6.ゲームの補整力1
「あなたの献身的な看病のお陰で、ウィリアムはとても元気になりました。ロゼッタには感謝しています。このままウィリアムの側に寄り添ってもらえないかしら」
(いやーー! 楽しもうと思った矢先にコレなのぉ?!)
「お、王妃様。私は職務を全うしただけです。あと三ヶ月もすれば、ウィリアム殿下は治癒魔法が必要なくなります」
「……それは、本当ですか?」
「はい」
王妃の瞳が見開かれ途端に大粒の涙がこぼれ落ちた。
「あ、あの子が元気になるなんて、信じられません。よかったわ」
涙の止まらない王妃をみて、ロゼッタは自分の前世の母親を思い出していた。
(お母さん、私が死んで悲しかっただろうなぁ)
ウィリアムのことで一喜一憂する目の前の王妃をみれば、うっかり死んだ前世の自分は母親をとても悲しませたことが容易に想像できた。
(……ごめんね。お母さん)
今さら謝っても手遅れで、今の自分に親は居ない。
(また、来世に期待かしら?)
来世は親孝行できるといいなぁと思いつつ、今は冤罪処刑の回避を優先する。
「王妃様、ウィリアム殿下の婚約者には貴族令嬢か他国のお姫さまを迎えてください。私は平民ですし孤児でしたから身分が釣り合いません。ウィリアム殿下が完治したら私は宮廷魔法師として働きます」
(まぁ、しばらくしたら退職するけどね)
まだ後継者はみつかっていないが、育て終えたあとなら、ハンスへ市井に降りることの許可をもらえるだろう。ロゼッタの魔力の保有量はすでに元の量の半分まで減っている。今はまだ宮廷魔法師程度の保有量だが、この先さらに減る予定だ。
(あと三ヶ月魔力を渡したあと、縮小処置をしたら完了だもの)
全てを整えつつあるのだ。今さら婚約者になるなんて全力拒否するに決まっている。
「ウィリアムには好きなように生きてほしい。元気になるなら尚のこと。そして私はロゼッタにも同じように望みます。あなたの願いは分かりました。でも気が変わったなら、いつでも教えてね。私はふたりはお似合いだと思っているの」
「とんでもありません。私は身の丈に合った人生を望んでいますから。宮廷魔法師が私の進む道です」
(うーん。ゲーム補整が凄いわね。そんなに婚約者にしようとするなんて。まぁ、みんなロゼッタが処刑されるなんて知らないから仕方ないけど)
なんとか婚約者ルートを回避しつつロゼッタは聖域の森に薬草を採りに行く予定を理由に、その場を退散したのだった。
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聖域の森は城の一画から専用の道を通る。森全体はその土地が宿す力を護るため無闇な人の出入りを禁止していた。森の入口の横に小高い山があり頂上には畑が作られている。ほかの土では芽吹かない薬草もここでなら育つと云われている。
ロゼッタは試しに植木鉢で縮小処置に必要な薬草を育ててみたが、芽がでても直ぐに枯れてしまった。だから聖域の森は特別な場所なのだと理解していた。
(聖なる力のお陰なのかしら?本当に不思議よね)
そう思えば、吸い込む空気も少し冷たく厳かな感じさえしていた。
ロゼッタはお使いで頼まれた分の薬草を摘み、それぞれを持ってきた布で包んで背負い籠に入れていく。あとは自分が使う分を収穫して作業は終わりだ。
そのとき、小山の麓の道から誰かが登ってくる音がした。
(ほかにも薬草を採りにくる魔法師がいたのかしら?)
振り向くと亜麻色の髪の人の姿があり、登り切る直前で体勢を崩し地面に倒れ込んだ。
「ウィリアム殿下? どうして!」
理由よりも今は倒れたウィリアムの体調が心配だった。胸に手を当てて具合の悪そうなウィリアムに慌てて治癒魔法を暗唱して手をかざす。落ち着いたら近くの木の根元まで移動させた。
「ロージィが、ここに居るって聞いたから。一度見てみたかったしね」
きちゃった、と無理に笑うウィリアムをみてロゼッタはひやりと背筋が冷えた。
「ウィリアム殿下。どうしてひとりで来たんですか? せめてオスカーをお供に連れて移動してください。あと三ヶ月は無茶は控えてください。もう少ししたら、どこへでも自由に行けるようになりますから」
ハンカチで額の汗を拭きながら、ウィリアムの様子を観察する。
(大分調和は取れてきているし、魔力保有量も満たされてきている。でも今無茶してひっくり返ったら、きっと危ない)
空っぽでひっくり返っても流れ出る魔力は微々たるものだ。でも今は身の丈に合わない量を注ぎ込んだ。馴染むまで留めておかないと、ひっくり返ったら取り返しがつかないことになる。
(流石禁書の魔法ね。完遂するのが、とても大変だわ)
触れた肌からウィリアムの体調を正確に感じ取り、必要な複数の治癒魔法を掛け合わせて暗唱する。しばらくして、しっかり回復したのを見届けるとロゼッタは残りの作業を済ませるべく畑に戻っていった。
「どれを摘み取るの?」
ロゼッタを手伝おうとウィリアムがついて回るせいで、思うように作業が進まない。
「殿下、お願いですから休んでいてください。直ぐに終わりますから」
「僕だって、これくらいは役に立てるよ」
できない子扱いされたと思ったウィリアムがむくれてしまう。
「~~なら、そこの黄色い花を三つ、花柄で摘み取ってください」
ウィリアムが花をひとつ摘み取ってロゼッタが受け取り手提げ籠に入れていく。全てを摘み終え背負い籠に詰め終わると、ロゼッタは籠を背負い込む。
「これはダメですからね。殿下。何度もいいますがあと三ヶ月は待ってください」
背負うといいだす前に、人差し指を立ててウィリアムを睨めつける。
「うん、悔しいけどロージィのいうことはちゃんと聞く。だからひとつだけ教えて欲しいんだ」
悔しそうに歪むウィリアムの顔に驚いて、ロゼッタはコクリと頷いた。
「母上からロージィが婚約の話を断ったって聞いたんだ。どうして?」