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9.黒幕の正体

 ドレスの(すそ)をひらめかせ軽やかにターンを決める。ピッタリと体を寄せたなら顔を上げてパートナーと目があう。熱い視線を絡めたなら、ふたりだけの世界が広がるのだ。


「ねぇ、ロージィ。そんな顔で僕以外の男の人と踊ったらダメだよ?」

「ふぇ?」

 いかにロゼッタ・アンデルセンが他者から美しくみえるかに集中していたロゼッタは、ウィリアムの言葉の意味を理解できなかった。


「もぅ、無自覚でやってるの?」

「……真剣に練習してるんです」

 そして、先程から足に違和感を感じていた。もしかしなくとも靴擦れしているかもしれない。


「ウィル、少し休憩しましょう」

 気付かれないようにダンスフロアの隅に置かれた椅子に移動する。うしろからついてきて座ろうとするウィリアムの死角に入ったことを確認して、足に手を伸ばして治癒魔法を暗唱する。


「ダメだよ、ロージィ。僕が治すからみせて」

 かけ終わる前に足にかざした手を奪われて止められてしまう。


「この位なら自分で治せます。私、まだ魔力はあるんですよ?」

「そういうことじゃないの。ほらみせて」

 ロゼッタの前に(ひざまず)いたウィリアムが、ハイヒールを脱がせようとする。


「ダメですっ。紳士がそんなことしたら!」

 この場合、ロゼッタに王子が(ひざまず)くのもまずいと思うが、それよりなにより足を異性にみせるのは罪深い。


(前世の記憶持ちでも、この状況は恥ずかしいっ)


 そんなロゼッタを意に介さず、ウィリアムはハイヒールを脱がして傷を確認している。


「ああ、痛そうだね。可哀想に。――よし、これで綺麗に治った」


 嬉しそうに笑い、ロゼッタの足にハイヒールを履かせるところまでしっかりとやり遂げる。その顔は実に満足げである。


「……ありがとう、ございます」

「ロージィは極力魔法を使わないでね。僕が全部かわりにするのが正しいんだから」

 少しだけ憂いを含んだ目をしてウィリアムが笑いかける。


「ロージィが稀代の大魔法師の魔力の保有量を1/4まで減らして助けてくれたんだから、ちゃんと僕に頼るんだよ」


 ロゼッタがウィリアムの虚弱体質を完治させたあと、その一連の出来事は全てが周知の事実となった。全てを知ったあと、ウィリアムはロゼッタが魔法を使おうとするたびに代わりを申しでるようになったのだ。


 ****


 ウィリアムの完治を無事に見届けたロゼッタは最後の仕上げに縮小処置の薬を(あお)った。そして無事に魔力の保有量を調整し終えると、ハンスに稀代の大魔法師の今後について相談しにいった。

 職場に顔をだすとハンスは不在でしばらく待つようにいわれて素直に従った。しばらくして現れたハンスはなにやら凄く怒っていた。


「ちょっと一緒にきてもらいますよ。ロゼッタ!」

 ハンスはロゼッタを捕まえ担いで歩きだした。


「おおお、降ろしてください。自分で歩きますから!」


「いいえ。逃がしませんよ!」

 わぁぎゃあ騒ぎ立てながらロゼッタを担いだハンスが到着した先の扉を開くと、部屋には国王と王妃、そしてウィリアムが揃っていた。


「このような姿で失礼いたします。ロゼッタ・アンデルセンを連れて参りました」

 降ろされて、ハンスの前に立たされしっかりと肩を掴まれる。


「こ、こんなことしなくても逃げたりしませんよ」

(ひどいっ。これじゃ罪人扱いじゃない!)


「ロゼッタ、正直に話してください」


 ハンスのその言葉に、ロゼッタはビクリと肩を震わせて硬直した。


(まさか、全快したら断罪イベントが前倒しになったの?)


