手が沸き起こり、メンバーからも称賛の声を貰う。
「すごいじゃん恭弥!」
「キョンキョンすごいー!」
「驚きましたね」
「体は覚えてたみたいで…自然と動けたんだ」
達成感と高揚感が体中を巡る。体は汗だくなのにまだ踊りたいと囃し立ててきた。
「これなら復帰ライブも早まりそうね!社長に報告しなくちゃ」
トレーナーの言葉にふと我に返る。そうだ、これを人前でやらないといけないんだ…。先ほどまで興奮で熱かった体の芯が冷えていった。
「なぁなぁ、これから恭弥の復帰を祝って飯食いに行かねぇ!?」
二時間ほどでダンスレッスンが終わり、休憩時間になったところで武が元気よく提案すると他のメンバーも乗り気で答えた。
「いいよな!恭弥」
「もちろん」
俺も皆のことを知りたかったのでこの提案はありがたい。しかし玲斗だけは相変わらずの仏頂面でこちらに関わろうとしない。
「玲斗、お前も来いよ」
「俺はいい…」
そう言うと玲斗は一人レッスン場を後にしたのだった。
「玲斗っていつもあんな感じなのか?」
「そうなんだよ、プライベートな事は話さないんだよな…」
「でもライブする時はすごく連携取ってくれるんだよね」
「仕事には手を抜かないプロフェッショナルさは感じますね」
聞けば聞くほど何故アイドルになったのか不思議な奴だった。そんなことよりと武が話題を変える。
「飯だ飯!俺のイチ押しのとこ行こうぜ!」
「えー!武の行くとこってラーメン屋でしょ!?もっと豪華なとこ行こうよ!」
「では最近出来たイタリアンなんてどうでしょう?」
「イタ飯かぁ…恭弥はどう思う?」
「イタリアンは好きだよ、ピザとか食べたいし」
「おっし恭弥が言うならそこだな!」
「行こうー!」
こうやって男友達とご飯を一緒に食べるなんて初めてで楽しみだ。俺は期待に胸を躍らせながらメンバーと共に歩いて行く。
レッスン場から徒歩で五分ほどのところにそのイタリアンはあった。見た目は洒落ていていかにも高そうな店だ。皆の財布は大丈夫だろうか、そんな老婆心が出てきてしまう。
「…ちょっと洒落すぎてね?サイゼとかのがいいんじゃ…」
「武はこういうとこ行かないもんねーでも今日はキョンキョンのお祝いなんだから行くよ!」
「大丈夫ですよ、武さんの好きなお肉もメニューに載ってますし」
店構えに臆する武を他所に、健太はお洒落な店外を写メで撮っている。冬紀は冷静に外に出ている看板のメニューを分析していた。
「武、もしお金の心配とかだったら俺が出すよ?」
俺は若人の財布を心配して保護者のようなことを言ってしまった。
「平気だって!今月はバイト代高かったんだから、今日は俺が奢る!」
「僕もー!」
武に合わせて健太も手を挙げ賛同してくれた。
「僕も出しますよ、記念日なんですから」
冬紀もニッコリと微笑み俺の心配を打ち消してくれる。皆の心遣いが有り難すぎて思わず涙ぐんでしまった。
「キョンキョン大丈夫?」
「あんまりにも皆が優しくてつい…」
「なんか、こんな恭弥初めてだな…」
「えぇ、いつも笑顔で感情を隠してましたから…」
そうか、かつての恭弥はこういう時表情を表に出さないのか。恭弥はきっと人と一定の距離を取っていたのだろう、私が女性陣の中に溶け込まないように壁を作っていたのと同じで、恭弥もまた男性の中に混じり男になりきらないようにしていたんだ…。そのことを思うと余計に涙が出てきた。
「キョンキョン泣かないでー!」
「ほら俺の胸貸してやる!」
「そこはハンカチを貸すところでは!?」
「持ってねぇ!」
健太が心配そうに背中を摩ってくれた。武は俺を前から抱き締めてくれる。冬紀は武の行動に驚きながら自分のハンカチを俺に渡してくれた。
「俺、このグループに入れて良かった…」
「嬉しいこと言うじゃねぇか!」
「キョンキョン僕も嬉しいよ〜!」
「恭弥さん…僕もです」
感極まって四人で抱き締めあった。イタリアンの店の店員に苦情を言われるまでそうしていた。
俺達はイタリアンで奮発した料理を食べながら歓談していた。
「ここの肉うっまい!柔らかっ!」
「この料理めちゃ映える〜!」
「美味しいですね、ここにして正解でした」
若い男が四人という店からは少し浮いた存在だったが、三人は料理に満足気に舌鼓を打っている。俺は三人を微笑ましく見守りながらピザを食べていた。レッスンの後で体力を消耗しているのか、いくらでも食べれる気がした。しかし料理にばかり興味を持っていてはダメだ、せっかくなんだから皆のことを知らないと…。
「なぁ、皆っていくつなの?」
「ん?そっか覚えてないもんな。俺は十九」
「僕は十八〜」
「僕は武さんと同じで十九ですね」
十代!?あまりの若さに打ちひしがれていた…。ちなみに俺が美優だった頃の年齢は二十六だ。言わせないでくれ。
