7.ゲーム補整の力2
ロゼッタはゲーム補整の力の強さに驚愕した。王妃に断りを入れたなら次は本人が出向いてくるなんて思ってもみなかった。
「わ、私は平民ですから。身分が釣り合いません」
「そんなの、稀代の大魔法師なら城での立場はちゃんとある。だから大丈夫だよ」
「私の魔力の保有量は今は宮廷魔法師程度になったんです。だから、殿下の仰る立場はありません」
「なんで……僕の治療のせい? ロージィに危険はないっていったじゃない!」
「危険はありませんよ。死ぬようなことはひとつもないんです。ただ少し魔力を特殊な方法で使う必要があっただけです。あと三ヶ月で完遂できます。一緒に頑張りましょう。殿下」
ロゼッタはウィリアムの手を取った。
「殿下が全快することが私の願いなんです」
なんとかウィリアムを説き伏せて、婚約を回避しなければならないのだ。
「殿下が死ぬことに比べたら、私の魔力の保有量が減ることなんて大した話ではありません。私が私の魔力で殿下を救ったことを間違ってるなんていわないでください」
お願いしますと頭を下げると、ウィリアムがコクリと頷いてくれた。
ロゼッタはニコリと笑って、ウィリアムの手を引きながら帰路についた。
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それから二ヶ月間、毎朝ウィリアムの部屋でロゼッタは魔力を渡しつづけた。ウィリアムは好転反応がほとんどでなくなり、ほぼ一日活動できるようになっていた。
「今日から殿下は剣術を習いはじめるんだ」
オスカーに教えられてロゼッタは嫌な予感がした。確かにウィリアムの見た目は元気そのものにみえていた。けれどあと一ヶ月は安静にしていて貰う必要があった。
「確か勉強時間も増えたばかりですよね。どうしてそんなに詰め込んでいるんですか?」
(あと一ヶ月くらい待ったところで、困ることなんてないはずなのに)
「どうしてって、殿下が望まれてるからだよ。王妃様も殿下の好きにさせるようにおっしゃられたんだ」
「オスカー。あと一ヶ月待つように殿下を説得してください。まだダメなんです。完治していない。無理をしたら長引いてしまいます」
「ちゃんと、無理ない範囲でするから大丈夫だよ」
「なにかあってからでは、遅いんですよ!」
ロゼッタがオスカーの腕を掴んで引っ張る。
「ロゼッタ。殿下は五歳のころから寝たきりになってから、まったく教育を受けてないんだ。その間に弟であるエリアス殿下が生まれた。エリアス殿下の教育が進む前にできるだけ差をつけないと不味いんだよ」
オスカーのいわんとすることはロゼッタだって理解できた。
この国の王子は、ウィリアムが先月十一歳になり、弟のエリアスは四歳になる。このままだと五歳から教育の止まった兄に弟が追いついてしまうことを懸念しているのだ。
「あと、たった一ヶ月だけなんです」
「ロゼッタ、殿下にはすでに代わりがいるんだ。王妃様はね、エリアス殿下が生まれてからほとんど殿下の部屋にはこなくなった。だから少しでも早く立ち位置を確立しなければならないんだよ」
ロゼッタは目を見開いた。ウィリアムの回復を泣いて喜んだ王妃が、そんなことを思うはずがないと否定したかった。
(けど、私が殿下の元に通ってた間に王妃様は訪ねてきたことはないわ)
ウィリアムが七歳のときにエリアスが生まれ、それからずっと通っていなかったなら代わりができたと取られても仕方なかった。
(――違う、これもゲーム補整だ。ゲームでウィリアムは学園入学ときには王太子だったもの)
ゲームに弟のエリアスはでてこない。弟がいると聞いたとき知らないのはゲームに関係ないからだと思っていた。なのにこんな所で効いてくるなんて思いもしなかった。
(このまま完治させずに王太子になるように、ゲーム補整されてるってことなの?)