「わ、わたし。悪いことなんて、してない」

 ガタガタと震えるロゼッタは涙目だ。


「ロージィ。本当なの?」

 すでに泣きはらした目のウィリアムが、こちらを向いて悲しい顔をしていた。


(の、呪いのことなら私じゃないのに……。私、頑張ったのに……)


 このまま処刑なんて酷すぎる。後退ると肩を掴んだハンスにぶつかり身動きが取れなかった。上を向けばこわい顔で睨んでいるではないか。


「ロージィの魔力の保有量が、もう宮廷魔法師分もないって本当なの?」

 ウィリアムの声にロゼッタはコクリと頷いた。


「稀代の大魔法師の魔力の保有量を3/4も欠損させてますね。ロゼッタ。あなたはウィリアム殿下に掛けられた禁書の魔法を完遂して治療をしましたね?」


「……ごめんなさい。でも、ちゃんとやり方は調べました。魔力の欠損なら死ぬわけじゃないから、わたし――うわあああん」


 泣き叫んだロゼッタに驚いて、ハンスが慌ててしゃがんで(なぐさ)める。


「すみません、ロゼッタ。こわかったですね」

「わ、わたし、わるいことなんてしてない。わたし、してないもん」

 わぁわぁ泣き叫ぶロゼッタの声が部屋に響いた。


「ええ、分かってます。ですがこれで全てが繋がりました。ウィリアム殿下の魔力の保有量が大きく変わったこと。ロゼッタが魔力を大きく欠損したこと。ウィリアム殿下の虚弱体質がどうして起こったのか。気付いてあげられなくてすいません。あなたが全ての尻拭いをしてたなんて思ってなかったんですよ」


「ふぇ?」


「……ごめんなさい。全て私が愚かだったの」


 突然泣き崩れた王妃に驚いて、ロゼッタは泣くのを止めた。そして彼女がウィリアムの虚弱体質の原因を告白してくれたのだ。


「赤ん坊のうちなら魔力の保有量を拡張しても大丈夫だと説明されたのです。しばらくは問題なかった。成長するにつれて、だんだん具合が悪くなっていって。ちゃんとした治療のためには、日々の治癒魔法をほかの者に変わる必要があるといってロゼッタがあてがわれました。だのに気付いたら、あの女は城から去って二度と戻らなかったのです」


 王妃は手で顔を覆いながら、さめざめと泣いている。


「王妃様がちゃんと話してさえくれていれば、直ぐに先代を捕まえることができた。ウィリアム殿下が長い間苦しむこともなかったし、ロゼッタだって魔力を欠損しなくて済んだのですよ」


 ロゼッタを抱きしめるハンスの手に力が込められる。


「もっと言えば、ウィリアム殿下の体調が改善しはじめた時点で教えて下されば、ロゼッタだけに背負わせなくて済んだんです。これについてはロゼッタにも非があります。なぜ相談してくれなかったんですか。済んでしまったことは今さら変えられないんですよ」


 ハンスのつらそうな顔をみれば、彼がとても傷ついていることが分かった。


「……ごめんなさい」


「少し込み入った話をします。ウィリアム殿下とロゼッタは部屋に戻っていてください」

 廊下にでたところで、今度はウィリアムがロゼッタを捕まえた。


「退職して市井(しせい)におりるってなに? ずっと側に居てくれるって約束したよね?」


(しまった!!!)


 シクシクと泣きながらしがみつくウィリアムに、何度違うと説明してもなかなか信じて貰えなくて、ロゼッタは途方にくれたのだった。


 ****


(まさか黒幕が王妃様と師匠だったなんてね)


 あれから王妃様の処遇は国王様に一任され、先代の稀代の大魔法師は指名手配になっている。


(師匠は、たぶん捕まらない気がするわね)


 それから紆余曲折を経て、ロゼッタは宮廷魔法師を退職しウィリアムの婚約者に収まったのだ。ちなみに王太子の件は、一応ウィリアムが頑張って断りつづけてくれている。

 だがしかし、である。


「ウィル、どうして王太子教育をエリアス殿下と一緒に受けているのですか?」

「ん? エリアスの面倒をみるためだよ。まだ八歳だからね」

「せめて、魔法学園を卒業するまでは王子のままでいてくださいね」

「うん。もちろん。だからロージィも僕の婚約者でいてね」


(今さら断ったりなんかしないわ。ただ不安なだけだもの)


 答えるかわりにウィリアムの肩に頭を預けてあまえた。ウィリアムが応えてロゼッタの頭に顔を埋ずめる。この距離感が、たまらなく愛おしいのだ。だから絶対に誰にも渡さない、と心に固く誓うのだった。

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