「みんなわっか…」
「でも恭弥さんもまだ二十一歳で同じくらいでしょう?」
「そうだけど、そうだけど十と二十の間には大きな溝があるんだ…」
「キョンキョンそんなこと気にするタイプなんだね。意外ー」
確かに、以前の恭弥なら気にしないだろう。いかにも唯我独尊って感じだし。
「じゃあ大学とか行ってるの?」
「俺は行ってない。こことバイトで掛け持ちしてるな」
「僕も行ってないよ」
「僕は行ってますね」
「じゃあ授業受けながらアイドルしてるんだ、忙しくない?」
「忙しいですけど、やり甲斐もありますから」
「ふぅん…」
冬紀の心意気に感心しながら飲み物を一口飲む。
「キョンキョンは?行ってるの?」
「あ、俺?」
「うん、だってキョンキョンのこともそんなに知らないモン」
「恭弥と玲斗は自分の事話さなかったからな」
「そっか…俺も大学には行ってないよ」
美優から聞いた話では最初は大学に行っていたがアイドルを始めて辞めたらしい。なんでも親に反発したかったとか言ってたけど…。俺も実は美優の事を知ってるようで知らないんだと思った。
「ちなみにさ…アイドルになったキッカケとかある?」
「俺はダンスしてたらスカウトされたから!ダンス出来るならアイドルでもいっかなぁて」
「僕は前からアイドルになるのが夢だったから応募したんだよ〜それで受かったの!」
「僕は歌手になりたかったのですが、アイドルに向いているとスカウトされましたね」
皆それぞれ事情があるんだな、なるほどと相槌を打っているとこちらに視線が集まる。
「あ、俺はスカウトだよ。街歩いてたら声掛けられて」
と美優は言っていた。さすがに同じグループのメンバーに惚れたからアイドル続けてるとは言えなかった。俺が好きな訳じゃないし。
「そっかスカウトかぁ、キョンキョンもアイドルっぽくないタイプだから不思議だったんだよねぇ」
「でも恭弥さんはこの中では一番人気ですからね」
それは俺でも謎だ。ファンは恭弥の何処を好きになってるんだろう。美優として付き合っていて今のところ顔以外に良い所を見つけられていない。
「だー!悔しい!俺ももっと人気になりたい!」
武が悔し気にテーブルに顔を突っ伏させた。やっぱりアイドルしてるなら人気者になりたいよな。武の姿が子供らしくて微笑ましくなってくる。
「武も人気出るよ、この中では一番ダンス上手いし」
「本当か?」
健太の言葉に武の目が期待に輝いた。確かに先程のレッスンを見てても武のダンスが一番キレがあってカッコよかった。武は褒められた事に嬉しくなりよっしゃ!と声を上げた。
そうやって互いの事を話したりしていると休み時間が終わろうとしていた。俺達は慌てて店を出てレッスン場へと向かう。次のレッスンは歌だそうで、レッスン場と同じビルの中にあるボイススタジオに走って行く。最初に辿り着いた武が勢いよくドアを開けると、部屋の中に置かれたピアノに玲斗が座っていた。
「遅いぞ、時間は守れ」
「なんだよ、時間ピッタリだろ」
「お前達が遅れると俺の時間にまで響く」
「うるせぇな…」
「ここは、玲斗さんの言う事が正しいですよ」
玲斗の小言に武がいきり立っていると、冬紀が武を抑えた。冬紀に制された武は仕方なく引き下がった。この二人の相性はあまり良くなさそうだ。玲斗は武には意を介さずピアノから立ち上がり俺達の横へと並んだ。そうしていると歌のトレーナーが入ってきてレッスンが始まった。
「はい、ではまず発声練習から」
トレーナーが押した鍵盤の音になぞらえて声を出す。俺は自分の声がどのくらいの声域なのか測れず小さい声しか出せなかった。するとそれを見抜いたトレーナーから注意される。
「恭弥くん、声が小さいよ?もっとお腹の底から声を出して?」
「はい、すみません…」
俺は恐る恐る声を大きく張り上げた。その声は男性特有の低さでありながら、高い音域として出てきた。自分で思ったよりも出る大きな声に戸惑い声を出すのを止めてしまった。
「いいですよ良く出ています、トーンはちょっと違うけどその感じでいってね」
トレーナーからは褒められたが俺は自分の声に未だに驚いていた。あんなに大きく出せるんだ、しかも喉に引っかからない。学校の合唱の練習などで大きな声を出そうとするといつも喉に負担がかかるのに今回は伸びやかに出せた。ダンスも踊れるし声も出る、もしや恭弥はとてもアイドルに向いた体なのではないかと思い始めた。発声練習の後は自分達の曲を歌う練習だ。楽譜を渡されたものの、やはり見慣れない。しかし曲が流れるとやはり体が疼き出してきた。歌いたいと体が訴えている。自然と自分のパートを歌うと綺麗な歌声が聞こえてくる。自分の、いや恭弥の歌声はとても繊細で綺麗だった。歌い終えるとメンバーにもトレーナーにも褒めてもらえて達成感でいっぱいだった。恭弥はこんなにも恵まれた才能があったのに、心が女性というだけでアイドルに打ち込むことが出来なかった。でも自分は違う、男性としてこの才能を生かしてみせる。そう心に誓った。