ロゼッタはゲーム補整の威力に唇を噛んだ。
混乱し黙り込んだロゼッタを納得してくれたのだと思ったオスカーは、彼女をその場に残して稽古場へと立ち去っていった。
****
ロゼッタの悪い予感は的中した。ウィリアムが稽古場で倒れたから直ぐにきて欲しいと連絡が入ったのだ。
慌てて駆けつければ、真っ青な顔をしたウィリアムがベッドに寝かされていた。
(死んでしまう!)
すぐに治癒魔法を暗唱して手をかざす。肌に直接手を当て状態を確認してゾッとした。
(魔法を使ったの? そんな話は聞いていない!)
不安定な所に使ったらなにが起きるかなんてロゼッタだって予測がつかなかった。
(知ってたら、絶対に止めたのに!)
使ってしまったのなら仕方ない。今やれることをやるしかないと腹を括る。ロゼッタはひとつずつ悪さしてるものに対処する魔法をかけていった。不安定な魔力を安定させるために調整して、やっと落ち着いてくるとウィリアムの顔色は少しよくなっていた。
「ま、間に合ってよかった……」
ヘナヘナと座り込む。
そのまま様子をみながら看病をつづけた。時折治癒魔法をかけてて、やっとウィリアムの頬に赤みが差した。睫毛が揺れて目を覚ましてくれた。
「殿下、気分はいかがですか?どこか痛いところはないですか?」
「……うん。大丈夫みたい。ロージィが助けてくれたの?」
「~~殿下ぁ。無茶はダメですよ。死ぬとこでしたよ」
ロゼッタはベッドに突っ伏して顔を隠した。安心したら涙がでたのだ。
「あと、一ヶ月だけ我慢してください。お願いします。じゃないと完治できません」
きっと優しいウィリアムならお願いを聞いてくれるはずだ。完治しなければロゼッタはずっと側にいるることになる。それはつまりゲームのロゼッタと同じ道を辿ることになってしまうのだ。
「……完治したら、ロージィはどうするの?」
「ふぇ?」
「こうやって、ロージィが治してくれるなら、ずっとこのままでいい」
「殿下?」
顔を上げると、ウィリアムが起き上がってそっぽを向いていた。
「……今日は助かりましたけど、少しでも遅かったら死んでたかもしれないんですよ」
人は存外簡単に死んでしまう。ロゼッタだって前世であんなに簡単に死ぬなんて思わなかったのだ。大切な人たちがとても悲しむから、ウィリアムにはちゃんと完治してほしかった。
「僕が死んだってエリアスが居るから誰も困らない。死にかけの王子が、みんなが思ってた通りに死ぬだけなんだ」
「そんなことっ」
否定してあげたかった。
(王妃様は訪ねてこない。オスカーは頼んでも止めてはくれなかった。全部分かっているのね)
――可哀想だ、と思った
「……でも、完治して頑張ればきっとみんなが必要としてくれるはずです」
「ロージィがずっと側にいてくれるなら、完治なんてしなくていい。……ねぇロージィ、お願いだから婚約してずっと僕の側にいてよ」
(ダメよ。婚約したら私が死ぬんだから)
――でも、可哀想だ
(これはゲームの補整。同情してる場合じゃないのに……)
――でも、目の前のそっぽを向いたひとりぼっちの王子様が可哀想で仕方なかった。もうロゼッタ以外に誰もいないのだ
「お、王太子にならないって、約束してくれるなら」
(王子のままならウィリアムの設定が変わる。完治すれば呪いの断罪イベントは避けられる。それならひとつくらいゲーム通りでも死なないようにできるわよ。きっと!)
「私、ずっとウィリアム殿下の側にいます。だから完治させましょう」
その言葉を聞いてウィリアムがロゼッタに向き直る。
「……僕と婚約してくれる?」
泣きそうな顔のウィリアムに向かって、ロゼッタはコクリと頷いた。
「ありがとう、ロージィ」
嬉しそうに笑ったウィリアムをみて、ロゼッタの目から涙が流れる。
それがなにを思って流れた涙なのか、ロゼッタには分からなかった。