一日のレッスンが終わり、俺はまた社長に呼び出されていた。
「トレーナーから聞いたよ〜キョウちゃんいい感じなんだって?」
「はぁ」
「この調子なら復帰ライブ早めてもいいかな?来週とかどうよ?」
来週!?あまりの早さに戸惑ってしまうが、今の自分で何処までいけるのか試したくもある…。
「…分かりました。頑張ります!」
「オッケー!それでこそキョウちゃんだ!」
それでこそのどの部分が俺らしいのかは分からないが、この勢いに乗って立派なアイドルになってみせる!そして千恵莉に俺のアイドルとしての姿を見て欲しい…最初こそ恥ずかしさはあったものの、今は自信が持てるようになってきた(といっても恭弥の才能のおかげなんだが)今この姿なら千恵莉も俺を好きになってくれるかも…そんな淡い下心もありライブに積極的になっていた。
社長の話を聞いている間に他のメンバーは帰ったらしい。バイトをしている武や大学のある冬紀には時間が大事だからな。誰もいない事務所を後にしようとすると、急に事務所の扉が開かれた。開けた人物は玲斗だった。
「あ、玲斗どうした?忘れ物?」
「……」
玲斗は俺を無視して事務所奥にある自分のロッカーへと進んで行った。最初から思ってはいたが本当に人と関わろうとしない彼の姿勢に苛立ちすら覚える。美優はコイツの何処がいいんだ?玲斗はしばらくしてロッカーを後にするとそそくさと事務所を出て行った。残された俺は何故だか虚しさを胸に抱き大人しく帰って行った。
家に帰ると、母さんが大量のご馳走を作って待っていてくれた。アイドル復帰のお祝いだそうだ。ライブ復帰した際にはこれ以上のが待ってるんだろうなと苦笑しながら料理に手を着ける。
「見て!恭弥の好きなビーフストロガノフもあるんだから!」
恭弥はこういうのが好きなのか、一口噛むと今までにないくらい美味しく感じた。
「これ、美味しいよ」
「でしょ?デパ地下で買った甲斐があったわ」
母さんは嬉しそうにおかわりを皿に乗せてくる。この肉だけじゃない他の料理もいつになく美味しく感じ箸が止まらなかった。
「恭弥の好物詰めといてよかったわ」
やはり恭弥の体だと味覚が違ってくるようで、本当に中身だけ入れ替わったんだなとしみじみと感じた。母さんの作った料理をペロリと平げる。
母さんが食器を片付けている間に今日のおさらいをしようと今日やった歌を流す。何度聞いても自然と歌えるぐらい体に染み付いているようで、これは美優のおかげだなと思った。そうだ美優に今日の事を報告しよう。俺はスマホを持ってベランダに出た。そして馴染みのある番号へかける。
「もしもし?」
「もしもし美優?」
「うん、急にどうしたの?」
「いや、今日初レッスンだったんだ…」
俺はメンバーのみんなのこと、玲斗は嫌なやつだから止めとけということ、復帰ライブが一週間後になった事を話した。
「そっかみんなと仲良くなってくれたんだね」
「うん、あんまりにキャラ違うから驚いてたけど」
「私は隠すことに必死でみんなと距離を置いてたから…」
「でももう隠すことは何もないだろ?」
「そうだね…」
「あ、玲斗を選ぶセンスはどうかと思うぞ」
「なんでー!カッコいいじゃん!」
「カッコいいけど性格捻れてるぞアイツ」
「そこがチャームポイントだったり…」
「まったく…」
「それにしても来週ライブなんて早いね」
「美優のおかげだよ。美優の頑張りを体が覚えててくれたからすぐに出来たんだ」
「私そんなに頑張ってないよ?」
「でもダンスは完璧だし歌もどの歌でもすぐ歌えたぞ」
「そういうもんじゃないの?」
美優の素の発言に怯える、これが本当の才能を持ったやつってことか…。俺はとんでもない体を手に入れてしまった重さに一瞬沈むが立て直した。
「…ともあれ、美優が活かせなかった能力は俺が活かしてみせるから!」
「きゃー!恭弥頼もしい〜」
こちらが真面目に語っているのに美優の反応は至って軽い。
「そうだ、明日千恵莉ちゃんと会うよ」
「なんだって!?」
軽い調子のままさらりと爆弾を落としていくからコイツは侮れない。
「私のうちで女子会(親睦会)しようってことになって」
「大丈夫なの…?」
「ま、なんとかするよ。あと千恵莉ちゃんが誰推しか聞いとくね」
そうだった、千恵莉は俺のグループが好きなんだ。もし俺以外のメンバーが推しだった日には生かしておけないかもしれない…ましてや玲斗だったら…。
俺は押しては返す不安の波に振り回されていた。